甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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さまよえる血の狩人、レオー
かつて聖杯に漂い、長い夢の果てに帰参したカインハーストの騎士。
倦怠と狂熱に突き落とされた彼は、いまやヤーナムにある。
温もりは遠く失せたが、血の紐帯は褪せることなく存在する。
……いつか彼女が、その手に血の赤子を抱くために……



教会の射手

「あぁ、煙草がうまい」

 

 ヤーナム市街、外れにて。

 紙巻き煙草が呼吸の都度に赤く灯る。

 虚空の月に吹きかけた紫煙が、笑い声と共に零れた。

 

「市街で死体漁りして出てきた煙草は、どんな味の、どんな階級の煙草より最高だ。クハハ、覚えておけ」

 

 カインの兜──銀で作られた兜のバイザーを上げて煙草を吸っていた彼は、ふと思いついたことがあり、隣に立つ少女に煙を吹きかけた。

 油断無く周囲を警戒していた夜警は、途端にムッと顔をしかめ、手で煙を追いやった。

 

「レオー様、煙い」

 

「煙らせてんだよ。可愛い子ちゃんの初陣だ。先輩様からの餞別ってヤツさね」

 

「これまでの騎士の方々がどうだったかは分からないが、僕なら水銀弾をくださったほうが嬉しい」

 

「その適任は鴉だ。アイツにあたるんだな。……。……。──っていうかアイツ、どこへ行ったんだ? 俺達に待機命令出しておいて忘れてんじゃないの?」

 

 騎士からぬ軽口で彼は言う。

 街の中心にそびえる聖堂、連なるように時計塔があった。数分おきに流れる視線は、かの時計を確認していた。

 カインハーストに名を連ねる騎士達の狩りには、定刻がある。限られた時間しか市街に留まらない。それは、彼らの狩りが必要な分を必要だけ狩り取る──正しく狩人であるからだ。

 レオーが言う鴉。巷を騒がせる『カインの流血鴉』とは、三十分ほど前に別行動になった。

 別れ際に「ここで待て」と命じられた二人は、従っていたのだ。

 

「狩りの始まりまで、あと五分。セラフィ、何か聞いているか?」

 

「レオー様が知らないことなら僕も知りませんね」

 

「えぇぇぇ、聞いておけよ。俺が聞いても答えてくれないんだからさぁ」

 

「きちんと聞いておられないのでしょう。僕の質問には、答えてくれる。わりと」

 

「そりゃ、お前は鴉のお気に入りだからだろ。かーっ。男の贔屓なんて下心見え見えで恥ずかしいったらありゃしない」

 

「その心の機微は、僕にはよく分からないな」

 

「男ってのは、そういうもンなの。鴉に限らないが、妙に親切なヤツがいたらお前の体目当てだ。絶対に近づけるなよ」

 

「はあ。でも僕は強いので心配はいらないと思う」

 

 分かってない。

 レオーはセラフィの頭にコツンと拳骨をおとした。

 

「お前は顔がイイんだから、ちゃんとしなさいってば。お得感を大事にしろよ。……うーん。なぁなぁ、ときどき忘れるんだけど、お前は一歳か二歳そこらの赤ちゃんなんだよな。上位者ってやっぱ頭がおかしいだろ。あの月の香りの狩人から、なんでこんなカインハースト系のいい子ちゃんができるんだよ。……俺の人生、狂っちまうだろうが……」

 

「さてね。僕は人間だから『よく分からないな』と言わせてもらう」

 

 打てば響くとは、まさにこのこと。

 レオーは、いつでもキレの良い返事をするセラフィのことを好ましく思っていた。

 

「お前は本当にいい子だなぁ。可愛い子ちゃんで俺も鼻が高い。先輩に従順な後輩は長生きするとカインじゃ相場が決まっているんだ」

 

「ありがとう」

 

 ──あぁ、もう半分かよ。

 レオーが惜しむように紙巻き煙草を味わっている。

 セラフィは、大剣と銃が一体になった仕掛け武器──レイテルパラッシュを鞘から抜いた。

 

「そろそろ、鴉羽の騎士様が戻られます」

 

