甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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過去(特別な生まれ)
不運に生まれ、幸運に恵まれた。
直観力に優れ、勇敢である。
額に仇の証は刻まれた。
生きる限り、試練は続く。



選ばれし者

 

 寮への帰り道。

 クルックスは、ダンブルドア校長の一挙手一投足を思い出していた。──小さく鼻を掻く。手紙を撫でる。瞬きをする。瞼の下で眼が動く。

 視界に入ったものは全てありふれたものだ。驚くようなことは何一つない。誰でも行う、ごく普通の動作だ。

 だからこそ、彼は腹の底にじんわりと広がる感傷の温度は曖昧になり分からない。

 しばらく歩きながら考える。やがてクルックスは「校長が普通の人間ではないことに期待していたらしい」と自覚した。

 

(人間離れという点において、父たる狩人に並び立つことは人間である限り困難だというのに、どうして今までそんなことを信じていたのだろうか?)

 

 自己分析を繰り返しているうちに「ここが神秘の学び舎であるから」という答えを得た。ヤーナムでは、異常の最奥には最も極まった異常があるのが常である。また、ヤーナムの神秘の学び舎、ビルゲンワースにおける学長ウィレームは人間の枠を逸脱している。だから、ホグワーツの校長も──当然!──まともな人間ではないと思っていた。

 しかし。しかしである。

 

(所詮は半年ばかり生きた俺だ。見る人が見れば、彼も極まる異常を抱えた人物なのかもしれない)

 

 人間観察は、得意ではない。

 脳裏に刻まれた『淀み』の意味を持つカレル。それが反応しない限りは、敵ではないことくらいしか分からない。ふぅ、とクルックスは息を吐く。そして、力の入りすぎた腕を回した。

 ダンブルドア校長が発した言葉のなかで気になるものが、ひとつあった。

 

『力があるからといって矢面に立つ必要は、この学校ではないとも思っておる』

 

 素直な聞き解きをするならば「困難があれば先生方が対処するから」だろう。

 だが、声音とは不思議なものだ。クルックスは「でしゃばるな」と受け取ることができた。

 

(……目障りと言いたげでもあったように思うが……うーん……?)

 

 今のところ、クルックスにとってダンブルドア校長の評価は、まだよく分からないものだった。

 狭量な器ならば、イギリス魔法界が『見落とした』といういわく付きのヤーナムに関わろうとはしなかっただろう。彼に義務などなかっただろうから。けれど、彼は見つけた生徒を受け入れた。秘匿ゆえに学びの機会が得られなかった生徒を救いあげる器がある。

 それは慈悲によるものだろうか。あるいは他の思惑があるのか。

 

(では、他の思惑とは何か。ヤーナムの何ぞを知っているのか。それはどこから知ったのか。クィレル先生か。いいや、彼は観光客程度の話しか知らないハズだ。他の情報源とは何か? 誰か? 何だ?)

 

 このようなことをグルグル考えていると、クルックスは父に対して言った「直接伺わないのですね。いえ、行かないほうがいいと思うんですが、意外です」という言葉は、やや早まった判断をしてしまったように思えた。

『なぜ、校長はヤーナムの民を受け入れたのか』

 上位者である狩人ならば、この問いかけだけで彼の嘘も真実も見通すことができるだろうか。

 

(いいや、しかし、お父様にお手数をおかけするワケには……それに)

 

 立場を明確にすることは、危なげな行為でもある。

 明らかにしてはいけないものを明らかにしてしまったら、無益な争いが起きるかもしれない。

 いくら考えてもクルックスの頭では解決できそうにない。そもそも判断する情報が足りなかった。同じ枝葉の存在であるネフライトやテルミに協力し、素直に成果を待とうと思う。それか、この問題は狩人のやる気が出て白黒ハッキリさせるまでこうした疑問には、そっと蓋をしておこう。

