甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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連盟
狩りの夜に蠢く汚物すべてを、根絶やしにするための協約。
名を連ねた者は脳裏に『淀み』の誓約カレルを刻む。
動かない風車の廃屋。そこが連盟の集会場である。

……同士よ、夜が来る。……
……耳を澄ませ! 目を剥け! 武器を握るのだ!……
……連盟の狩りは何も終わっていないのだから!……



クリスマス紀行

 クリスマス休暇は、ほとんどの生徒がホグワーツを離れ、自宅で過ごすことを選択した。

 

『ほとんど首なしニック』とジャスティン・フィンチ=フレッチリーの一件が生徒に与えた影響は強いものだった。

 生きている人間を石にすることは、これまでと同じだ。しかし、今回は死んだはずのゴーストまでも石にしてしまった。これでは生きていても死んでいても危険である。そう感じてヒステリーやパニックを起こしてしまう生徒もいた。特に一年生の怯え具合は、隣で咳をしただけでも飛び上がりかねないものだった。

 

 そのため今年のクリスマス休暇の間、学校に生徒がほとんどいない現状は、当然の帰結だった。

 

 クリスマスの日。

 起床するとベッドの隣に小さく軽い木箱が置いてあった。

 顔をこすって身を起こすとクリスマス・カード代わりの手記が広がった。

 

『人形ちゃんが作った花の栞だ。ありがたく拝領したまえ!』

 

 手記と共に浮かんだ白霧の幻影が人形と父たる狩人を形作った。狩人が栞を手で包んだ姿が見える。その手つきは壊れ物を取り扱う慎重さだ。

 

(嬉しそうだな……)

 

 大切に使うようにしよう。ベッドサイドに置いた。

 足下に視線を移すと小包があった。両隣のベッドの主は、それぞれ実家に戻っているため、消去法でこれは自分の物だと判断した。

 包みを開くとチョコレートの特選集だった。クリスマス・カードも付いている。テルミからだった。

 

『祭日ですもの! ちょっぴりでもお楽しみは必要ですから、お茶会を催しますわ。開催の日取りはセラフィにお任せします。クルックスとネフにも手伝ってもらうことがあります。皆さま鐘の音に、ご注意してくださいね!』

 

 テルミからお茶会のお誘いだった。

 夏休み中、ビルゲンワースでは学徒やクィレルを招き何度かお茶会が行われた。

 クルックスは宿題に追われてお茶会どころではなかったがクリスマス休暇中ならば、赴くこともできる。

 今回は、ただのお茶会ではないだろうことも予想できる。テルミは学校中の噂を精査している。その結果も聞くことが出来るはずだ。

 異邦の狩人服に着替えて寝室を出るとハーマイオニーと出会った。

 

「むっ。ここで何を? この先、男子寮だぞ」

 

「そ、そうなんだけど、二人が寝坊しているんじゃないかって心配で……」

 

「……。そう。面倒見が良いのだな」

 

 二人は通り過ぎる。

 クルックスは談話室に降りかけた足を止め、閉じたばかりの扉にぴたりと耳を寄せた。

 

 ──一時間も前から起きて、煎じ薬にクサカゲロウを加えていたの。完成よ。

 ──ほんと?

 ──やるなら、今夜ね。

 

 扉からそっと体を離した。

 階段を降りると昨年のクリスマスプレゼントであるマフラーを首に巻き、暖炉のそばで身を温めた。

 彼らが何を企むにしても、その間に自分がいてはいけない。クルックスは漠然とした考えの理由を探していた。何度か考えるうちに父たる狩人の姿がチラついた。──善意がトドメになることもあるのだ。

 

(……口を挟むまい。だが……ほんのすこし。彼らの知らないところならば……)

 

 今夜の予定を立てる。

 暖炉の中で火花が大きな音を立てて爆ぜた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 朝食の時間になると大広間に向かった。

 ヒイラギとヤドリギの小枝が天井を縫うように飾られ、魔法の乾いた雪が降りしきっていた。

 

「面白いな……」

 

 手の平で温度のない雪を観察しているとネフライトがやって来た。

 彼はいつも片方の頬を上げる歪な笑い方をするが、今日は特に、その角度がキツいように見える。

 

「おはよう、クルックス。今日は異教の祭日だったな。ところでこの雪、温度がなければ埃のように見えないか?」

 

「情緒のないことを言うものではない。ぶち壊しだ。それが狙いだろうが。しかし今日は……生誕を祝う祭日だ。ちょっと浮かれてみたらどうだ?」

 

「これでも浮かれている。クリスマス・カードを見たか? テルミのお茶会が、私は楽しみで仕方がない。四ヶ月の聞き込み成果。さぞ核心的な報告が聞けるのだろうね」

 