「ほう。なぜ分かる?」

 

「勘です」

 

「勘ねぇ」

 

「他人を納得させるにあたり、判断には客観的な証拠が必要であるとは分かっている。けれど、僕には分かる。……なぜだろうか」

 

 レオーは兜の隙間からセラフィの横顔を見つめた。

 鴉が入れ込む理由も、レオーには分かる。

 

(いい顔をする)

 

 セラフィは、恐怖を知らない。

 恐ろしいものを『恐ろしい』と認識できず、理解ができないのだと言った。

 その言葉の真実を確かめる術を騎士達は持たなかったが、事実であるという確認はできた。

 訓練と称した真剣勝負で何度命を絶たれても怯まず挑みかかることができるのは、まさしく恐怖を知らないからだろう。

 

 だからこそ、騎士に仕立てるには都合が良い。

 

 闇夜を恐れるのは人の本能だ。

 出自の異常ゆえにそれを知り得ないならば、誰よりも深く闇夜に紛れることができる。闇夜は、セラフィだけが優位に立てる舞台となるだろう。

 レオーは、セラフィの肩を抱いた。

 体は強張ることがない。

 不思議そうに見上げる琥珀色の瞳が子猫のようで可愛い。カインハーストの未来の騎士は、良き後輩だった。

 

「いいや、悪くない。勘は良いものだ。頭の中で考えて弾き出した結果のうち、考えるまでもない速さで浮かんだものを勘と呼ぶ。それを信じることは、己と血肉を信じるに等しい。信頼に値するものさ。そら、おいでなすった。──鴉、遅いぞ」

 

「…………」

 

「ほらな? 無視するだろ?」

 

 一陣の風をまとって屋根に着地した鴉を見やり、レオーが空に煙を吐いた。

 鴉の左手には、白く細長い物があった。

 古狩人の遺骨だ。

 流血鴉──名の由来である、鴉羽の外套にそれを丁寧にしまい込んだあとで。

 

「何か変わったことは?」

 

 訊ねてきたのは若い男の声だった。

 彼は既に血に塗れていた。ほとんどは返り血であるようだ。

 濡れる屋根を見てレオーが言う。

 

「何にも無いさ。つまりは去年と同じ。それで五〇年前、百年前、一五〇年前と同じだ。ぐるぐる、ぐるぐる。同じところを何度も何度も。まったく見てて飽きないな」

 

 心のどこかすり切れたことを言うレオーに鴉は頓着しなかった。

 

「それは月の香りの狩人の戯言だ。油断するな」

 

「俺には同じに見えるがね。何か違うものでもあったか?」

 

「セラフィがいる。教会の狩人の動きは、少なくとも三分されるだろう」

 

 鴉が、三方を指す。

 事前に確認したとおりこれから三手に分れるのだが、聞き逃せない言葉があった。

 

「──少なくとも?」

 

「あの狩人は、何をしでかすか分からない男だ」

 

「おいおい、純な娘の前でパパの悪口を言うものじゃあない。嫌われるぞ」

 

 冷やかしの声には、セラフィが応えた。

 

「お気になさらず。注意しましょう。常に新しい思索を試している御方だ。『何かが起きてもおかしくない』だけは確かなことです」

 

 鴉は、セラフィのそばに来ると血に汚れていない左手の甲で頬を撫でた。

 

「市街での狩りは初めてだったな。夜は短い。存分に駆けよ」

 

「ありがとうございます、鴉羽の騎士様。御身に血の女王の加護あらんことを」

 

 流血鴉。

 カインの騎士は、くるりと身を反転させるとレオーの煙草をむしり取った。

 

「臭い。捨てろ」

 

「もう捨ててるじゃん。あーあ、やだやだ。あと数センチも我慢できないんだから。他人の物を勝手に捨てるなよ。世間じゃ喧嘩のネタだぜ。俺だから我慢できるだけなんだからな?」

 

 レオーが愚痴りながらも腰に帯びた仕掛け武器──極東においては刀と呼ばれる──千景の鯉口を切った。

 その直後のことだ。

 

「──熱ゥい!」

 

