甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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騙し、陥れるもの。
かの狩人は後を歩く者に言った。
……罠に気を付けろ。踏むのは俺だが、当たるのは君だ……




 ハリーは先頭に立ち、禁じられた扉を開いた。

 誰もが先ほど見た二人のことを気がかりにしていたが、まずは眼前の光景に目を奪われた。

 フラッフィー、三頭犬の部屋は魔法のかかったハープの音が空間を満たしていた。三人の速い呼吸とは真逆に、フラッフィーは深く大きないびきを立てながら眠っていた。

 鼻の穴が大きく開き、生臭い息が吹きかけられると三人が被っていた透明マントが、吹き飛ばされてしまった。

 

(もう、スネイプは地下に行ったんだ!)

 

 ハリーは、犬の足下に扉があることを確認した。そして、二人と顔を見合わせて頷いた。

 三人で扉の上から足を除ける。そして、仕掛け扉の引き手を引っ張った。

 

「な、何が見える?」

 

 怖々と穴を覗くハーマイオニーが訊ねた。

 ハリーも同じように覗いていたが、何も見えなかった。

 

「何も。真っ暗だ。階段も無いみたいだから、落ちていくしかない。……ロン、ハーマイオニー、僕の身に何か起きたら、ついてこないでくれよ。まっすぐ、ふくろう小屋に行って、ダンブルドア宛にヘドウィグを送ってくれ。いいかい?」

 

「ああ、分かった」

 

「ハリー、気をつけて」

 

 二人がしっかりと頷くのを見てハリーは飛び降りた。

 気の遠くなるような長い時間、落ちた気がする。しかし、衝撃は一瞬後にやって来た。

 ドシン。奇妙な鈍い音を立て、柔らかい物の上に着地した。

 焦げた匂いがスンと鼻に刺さる。火があるのだろうか。ドキリと胸を押さえたハリーだったが、目に見える範囲は暗闇だった。

 

「オーケーだ。大丈夫だよ!」

 

 続いてロンとハーマイオニーが落ちてきた。

 

「あぁ、死ぬかと思った。うわあ、何だコレ……なんかグネグネしてる……」

 

「これって『悪魔の罠』だわ!」

 

 ハーマイオニーが、ヒステリック気味の高い声を上げたのでハリーとロンは驚いて、立ち上がった。

 暗闇に慣れてきた目が、ようやく身の回りのものを映し始めた。大小さまざまな太さの植物のツルの上にいるらしかった。

 

「ふたりとも暴れないで! ゆっくり、そっと、動いて」

 

 そしてジトッと湿った壁のほうへ移動した。

 三人はしがみつくように壁に寄りかかった。

 

「あ、あれは何?」

 

「授業で習ったでしょ。悪魔の罠って植物で、動くものに絡みついて殺すのよ」

 

「でも、そうならなかったのはなぜ?」

 

 ハーマイオニーも不思議そうにしていたが、やがて空間を満たす焦げ臭さに気付いた。

 

「先に来た誰かが火を使ったみたい。だから、罠も弱っていたんだわ」

 

 ハリーは、落ちてきた場所を見上げた。

 三頭犬の部屋の仕掛け扉の入り口は、切手サイズになっていた。

 

「行こう。こっちだ」

 

 奥へ続く石の一本道へ三人は進む。

 進むにつれて、羽音が聞こえ出した。ハーマイオニーが「何かしら」と音の正体を探る。

 

「鳥って感じではない、と、思うけど……」

 

「鈴みたいな音が聞こえないか? チリン、チリンって」

 

 三人は、できるだけ足音を立てずに、そして慎重に廊下を進んだ。

 通路の出口に出た。目の前に眩い部屋が広がった。宝石のようにキラキラと輝く無数の小鳥が部屋いっぱいに飛び回っている。

 

「見て!」

 

 ロンが真っ先に声を上げた。

 部屋の向こう側、分厚そうな木の扉の前に誰かが立っている。

 それは、クルックス・ハントだった。

 

「……む。貴公ら」

 

 鳥の羽を模した特徴的な帽子、ロングコートを着込んだクルックスは扉を壊そうか思案していたようだ。

 

「ハント!」

 

「待て、近付くな」

 

 駆け寄ろうとした三人に対し、クルックスが向けたのは左手に握る無骨な長銃だった。

 

「な、なに?」

 

「安心しろ。傷つける心算は無い。俺はな。──そこにいる四人目は誰だ?」

 

 目深に被り込んだトリコーンから、決して淀まない鋭い目が覗いた。

 

「四人目? 僕らは三人できたけど」

 

