医療教会が祝福した聖布。
細かな刺繍は全て使用者の身を守る呪いである。
いまや呪われることも父の愛に抱かれる事に等しい。
ゆえに彼女は望んで月に見えたのだ。
ホグワーツの生活は約二ヶ月経過した。すなわち平穏という温度に慣れた頃。
凶事というものについてクルックスは深く考える機会があった。
ヤーナムに訪れるあらゆる凶事は「負債のようなもの」と語ったのはビルゲンワースの学徒、ユリエであった。
医療教会は怪しげな血を市井の肉に注ぎ、宇宙に触れようと交信を試みた。成功であれ失敗であれ、行動した以上は結果がつきまとう。
長い長い時間をかけて、多くの人々の目に触れない場所で積み重なった因果が表出する。
それがヤーナムに起きる凶事の仕組みだ。この仕組みは厄介だ。「解決しようとしても多くの場合、原因が分からない。どれがどれに対応した因果なのか、さっぱり分からない」とは父たる狩人の弁である。
その因果が巡り巡って現在のヤーナムを形作っているのは、本当に度し難いことだ。──医療教会、初代教区長をはじめ最初の原因に心あたりがあると思しき当事者は、もうとっくに、そのほとんどが死んでしまっているのだ。
現在のヤーナムは、最大の凶事の発露した時に偶然その場にいた狩人が成果物をかっ攫う形で成立したものだが、それはあらゆる因果を一身に引き受けたことに他ならない。だから乳母車が恋しくなるのも無理はないことだ。
思考を明後日の方向に飛ばし、クルックスは壁に書かれた文字を見ていた。
人混みは先生の指示によってそれぞれの寮を目指し、指針を定めつつあった。
(ホグワーツで起きる事件もヤーナムと等しい因果を持っているのだろうか?)
全ては寮名となった四人の創設者が集ったときから始まる。
そして、在籍した生徒が、あるいは先生が、積み重ねた行動の結果なのだろうか。
事件は、いつもハロウィーンの日にやって来る。
誰かが息を飲み込む音が大きく聞こえた。
秘密の部屋は開かれたり
継承者の敵よ、気をつけよ
文字は赤いが、血ではない。油の臭いがする。塗料だ。しかし、赤は敵意を感じさせる。そこに文面も加味すれば殺意まで感じられた。そして極めつきは松明の腕木に吊されたフィルチの猫だ。
「継承者の敵よ、気をつけよ! 次はお前たちの番だぞ、『穢れた血』め!」
静けさを破ったのは、マルフォイの高らかな宣言だった。
誰よりも強ばった顔をしたのはハーマイオニーだ。
不幸な発見者となったハリーとロン、ハーマイオニーはダンブルドア校長と何名かの先生と共にどこかへ行った。
残った先生が急かすように生徒を残酷な光景から遠ざけていた。
……クス、クス。
隣に気配を感じた。見ればテルミがおかしそうに笑っている。
「あまり楽しげにするな。耳目を集めたくはない」
小さい声でクルックスは言った。
テルミも声をひそめた。
「お許しになって? あぁ、残念。今年も大人しくできないようですからね」
「ずいぶんと嬉しそうに言うのだな。……学校で起きたことだ。その日、その時間にいなかった生徒を洗い出せばすぐに犯人が見つかる」
「そうだといいわよね。魔法が使われた犯罪において『どのように(ハウダニット)』が役に立つとは、フフ、思いませんけれど。……あぁ、お父様によく似た貴方。何かあったらわたしにも教えてくださる? 『互助拝領機構』なんて面白いこと、内緒にしているなんて酷いわ」
「……伝える機会が無かっただけだ」
「そういうことにしておいてあげますね」
テルミはクルックスの腕をするりと撫でて生徒の群れのなかに消えていった。
──誰が、なんで猫を殺したんだろう?
