ホグワーツ構内に広がる深い森。
出入りを禁じていることには理由がある。
罰として使われている理由を知る者は少ない。
ヤーナムにおいて、英雄とは誰であろう。
クルックスにとって父たる狩人しかないが、古狩人は、古い住民は『聖剣のルドウイーク』と呼ばれ讃えられ、何度目かの獣狩り夜から姿を消した教会の狩人を覚えているかもしれない。
彼が、聖剣と月光の持ち主の名前を思い出したのは最近のハリー・ポッターを眺めてのことだ。英雄の盛隆と凋落が数週間で見られるとは、自分はきっと貴重な経験をしている。
つい最近、具体的に言えばクィディッチにおけるハッフルパフとの試合において、ハリーは最大得点を獲得して彼は英雄的扱いを受けた。グリフィンドール寮全体が熱狂した。そのように評しても過大ではなかった。七年近くスリザリンに取られっぱなしだった優勝杯がグリフィンドールの目前にあることに誰もが興奮しているようだった。
しかし、その評価は後日、一変する。
ハリー、ロン、そしてハーマイオニーが深夜一時に天文台の塔をうろつきフィルチに見つかった。その結果、合計一五〇点という点数を失うことになったのだ。これはクィディッチで英雄的賞賛を受けたハリーの立場を大きく揺るがし、今は凋落というに相応しい事態に陥っているようだった。
透明になれる特別なマントがあるのにどうしてこのような事態になったのか。
クルックスは理解に苦しむが、経験の浅さと成功体験が彼の気分を大きくしてしまったのかもしれない。
(俺も襟を正すとしよう)
ハリーは腫物のように扱われていたが、ロンやハーマイオニーも似たようなものだった。授業では水を得た魚のように活き活きとしていたハーマイオニーは、どんな授業もジッと机にかじりつくようになり、黙々と勉強していた。
一言くらい慰めたいと思うクルックスであったが、あいにく気の利いた言葉が思い浮かばない。しまいにはネフライトに「やめろ」と止められた。彼は、いつもの鬱っぽい暗い目で「優しげな善意のひけらかしはやめたまえ」と言った。『ひけらかし』という思いがけない言葉にクルックスは衝撃を受けてしまった。
(ひけらかしに思えるのだろうか……? 俺は寮の点数がいくらでも気にしないが、彼らは違う。今は時間が必要なのかもしれないな……)
何を言われても嫌みに聞こえるだろう。ひょっとするとそれはスリザリンが指を差し口笛を吹いてはやし立て大声で言う悪口よりも陰湿なものになるかもしれない。
何でも構おうとしてしまうのは自分の悪癖になりつつある。狩人でさえ「善意ほどよく空回るものはない」と語るほどだ。もっと慎重になるべきだった。
静観を決めたクルックスは『運の悪かった』三人を見守ることにした。
四階の廊下探索は興味深い人間社会の観察のために後回しにした。しかし、狩人はきっと許してくれるだろう。
■ ■ ■
ハリーは、夜が憂鬱だった。
点数の大損失の大騒ぎで忘れかけていたが罰則があり、それは今日だった。
二十三時。
ハリーとロン、ハーマイオニーは指定された玄関ホールに来たが管理人のフィルチはすでに待っていて、しかもニヤニヤと笑って待ち構えているのだから、これから行われる罰則がどんなに酷いものになるだろうかと考えていた。同じく処罰を受けるマルフォイでさえ彼のことを嫌そうに、そして不安そうに見ていた。
「あぁ、規則を破る前に、自分の行いをよーく考えるようになったろうねぇ。ええ? どうかね?」
ランプを灯し、先導するフィルチはこれまで見たことがないほど上機嫌だった。校庭を横切る一行は誰も口をきかず、彼の話すこれまで行われていた罰則について聞かざるを得なかった。
彼の話を一通り聞いた後で、朗報と思えたのは何十年か前に『体罰がなくなった』ということだけだ。そのことについて彼はとても残念そうに語った。
「……?」
罰について考えながら、真っ暗な校庭を見ていると森に近付く人影が見えたような気がした。
満月に近い空の下、雲が無ければ木々や建物の輪郭がはっきりと見える。その人影も例外ではなかった。
ハリーはフィルチに気付かれないようにチラリと後ろを歩くロンと視線を合わせた。校庭を指す。ロンもその姿を認めたのだろう。ハッと息を飲み込む音が聞こえた。
(スネイプだ!)