 クルックスは、グリフィンドール寮への扉をくぐり抜けた。

 談話室は物思いからハッと目を見開いてしまうほどに盛況だった。ハロウィーンのお菓子が運び込まれ、誰もが談笑に花を咲かせている。

 そのなかに、ハリーとロン、そして控えめに笑うハーマイオニーがいた。

 彼らの間に通う空気は、いつの間にか柔らかいものに変わっていた。

 過程がどうであれ、ハーマイオニーに友人ができたことは好ましい。クルックスは祝福した。

 彼らのそばを通り過ぎようとしてテルミを思い出した。トロールは死んでいなかった。テルミが止めを刺さず、ハリーやロンへ花を持たせた以上、トロールを気絶まで追い詰めたのは彼らの行動だったと推測できる。テルミは命を救われる立場にあったことも。だから、クルックスは彼らに礼をするべきだった。

 小さな丸テーブルを囲み、食事をしている彼らのそばに立った。

 

「ポッター、ウィーズリー。──テルミを助けてくれたのだろう。ありがとう」

 

 彼らは、食事をする手をピタリと止めた。

 ハリーとロンは「ああ」とか「うん」とか言った。歯切れのよろしくない反応を不思議に思う。

 

「ねえ、クルックス。どうしてトロールを殺したの?」

 

「『どうして』?」

 

 思いがけないハリーの質問にクルックスは問い返してしまった。

 汚れた存在を殺すのに理由が必要とは考えていなかった。

 理由は、考えればたくさんある。動機の全てが理由になるだろう。

 

「俺は、連盟員。夜に蠢く汚物すべてを根絶やしにする使命を負う狩人だ」

 

「汚物って?」

 

「生きている価値がなく、存在するだけで他者を害するものだ。そう俺が判断したものだ」

 

「?」

 

 ハリーは『意味が分からない』という顔をしていた。

 連盟の長、ヴァルトールも「同士以外に理解されないことだ」と言っていた。無理解は、歓迎すべきものだった。

 

「気にしなくていい。貴公らは命があったのだから、それでいいだろう」

 

「じゃあ狩人って? 魔法使いの狩人は、トロールを狩るの?」

 

「魔法界の狩人がいるかどうかは知らない。俺達の仕事は、獣を狩ることだ。今回はトロールが含まれたが」

 

「──それってつまり、人を守っているのよね?」

 

 助け舟を出すようにハーマイオニーが言った。

 

「結果として、そうなることがある。今回は運が良かった」

 

 クルックスは、軽く手を振ると会話を終えて談話室を後にした。

 制服を脱ぐと簡易なシャツに着替え、身だしなみを整えてからベッドに身を横たえた。本当は宿題に取り掛からなくてはいけないが、ネフライトから査読を頼まれていた資料の締切が早い。羊皮紙に手を伸ばして引き寄せる。読み終えてしまいたかった。けれど、思うように文字が頭に入ってこない。

 

(友か……友……ね……)

 

 何となくだが。

 ハリーとロン、ハーマイオニーの間に流れる空気のなかに、自分はいてはいけない気分になった。魔法界において、ヤーナムの民は血に塗れすぎていた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「狩人なんて聞いたことないけどな。『闇祓い』って風じゃないし。よっほど田舎なんじゃないか? 自然いっぱいのさ」

 

 クルックスが去った後で、ロンがかぼちゃパイに齧りつきながら言った。

 彼の想像を聞いてハーマイオニーは考え込む顔をしていたが、そんなことよりもハリーはロンの語る『闇祓い』という職業に興味を惹かれた。

 

「ロン、闇祓いって?」

 

「『オーラー』さ。闇の魔法使いや魔女を逮捕する仕事だよ」

 

「でも『狩人』と言っていたでしょう。森の話はよくするけれど、あまり楽しい思いはしていないみたい。苦ではないみたいだけど」

 

 クルックスは、毒とその対処法にやけに詳しい。

 彼が饒舌になる数少ない話題だった。

 ロンは『不吉なものを見た』と言いたげに鼻を鳴らした。

 

「そりゃあ楽しいだろうね! トロールの頭をミンチにするくらいだもの。結局、先生が来てもやめなかったじゃないか」

 