ざわざわとした足音に混ざり、そんな声が聞こえた。
■ ■ ■
セラフィはスリザリン寮のソファーに腰掛けた。
柔らかいソファーは、今日はやけに沈み込むような気がした。それだけ疲れているということだ。
「…………」
テーブルにある果物の皿から拳より小さい青林檎を手に取った。
囓ると顎の付け根がじわりと痛む。そして林檎の酸味を味わった。
ハロウィーンの日は、奇しくもグリフィンドール寮のゴースト、ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿の絶命日パーティだ。
誰に誘われたワケでもないが、ハッフルパフに住む陽気なゴーストの「太った修道士」が絶命日パーティのことを話していたのを聞いたので独り、出向いたのだ。
各地からゴーストがやってくるのだという。多くの人が──すでに命を失っているとしても──いるならば、カインハーストに連なる貴人のゴーストがいるのではないか。そう考えたが、結果はいつもどおりの空振り。唯一の収穫は、ゴーストの食事として供されていたのは、腐ったり黴びたりした食材であるという程度だった。
夕食の時間もすっかり終わっていた。
そして、寮に帰ったらフィルチの猫──ミセス・ノリスが死んだらしいとの噂。そして、壁の血文字。
セラフィがいつの間にか帰ってきたことも談話室の端に座り、林檎を食べていることもほとんどの生徒が気付かない。ひとりの例外を除いて。
「セオドール・ノット。浮かない顔であるな」
「これから我が家は大忙しだ。誰かのせいで」
心底忌々しいといった口調で青白い顔の背の高い少年は言った。
「大変だな」
カリリ。林檎を囓る。酸味に慣れてようやく甘みが感じられるようになってきた。無心に顎を動かしていると隣にノットが座った。
セラフィに近付こうとする人物は、とても珍しい。
誰かに気を遣うことも、へつらうことも、群れることもない。そのためセラフィはスリザリン寮において浮いている存在だった。それが他寮に悟られないのはスリザリンの特徴だろう。最も寮生の数が少ないスリザリンは、団結を重要視するのだ。
「僕に何か用事があるのかな。ご覧のとおり食事中なのだ。それとも、こちらに用事が?」
セラフィはテーブルの上にある果物の載った皿を指した。
「──皆に聞いた。誰も君の家のことを知らない。だから訊ねに来たんだ」
「僕の血筋に興味があるのか? 詮索するだけ無駄だ。……むむ」
魔法界の常識に当てはめようとすれば無理が生じる。やはり無駄だ。
なんせ約二年前に発生した、左回りかもしれない何かから発生した右回りらしき生き物なのだ。自分自身、正体を探している最中だ。
徒労をたしなめるように果物の皿を彼の前に押しやった。
「壁の文字──継承者の敵って意味は分かるか?」
「分からない。見当もつかない」
「……だろうな。君はマグル出身だろう」
「そういうことでいい」
「それでは困る」
静かだが、強い口調でノットは言った。
「スリザリンにマグル出身はいないことになっている。……気を付けてくれ」
「ああ、そうとも。蛇には蛇だけだ。モドキのような蛇やトカゲのような蛇もちらほらと見える気がするが、どこからどう見ても蛇なのだろうね」
「……正確には『スリザリンにマグル出身を公言する生徒はいない』と言うべきだが、とにかく、そうなっているからそう振る舞うべきなんだ。君も」
フッとセラフィは息をこぼした。
──くだらない。
そう言ってしまいたかったが、価値観の衝突のため避けた。
魔法界の純血には、魔法の行使における優位性が無いように見える。
例えば、純血を誇るドラコ・マルフォイが、マグル出身のハーマイオニー・グレンジャーより魔法力に優れているという状況は見受けられない。能力に差がないのなら、純血を保全する価値が無いように思ってしまうのだ。
セラフィは林檎を食べ終えると葡萄を一房、手に取った。
「セオドール・ノット、障りがなければセオドールと呼ばせてもらいたいものだ。君の事情は分からないが、この混乱の最中──しかも初期に貴公が動くとは思わなかった。もうすこし慎重な人物かと思っていた。何か急ぐ用事があるのかな」