ハリーは頭の中がいっぱいになり、罰のことを一時忘れた。
目を凝らしてその人影を追いかけたが、雲がさっと月にかかり、視界が闇に満ちると見失ってしまった。
興奮と疑問でいっぱいになる頭を持て余し、辿り着いたのは森の端にたたずむハグリッドの小屋だった。
罰則はハグリッドと一緒なのだと知り、ハリーはホッとした。
それを意地悪く見つけたフィルチが黄色い歯をむき出しにして笑った。
「あのデクノボウと一緒に楽しもうと思っているんだろうねぇ? 坊や、もう一度よく考えた方がいいねぇ。お前達がこれから行くのは、森の中だ……」
「そんな!」
裏返りをした声でマルフォイが叫んだ。
「森だって! そんなところには夜行けないよ! いろんなのがいるだろう……ッ……狼男とか!」
まさにその時、狼の遠吠えが森の中から聞こえた。
ハーマイオニーが「ヒッ」と息を詰まらせ、身を強張らせた。ロンも顔色を悪くしている。
「坊や、狼男のことは問題を起こす前に考えておくべきだったねぇ……!」
嬉しくてたまらない、という風にフィルチは笑った。
ハグリッドがそんな彼を軽蔑したように冷たく見て、手を払うように動かした。
「説教も叱責もお前の仕事じゃなかろう。お前の役目はもう終わりだ。ここからは俺が引き受ける。さっさと戻れ」
「夜明けに戻ってくるさ。こいつらの身体の残っている部分だけ引き取りに来る。……森で飢えた狼の餌にならなきゃだがね」
たっぷり脅しかけたフィルチはランプをゆらゆらさせながら城への道を戻っていった。
ハグリッドは石弓を持ち、肩の矢筒を確認した。犬のファングが忙しなくハグリッドの足元を歩いていた。
「よし。……それじゃ、よーく聞いてくれ。なんせ、俺達が今夜やろうとしていることは危険なんだ。みんな軽はずみなことをしちゃいかん。しばらくは俺について来てくれ」
ハリーはバクバクと音を立てる胸を押さえて彼のあとに続いた。
森は風をまるで呼吸をしているように、四人の姿を暗がりに吸い込んだ。
先導に続き森の中を進むと月明りがよく差し込む、開けた場所に何かキラキラと光るものが横たわっていた。
「一角獣だ。この、銀色が見えるか?」
四人は力尽き首を暴かれたユニコーンを囲むように立った。
ハグリッドはそばに膝をつき、傷口を確認するように明かりを寄せた。
「ハグリッド、ユニコーンの血ね?」
ハーマイオニーが恐れを滲ませて訊ねた。
「ああ。今週になってこれで二回目だ。水曜日に最初の死骸を見つけた。みんなでかわいそうなやつを見つけ出すんだ。助からないのなら、苦しまないようにしてやらねばならん」
「そりゃいい考えだ。ユニコーンを襲ったやつが先に僕たちを見つけたらどうするんだい?」
マルフォイの質問にハグリッドは辺りを見回しながら答えた。
「俺やファングと一緒におれば、この森に棲むものは誰もお前たちを傷つけはせん。道を外れるなよ。二組になって別々の道を行こう。……血が光っているだろう。そこら中をのたうちまわっているんだ」
「僕はファングと一緒がいい」
尖った顎を上げてマルフォイが言った。
大きなランプをひとつ、ハグリッドはハリーに渡した。
「構わんが、そいつは臆病だぞ。ハリー、マルフォイと一緒だ。ロンとハーマイオニーは俺と来い」
マルフォイはファングの牙に期待して言ったのだろうが、もう後悔した顔をしていた。
ハリーはロンとハーマイオニーと顔を合わせ、特にロンは真剣そのもので頷いた。
道が分かれ、ハグリッドの姿が見えなくなるとマルフォイとハリーは顔を見合わせた。
停戦だ。
お互いに、いくら気に喰わない者だとしてもこの森で余計な諍いはすまい。二人の間で無言の約束が成立した。