 思い出すと彼は「ウゲー」と声を上げた。

 ハリーもかぼちゃパイをつまみながら、不思議に思っていることを話した。

 

「あの子、慣れてたよね。ハッフルパフのテルミ。彼と普通に会話していたし」

 

「テルミ・コーラス=Bね。同じ街から来ているみたい。彼は『親戚のようなもの』って言っていたけど。校内で話しているところをあまり見たことがないわ。あの子のこと、すこし苦手みたい」

 

 かぼちゃタルトを切り分けたハーマイオニーは、もそもそと食べた。

 紅茶を飲んで一息ついた後、ロンは言った。

 

「──ま、僕は今後、関わり合いになりたくはないね。いつも暗い顔しているヤツだし」

 

 それにはハリーも同意だ。

 彼はいつも、この世の不幸を全て見てきましたという陰気な顔をしている。しかも、口重でぶっきらぼうな物言いが多い。そして何より、気取った話し方をする。マルフォイより偉ぶっていないので気に留めることはないが、ハリーは「貴公」なんて言う人をマグルのテレビドラマ──それも古い時代を舞台にしたものだ──のなかでしか見たことがなかった。

 

「そ、そう悪い人ではないわ。親切だもの」

 

 ハーマイオニーはそう言うが、同じ境遇ならば、物腰柔らかなテルミの方が仲良くできるだろう。

 

「うーん……」

 

 クルックス・ハントは彼らの認識のなかで『とんでもない田舎からやって来た、よく分からない人物』として規定されていた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 十一月になった。

『寒い』という感覚をクルックスは、初めて身に沁みて感じている。生まれて初めて見る冬が足音もなく近付いていた。

 四階の廊下の探索は、思うように進んではいない。無論、後先考えずに進めるだけならば簡単だった。

 けれど、三頭犬を殺してしまえば校長は下手人が誰かを容易く察してしまうだろう。

 傷ひとつ負わせずに出し抜く方法について、他の『きょうだい』達に妙案が浮かぶことはなかった。──もっとも何人かは真剣に考えていないようにも見える。

 

(普通というものは、とても難しいのだな……)

 

 生徒に馴染めないクルックスはグリフィンドールのクィディッチ戦の今日、校庭のベンチに座っていた。

 寒風にそよぐ遠くの森を眺め、ときおり足元の蟻を見守る。煩わしい思考から逃れることができる穏やかであるが、生産的ではない時間だった。

 そんな頃。

 

「いつもに増して暗い顔をしているね。クルックス」

 

「セラフィ」

 

 歩く度に音を立てる枯れ葉の上、同じ枝葉の存在であるセラフィ・ナイトが薄く笑っていた。

 彼女の白銀の髪は、曇天の下では真っ白に輝いて見える。琥珀色の瞳が温かな喜びを宿し、細められた。

 

「聖杯の番犬をいなし、守り人を恐れぬ貴公が凹んでいるとは、すこし面白くある」

 

「勝手に笑ってくれ、セラフィ。それで? 何の用だ? クィディティとか何とかという競技は、スリザリンの試合だろう」

 

「クィディッチだ。グリフィンドールの試合でもあるだろう? 興味がなくて行かなかっただけだよ。日中の静かな空間は気分が落ち着く。今、君がここでおとなしくしているのと同じ理由だ。──何を落ち込んでいるのかな?」

 

 セラフィの問いかけは、彼女の振るう刃のような鋭さがあった。冷たくあったが、真剣でもあった。

 ジッと二人は見つめ合う、先に逸らしたのはクルックスだった。

 

「俺は孤独が苦痛ではない。けれど、悔しいのだ。普通というものに憧れているのに、いざ、その中に放り込まれると何をしていいのか分からない」

 

 血の女王への献身を是とする彼女にとって、目的以外のことは些事である。

 ゆえにクルックスは、セラフィに笑われるだろうと思った。笑ってほしいとも思った。くだらない感傷なのだと一刀に切り捨ててくれるのならば、さらに良い。

 しかし。

 