「スリザリンがこの程度の混乱で済んでいるのは、純血と半純血しかいないスリザリンだからだ。……秘密の部屋。継承者。古い話だ」
「昔話は好きだよ」
先達の騎士がセラフィの寝物語に聞かせる話は、いつも過ぎ去りし栄華の話でありセラフィにとっては未来の話でもあった。
「調べれば出てくる話だ。話自体は、隠されているワケではない。一週間もすれば君の耳にも届くだろう。──だが、継承者が現れること自体がありえないんだ」
ノット──セオドール・ノットは手に持っていた一冊の本を出した。
表紙には金色の流れるような文字で『純血一族一覧』と書かれていた。
「その本、執筆者不明で信憑性がイマイチと聞いたことがあるのだが……」
「俺以外の誰かが『この本は祖先が書いた確かなものだ』と言ったら容赦なく破ってもいい。だが俺は、聖28族を選定したカンタンケラス・ノットの子孫だ」
「ほう。では記述の赤も青もご存じなのだな。それで? 継承者様が純血様と何のご関係が?」
「結論から言えば『継承者』であるスリザリンの創始者、サラザール・スリザリンの血を引く子孫は在校生に存在しない──」
「ことになっている?」
セオドールは挑戦的な目をした。
だが、一時の感情より知性が上回った。
「そうだ。いない。皆、マルフォイがスリザリンの継承者と思っているようだが」
セオドールは、ちらりとマルフォイを見た。
取り巻きの女子生徒に何かを話していた。
秘密は甘いものだ。──父たる狩人の言葉がセラフィの思考をかすめた。
「──マルフォイ家のルーツは他にある。この『純血一族一覧』……あえて『イマイチ』だと認めるが……実のところ、とっても癪だが……しかし、確かな記述もある。マルフォイは、スリザリンの系譜ではない。これは赤で書いてもいい確定事項だ」
「話の焦点が分からないな。『継承者は現れた』と血文字は語る。だが、一族一覧を作ったミスター・ノットの子孫は『在校生のなかに継承者の資格たる寮祖、サラザール・スリザリンの血筋を持つ人物は存在しない』と言う。困ったな。継承者が空白になってしまった。……? ああ、何だ。それで僕を疑っていたのか」
ようやく話しかけられた理由に辿り着いた。
セラフィは指先を舐める。黄色い葡萄より紫の葡萄が甘いことに気付いた。
セオドールは首を振り『純血一族一覧』をポケットにしまった。
「逆だ。君であればいいと思っていた。だが君は隠そうともしないマグル出身でナイト家など俺の家が把握している限り、存在しない。状況は、とても良くないことが確定した。最悪だ」
「君の不安を教えてくれないか。期待を寄せられていた僕には聞く権利がある」
「『等しく危険だ』と考えているんだ。サラザール・スリザリンは、純粋な魔法族だけに魔法教育を受けさせるべきだと主張したが、少数派だったので排斥された。もし、継承者がいるとして、彼の意志を『正しく』継ぐ者だとしたら『継承者の敵』は『スリザリンの敵』だ。つまり、マグル生まれ、『穢れた血』が標的になる。マルフォイの言うとおりな。……だが……皆、暢気すぎる。彼らだって分かっているハズだ。純血を名乗る一族に、本当の意味での純血の一族なんて存在しない。スリザリンの寮生だとしても、どこかにマグルの血が流れている」
──ここにマグルどころか何の血が流れているか分からない存在もいるけれど。
セラフィは内心で呟く。握りしめて白くなったセオドールの指先を見ていた。
「不思議だ。貴公は、純血主義者なのに穢れた血の心配をしている。自称、純血に列せられた一族の末裔なのだからドラコ・マルフォイのように振る舞えばよいだろう。『哀れ、穢れた血。運命の正しき車輪から逃げ惑うがよい』と」
「純血主義である前に、魔法族の血が重要なんだ。フィルチの猫の次は、スリザリンの誰かかもしれないってこと。皆、分かっていないんだ……。スリザリンの寮生だから安心しているのか。純血か半純血だからと自称しているから安全だと思っているのか。あるいは、両方なのか。分からないが……」
セオドールは肩を落とした。彼はひどく焦燥していた。