「足音は四人分だった。あのマントで隠れているんだろう?」

 

 ロンは「頭がおかしいんじゃないか」と呟く。

 ハリーも今回ばかりは同意見だ。

 寮を出てからここに至るまで三人は三人だけで行動してきた。マントも三頭犬の部屋に落としてしまった。四人目などいるはずがなかった。

 

 鋭い眼光で三人と虚空を睨みつけるクルックスは、今にも引き金を引きかねない危うさを持っていた。

 

「聞こえているぞ、ウィーズリー。俺に対して限らずだが、あまり礼を欠くことを言うべきではない。そもそも俺はヤーナムのなかで指折りの『まともな』人間で、いや、今はそんなことはどうでもいい。──姿を現せ、三秒以内に現れなければ月の香りの狩人の敵対者として、俺が貴公を狩る」

 

 獲物を探していた銃口が、ある時、ピタリと動きを止めた。

 その直後のことだ。

 控えめな、けれど大きな笑い声が聞こえた。

 

「クッフフフ、お呼びになって、こんばんは! 佳い夜ね。クルックス」

 

 何も無いと思えた空間から現れたのは、ハッフルパフのテルミ・コーラス=Bだった。

 見慣れない、真っ黒な上下のツーピースに身を包む彼女は、一度だけ中折れ帽子を手にとって挨拶した。

 

「君、どこから」

 

「ずっとあなた達の後ろをついてきたの。ええ、ええ! とっても楽しかったわ!」

 

 テルミは、ウィンプルに収めきれなかった金色の美しい髪を揺らして笑っている。

 長閑な日差しの下でこそ相応しい笑みだったが、しかし、ここはホグワーツの地下数キロ近い暗渠だ。

 まったく相応しからぬ笑みに、ハリーは初めて彼女に底知れない恐さを感じた。

 

「テルミ? ……テルミか」

 

 銃を下ろしたクルックスは、素っ気なく目を逸らした。

 

「なんでちょっと残念そうなの」

 

「え。いいや、そんなことはない。ただ、俺は、てっきりネフかと思ってな。まぁ、どちらでもいい。扉を突破するために壊そうと思っていたところだ。手伝え…………と言いたいところだが、そもそも何をしに来たんだ?」

 

 テルミは、てくてく歩いて大きな扉をコツコツと叩いた。

 

「ネフに頼んだ『ユニコーンの死血』が手に入らなくなってしまったのね。あの人、しくじったの。『ユニコーンの鬣』だけ土産にするには、何だか物足りないから魔法使いの『何か』……ええ。『何か』が手に入ったら、きっと嬉しいと思ったの。学校の先生を勤められる人物ならば、何にせよ、質に問題は無いと思ったの。貴公は?」

 

「秘密を暴きたくなっただけだ」

 

「素敵な理由ですね。だからほら、さっさと壊さないとね? 爆発金槌はどちらかしら?」

 

「たった今やろうとしたところに貴公らが来たんだ。急かすなよ。仕損じる……」

 

「待って、ハント。壊すのは最後の手段にしたほうがいい」

 

 ハリーの言葉にロンが頭上を飛び交う小鳥を眺めて同意した。

 

「扉に乱暴した瞬間、鳥が襲って来るんじゃないか?」

 

「分かった。やめよう」

 

 意見したロンが戸惑うほどの即断に、隣のテルミも首を傾げている。

 

「あら。やめちゃうの?」

 

「扉は固く閉じられている。だから、やめる。俺達が穴だらけになっても構わないが、彼らは違う。俺達は、できる限り彼らを守らなければならないだろう」

 

「貴公ったら真面目ね。感心します」

 

「は?」

 

 細やかな刺繍が印象的である、真っ白な手袋で口元を隠したテルミが、うっかり言葉を溢した。その後、手を振って「何でもありませんわ」と言った。

 

「扉は壊さない。だから代案を出したまえよ」

 

「できるだけ早い解決策が良いと思うわ。この人、こらえ性が無いの。困ったことにね。フフフ……」

 

 クルックスが何か言いたげに口を尖らせたが、結局、何も反論することはなかった。その代わり「早めにな」と念を押した。

 ハリーが扉に近付き、何かに気付いた。

 

「鍵穴がある。鍵があるはずだ」

 

「鳥よ。こんなところで飾りで飛んでいるはずが無いわ」

 

 ハリーの閃きは、類い希なる観察力によってもたらされた。

 

「あれだ!」

 

 銀色に輝く小鳥の正体が、鍵に羽を生やしたものだと分かった。テルミとクルックスの注文に応えたワケではなかったが、そこからは早かった。

 