「……はぁ。お父様が聞いたら何とおっしゃるか。こんなこと召使いの仕事だよ」
血の跡を辿り、十分も歩くとマルフォイは余裕が出始めたのか、ブツブツと愚痴を言い始めた。
心臓は相変わらずバクバクと震えていたが、ハリーも次第に緊張が解れていた。森は深く、そして広い。校庭で見かけた、森に入っていく影とばったり出くわす可能性は低いと思ったのだ。
フゥ。ひとつ息を吐く。
ハグリッドがそうしたように辺りを見回し、耳を澄ませる。聴覚が敏感になっているような気がした。
再びマルフォイと目があった。彼は、ハリーに対して「君のせいでこんなことに」となじりたかったのだろう。そのために口を開いたが、突然響いた破裂音に言葉を詰まらせた。
闇夜に高く響いた音。
それはマグルの映画で見るピストル。その発砲音を分厚くしたような音だった。
ハリーは身を固くしたが、マルフォイはピンと来ていないようだった。
「待てよ。ハグリッドは銃なんて」
持っていなかった。彼が担いだ石弓を思い出す。
──では、銃を撃ったのは誰だ?
もし森にスネイプがいるとして、どうしてそんなものを取り出す必要があるのだろう。
(ひょっとして……校庭で見た影は、スネイプではない?)
また発砲音だ。
風が吹いて頭上の木々がザァザァと音を立てた。
「行こう」
「っ……ああ」
銃声は遠い──と思う。
ユニコーンを見つけなければ朝まで帰れないのだから、進まなくてはいけなかった。仕方がない。マルフォイもそれが分かっているのだろう。覚悟を決めたように後ろをついてきた。
樹木に見える血の量は次第に多くなっていた。
■ ■ ■
時間は、五分ばかり遡る。
ネフライト・メンシスは、テルミと取引した『ユニコーンの血の採取』という役目を負って禁じられた森へ踏み入った。メンシスの檻を傷つけるワケにはいかないので、あればかりは自室においてきた。
森を進む足は、おぼつかない。ヤーナムの禁域の森を自分の庭のように歩くクルックスに劣る。そんな彼の足取りは、決して歩き慣れているとは言い難いものだったが、幸いなことに今日は月が明るい。運よく獣道を見つけた。また人間よりも巨大な生き物が歩いていた形跡があった。
嗅ぎなれぬ血の匂いに誘われネフライトは方針を定めて風上へ進んだ。その先で、傷ついたユニコーンを見つけた。使い込まれた教会の連装銃を向ける必要はなかった。銀色に輝いた生物は、ある時、とうとう力尽きて倒れ伏したからだ。
力なく投げ出された脚は惜しげもなく蹄を晒し、鬣は月光を受けて銀と白に彩られた。
古の詩人が謳わざるを得ない、神話的光景であろうとネフライトの心が動じることは無かった。
清潔と不潔。
均等と比率。
万化と普遍。
それらをもって世界を定義しようとするネフライトにとって死した生物とは、それ以外の何物でもなかったからである。
彼が心を動かすのは常に『狩人』と『同胞』そして『信仰』だけだった。
ゆえに。
ネフライトは自分とユニコーンとの間に現れた黒いローブの人物に対して、言葉のかわりに水銀弾を浴びせたのだった。
けたたましい発砲音と共に黒フードの輪郭はパッと照らされた。ネフからは相手の顔は見えない。けれど、向こうは銃が上げた火花によって顔が見えただろう。
的中には至らなかった。
ローブを着た人物は、背中に目が付いているとしか思えない動きで銃弾を避けた。身のこなしを見るに年若い男のようだった。
次弾の装填しつつ、ネフライトは距離を詰めるため、駆けた。
(──テルミめ。こういう輩が出ることを察していたな)
ネフライトが、役割を引き受けた経緯を思い出していた。
■ ■ ■