「もし、僕が継承者だと言ったら君はどうしていたのか」
「決まってる。『外でマグルを襲え』って言うさ。マグル出身者は……気にくわないが、きちんとした教育を受けて魔法が使えるのならば手駒になり得る。家系のどこかに魔法族がいたという証拠でもある。スクイブだって純粋なマグルよりマシだ。……だが、スリザリンで唯一家系的背景が分からない君が継承者ではなかった以上、誰が継承者で何のために猫を襲ったのか。どうして今なのか。まったく分からなくなってしまった。いまさらスリザリンの血筋を探すなんて、どんな魔法を駆使しても追えない。手がかりなし。こうなっては継承者が、厳格な純血主義者でないことを祈るばかりだ。とても厳格な純血主義者なら、まっさきにスリザリンのマグル出身者を見つけ出して襲うだろう。君の言う、モドキやトカゲ達をね。彼らが純血主義を心から歓迎しているかどうかはともかく。打算でも歩調をそろえることができるならば、他寮の生徒より優れた存在だ。──そもそもスリザリンが優れた存在なのは言うまでもないことだが。彼らは真なる家族とは言い難い。でも、だからといってあの猫のように『死んでもいい』と思えるほど安くはない……」
「人道的な主張だ」
かつてカインハーストに攻め入った処刑隊よりは穏やかな思想だ。
セラフィは梨を手に取った。室温で成熟したようだ。柔らかい。
ムキになったようにセオドールは顔を上げた。相槌が杜撰だったせいかもしれない。
「何をそう気負っているのだろうか。君に何かできることがあるとは思わない」
「ここ七〇年程度の純血主義の活動には『純血一族一覧』が付きものだった、らしい。主張の根拠を作った責任は、俺にも……。いいや、昔の話だ。済んだ話だ……。だから、俺個人が責任を感じることはないのかもしれない。だが、継承者を騙る誰かが現れた以上、無関係ではいられない──なんて、考えるのはバカげているだろうか?」
「スリザリンの生徒は、損得で動くと思っていた。どうやら貴公は違うらしい。祖先の罪に殉じる姿勢は好ましいものだ。僕も身に覚えがある。罪は消えないものだ。自らが起こした罪でなくとも、罪は罪。何をしても消えはしない。消えてはいけないのだ。──簡単に許されてしまったのなら、我々は永遠の権利としての『復讐』を保ち続けられない」
「…………」
罪という言葉に、セオドールは「大袈裟だ」と呟き、顔を背けた。
セラフィは最後の葡萄の一粒を飲み下した。
「とはいえ、僕の価値観は数世紀遅れている。時代錯誤の生き方だと知っているよ。今は自由とかいう風見鶏が幅を利かせているのだろう。好きに生きられる余地があるのならば、それも幸いなことだ。どうせ着るローブならば、誰かの中古よりも新品の方がいい。そういう考えも、分かるとも」
「……俺は、君ほど古くないと思うが……純血の魔法使いは、さほど自由ではない。『名前を呼んではいけないあの人』が倒れた今、純血主義は廃れる一方だ。それも時流かもしれないが……だが……しかし……それではダメなんだ」
「ああ、純血主義。純血主義ね。不思議な思想に感じるよ。純血でも半純血でもマグル出身者でも使える魔法の能力は変わらない。あ。それとも耐久に違いがあるのだろうか。なぁ、君。ナイフで刺されたことあるかな」
「『ある?』って何? ないよ?」
「そうか。残念だ。では、いつかナイフで刺されたらどのような痛みを感じるか教えてくれ」
「機会があればね。……純血主義は『必要な思想だ』と父は言っている。俺もそう思う。このままマグルとの混血が進めば、マグル社会との融和施策なんてモノが出てくるかもしれない。だが、マグルは──魔法族もそうだが……異質なものは決して受け入れないだろう。勝った方が負けた方を支配する。いくら魔法族が優れていて強くとも──とはいえ、戦えば間違いなく勝つと思うが、しかし、万一を考えて……。そう。マグルは、数が多い。科学だって進んでいる。そのうち魔法を上回るモノがでてくるかもしれない。だから、魔法族の利益を最も考える『純血』の人々の保全は、マグルの危機から魔法族を守る唯一の術なんだ」
