古城が精密に描かれた表紙の本。
読めば、かつて在籍した生徒の軌跡が見える。そして悟るのだ。
己が歴史の端に存在することを。
第二の犠牲者は、コリン・クリービーだった。
彼がいまや死人同然の静けさで医務室のベッドに横たわっているという噂は、瞬く間に学校中に広がった。
猫から始まった奇妙な事件は、ついに生徒にまで魔の手を伸ばしたのだ。
カメラ小僧の名を欲しいままにしたコリンは、クルックスにとって特別な存在だった。
「とても残念だ。俺は悲しい。きっと、これが悲しいという感情だ。写真が……俺の写真……皆の写真が……」
クルックスは、写真ができあがるのを楽しみにしていた。
それは鬱々とした日々に示された一条の光に等しい。
クリスマスになれば写真を持って狩人の夢に戻り額をこしらえて、父たる狩人と人形ちゃんへの小さなプレゼントにしようと思っていたのだ。
輝かしい計画は本日、頓挫した。
──犯人は覚悟の準備をしていて欲しい。
図書館にて、計画の一部始終を聞いたネフライトが鼻で笑った。
「君は私のことを時おり『女々しい』なんて言うが、君だってささやかな幸せを大事にし過ぎる。三六五日ある、たった一日をどうしてそうありがたがるのか。理解に苦しむね」
「異教とはいえ祭日だ。開き直って楽しんでもいいだろう。斜に構えた態度で一日を過ごすより楽しいだろうと思うのだが」
「君は皮肉を言っているつもりではないらしい……。気に障ることだね」
驚くべきことにネフライトは、祭日を楽しめないことを気に病んでいたらしい。彼は憎々しげに目を細めた。
「私は、そういうことが得意ではない」
「そういうこと?」
「皆で騒ぐというホグワーツの祭日様式だ。彼らは飽食と消費を目的としているように見える。……私はいつもより燭台を綺麗に磨き、蝋燭を一本多く灯せば、それだけで満たされる」
「そうか」
ネフライトは、女々しいのではなく繊細すぎるのかもしれない。
『ささやかな幸せを大事にし過ぎる』とは、やはり彼にこそ相応しい言葉に思えた。
「メンシス学派にも祭日があるのだろう? 『今日は君が「医療教会上層を焼き討ちしたい」と言ったから、上層焼こう記念日』だったか?」
「人員と経費の削減のため却下になった。冗談のような話だが、却下になって本当に良かった。それでも主宰まで『お伺い』が回ったのはダミアーンさんの本気度合いを感じたが……。そんなことより、哀れなコビンだかコビーだかコピーだかという一年生を心配したらどうだ。君は、ほら、連盟員のクセに最も義理人情を重んじる人格であるから」
「それは先ほど談話室で済ませてきた」
「ああそう。結構なことだ。湿っぽいのは無駄なので嫌いだ。──それで? 私に何か?」
「用事がなければ来てはいけないのか?」
「テルミのように面倒くさいことを言うのはやめてくれ」
メンシスの檻の中で日刊預言者新聞を眺めているネフライトは、コツコツと指でテーブルを叩いた。
催促されているのだと分かり、クルックスは用件を切り出した。
「俺の四肢をくれてやるので犯人を探して殺す策を練って欲しい」
「無理だ」
たいていの物事に二つ返事──これは少々甘い見通しだ──三言程度のやり取りで頷いてくれるネフライトにすげなく断られてしまった。
思わずテーブルに身を乗り出して新聞に手を突いた。
「なぜだ?」
「手、邪魔。……君は私が何でもできると思っている誤った認識があるようだ」
実際のところ、ネフライトの知恵はきょうだいのなかで最も頼りになると思っているので頷いた。
対するネフライトは、悪い気はしないらしく新聞の上にあるクルックスの手をそっとどかした。
「理由はいくつかある。まず最大の問題だが私には犯人が分からないし、今後も見当がつく見通しがないからだ」
「どうにかならないのか?」
「どうにかできるなら、私はここでのんびり新聞を読んでいない」
「ごもっともだな。では、どうにかしようという気概はないのか?」
「あるから新聞を読んでいる。──今日もそうだ。新聞にはホグワーツの事件について何も書かれていない」
ネフライトは、口の端を曲げるだけの笑みを浮かべ、それからクルックスにも見えるように新聞を広げた。
──石化は学校内の出来事であり、騒ぐことではないから記事にならないのではないか。
クルックスはそう考えていたが、それでは辻褄が合わなくなる事情に気付いた。
昨年は誰かが石になって授業を長らく欠席する事態は起こらなかった。
石になった猫や怯える先生方の反応を見れば、今回が特に珍しい事態であることが分かる。