「ユニコーンを殺し、その血を飲んだ者は呪われる。なんて大袈裟な話と思わなくて?」
疑問提起は、そのような言葉だった。
血。
その単語は、ヤーナムの民にとって特別な意味を持つ。
だから、せめて話くらいは聞いておこうとネフライトは思ったのだ。
「呪いの定義は、文化により異なる。」
「では、根幹の神秘が異なったら呪いはどうなるのかしら? 物知りなネフライトさん、教えて下さらない?」
ネフライトは、ジッとテルミを見つめた。
緑色の瞳が、藍の視線とぶつかる。
「私は、驚いている。テルミ・コーラス=ビルゲンワース」
「あら失礼。驚かせたつもりはないのですけど」
彼女は、試すように微笑んだ。
「どうして君の口車に私が『わざわざ』騙されると思っているのか? クルックスならば分かる。彼は愚直だ。また、嘘とか企みとか無縁であるべき人だから。セラフィも分かる。彼女はズレているから。カインハーストの価値観は我々とは馴染まない。また、二君に仕えて破綻しない人格でもある」
「素晴らしい分析。もっと聞きたいわ。聞かせてちょうだい」
「語るべき言葉はない。君は、私をそそのかしてしまいたいのだろう? 断る。君の探求は君のものだ。己が道を往くといい。互いに交わるまで私は敵にも味方にもならない。お父様に誓ってもいい」
ネフライトの提案は、クルックスやセラフィであれば二つ返事で回答をいただけて、それで終わったことだろう。
だが、相手はテルミだった。
蒼い瞳は、いつも天上の銀灰を見つめていた。
「おかしなことを言うのですね。ネフ。いけないわ。とってもいけない人だわ。だって『きょうだい』は協力し合うべきでしょう? だって、目的は同じなのですから」
「目的へ至る『手段が違う』と言っている。互いの干渉を避けるべきだと言うことは、ダイアゴン横丁でも話したと記憶している」
「だから。その論は、おかしなものだわ。それはまるで手段を重んじて目的を軽んじているように聞こえてしまうもの」
ネフライトは、手にしていた羊皮紙をパッと離した。
(話が通じないヤツだ)
その言葉を言ってしまわなかったのは、ネフライトのなけなしの良心ゆえだった。
メンシスの檻のなかで髪を掻こうとして指が届かないことに気付いてやめた。
「お父様のために考えた企画なのに、あなたは参加しないの?
「気になるのなら、君が行けばいい。止めない。妨害もしない」
「ウフフ、誰が行くという『手段』の話をしているのではないのよ。だって、お父様のためなのに。あなた、何のために何をしにここに来ているの? あなたの、たかが信条のためにお父様の思索の先触れになるかもしれない素材集めを怠るの? ねぇ? どうなのかしら?」
ネフライトは、テルミに対する認識を改めた。『お父様のため』に動き続ける彼女は、ほかの三人に対しても『お父様のため』が優先されると思っている節があるらしい。
これは彼女の内側にだけ通用する理屈でネフライトが斟酌する理屈は何一つなかった。それでも結局、彼女の提案を受け入れたのは、論破するには準備も時間も割に合わないと判断したからだ。ネフライトはできる限り、彼女のことを頭から追い出してしまいたい。
■ ■ ■
(視界不良。アシの出る取引だったか。……だが、いいだろう)
ネフライトは挨拶を終えた銃を腰のベルトに差し、懐から剣を取り出した。
それは『慈悲の刃』と呼ばれる狩人狩りに使われる剣だ。
何度かフェイントをかけつつ、攻撃呪文の閃光をかわす。
振るわれた刃は鋭く月光を弾き、男が咄嗟に挙げたローブの腕を切り裂く。悲鳴はどこかで聞いたことがある声のように聞こえた。
(動きが鈍い。殺せる)