「……なるほど、最年少シーカーの評価は伊達では無かったようだな」

 

 無数の似た存在のなかで異なるひとつを見つけ出す。その作業は、類い希なる集中力、そして観察力が無ければ為しえなかったことだろう。

 捕まえるための術はご丁寧なことに壁にあった。ハリーが立てかけられた箒を手に取った。

 

「クィディッチに興味が沸いた?」

 

 ハリーは飛び立つ前、クルックスにそんな声をかけた。

 

「優れた才覚を、俺は評価する。貴公の試合ならば……次は、応援に行こう」

 

「ああ。そうしてくれ」

 

 ハリーが石畳を蹴る。目指すは、古びた鍵。それは、くすんだ銀色に輝き、わずかに羽が折れていた。

 三分もしないうちに決着はついた。彼は、巧みに箒を操り、鍵を取り押さえた。

 

 鍵を捕まえた後、他の鍵鳥に襲われかけたものの何とか大きな怪我無く通過した。

 よろめきつつ飛んでいく鍵を見送り、彼らは次の部屋に進んだ。

 次は、大きなチェス盤だった。

 

「なるほど。ゲームに勝たないと進めないということね。知略が試されているのかしら。悠長な話ですこと。それで、どなたが指揮します?」

 

 テルミが、テキパキと訊ねた。

 チェスは、ハリーより、ハーマイオニーよりロンが強かった。テルミも他人に訊ねる以上、腕前はたいそうなものではないようだ。

 では、もうひとりはどうだろうか。

 

「クルックス、あなたチェスは得意?」

 

「色の違う駒で挟むとひっくり返るんだったな」

 

「ロン! 君だ! 君しかない!」

 

 ハリーは、安心した。彼は問題外だった。

 指揮はロンが取った。

 駒を取ったり取られたり、あわやハーマイオニーが敵の白駒に取られそうになっていたことは二回もあった。

 それでも、ロンが焦りを見せることは無かった。じっと考え込む目をして、指示を飛ばす。

 やがて。

 戦局は、黒に傾いた。

 

「ハリー、チェックメイトだ。頼んだよ」

 

「でも……!」

 

 次の一手で、ロンは敵のクィーンに取られる。

 そうしなければならなかった。

 確実にチェックメイトが取れる機会はここしかないと言う。

 

「スネイプに石を取られても良いのか!? この先に進むのは君なんだ!」

 

 ハリーは歯を食いしばりながらも頷いた。

 ロンがナイトを進めると予想通り敵の白いクィーンがロンの乗る黒のナイトを破壊した。

 悲鳴を上げながら場外に飛ばされるロンを見て、思わずハーマイオニーが駆け寄ろうとする。それを制して、ハリーは白いキングに触れた。

 

「チェックメイトだ」

 

 敵のキングが崩れ落ちる。

 ハリーとハーマイオニーはロンに駆け寄った。

 

「気絶しているみたい」

 

「仕方が無いけれど置いていきましょう」

 

 テルミが提案した。

 でも、と言いかけたハーマイオニーをクルックスが遮った。

 

「俺もテルミと同意見だ。この先、何があるか分からない。ポッターには君の知恵が必要だ」

 

 彼は、ロングコートを脱ぐと仰向けで転がるロンの上にかけた。

 

「……幸い、寒くは無いが、それにしても石の床は冷えるだろう。多少はマシのはずだ」

 

「ロン、必ず戻ってくるから」

 

 ハリーは、ロンの手を握って言うと立ち上がった。

 ロンがいなくなった心細さに憑りつかれないよう、ハリーは駆け足で次の扉に進んだ。




【解説】
 たぶん察しの良いハーマイオニーだと「これ、教科書で見たわ!」となったのではないかな、と思ったり思わなかったりする試練だと思います。
 チェスの光景は、クルックスは「何で駒を真っ直ぐに動かして取らないんだろうか(ポーン)」と思っていそうです。

【あとがき】
 やはり爆発金鎚! 爆発金鎚は、だいたい全てを解決する!
 かわけも~? お前も好きか~? そっか~、喰らえッ!
 古狩人パイセンだと一番は、加速赤目パイセンが好きなんですけど、二番目は爆発金鎚パイセンが好きです。でも、たまにちゃんと銃撃したら怯んでほしいなって思います。
 ギルバートさんは、わりと助言してくれるので好きですが「火炎放射器」なんて凶暴な物を渡してくるので「お、おう……」となった人も多いんじゃないかなぁ、と思います。赤い月の後、彼の家のそばに獣が出るじゃないですか。──ギルバートさん、見ててくれよな! 成長した俺の姿を!

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