「魔法界は概ね平和だ。平和の最中に人が石になるのは、大事ではないのか?」
クルックスは、世間の耳目がどの程度ホグワーツに向けられているか分からない。だが、ホグワーツはイギリスにて唯一の魔法学校と聞いたことがある。次世代を担う少年少女の育成機関で事件があれば、大なり小なりの問題となりそうだとも思った。
「平和など戦争の『繋ぎ』に過ぎないとよく分かる時代だ。学校が口止めしているのだろうな」
「ダンブルドア校長が? なぜだろう。『犯人が捕まりません』と記事が載るのは惨めかもしれないが、覆せない事実だろう」
「そうだな。管理者として報告する義務もありそうだ。……失態隠し以外の理由として考えられるのは『犯人をあぶり出そうとしている』だろうか。これは恐れで混乱する人々を見て楽しんでいる犯人ならば有効、かも、しれない」
ネフライトが語る、犯人像の想定はクルックスが抱いていた不快感を言い当てるものだった。
「そうだとしたら──やり口はともかく──心情はナイフをちらつかせる暴徒と大差ない。誰かが仕掛けたことならば、いつか必ずボロを出す。それまで待つべきか。こんなのが『恐れ』など、それこそ恐れ多いことだ」
姿が見えないだけの卑怯者だ。クルックスは吐き捨てた。
だが、暴こうにも悔しいことに手がかりがない。
ハーマイオニーに聞いた『マルフォイが怪しい』だけだ。
それもいかほどが真実に触れているものか分からない。
考え込んでも分からない。クルックスは新聞をたたみ、肩を落とした。
「恐怖。恐怖などと軽々しく言うが……恐怖は、いつも深淵からやってくるものだ。人は、魔法界は、知らないか……ああ、スネイプ先生はご存じかもしれない。あの人は、お父様の貌を見ようとしたからな」
「命知らずめ。運が良すぎたな」
ネフライトは不快そうに言った。
彼は、ビルゲンワースの学徒、コッペリアと同じようにヤーナムの外の人命の価値を低く見積もっているようだった。
不意に父たる狩人の言う『盗人』という言葉を思い出した。
あのとき。スネイプ先生の何が狩人の気分を損ねたのか。結局、彼は語ろうとしなかった。
けれど狩人が『クルックスの父』という立場から『ヤーナムの狩人』として意識を切り替えるほど『秘密に踏み込まれた』と感じることがあったのだろう。
しかし、ネフライトのこれは狩人とも異なる価値であるように思う。
価値が低く、関心が無ければ顔を顰めることもしないハズだ。
「……ネフは魔法界が嫌いなのだな」
「ああ、嫌いだとも。こんな世界。こんな秩序。……私はヤーナムの外は、もっと進んでいると思っていた。無惨なるかな。ここは資源が有限なのに無駄が多い。彼らは魔法族という一個の群体であるという自覚がない。魔法族の存在はいずれ露呈する。次の二百年は保たないだろう。ならば付き合う価値もない。私達が彼らの知恵を平らげて終わりだ」
「では、我々が与えるものは?」
「耳を疑うことを言うなよ、クルックス。私達は『魔法を学ぶ見返りに神秘を差し出す』など契約をしているワケではない。学校は生徒を教育する場であり、私達は学びにきている。これは他の生徒と変わりない。関係は、これで完結しているのだ。例外はない。……君は多感だな。ただの教授に情を感じているようだ」
「そんなことはないが……」
「『ないが』何だ? そこは『違う』と言いきって欲しい」
「ネフのように冷ややか過ぎるのも考えものだと思っているだけだ。……聞いていれば、まるで敵のように語るじゃないか」
「ほう。では発言には気をつけたまえ。私には敵の肩を持つように見える。あぁ、お父様は分かっている。真に忠実な者が誰か、分かっていらっしゃるのだ」
「やはり俺だ。白黒つけない俺がちょうどいいのだろう」
ネフライトが『何を言っているんだ、コイツ』という顔をしたのでクルックスは戸惑った。彼がそんな顔をするのは、ビルゲンワースの学徒、コッペリアがクルックスのことを「おぉ、僕の可愛い赤ちゃん!」と言って抱きしめたのを目撃した以来のことだ。つまり、よほどの出来事だった。
「ネフは真面目だから『勤勉な忠実』枠とか、狙えるだろう。そう気落ちすることはない。何だ?」
「い、いいや、自意識過剰だなぁ、と……まぁ、当人がそう思い込むのはいいことなのだろうなぁ」
「発言には気をつけた方がいい。俺を刺したつもりの言葉らしいが、俺には君に刺さっているように見えるぞ」
「そんなことはない。まったく。お父様は聖歌隊よりメンシス学派に期待なさっている。そう、テルミより私に。……もし、お父様が魔法界にやってくるならば是非ぐちゃぐちゃに掻き回していただきたいと思う。鍋の底をさらうような雑さで何もかもひっくり返ってしまえばいい」