「魔法族と非魔法族の争いに関しては、すこし頷けることもある。同じ問題を知っている。けれど、純血主義の思想は脆い鎧に感じる。薄氷のような鎧だ。裸ではないだけマシなのかな。『純血主義』が思想として存在することはよいだろう。二十世紀には思想の自由があるらしい。──だが、純血ではない者が純血を名乗る実情は、真実を歪めるものだ。純血の定義が厳密であればあるほど歪みは大きくなる。純血は減ることはあれど、増えることはない。自らの首を絞める主張だ。遠からず死滅に至るだろう。一年に何百と純血の家が再発見されるのなら、話は別だが」
「それでも『鎧がある』ことが重要なんだ。歴史を作るのはいつも勝者のペンで、家系図を作るのは我が家のペンだ。『純血』の定義を変えることだってできる。いや、そんなことをしなくても過去の闇は誰にも紐解けない」
「過去にも現在にも未来にも存在しないものを証明するのは、とても苦労するだろうからね。念入りに改竄されたのであれば、なおさらのことだ。怒らないでくれないか。事実を述べているだけなのだから。……さて、さて。どうやら僕は君のご期待には添えなかったようだ。どこかにいる本当の継承者を探した方が良いだろう。……今のところ危機を危機として真剣に受け止めているのは君だけのようだ」
赤い林檎をセオドールの手に落とした。
彼は手の中の林檎を見つめ、そして立ち上がったセラフィを見上げた。
「最後に確認するが……本当に、君ではないんだな?」
「僕なら、非魔法族の出身者を探すなんて迂遠はしない」
「そう、だな。違うよな。君は……何というか……すごく雑な時があるし」
──ああ、僕はたいていのことがどうでもよいからね。
そう言おうと実際に口まで開いたが言葉は出なかった。
雑、という評価がセラフィの心の繊細な部分をうっすら傷つけたからだ。
(……ひょっとしたら、僕は他人からとても無責任な人間に思われているのだろうか?)
セラフィは魔法界のあれこれに興味はあまり持てない性質だと自覚があったが、無責任にはなりたくなかった。だからここにいる。クルックスも「冷たくない」と言ってくれたのだ。そのことを思い出すと自信を取り戻せた。
セラフィは、セオドールの最終確認の質問に対し、誠実に考えた。
「だからこそ、無差別に襲うよ。純血主義を掲げる人々が、純血主義の執行のために死ぬなら本望だろう」
赤い林檎が長毛カーペットの上に、ぽて、と鈍い音を立てて転がった。
見上げたまま、セオドールは大きく目を見開いていた。
「信仰に伴う、ただの尊い犠牲ではないか。貴公らは、自らが標榜する信念のために他者を害そうとするのに、なぜ自分の番が来ただけでそのように怯えているのだろう。……それにしても、イギリス魔法界は大変なのだね。もうすこし真剣に隠れる方法を考えた方がいい」
「……そう……選択しないための純血主義なんだ」
「ほう。近頃の『正義』とは、もっぱら多数派が名乗るモノと聞く。少ない方は、はて……何と呼ばれるのだったかな」
果物の皿から、最後に残った青林檎を手に取る。
セラフィは立ち上がった。
「セオドール、面白い話をありがとう。貴公とは、時間のあるときにゆっくり話したいものだ。人間の社会と未来についてね。……しかし、今日はおやすみ。佳い夜を」
細い銀髪を払い、セラフィは談話室を退室した。
青い林檎は、酸味が強い。
しかし、かすかな甘みが遅れてやってくる。これはクセになる味だ。
(よく考えているものだ)
手の中で温めるように林檎をくるりくるり回しながらセラフィは思う。
(僕と同じくらいの子供が、魔法族の未来について真剣に話している。僕より、とても真面目に)
これは『富んでいる』と言えるだろう。寝食がおぼつかない状態では考えることさえ難しい議題だ。しかし、豊かな生活の延長にある思想とはいえ、セラフィは不可解なものに思えた。──未来は常に大人が考え、作るものだ。
(そうだ。魔法界はどのように形作られているのだろう? 優れた大人が、優れた治世を行っているのだろうか? ……ホグワーツは、ダンブルドア校長の下で成り立っている秩序と言えるだろう。では外は……?)