邪魔者がいなくなったらユニコーンの血の摂取は十分にできるだろう。鬣もいく束か切り取ってもよいだろう。
(──ユニコーンの貴重品。ぜひ、持ち帰ってしまいたい)
だから、殺さなければ。
左手で剣の柄を握る。
慈悲の刃。
歪な刃が二枚重なった仕掛け武器の骨頂は、二つの剣に分かたれることにある。
展開の勢いのまま、両手に握る刃で不審者の首を狙う。
しかし、ネフライトの狙いは外れた。
闇の中で弦の弾ける音が聞こえ、瞬間、バックステップで身を引く。結果として、それは幸運な選択になった。
目の前で風を切り、闇を射抜いた矢は、ネフライトから遠い樹木へ突き刺さった。
ここで敵か味方かも知れない第三者の介入に、ネフライトは行動方針を修正した。
足音が複数聞こえる。
(──運が悪い。撤退だ)
ネフライトはすぐさま、森の闇の中に飛び込み、彼らから最も遠い方角へ全力で走った。
利益の対価を考える時。
『きょうだい』で比べるとしたら、彼、ネフライトは損切が早い少年であった。
父たる狩人の堅実性を色濃く受け継いでいる、という自称は正しい認識のだった。
(明日、テルミにチクチクと言われることだけが憂鬱だ)
彼らから姿が見えない場所まで来るとネフライトは『狩人の確かな徴』を使おうと衣嚢に手を突っ込んだ。
くらりと眩暈に似た心地、夢の片鱗を捉えようとした瞬間のことだ。
闇夜に響く蹄音にネフライトは意識を取り戻した。
「何者か」
「──禍々しい星の火が訪れることは星の動きから知っていた」
カサリと音を立てて、木々を避ける。
腰から上は赤い髪、赤い髭の人の姿。そして腰から下は栗毛に赤みを帯びた長い尾の馬。
それはケンタウルスと呼ばれる種族だった。
「ほう。それは好ましい事態と言えましょう。ケンタウルスの賢者。しかし、私の見るところ。その星は、ケンタウルスに害を及ぼさないと見た」
「…………」
瞬きもせず、そのケンタウルスはネフライトを見ていた。
「遠い、深い血の香りだ」
「静かな夜に森を荒らしたことを詫びましょう。我らの血と銀で森を汚したことも詫びましょう。しかし、より悪しき者を討ち滅ぼすためと理解されるがよろしい」
「今夜は火星が明るい」
「そう。ご機嫌よう」
本で見た通り、ケンタウルスとの意思疎通は難しい。
──駄馬め。
内心で毒づき、ネフライトは今度こそ姿を消した。
■ ■ ■
クルックスは、特に理由のない夜更かしをしていた。
強いて理由を挙げるとすれば、今日は月が明るい夜だ。目が冴えてしまっていた。
ゆえに。
クリスマス休暇の暖炉の温もりが忘れられないクルックスは、足音を立てずに談話室まで降りてきたのだ。
暖炉の前で寛いでいると聞き慣れた足音が三人分聞こえた。
扉が開け放たれた時。先頭に立っていたハリーと目が合った。
「こんばんは。佳い夜だな。……そうか。罰則は今日だったか」
「ねえ、君──今日、森にいた?」
開口一番。単刀直入。
さまざまな言葉がクルックスの頭に浮かび、消えていった。
森、と一口だけ呟く。
ロンとハーマイオニーは、恐る恐る反応を窺っているようだった。
「学校の森か? いいや。俺は行っていない。しかし『誰かと出くわした』という顔をしているな」
クルックスはソファーの上でとろけながら訊ねてみた。
図星のようでハリーは興奮したままに詰め寄った。
「『俺は』ってことは、誰か別の人に心当たりがあるんだね?」
彼らからは、深い森の気配が漂っていた。
懐かしくも狩人の本能を掻き立てるものに、クルックスは目を細めた。
「む。俺ばかりタダで話すのは面白いことではない。だが、誤解は解かなければならない。……俺の関係者の誰が森にいようと学校の者を傷つけることはしない。学校に滞在を続けなければならない身ゆえに。その点、安心してほしいのだが」