「それが平和というものだ。父が望んだ平穏だ。だから心おきなく享受すればいい」

 

 彼女が「まあ、いいじゃないか」と言うのでクルックスは、さらに落ち込んだ。肯定されると前進がむず痒くなるようだった。

 

「セラフィは、スリザリンでうまくやっているようだな。……なんというか、とても意外だ」

 

「ああ。見てのとおり野心の欠片も持ち合わせていない僕が、なぜスリザリンなのだろうと思っていたが、何とか馴染めている」

 

『見てのとおり』という言葉の意味が、クルックスには分かりかねた。父を越えたいという彼女の願いは、野心そのものではないかと彼は常々考えていたからだ。

 だが、質問には至らなかった。

 

「テルミが言っていたのだが、僕はミステリアスな存在なので意味ありげに微笑んでいるだけで相手は『壮大な計画を考えている』と勝手に思ってくれるらしい」

 

「君の顔は『お得』らしいな。くそ。俺の苦労は何なんだ」

 

「騎士に向かって『くそ』とは何事かな。連盟員」

 

「すまない。訂正する。羨ましい」

 

「よろしい。君が歯噛みする顔は、ふむ、胸がすくようだ」

 

 クルックスは、顔を背けて足元の蟻を見た。

 父たる狩人はカインハーストの女性に対し、とても弱い。かの女王からのお願いならば何とか叶えようと奔走するし、来訪時に騎士に両断されようが手紙の返信は徒歩で渡しに行く。彼は「カインハーストに連なる女性は、魅力的で参る」とも「相性が良くない」とも言っていた。

 セラフィの微笑を見ているとクルックスまで毒されてしまいそうだった。

 

「……結局のところ。俺は、血に塗れていないと落ち着かないのだ」

 

「君、さては病気かな? 鎮静剤が入用かな? 血に酔っているのかな?」

 

 セラフィが懐から鎮静剤をちらつかせる。クルックスは「要らない」ときっぱり告げた。

 彼女なりの冗談だと知ったのは、その後、微妙な沈黙が過ぎてしばらくのことだ。

 

「気持ちはよく分かる。僕らはこの学校において異物だ。差別されているワケではないが、歓迎されているワケでもない」

 

 彼女はベンチの枯れ葉を払うと彼の隣に座った。

 キシリ、とベンチは音を立てた。

 

「そういえば、俺は校長と話したぞ。ハロウィーンの日だ」

 

「あの日? 僕は地下室で無駄足を踏まされていたが、そんなことがあったのか」

 

「いろいろと、な」

 

 それを聞くと彼女は「へえ」と言った。

 二人が口を閉ざすと冬に向かう風に乗って、遠く離れたクィディッチ会場から声援が聞こえてきた。

 風が通り過ぎるのを待ってクルックスは、禁じられた森の暗い木蔭をぼんやりと見つめた。

 

「校長は『でしゃばるな』と言いたげであった……」

 

「ハッ、フフフ……クハッハハ、ハハハ。年長者という者は、どうしても若者を手玉に取りたがる」

 

 表情に乏しい彼女が愉快そうに肩を震わせて笑った。とても珍しい。

 カインハーストの夜警。セラフィ・ナイト。

 銀の兜で顔を隠す彼女は、兜を外した後も長らく表情を作る必要が無いと思い込んでいたらしい。最近はテルミに指導されて表情を作っている彼女が、自然とこぼす笑みは珍しいものだった。もっとも、今は多少邪悪な笑みであったが。

 

「覚えがあるのか?」

 

「僕の上司がそう。先達、騎士のなかで最も優れていらっしゃる、鴉羽の騎士様。お父様は『カインの流血鴉』と呼ぶが。──お父様の正体を知りながら、僕をお父様にけしかけようとしている」

 

「……? ……何で?」

 

 父たる狩人と血の女王、アンナリーゼの仲は良好と聞いている。その臣下たるカインの流血鴉と父たる狩人が敵対する理由は何はない。

 意図が分からずクルックスは、首を傾げた。

 