 三人の動きは、ピタリと止まった。

 声は、煙草を投げ捨てた屋根の下。すなわち路地だった。

 屋根上から放られた煙草が、通りすがりの女性に当たってしまったことは彼らにも容易に想像ができた。

 

「──誰かそこにいるのか!?」

 

 問いただす鋭い声に、ちょっと顔を出して「すまん」と言える状況ではなかった。

 そもそもカインハーストの騎士は市街に多く存在する、教会に所属する全ての狩人の敵なのだ。

 レオーは兜を被り直し、ヒソヒソと言った。

 

「おい、鴉。手前の売った喧嘩だろ」

 

「お前の煙草が原因だが?」

 

「では。間を取って、僕が参りましょう」

 

「待って待って」

 

「待て」

 

 二人がセラフィの腕を掴む頃、ヤーナムの中心にそびえる時計塔が定刻の鐘を鳴らした。

 弾かれたように流血鴉が屋根を蹴った。

 

「──散会。カインハーストの名誉あらんことを」

 

 レオーが手を伸ばすが遅かった。

 いいや、流血鴉が速すぎたのだ。

 古狩人の業、加速を使い姿を闇に溶かした流血鴉を認め、レオーは念のために背後を振り返った。もちろん、いなかった。

 セラフィが判断を仰ぐように一瞥をよこした。

 

「逃げやがったッ……! 信じられん……! あの野郎、責任って言葉を知らないのか……!?」

 

 それから間もなく。教会の警笛が鳴り響いた。

 

「あーあ、せっかく作戦立ててもこれなんだから。開始数秒で段取りがもうメチャクチャじゃん。作戦会議やる意味ある? 見つかるのが早すぎるんだよ。──くっ。セラフィ、持ち場へ行け。だが、忘れるな。定刻になったらヘムウィックに集合だ」

 

「了解。援護の後で向かいます」

 

 セラフィが腰に吊り下げていた『感覚麻痺の霧』が封じられた丸底フラスコを取り出す。

 それを放るのを見て、レオーが屋根から飛び降りた。

 

「いい子だ! この先の路地は行き止まり。──追い込んで殺すさ」

 

 警笛は鳴りやまない。

 血の狩人の狩りが始まろうとしていた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 ──退路を塞ぎ、輸血液での回復を阻害する。そして頭上からの不意打ち。

 レオーが負けることはないだろう。だが、無事を確認してから立ち去りたい。

 先達を案じる気持ちは、クルックスの慈悲のように無駄ではないのだと思う。

 

 セラフィは、屋根の上から先達の戦いを見ていた。

 

 敵対者は、トップハットを被り狩人服を着た女性狩人だった。教会の騎士でもあるのだろう。教会の石鎚を重々しく振るっているが、動きがぎこちない。見れば、足に負傷している。

 屋上から不意打ちの一撃は、彼女の利き足を貫いたようだ。それでも振るわれる石鎚は重く、脅威だった。まともに直撃すれば千景であっても折れそうなものだが、レオーの身のこなしのほうが速い。リーチも上だ。彼女にはレオーのマントの端さえ掴めはしないだろう。

 

(……レオー様は大丈夫。もうじき仕留めるだろう。僕は──)

 

 方角を確認しようとレオーから目を離した。

 その時だった。

 闇夜の奥から、細く縒った鋼鉄の糸が張りつめ──そして、弾ける音が聞こえた。

 それは、火薬を使う銃よりも音が小さく、何より無臭であった。

 

「レオー!」

 

 屋根から飛び降りる。遅すぎた。

 眼下を銀の光が翔け、金属が割れる高音が路地を満たす。銀の光が、レオーの兜を打ち砕いた。

 飛び降りた勢いのまま、レイテルパラッシュで狩人の頸部を貫く。

 そして胴体を路地の入口へ放った。

 再び、鋼鉄の弦が弾ける音が聞こえ、その遺体は銀の光を受け止めた。

 

(光──違う、矢だ!)

