甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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ホグワーツ魔法魔術学校
歴史は古く993年に四人の創始者により開かれ、多くの生徒を輩出している。
その幾人かは優れた教師となり、これがイギリス魔法界の礎となるのだ。
神秘の種こそ違えど、ヤーナムには稀なる賢者ではあるのだろう。



夜歩き先生、来たる

 時は数週間、遡る。

 ヤーナムにおいてはネフライトが「ホグワーツから手紙が来ないのは、おかしいのでは?」と疑問を持ち始め、ヤーナムより遙か西方では、ウィーズリー兄弟がハリー・ポッターと夏休みを満喫している頃。

 

 その日、セブルス・スネイプは校長室にいた。

 

 部屋の主、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア──この城、ホグワーツ魔法魔術学校の校長はスネイプが口を開くより先に「夜に呼び出してすまんのう」と謝罪した。現在時刻は午後十一時五十分。マグルであれば当然、魔法族であっても非常識な時刻であった。

 

 それほど急を要する出来事であれば嫌味も言うまい。

 用件をお伺いしたところ出てきたのは、四枚の黄色味がかった羊皮紙の上に、緑色のインクで宛名が書いてある封筒だった。

 

 遙か暗澹たる古都ヤーナム(月の香りの狩人宅) クルックス・ハント

 遙か暗澹たる古都ヤーナム(月の香りの狩人宅) テルミ・コーラス=B

 遙か暗澹たる古都ヤーナム(月の香りの狩人宅) ネフライト・メンシス

 遙か暗澹たる古都ヤーナム(月の香りの狩人宅) セラフィ・ナイト

 

 ──いったい、これは?

 目で問うとダンブルドアはテーブルの上に広げた封筒の一通を持ち上げた。

 

「全学年の教科書リストを送ったのは君も知っておろう。だが、何通出しても届かない学生宅があってのう。ヤーナムに向かわせたふくろうが、ほとんど帰っては来んかった」

 

「ほとんどは?」

 

「無論、帰って来たふくろうもいる。しかし、なぜか間もなく全身から血を吹き出してしまってな。ハグリッドが嘆いたものじゃ」

 

「そこで私にヤーナムに向かえと? それは良い考えで。学校のふくろうを買い足すよりは、安くあがるでしょうな」

 

「自らをそう卑下するものではない。セブルス。魔法界とヤーナムにおける外交の問題じゃ」

 

 外交とは、また大袈裟な話である。

 前年度、闇の魔術に対する防衛術の教授であったクィリナス・クィレルが発見した、ヤーナムという非魔法族の街。

 そこで偶然出会った魔法族生まれの男が希望したことで、その子供達が学校へ入学する運びとなったのが昨年度の話。

 しかしヤーナムは、現在までイギリス魔法界に認知されていない。

 

「これを」

 

 ダンブルドアが取り出したのは、赤い封筒に収められていた一枚の白い便箋だった。

 

 

 ──私、月の香りの狩人がヤーナムの名代として全てを定めた。私は今後ともイギリス魔法界及び魔法に関連する諸国が取り決めた、あらゆる事柄に対し基本的に接触しない。当分の例外として、ホグワーツ魔法魔術学校及び関連する事物についてのみ貴公らの定める規則等に従う。

 ヤーナムにおいてイギリス魔法界及び魔法に関連する諸国における全ての拘束は、効力を発揮しない。

 心苦しいことであるが、私は外交諸々の作法について明るくない。本約定もヤーナムの慣例に則ったものである。無礼を許したまえ。

 本約定又は本約定に定めのない事柄及び時勢の変化に伴う対応は、柔軟な構えである。ご相談は随時に。

 

 

 几帳面そうな細かな文字で綴られた内容は、およそ常識的ではない。月の香りの狩人は、殊勝なことに己が『井の中の蛙である』という認識をしているらしい。それでも多くの魔法使い達はこれを見て失笑するだろう。たかが一集落の代表者が立場を分かっていない、と。

 

「これは……条約ですらない。一方的な宣言でしょう。そうでなければ妄言に過ぎない。そして実情はこちらからの一切のコンタクトを拒むという意思表示ですかな?」

 

「しかし、昨年の入学通知書は届いたのじゃよ」

 

 ダンブルドアの言うとおり到達してなければ、四人の子供達は入学できなかったことだろう。

 一度は届いた実績があるため、他の生徒達と同様に教科書リストは発送された。

 今回の宛先不明事件は、ふくろうの消費と共に不可解な出来事としてダンブルドアまで報告が上がってきたのだという。

 