「血の女王様が孕むものは上位者だ。ヤーナムの上位者はひとりでいい。支配者がふたりでは都合が悪い。そのための排除だ。全て整った後で、お父様の背中をザクリとやるなら僕がちょうどいいと思っているのだろう」

 

 ──なるほど。

 動機がそれだとすれば、筋は通る。これまで友好的な関係を築いた相手に対し、まったく正当な暴力ではないが、そもそも歴史を繙けばヤーナムにいる貴族はやや傲慢な性格だ。ビルゲンワースが発見し、管理していた『禁断の血』を勝手に持ち出した時代から性根は変わっていないと見た。

 もっとも、セラフィが「鴉羽の騎士様」と慕う、彼の独断という線も色濃い。

 

「でも、お父様はそれくらいでは死なんだろう」

 

 クルックスは、まったく心配に値しないと思っていた。

 最近は「俺、赤ちゃんだし……」がトレンドの狩人であるが、夢を見る狩人の特性そのままに上位者になった彼を誰であれ一刀で殺しきれるとは思えない。最低限の準備として、特別な『手段』と『場所』と『機会』が必要だろう。全てクルックスには必要のないものだ。

 それを聞いたセラフィは、目を細めるだけだった。

 

「さて、どうだろう。僕の劇毒ましまし千景は良い線行くと思う。けれど、僕のことは問題ではないのだ。まったくね」

 

「はあ……?」

 

 彼女の語る企てに安心感を見いだせないクルックスは、この陰謀めいた思惑がまだ続くのかと驚いた。

 

「まあ、聞きたまえよ。ここからが一等面白いところなのだ。鴉羽の騎士様は、僕を隠れ蓑に最後は自分でお父様を狩ってしまいたいのだ」

 

「セラフィを本命の刃と見せかけて自分でお父様を殺そうと? その人は狂人? お父様の正体知っていて殺そうとか狂人としか思えない」

 

 正気の沙汰とは思えぬ行動があるものだ。

 クルックスは彼女の先達の思いがけない言動に戸惑った。

 

「だから僕は好きなのだ。お父様の死血は、人間と互換のある濃厚な上位者の『穢れ』となるだろう。騎士様は『女王様のご懐妊に相応しい』と思っているのか『私のほうが強い』とお考えなのか。さあ、どちらだろう? 僕は見極めきれずにいるが、どちらでも面白そうだし、女王様の利になるから騎士様の思惑に乗っている。……とはいえ、あの人は僕がこのことを勘付いていることまでお見通しのようだが、はてさて」

 

 クルックスの所属する連盟には、このような後ろ暗い陰謀も企みも存在しない。

 ヤーナムにおいて『ことさらに不思議な』地にある、異文化を垣間見てしまった気分だった。啓蒙は得られなかったが、純粋にビックリした。

 セラフィは、忠義に一途な人物だと思っていたが──実際、その側面は間違いなく存在する──先達の同僚と楽し気な関係を築いているらしい。

 彼女は思い出したように再び「フフフ……」と笑い、しかし、唐突に微笑みを消した。

 

「この学校において、僕達の力は歓迎されない。ならば、ならばだよ、最もお父様に似ている君。問題を解決するのは誰だと思う?」

 

「先生だろう」

 

「本当にそう思うか?」

 

「どういうことだ。まどろっこしい問いかけはやめてくれ。もっとハッキリ、簡潔に答えを提示してくれ」

 

 ここに、と手を広げる。

 セラフィは、ゆるりと口を開いた。

 

「僕も確信はない。よって提示する証拠もない。……しかし、僕はね。テルミの言葉を疑うワケではないが、実のところお父様に近しいのは君だと思っている。校長が『「でしゃばるな」と言いたげ』であったのなら、君がそう感じたというのであれば、それは真実に近いのだと思う。そして、それを真実だとするのならば辻褄が合いそうだ」

 

 ──でしゃばるな。

 それは、手出しをするな、とも言い換えられる。なぜ、手出しをしてはいけないのか。

 閃きは突然に訪れた。

 