 

 ヤーナムの一般住民でさえ護身のための銃を持っている。

 そんな時世において時代遅れの武器を使うとは、相手は酔狂か手練れのどちらかだ。そして今回は後者であろう。セラフィの勘は告げた。

 

「見事であるな。──教会の射手!」

 

 レオーの体を持ち上げ、共に更に細い路地へ身を投じる。

 遺体に刺さった矢の角度から屋根の上からの射撃だと分かる。

 見上げる。

 細い路地だ。屋根と壁面の間隔は狭い。ここならば屋上から撃たれる心配は無い。

 

 セラフィは携帯ランタンに火を灯し、レオーの額を確認した。

 彼は、衝撃で気を失っていた。微かに目を開いているが、青い瞳が明かりを追視することはなかった。

 矢は、兜の側面を削るように割った。

 即死を免れただけ運が良い。

 

「だが、額が割れてる。血を入れる。レオー、聞こえているか?」

 

 最低限の血を入れたが、止血には時間がかかる。

 その間に教会の射手が距離を詰めて来る可能性があった。

 

「レオー、ここで待っていてください。先に射手を殺す」

 

「ばか。アヴ……頭出したら、ブチ抜かれるぞ……」

 

 立ち上がろうとした手を握るものがあった。

 レオーが、ぼんやりとした顔でセラフィを見つめた。

 

「血は入れた。お加減は」

 

「ダメっぽい……お前は、エヴェリンじゃあないのにな……」

 

 息が荒い。

 顔色が白く見えるのは三日月のせいではないだろう。

 セラフィは、レオーの手から千景を取ると彼の腰の鞘に納めた。

 

「伏兵か、つまらねえこと、しやがって……くそ、ヘタうった……置いて行け、セラフィ」

 

 彼は苦しげに息を吐いた。

 焦点の合わない、ぐらついた頭であっても話す言葉は真っ当だ。

 だからこそ。

 

「分かりました。担ぎます」

 

 レオーの右足と右腕を担ぎ上げ、セラフィは左手で長銃──エヴェリンを収めた。

 

「おい……先輩の……言うことは……」

 

「長生きすることに興味はない。──けれど、貴方が僕を愛おしんでくれるように僕も貴方を愛している。血族の夜は長い。誰も失いたくはない」

 

「…………」

 

 レオーの肢体から力が抜ける。

 本当に気を失ってしまったようだ。

 

「行くぞ」

 

 これからいくつもの路地を通り、ヘムウィックまで逃走する。

 屋根の上からの足音が聞こえる。追手は近い。

 

「狩人が狩られる側になるとは、こんな気持ちなのか。なるほど。──すこし不快であるな」

 

 だが、恐れはない。

 セラフィはランタンを消すと路地を走り抜けた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

(仕損ねたな)

 

 シモンは弦を弾き、調子を確認しながら屋根を駆ける。

 屋根の上に、もう一人の騎士がいることは分かっていた。

 襲われている教会の狩人の救命を優先しようとしたが、結果として彼女の死期を早めてしまった。屋上の騎士は、弦音が届いたとしか思えない判断の速さを見せて鎧の騎士を救い、その『ついで』に教会の狩人を殺した。振るわれる剣に迷いは無く、遮蔽物に隠れるまでの動きにも無駄が無い。相手を見くびってしまったようだ。

 

 死体の盾に阻まれて致命の一撃を無駄にした以上、こちらの居場所も勘付かれたかもしれない。少なくとも屋根の上にいることは露呈しただろう。

 だが、未だ有利なのはこちらだ。

 

「ピグマリオン、援護する。西に走れ!」

 

 地上にいる黒服、ピグマリオンが銀の剣を掲げる。

 月光を鋭く弾く剣が応えだった。

 

「本当にカインハーストの騎士がいるとは……どうなっているんだ……?」

 

 ピグマリオンの言葉を嘘だと思っていたワケではないが、信じがたいことではあった。

 しかし、目にしてしまったものは現実と受け止めるべきだった。

 視界にキラリと光るものがある。銀の鎧は、やはり目立つ物だ。

 矢を番えるより先に騎士装束の騎士は、路地を曲がり、姿を消した。

 驚くべきことに騎士装束の何者かは、手負いか死体であろう鎧の騎士を負って走っているようだった。

 