「残念だが、お父様はそんなことはなさらないだろう。ところで互助拝領機構の正体も何やら分かった気がする」
ネフライトが『互助拝領機構』を作ったのは、ヤーナムの外の人々に対する心情的な変化があったからではないか──等とクルックスは希望的楽観を抱いていたが、特にそんなことはなかったようだ。
すると彼の目的は互助拝領の名称に背く、極めて利己的な機構なのだろう。
彼らしく、メンシス学派らしいやり口に安心感さえ覚える。
「しかしだ、ネフ。魔法界は、そう悪いものでもないと思う。異なる神秘に触れ、大きな代償を払うことなく運用している。虫がいればよいのにと願うほどに『うまく』いっているように見える」
「そんなことを言えば、ヤーナムだってお父様が『うまく』やっている。二〇〇年以上、問題らしい問題はなかった。だからこそ、構築した文明の真価が問われるのは異なる社会との競合が起きてからなのだよ。古今東西、自滅するより攻め滅ぼされる民族の方が多い。魔法界の試練はこれから訪れる。第二次エネルギー革命後──燃料のアテが蒸気や化石エネルギーへ変わったあとの話だが──非魔法族の文化発展速度は著しい。進歩はすでに加算ではなく乗算の域だ。文化の発展は加速度的に……ええと、だな……とにかく、非魔法族は、とても技術が進んでいるんだ。もうすぐ労働の場に人間も必要ではなくなるだろう。人口比も大きく違う。魔法があっても優位ではない。『魔法族より、ずっとはやい!』とだけ覚えておくといい」
あまりに間の抜けた顔をしてしまった。
見かねたネフライトがとても簡単な言葉で言い直してくれた。
「解説ありがとう。そうなのか。……難しいことだな。俺には、うーん、よく分からない。でも最終的には、お父様が決めるのだろう。その判断を信じたい。悪いものにはならないだろう。たぶん」
「私とてそうするつもりだ。できれば腑分けしたいがね。けれど、ま、まぁ、食文化の発展だけは素直に負けを認めている。ヤーナムの食文化は、そもそも文化として、その、いろいろと問題が……。輸血液の煮凝りなど絶対に知られたくない。……あぁ、話が大幅に逸れてしまった。反省」
「事情が分かったのであらためて聞こう。──犯人を探して殺す策を練って欲しいのだが、いつならできる?」
早ければ早いだけいい。
このまま誰かが石に変わってしまう事件が続くことは、ネフライトも望まないだろう。
しかし、彼は首を横に振った。
「私達の手元にあるのは、不確定な情報ばかりだ。曖昧なことは答えられない。テルミの情報待ちだ。何やら探っているようだからな。……今は、そうだな、せいぜい昔話など読んでおけばいい」
「昔話?」
「『ホグワーツの歴史』だ。ためになるぞ。今は特にな」
■ ■ ■
現在のホグワーツは、ヤーナムと同じ臭いが漂っている。
すなわち猜疑と鬱屈だ。
とても気に障る。
校内は、黒布が被せられてしまったように薄暗い。
不似合いだ。
昨年、ネフライトは「ホグワーツは、ヤーナムによりすこしばかり可愛い疑心と嘲笑が満ちている」と言った。クルックスも肯定する。
だが、それがホグワーツという学校の在り方であり秩序であるのならば口を出してはいけないのだろう。
だからこそ、現在の事態は看過しがたい。
昨年は起きなかった事態が起きている。
ホグワーツの外から持ち込まれた『何か』が悪い作用を起こしている。クルックスはそう判断した。
学び舎の秩序が乱されるのは、健全な状況とは言い難い。
放課後の廊下に人気は少ない。最近は廊下を独りで歩くことが珍しいと思われるようになった。
コリン・クリービーが倒れた後は、特にそれが顕著になった。
ネフライトから貸与された本を抱え、クルックスは誰よりも遠回りをしてグリフィンドール寮に戻る帰路にあった。
「ホグワーツの歴史。つまりは神秘の歴史である。……神秘。神秘か……」
──なぜ人は神秘に惹かれるのだろうか。たいていの場合、碌でもない事態ばかり引き起こすというのに。
こんなことを思ってしまうのは何度か死を積み上げた今だから至る心境なのか、それとも元来の性質により啓けた思考なのか、クルックスには我が事ながら判断できなかった。ヤーナムを出て魔法界に触れるまで考えたことがなかったからだ。
──四人の創始者により、ホグワーツは作られた。
──うち一人、サラザール・スリザリンは魔法教育の在り方について他の三人と意見が大きく異なり、やがて袂を分かつ事態が起きた。
──だが、秘密を残した。