「『入学者選定リストに漏れがあった』とクィレルがわしに報告した時、彼は魔法省にも通達を送っていたようでな」

 

 はあ。

 スネイプは、青白い顔の青年を思い浮かべた。

 ダンブルドア曰く「好奇心に突き動かされた」彼だが、同時にそれだけではないことをスネイプは嗅ぎ取っていた。

 ──誰かに注目されたい。誰か私を見て欲しい。

 思い出すに嫌な男である。

 ただの自己顕示欲と引き替えに大きな代償を払った姿は、どこかの誰かとよく被る。

 

「ほう。動いた部署はどこですかな。まさか国際魔法協力部ではありますまい」

 

「魔法事故惨事部じゃよ。魔法省は我々と同じく、ヤーナムを把握していなかった。だからクィレルの報告を聞いたとき『ヤーナムとは、我々の把握していない魔法使いあるいは魔女が「隠蔽の呪い」を使っている土地なのではないか』と疑った。かつてアズカバンの礎となったエクリズディスのように。……もっともその仮定は三十分も保たなかったようじゃが」

 

 その仮定は、おかしな点が多い。

 子供達の父親である『月の香りの狩人』と名乗る男が、そのような呪いが使える魔法使いならば自分で子供達を教育すればよい。ホグワーツに子供達を送る必要はおろか、そもそも接触する必要が無い。──恐らく彼は知らないだろうが、イギリス魔法界では家庭教育も選択肢としてあり得るのだから。

 しかし、そうはならなかったので事態は急変を続けている。

 

「調査隊は?」

 

 クィレルは、外聞的に『ホグワーツに隠された賢者の石を盗もうとしたところ事故死した』ことになっているが、報告した時はホグワーツの教員という世間的に認められる立場の人間であった。

 魔法省は耳を傾けたハズだ。

 人狼が同じ報告をしても取り合わないだろうがマグル学教授でもあった彼の報告であれば、それなりの対応をしたのだろう。

 

「当然、向かったとも」

 

 ダンブルドアは、テーブルに置かれた一冊の手帳を取り出し何枚か項をめくった。

 

「『ヤーナムは、ロンドンから遥か東。人界から隔絶した境地にある。道中は検知不可能拡大呪文に似た呪いが重ねられているのだろう。何度となく道に迷いそうになった』──これと全く同じ状態に陥り、彼らは辿り着けなかった。危うく餓死者を出すところだったそうじゃ」

 

「…………」

 

 専門の調査隊が辿り着けなかったのに、なぜ、彼は辿り着けると思っているのか。

 無言で話の続きを促す。

 

「そこで最初の話に戻るのじゃが『彼らとの約定に則り、ホグワーツ関係者でなければ立ち入ることができない呪いなのやもしれん』とわしに問い合わせがあったのじゃよ」

 

「…………」

 

 スネイプは、つい疑わしい目つきで老体を見た。

 それでも理屈に合わない。ホグワーツからの通達である、ふくろうが届いていないからだ。どのような呪いか理屈か不明だが、単純に月の香りの狩人が門戸を閉じているから辿り着けない、届かないのではないか。

 疑問を口にすることはできなかった。

 

「昨年のクリスマスにメンシスが言ったことを覚えているかね?」

 

「『辿り着ける者だけが、辿り着けるだけ』でしたか」

 

「いかにも真理と見紛うほどに印象的な言葉じゃ。そのあとじゃよ。『魔法族も非魔法族も、かつてはヤーナムへ至れる瞳を持っていたでしょうに、いつの間にか失ってしまった』と」

 

「瞳……。何か、例えば『目』に関する仕掛けがあるとおっしゃるので?」

 

「ホグワーツ関係者よりは可能性が高いと思っておる」

 

「……分かりました。して、これだけですかな?」

 

 四人分の封筒を手際よく回収したところでスネイプは本題を切り出した。

 

「夏休みに入る前、わしはクィレルの足跡を追うと伝えたが……ひとつ特別な用事も済ませた。賢者の石の所有者、ニコラス・フラメル氏とも関わることじゃ」

 

 ダンブルドアは、立ち上がった。

 そして、ある戸棚を開いた。

 そこにあるものをスネイプは知っていた。

『憂いの篩』──ペンシーブと呼ばれる大きな浅い皿だ。

 それは、強力で複雑な魔力を持つ道具であり、記憶を再現する魔法がかけられている。

 

「先へ」

 

 ダンブルドアに促され、スネイプは渋々その皿を満たす液体に触れた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 ヤーナム?