(あの騎士装束は……たしか女物だろう。じゃあ、鎧の騎士を背負っているヤツは女か? ずいぶん力持ちだな。ガラシャではあるまいに)

 

 剛勇で知られた女狩人を思い出し、シモンは笑う。

 ピグマリオンに地上を走らせてプレッシャーを与えつつ、機会があれば撃つ──彼女の消耗を待つ作戦に切り替えた彼は、さらに考える。

 かつて「カインハーストに連なる騎士を捕縛せよ」との命が下ったことがある。

 

(ありゃまだ有効だろうか? 期限が終わった命令であるとも破棄された命令であるとも聞かないが……)

 

 個人的な事情であるが、カインハーストを滅ぼされた彼らが『どこから現れたのか』は知りたいところだ。

 悪夢に身を投じる前に騎士の姿は失せていた。だが、今更になって現れた。そこには悪夢に身を窶した自分が戻ってきたような──因果関係があるかもしれない。

 

(血に酔っている様子がなければ、話をしてみたいが……)

 

 同僚を傷つけられて頭に血が上っているかもしれない。

 そうなれば冷静な話し合いは難しいだろう。交渉に応じさせる状況まで追い込みたい。

 彼女が向かっている方角は墓地街のヘムウィックだ。

 

(森がある。先回りして樹上から撃つか……)

 

 屋根を飛び移った先、路地に姿を消していた騎士と並んだ。

 ほんの一瞬の出来事だった。

 月明かりと街灯が、白い横顔を照らす。弓剣も光を弾いた。

 一心に前方を向いて駆けていた騎士が光に誘われ、ハッとした顔で屋根の上に顔を向けた。

 その顔には見覚えがあった。

 

(マリア──!?)

 

 見間違えるハズがなかった。あの顔は、鋭く冷たい目つきは、たしかに時計塔のマリアと呼ばれた女狩人、その人だった。

 思わず駆ける足が淀む。

 

 結果として、命拾いした。

 

 即座に彼女の剣先──レイテルパラッシュの銃口が屋上を差し、牽制の弾丸が飛んでくる。速度を落とさずに走っていれば利き足を射抜かれていた。

 騎士は再び姿を消す。

 シモンは地上を走るピグマリオンに声をかけた。

 

「──っ、反転した! 東だ!」

 

「了解っ!」

 

 虚偽を伝えた。

 悪いと思いつつ、シモンは追跡を再開する。

 今度は消耗を待つ心算は無かった。

 必ず足を止めて、情報を聞き出さなければならない。

 異常な光景を目の当たりにし、我知らず頭が沸き立つような心地だった。

 

(マリアは確かに狩人が殺した。俺も暗殺者に殺された。だが、生きている。その答えを持っているのか? カインハーストが)

 

 距離は確実に縮まっていた。

 身を隠せない通路に出た瞬間が狙い目だろう。

 

 彼女が路地から飛び出した。

 行く手には松明が見える。シモンは、すわ狩人かと目を眇めた。

 ゆらゆらと揺れるそれは、狩人のものではなかった。獣狩りの群衆、数人がたむろしている姿が見える。

 

 もし、ほんの数秒でも足を止めて彼らの処理をするならば、彼女を的にできる。

 走りながら矢をつがえ、やや弦を弾き始める。

 

 だが。

 彼女は脚を止めること無く、数発の発砲音が響かせて群衆の脚を撃ち砕いた。そして、崩れた群衆の隙間を飛ぶように駆けていく。

 ──手際が良い。

 血に酔っていないと確信しつつ、別のこともシモンは察することができた。

 眼下の獣狩りの群衆に視線を移す。彼らは、成人男性だ。

 

(背丈が違う。マリアではない? マリアは彼らに比べて、もっと背が高い)

 

 甲高い呻き声をあげる群衆は、後ほど教会の狩人が処理するだろう。

 時計塔で狩人と戦っていたマリアを思い出す。

 鮮やかに思い出せるその人は、狩人よりも背が高かった。

 

(ええと。だから。背丈からしてマリアではないことは確かだ。けれど、顔はマリア……)

 

 考えられることは。

 

「マ、マリアの娘? ……いやいやいや、そもそも誰とだよ……。今がいつかも分からないのに……」

 