「選ばれし者がいるというのか?」

 

 

 セラフィは、自らの美しい顔を撫でた。

 

「そう。……秘匿の奥には秘儀があると相場が決まっている。『秘密は甘いもの』だから。そうそう、四階の廊下の話を聞いた時から不思議に思っていたのだが、わざわざホグワーツに留め置く理由があるのだろうか? ダイアゴン横丁のグリンゴッツ銀行は『安全だ』とみな口をそろえて言うのに。──誰が望まれているのだろう? 校長は誰に期待しているのだろう? 哀れな生徒にどんな責務を括りつけて湖に突き落とす心算なのだろう? ねぇ、君。教えてくれないか?」

 

「それは──」

 

 言葉を失ったクルックスは腕を組み、校長とのやりとりを思い出していた。

 隣でセラフィが低く笑った。ちらりと見る。顔の造形は、狩人の夢にいる人形と同じだというのに、こういう時は人形と似ていなかった。

 凍える風が身に鞭打つように当たった。

 

「……このまま話してもいいのだが、すこし冷えるな」

 

「……ああ」

 

「……生の実感など血を浴びることしか知らなかったが」

 

「……普通に寒いな。何か、こう、防寒着が必要だと思う。実はカインハーストでも感じていたが」

 

「……防寒着。それは良い考えだ。せめて首に巻く何かが欲しい」

 

「……それだ。本格的に冬が来るまでに準備したいところだな」

 

 二人は、城に戻った。

 クィディッチは、グリフィンドールの勝利で終わったという。

 グリフィンドールの談話室でチームメイトに担がれているハリー・ポッターを見た瞬間、クルックスは肌にざわりと熱いものがはしった。

 

「…………」

 

 クルックスは思う。

 

(特別な生まれというものか)

 

 クルックスは、人間の『特別さ』というものに興味がない。

 けれど、もし、それが後天的に作れるのならば。

 誰が望まれているか。

 誰に期待しているのか。

 誰を突き落とそうとしているのか。

 

 ──ねぇ、君。教えてくれないか?

 

 たった今、耳元で幻覚が甘く囁く問いかけは、いまクルックスが誰かに言ってしまいたいことだった。

 




【解説】
 校長に対する、もやもやした気持ち。
「なぜ、『いまさら』ヤーナムの民を受け入れたのか?」
 これまでのように無視をしてもいいだろう。見落とし続けてもいいだろう。握り潰すこともできただろう。
 だが、そうはしなかった。
 これに対する何かしらの見解を持っていそうな仔は、ネフライトやテルミですが、藪をつついて蛇玉を出すこともないという判断をしているようです。クルックスが聞けば答えてくれるでしょうが、真実と確かめられないものについて納得するかどうかは別問題。出来る事ならば、そっと蓋をしておきたいものです。
 今のところ、クルックスの手持ちの情報では『ヤーナムを訪れたクィレル先生がダンブルドア校長へスペシャルなスピーチをして納得させた』というものしか思い浮かびません。まさか。
 しかし、誰かがヤーナムを利用しようとしているのならば覚悟すべきです。ヤーナムがもたらすものは、かつてギルバート氏が言ったことが真理なのでしょう。
この街で何を得ようとも私には、それが人に良いものとは思えません……


【あとがき】
 クルックスが、個人的に仲良くできると確信しているのは同じ男の子であるネフライトですが、相性が一番良いのはセラフィだと思っています。
 虫を潰す連盟員は、イカれた医療者を目の敵にしていますが、血の狩人は向こうが放っておけばこちらも無視できる存在なので、所属の属性として敵にはなりにくいからです。
 セラフィは、きょうだいのなかでは自分が一番強いと思っているのでわざわざ市街で連盟活動をしている間のクルックスを害そうとは思いません。僕は、僕より強い奴に会いに行く。
 また、同じ血の穢れならば、連盟よりも教会を害した方が歴史的にも善い行いなので、彼らの獲物はもっぱら教会の狩人です。
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