 ずいぶんと古い話だよ。

 ヤーナムとは……そうだな、ただの、辺境の、古い街だよ。

 私は……行ったことがない。

 しかし、いつの頃だったか、うーん、君と会うより前のことだったと記憶しているが……。

 突然、奇妙な噂が流れ出すようになった。

『何でも治る医療を行っている』とね。

 魔法族でその話を聞いた人は少ないだろう。

 噂の発端は分からないが、私の知る限りマグルの噂話で、そのマグルでも、何というかな、金持ちか運が良い人しか辿り着けない場所のようだった。

 そもそも帰ってくることができなかった。

 辺境だと言っただろう。

 当時は今ほど舗装もされていない。明日の天気も定かではない渓谷を、本当かどうか分からない地図を頼りに長々と歩かなければならなかった。食料は、あっという間に尽きたことだろう。山賊に襲われることもあるだろう。野生生物だって、マグルには大きな脅威だ。

 病み人に、それはそれは大きな試練を強いるものだった。

 だから『何でも治る医療を行っている』ヤーナムの話は、ヤーナムを目指すも諦めて帰ってきた人が『医療を受けて帰ってきた』と言って家族をぬか喜びさせた話がセットで広まるほどに度し難いものだった。

 しかし『火のない所に煙は立たぬ』とは、どうやら事実のようでね。

 ヤーナムは、実在する。

 このヤーナムの話は、百年のうちに私の母国のフランスでも聞いたよ。イングランド、ウェールズ、スコットランド……もちろん、北アイルランドでも。

 だが、一人だけ……恐らく、本当にヤーナムに行って帰ってきたと思しき男を見たことがある。

 チェコだったかな、あ、いや、イタリア……? 違うな、しっくりこない……。ロシアかも?

 えーと、すまない、本当にすまないと思うが……アルバス、忘れた!

 だが、その男のことは覚えている。

 私が外科に目覚めて、マグル向けの小さな診療所を開いていた時の患者だったから。

 妻のペレネレと店じまいをして、夕方の散歩をしていた時だ。

 どうにも通りがやかましいと思って見れば官憲隊と男が言い争いになっている。

 昼間から酒を呷っていた飲んだくれだろうと私達は気にも止めなかったのだが、よく見れば私の患者だった。

 彼は、薬で治る病だったが待ちきれず『まだ若く体力もあるから』と言って数ヶ月前にヤーナムに旅立ってしまった青年だった。

 音沙汰もないから死んでしまったのだろうと思っていたので私達は本当に驚いた。

 けれど、彼は前とは全く違ってしまった。

 病気が、ではないよ。瞳孔が蕩けて、獣だ何だと叫んでいた。お前達こそ獣なんだとか何とか。ほとんど叫び声で聞き取れなかったが。

 その頃には、私も「変だぞ」と思って杖を抜いた。正解だった。

 男は瞬きの間に、人狼よりもっと悍ましい獣の姿に変わってしまったのだ。

 けれど、あれは人狼だったのかもしれない。あの日は、満月の日だったから……。

 でも、彼は私の見るところ本当にマグルだったと思うのだよ。いや、スクイブだったのかもしれないが……ああ、ダメだ。確証が持てない。

 とにもかくにも彼は獣となってしまった。官憲隊の一人に組み付いて、頭を、こう、ガブッと食べてしまったんだよ。ガブガブとね。

 大通りは恐慌状態さ。

 だが、官憲隊の隊長だけは冷静だった。

 すぐさま銃を抜いて獣の首を撃ち抜いた。もっとも、死ななかったがね。

 二、三人が爪やら牙の餌食になったが、官憲隊の銃声が効いたのだろうか。獣が逃げ出した。

 官憲隊はそれを追って……誰も帰ってこなかった。

 衝撃的な光景だったが、この噂話は長く続かなかった。

 目撃者の数も影響しただろうが……何より外部的要因があってね。覚えているだろうか?

 ちょうどグリム童話が流行はじめた時期だったせいか獣の話と『赤ずきんちゃん』の狼の話が混ざってしまった。

 目撃者になりえた官憲隊が獣と一緒に姿を消してしまったことも拍車をかけたことだろう。

 結局、誰もいなくなってしまった。

 それでも不思議なことに、本当に不思議なことだが、ヤーナムについての話は、時おり聞こえてくる。

 少なくとも五〇年ほど前、付き合いのあったマグルの医療者は知っていた。

 私の知っていることは、この程度だよ。役に立ったかい。

 

 しかし、どうしてヤーナムの話を……今さら……?