 もしも、マリアの娘だとしたら幼すぎる。

 シモンは自分が悪夢でどれほど時間を過ごしたのか分からなくなっていたが、マリアに隠し子がいたとして、その子が成長できる時間がヤーナムに残されているとは思えなかった。ヤーナムは病と獣の街だ。まっとうな人間が、特に幼い子供が育つ場所ではない。

 

 情報収集のつもりが整合性の取れない情報ばかり集まる。

 そういえば、狩人の悪夢で出会った狩人曰く「今回の獣狩りの夜は、特別に長い夜らしい」──とのことだった。犠牲者も多く出ただろう。現状を見るに、彼の言葉は嘘であると言わざるをえない。

 しかし。

 

(月の香りの狩人は、嘘を吐いている風にも、気が狂っているようにも見えなかったが……)

 

 妙だ。

 嘘を吐く利など彼には何も無い。

 だが、彼の言葉が真実だとすれば、現実が嘘になる。

 どちらが偽りなのか。

 

(あまり考えたくないが……)

 

『現在のヤーナムあの世説!』という言葉が脳裏に閃く。

 まさか、と首を振るものの、肯定材料の自分自身が存在しているので否定材料は、今のところ見つからない。

 ぐるぐると脳が沸騰しそうになってくる頃、騎士が見えた。息が上がっているのか速力は落ちている。

 

「いかんいかん。今は目の前に集中──ってオイ!」

 

 シモンは矢をつがえると空に向けて放った。

 騎士に当てるつもりはない。彼女の視界上、遙か先に落ちたが牽制の役割は果たした。

 彼女はサッとマントを翻し、近くの路地に消えた。

 それから間もなく、彼女が進もうとしていた街路に教会の黒服を着た狩人が松明を掲げて現れた。

 危うく鉢合わせるところだった。

 

「さては方向音痴だな? それとも追っ手がかかってパニクってるのか? あっちは市街だぞ」

 

 再びヘムウィックに向けて走り始めた影を追う。

 目が離せないヤツだということがよく分かり、シモンは屋根を飛び越えた。

 

 




カインハーストの騎士達;
【挿絵表示】

(清書する体力はありませんが、没にするのはもったいないので掲載します)
狩人の血には『穢れ』というものが存在します。連盟の虫がそうであるように、血の女王と盟約を交わした狩人である彼らにしか見えません。
とにもかくにも、カインハーストの血族、血の狩人達が求める物はそれです。そのため、彼らは狩人が多く集まる市街で狩人を狩っています。しかし、血の遺志の常習者しかおとさないためドロップ率が低めです。彼らと出会った場合の市街在住狩人の死亡率は、高めです。
医療教会にとっては『「未だ正気で、獣を狩る役割を果てしている狩人」を殺す狩人』という存在なので頭が痛いどこか、頼み込んでも死んでほしい存在でもあります。
ちなみに『穢れ』は消費アイテムで使うと啓蒙を得ることができます。有識者血族の皆さまも首を傾げるでしょうか。なぜだろうね。不思議だね。しかし、謎を解く方法がありまして、ここに青い秘薬をお持ちしてそれを吸うとBloodborne追加DLC vol.2カインハーストの紋章編が始まります。だから君、強め幻覚を吸ってみたまえよ……。

レオー;
「誰?」となるBloodborne既プレイの皆さまへ説明すると聖杯で現れるカインの騎士一式装備の狩人です。「地上(ストーリー)を走りたくないけど流血鴉と戦いてぇ」という時のジェネリック鴉でもあります。
Bloodborneをプレイしたことがない皆さまへ説明すると敵NPCです。台詞・顔・口調・所属等が一切不明の敵NPCです。どうして敵対しているのかも分かりません。むしろ教えてくれ。
本編においてはセラフィにとってカインハーストの先輩騎士として登場しました。悪夢ですり切れそうな心を抱えた軽いノリのヤバくない方の先輩です。

鴉;
悪夢を堪能しているヤバい方の先輩です。
趣味を生き甲斐にした結果、最高に楽しい人生を送れることになりました。
父たる狩人があまり会いたくない相手です。



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