彼女は、夏休みの間でダイアゴン横町で出会った人物を思い出した。
ルシウス・マルフォイ。
ドラコ・マルフォイの父親でホグワーツの理事を勤めていると聞く。理事とは相談役のようなものだとセラフィは考えている。ダンブルドア校長もより良い秩序のために彼らと協力して励んでいるのだろう。同じように政治も頭数が集まればそれだけ知識は重なり、名案も生まれるだろうか。
考えが至ったところ、途端にヤーナムの脆さが感じられるようになった。
「クルックスは、魔法界に虫がいればよいと心から願っているらしいが……なるほど。今はすこしだけ、君が分かるよ」
林檎に歯を立てようとした寸前、青い匂いが感じられた。
強い酸味に我慢できるのは、その先にある甘味を知っているからだ。酸味が欲しいワケではない。
(赤い林檎、譲らなければよかったかな)
セラフィは、硬い林檎をベッドサイドに置いた。
セラフィは果物がお好き:
「凍土かな?」という程度に凍てつくカインハーストの地において、まず見かけない──そもそも、たいていの食べ物は存在しないが──それは果実です。クルックスは栄養のことを考えすぎて骨も残さず食べる悪食癖がありますが、セラフィは偏食の気味があります。好きな物を好きなだけ食べ続けてしまいます。
……どうせ滅多なことでなければ死なぬのだから、僕らは好きな物を食べて、好きなものを愛するべきなのさ……
『純血一族一覧』:
セオドール・ノット。
「誰だっけ?」と思われた方のためにご説明をさせていただくと『謎のプリンス』でちょこちょこ出てくるスリザリン生です。スラグホーンのスラグ・クラブに誘われるところでしたが、いろいろあって結局誘われなかった人物です。映画ではたぶん出ていない。その後『呪いの子』でもちょっと名前が出てきます。描写がないので判断が難しいのだが、発明品の結果を考えると、とても頭が良い設定があるようです。
ところでハリー・ポッター原作内で『1930年代にカンタンケラス・ノットが出版したと思われる純血一族一覧』を記述した場面はないと記憶しています。
Wikiにもあるこの内容は、インタビューかポッターモアで語られた内容と思われます。日本語訳された出版物(書き下ろしエッセイ3冊)には掲載されていないものです。最も近い記述『1930年代に姓名不詳の著者によって「純血」に指定された名家のリスト』が『エッセイ集ホグワーツ権力と政治と悪戯好きのポルターガイスト』に収録されています。
待て待て、ノットの名前はどこから出てきたんだ。──筆者も知りたいです。
ともあれ。
たとえ上記の内容が誤りであったとしても『純血一族一覧』まわりの設定は、本作においては、このような取り扱いで今後も書いていこうと思います。
──とか書いておいて、この辺りの設定についてお詳しい方がいたら(メッセージで結構なので)教えてくれるととても嬉しいです。まだ修正が効く範囲かもしれないのでね。うん。