 そう、か。

 ヤーナムの民が……。

 

 …………。

 気をつけたまえ。

 よく気をつけたまえ。

 アルバス。

 我が親しき友よ。

 

 人脈であるとか。経験であるとか。

 この件に関して、そういったものは、一切の役に立たない。

 私の知る限り、ヤーナムとはそういう類いのものだ。

 

 あそこは他とは違う。

 各国を巡った私が最期まで場所を特定できなかった街だ。

 異常性の説明なんて、それで十分だろう?

 

 何かを期待してはいけない。

 なぜか?

『火のない所に煙は立たぬ』からだよ。

 ヤーナムは存在する。

 ならば、きっと『何でも治る』ヤーナム医療も存在したのだと思う。

 賢者の石でもあるまいし、おかしな話と思うだろう。私もそう思う。

 けれど、けれどね。

 あの時代、そんな『おかしな』話でもなければ、辺境の一地方都市の話など口承であっても広まらない。何より私が記憶に留めようとも思わないのだよ。

 

 ヤーナムを知らない我々には『まるで最近発見された神秘』に思えてしまう。

 君も魔法省も、ヤーナムを未開の、文化的に遅れた土地のように考えていないか?

 だが、あれは恐らく違う。それは真実の歪な一面に過ぎない。

 その異常は、凡庸には見えず、賢者は見えていたとしても隠し、時の才人が触れず、誰もが見落とし続けた。

 

 ヤーナムの神秘は君より古く、私より古く、最初からそこにあったのだよ。

 

 注意することだ。アルバス。

 他国の魔法使いを相手にするより困難だ。

 なんせイギリス魔法界の膝下にありながら、今まで碌な発見もされなかった街だ。

 今回、そのクィレルさんとやらが見つけたという話だが、それも何度目の再発見なのやら分からない。

 マグルで言うところの宇宙人だと思ったほうが適切な距離を学べると思う。

 

 本当に、注意したまえ。

 彼らがどれほど幼く、穏やかで、賢く、美しく見えたとしても油断してはいけない。

 

 そして、くれぐれも何かを得ようとはしないことだ。

 等価交換法則とはいかない。

 手を伸ばしたら腕をもがれ、見つめた光彩は失われる。

 それでもマシだろう。

 

 本当は目を合わせてはいけないし、見つけても、見つかってもいけなかった。

 

 もう遅い。手遅れだ。

 好奇心の代償は、こうして誰かが払わなければならないのだ……。

 

 手紙を見たところ。

 彼は、ある程度の理非の判断力を持ち合わせる人物に思える。もっとも、そう振る舞っているだけかもしれないがね。

 彼らの正体をつかむまで彼らのルールに則り、行動した方がいい。

 一方的な宣言だとしても、君がこの手紙を受け取った時から始まる魔法契約のようなものだ。

 相手は、これらの宣言について『既に受け入れられたものだ』と思っているだろう。

 

 本当に。

 本当に本当に、注意してくれ。

 アルバス。

『どうしてこれまで誰も問題にしてこなかったか』をよく考えて行動すべきだ。

 

 あぁ。

 それは良かった。

 

 友よ。最期に会いに来てくれてありがとう。

 君の眠りも穏やかであることを祈っているよ……。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 長い夢から醒めるような感覚があり、憂いの篩から離れた。

 先ほど見ていたものは記憶だ。

 ダンブルドアがニコラス・フラメルから聞き取ったヤーナムの情報。

 彼の知識とクィレルの手記。

 これが地上で存在する、ヤーナムの近況に最も詳しい情報だろう。

 それでもフラメルの話は二〇〇年以上前の話だが、逆説的に二〇〇年以上地理的な特定は不可能であり、噂の内容は変わらなかったと言える。

 スネイプは受け取った手紙が重くなる錯覚に襲われた。──安心材料になるモノは何もなかった。空が落ちてくるような不安感だけが増した。

 

「──もしも、我々の知らない魔法を使う人々であれば『宇宙人』とは言い得て妙ですな。闇の帝王は多くの巨人を手なずけ、人狼を従え、闇の生き物を使いとした。しかし、そのなかに宇宙人はいなかったと記憶しておりますからね」

 

 スネイプには、黙っているダンブルドアの思惑が分かっている。なぜ依頼されたのだか理解していた。

 巨人であれ、人狼であれ、話が通じるのであれば交渉する。そして、ヴォルデモートの側につかないよう説くのだ。

 ヤーナムについても同様だ。

 ヴォルデモートはクィレルを介して既にヤーナムの神秘の何たるかを知っている可能性がある。

 だが、交渉はしていない。クィレルとヴォルデモートが出会ったのは、ヤーナムを出立した後の話だ。

 だからこそ未来の先制攻撃のために今、ヤーナムに踏み入る。

 そして、彼らが唯一交渉に応じる『ホグワーツ魔法魔術学校及び関連する事物』について用事を済ませる『ついで』にヴォルデモートの危険性を説明し、味方にしなければならない。