「それって男性の……いえ、女性かもしれないけれど……大人の関係者はいる?」
ハーマイオニーが、ハリーに視線を送りながら言った。
確かめるように、ハリーも頷いている。
「……今は、いない、ハズだ」
父たる狩人が上位者的思考の産物の『気まぐれ』を起こさない限り、彼が揺籃のヤーナムから這い出てくることは当面のところない。ビルゲンワースの学徒達をはじめ他の関係者も同様だ。やわらかな閉鎖状況にあるヤーナムから彼らが出るには狩人の許可を得て夢を渡る必要があるだろう。そして、悪夢の主は遂に二〇〇年以上、獣の一匹さえヤーナムから取りこぼすことはなかったのだから、まさか人間を見逃すハズがない。
唯一の可能性は、哀れなる堕とし子と呼ばれるアメンドーズ達──彼らは現実と夢の往来を可能としている──が誰かを『飛ばす』ことだが、この異邦の地でヤーナム産の濃密な神秘の気配があれば血が騒ぎそうなものだ。そもそも、可能性としてゼロではないだけで限りなく低い確率だ。まして、そんな者が森で人間と出会うなど。
「森に誰かがいたのならば……何をしていたのかによっては敵になるな。それで? 何をしていたんだ?」
「ユニコーンを傷つけて、たぶん、血を欲しがったんだと思う」
「……それはまた物騒な話だな」
──ネフライトではないだろうな。まさか。いや、彼ならばもっと上手くやるはずだ。
一向に眠気が訪れない頭に、ふと考えが過ぎる。
「ただの疑問なのだが、答えてほしい。……君達にとって『血』とは何だ」
ハリーは苦々しく、嫌な物を見たという顔をした。
考えたこともないと首を振った彼らにクルックスは暖炉の焔を見つめながら言った。
「俺達にとって血とは『生きる感覚』そのものなのだ。それは意志と等しくあり、我らを人ならしめ、また留める軛であり、今は何よりの縁だ。……何が言いたいかと言うと、血の話をする時にそう嫌な顔をしてほしくない、という意味なのだが、通じているだろうか?」
「それは……あー……難しいかも。血で感染する病気もあるし……マグルは、という話だけど」
ハリーとロンが『なに言っているんだ、コイツは』という顔を隠そうともしないのでハーマイオニーがフォローを入れた。とはいえ、絶妙にフォローしきれていない。しかし、クルックスは機嫌よく笑った。物事の真意を偶然にも言い当てた彼女の聡明さに驚いたのだ。
「
ひとり。
喋り過ぎたと思ったクルックスは、灰の暗い瞳をハリーへ向けた。
「しかし、我欲は良くない。ユニコーンの血を徒に流したのであれば、それは敵だ。答えはこれでよいだろうか。では、俺からもう一つだけ質問を。それで? 『命を永らえさせるユニコーンの血を欲していたのは誰なのか』──推理を聞かせてはもらえないだろうか? ハリー・ポッター」
【解説】
背中に目がついているような謎挙動で銃撃を避けられてしまいました。不思議ですね。まるでコマンド入力後に避けられたようだ。
ユニコーンの血を聖杯素材に使いたいテルミ「だってヤーナムにおいて『対魔法使いに対する攻撃力を弱める』なんて意味がないのだから、実質ノーデメリット血晶石が手に入る可能性があるんですもの!」
ネフ(『可能性』は広がるが、つまりそれぞれの入手率も下がるということで。新しい地獄の釜の蓋が開くだけなのでは……?)
なんだかんだと言ってネフは相談役になってしまっています。何か言う度に「あぁ、また言ってしまった……」とちょっぴり後悔するのですが。
【あとがき】
賢者の石も、もうすこしになってきました。
加筆頑張ります。