──学校のどこかにある『秘密の部屋』には、スリザリンの遺した怪物が眠り、継承者が現れたとき学校にそぐわないものを永遠に追放するという。
なるほど。ネフライトの助言は役に立つ。
姿の見えない何かに警戒し続けるより、正体不明の『怪物』という存在が念頭にあれば心持ちが違う。無論、それが気休めだとは知っていたが手がかりもほとんどないため、伝承の精査から始めるのも悪くないように思えた。──それしか思いつかない、という事情もあった。
「怪物? 怪物か。ふむ……? 既存の何かでは例えるモノがない概念だ。長生きだな。ひとり? ひとつ? 単体から増えることができるのだろうか。それとも同一の個体が生きていて……? これまで誰にも感知されずに……? ふむふむ……? ……分からん」
今度は生き物の図鑑を見てみる必要がありそうだ。
そういえばテルミが話していた『幻の動物とその生息地』は、タイトルだけで面白そうな本だった。
今後読む本のリストに加えておこう。
「……分からないことばかりだ」
知ることは多くある。
クルックスは、なんとなく足を止めて窓の外を見た。
どこまでも続くと錯覚してしまう森の向こう、太陽の沈む地平線が見えた。
ハロウィーンも終わり、冬の足音が聞こえてくるようだ。曇りがちで寒い日が多くなった。
夜がやってくる。
「…………」
脳裏に刻んだ『淀み』のカレル文字は、ピクリとも反応しない。
どこにも虫の気配はしない。虫は、人の淀みの根源がその形で表出する物であるから、怪物が人ではないのならばカレル文字による察知はできないだろう。
「でたとこ勝負だ。……分が悪い」
最近、純粋な力負けをしたのは記憶に新しい。
思い出深い夜に一時敵となった教会の暗殺者のことを思う。どこからどうやって現れるか判然としない彼であっても攻撃時には視認ができるようになった。
(そうだ。俺は敵が見えず、さっぱり分からないという状態に陥ったことがなかったのだな)
狩人の自分が狩るのは常に獣であり、踏みつぶすのは虫だ。
考え方を変えれば、今回の出来事は目に見えない脅威に対する対応について学べる事例になる。──石にならなければの話だが。
月の狩人にバジリスクの呪いは通用するか問題:
もし、石にされた状態が死でなければ『石になった』状態で固定化されてしまい、夢に還ることができなくなってしまう。石を砕けば死ぬのだろうか。仮定に意味はあったが、確認は博打だ。(『善意の使い道』よりクルックス)
本作において、魔法と神秘は「よく似ている別種のもの」として取り扱っています。とはいえ、使い手(魔法使い)の互換性はある様子。
そんな中、深い闇の魔法である『バジリスクの直視』はどのような判定になるのかといえば、月の香りの狩人であっても死んでしまいます。
ヤーナムの狩人が取り得る対抗策として『青い秘薬』で認知され難くする方法が挙げられます。根本的に直視(死)を免れる方法は、ヤーナム神秘は広し深しですがありません。ご存じBloodborneには『デモンズソウル』における奇跡「一度きりの復活(死んでも一回だけ、体力50%回復した状態で復活できる)」やSEKIROのような「回生(死んでも約一回だけ体力が多少ある状態で復活できる)」もないので狩人達は「ハイ死にました。夢にしました。いざ、再走!」となります。
避けられずとも撃退する手段として青いガラスを被覆した工芸の盾である『湖の盾』で、アーサー王伝説でキャスパリーグを倒した逸話に則り、バジリスクの視線を跳ね返すというワンチャンの可能性を探る価値はあるかもしれません。ダミアーンさんを酷使しなければなりませんね。(『湖の盾』はDLCで追加された装備であり、同時に追加された協力NPC『メンシスのダミアーン』の左手主装備であるため)
ところで。
カレル文字のなかでは、神秘の湖(ゲーム中、神秘ダメージカット5~10%)があります。
もし、これがダメカ100%のものがあれば(魔法という名の)神秘を防ぐ効果が期待できたのですが──そんなぶっ壊れカレルがあったら秘技が諸々死んでしまうのでダメですね!
一方で、石化による長期の身体拘束は狩人の意志にかかわらず、彼らを夢に引き戻します。高所から落下した場合と同様、落下して明確に死亡する前に『落下は夢だった』となるように。
心の中に存在する狩人の象徴は、決して消えないものです。
ただ狩人であるために。
さて。
たとえバジリスクの存在を知ったとして、月の香りの狩人のなかにクルックスが怯えるような感情は生じないでしょう。
──目を合わせなければ大丈夫なんて魔法界の怪物は良心的だなぁ!(ヤーナム在住の上位者)