 いずれ来たる、決別の日のために。

 

 それでも疑問は残る。

 

「ここまでする価値が本当にあるのか……疑問ですがね」

 

 ヤーナムとヤーナムにまつわる噂話は、不気味である。それは認めよう。だが、今ならば不気味どまりの奇妙な話で終わってしまえるのだ。

 

 例えば、ヤーナムの彼らの方から、イギリス魔法界に現れないだろうか。彼らは、次年度で使う教科書リストが手紙で届くことを知っている。届かないことをおかしいと思って現れそうな生徒はいる。ハッフルパフのテルミは最たるものだ。だからダイアゴン横丁、例えばグリンゴッツ銀行の前などで彼らが現れるまで待つという手段がある。

 そして、彼らと接触できたら月の香りの狩人へ話をしたいと伝える。それから、ヴォルデモートの話をすればよい。

 これには魔法界からヤーナムを探る──少なくともそう見なされる危険を冒さないメリットがある。強いて挙げるデメリットは『来るかどうか分からず、確実性が無い』という点だが、それはヤーナムを徒歩で探すより遙かに小さなデメリットだろう。メリットを覆すデメリットになり得なかった。

 しかし、ダンブルドアは首を横に振った。

 

「月の香りの狩人。彼が、いったい何なのか。──君の目で、確かめてもらいたいのじゃよ」

 

 多次元で最も証明困難な課題と知らず、セブルス・スネイプは拝命した。

 そして、これは夏休みの終わらぬ課題となった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 現在、ヤーナムは柔らかな閉鎖中。

 すなわち、辿り着ける者だけが、辿り着けるだけの状況にあるが、唯一、綻びを見せる日がある。

 上位者の安息日とも言える、ヤーナムの一年が更新される日だ。

 人形は子守唄を歌い、遙か先の未来で『月の魔物』と呼ばれる幼体が真なる姿を見せる頃。

 

 日が沈み、月が昇る。

 やがて、光が街を差した。

 

 夜が訪れた。

 ビルゲンワースの蜘蛛は未だ秘匿を続けている。ゆえに昇る月は、赤ではなく青だった。

 しかし、月は雲より地上に近く浮かんでいた。

 

 月が近付くヤーナムでは、全てを隔てる境が曖昧となる。

 ゆえに夢が現実に、現実が夢に還ってくる。

 

 学徒達が待ちわびた、彼方からの神秘が降り注ぐ。

 

 長らく続いている夢を識った人々は、古い遺志を見聞きするだろう。

 宙は、古い遺志に満たされ、目を閉じれば、あるいは虚空に誰かの遺志を見て、声を聴く。

 

 今宵も、きっと、誰かが還ってくる。

 そしてヤーナムの歴史は紡がれるのだ。

 

 あぁ、なんと幸いなことだろうか!

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 結果だけを述べるとセブルス・スネイプは、数日間の放浪を経てヤーナムに辿り着いた。

 スネイプは、ヤーナムと他を隔てる重い鉄扉を両手でこじ開け、足を踏み入れた。

 これは正しく、そして幸運な結果だった。

 

 しかし。

 

 ……ひょっとして、聞き慣れない足音が気に障ったのだろうか。

 それは目覚めの先触れとなってしまったようだ。




夜歩き先生

ホグワーツ回:
 ダンブルドア校長のお願い。ふくろうより安いスネイプ先生、ヤーナム行きが決定する。渋りながらでも行くあたり仕事人ですね。何か事情があるのかな。不思議だね。

ニコラス・フラメル氏、語る:
 辿り着けない。魔法使いの勘がヤーナムを無意識に見落としているのか。それとも、ただ不運であるだけなのか。ろくなもんじゃないと語る内容は、ごもっともすぎて顎が外れそうです。

ペレネレ:
 ファンタジック・ビーストにて遂に登場したニコラス・フラメル氏ですが、妻ペレネレが不在(死去? 写真になっていたのは遺影ということなのだろうか?)でした。
 本作において『1年生』章の賢者の石に関する記述において、まだ生きているような書き方をしてしまったので生きている事として書いています。この辺り、原作と矛盾する描写ですがファンタジック・ビーストと賢者の石で矛盾してるように見えるので赦して……赦して、くれ……


……ところで息するように出てくる皮肉は、とても書くのが難しいです。
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