 言外に「できるワケがないだろうが」と響きを滲ませて彼は一足先にひとつしかない寮のテーブルに着いた。

 座ろうと歩きかけたところ、次はセラフィがやって来た。

 

「おはよう、クルックス」

 

「ああ、おはよ──なぜ血生臭いんだ?」

 

 クルックスは、声をひそめた。

 荒事に慣れた人でなければ気付かない程度にだったが、今朝のセラフィには血の匂いが漂っている。

 セラフィは首をしきりに気にしていた。

 ボタンで留められた高襟の隙間から包帯が見えた。

 

「んん。なんと。連盟員は鼻が利きすぎる。シャワーを浴びてきたのだが……」

 

「食事が始まってしまえば、誰にも分からないことだろう。気にするほどではないが、ひょっとして、怪物と戦っ──!」

 

「いえ、僕の先達なのだが」

 

 まだ日も出ぬ早朝。

 夢を通ってヤーナムのカインハーストへ行ったことをぽそぽそと語る彼女は「大したことではない」と言った。

 

「祭日の挨拶に行ったら虫の居所が悪かったようでね。朝に弱い鴉羽の騎士様には、よくあることだが」

 

「よくあるのか」

 

「血筋ゆえの血質の高さとは、貴い御方を悩ませるもののようだ。……多血の病だ。お労しいことだよ。本当に」

 

 セラフィは目を伏せる。

 それからテーブルの席に座った。

 間もなくドラコ・マルフォイや腰巾着とも言うべきクラッブ、ゴイルの二人がやって来た。

 マルフォイと目が合ったので狩人の礼をした。

 

「おはよう。今日は祭日だ。……めでたい日なのだろう。学校に残る生徒も少ない。寮間の諍いのことは考えたくないものだな」

 

 肩をそびやかして歩いてきたマルフォイは、なぜか面食らった顔をした。

 

「僕から問題にしたことはないぞ」

 

「では、今日もそのようにありたいものだ」

 

 クルックスは、ネフライトの隣に座った。

 彼は分厚い本を読んでいた。

 題名は『近代防衛術の手ほどき』とある。

 

「互助拝領機構は、実践も取り扱うのか?」

 

「ああ。私は、闇の魔術に対する防衛術に幻滅している。……対抗手段というものは、覚えておいて損はない。そうだ。休暇中は暇だな?」

 

「君ほど忙しく過ごしていない」

 

「よろしい。いろいろと付き合ってもらう」

 

 断定されてしまったのでクルックスの休暇の過ごし方は決まった。

 

(まぁ、いいか)

 

 クルックスは知っている。

 ちょうど大広間に入ってきたグリフィンドール三人組をちらりと見た。

 ハリー達は、マルフォイへ聞き込みをするために女子トイレに忙しく通っているようだ。

 

(俺とネフが空き教室にいることで彼らが動きやすくなるだろうか。……俺もこれからヤーナムに行かなければならないし、今年こそは七面鳥を十羽くらい食べたいから)

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 クルックスがヤーナムで果たしたい用事とは、連盟の使命に関わることだ。

 

 かつてヤーナムの外から来た連盟の長であれば、ヤーナムの外に虫が見えない理由について知っているのではないか。

 

 昨年、ピクリともしなかった『淀み』のカレル文字。

 クルックスには、分からない。

 ヤーナムの外には虫がいないから反応しないのか、それともいまだ虫を宿らせた者に会っていないから見えないだけなのか。

 これらの疑問は、時間が解決する問題だとクルックスは思っている。

 だが、待てない。待ちたくなかった。

 ヤーナムが汚れていることを認めたくないのだ。

 

 さび付いた鉄扉を開けた。

 植物に絡みつかれた風車小屋が、連盟の集合場所だ。

 

「…………」

 

 埃っぽい。

 湿り気を帯びた空気を肺一杯に吸い込んだ。

 

「…………」

 

 連盟の長はいない。

 しかし、いつもならばそろそろ姿を現す頃だ。

 風車の主伝導歯車を納める台座に座って待つことにした。しかし、ふと視線を感じて部屋の隅を見た。

 そこには腑分けの面を被った男が座っていた。

 

「うぐ。わあぁっ! マダラスの弟、さん……!」

 

 連盟員であるマダラスの弟が、連盟の集会所である風車小屋にいることはまったくおかしなことではないが、まったく気付かなかった。自分の浮かれ具合を反省しつつ、挨拶を試みた。

 

「お久しぶりです、同士。クルックスです」

 

 彼は無言で目を逸らした。会話が成立しないのは、いつものことだ。

 嘘か本当か分からない話だが。彼は兄と共に蛇と育ち、やがてその蛇と兄を殺したのだという。

 その理由は定かではない。長ならば、知っているだろう。けれどやみくもに踏み込みたい事情でもない。クルックスが興味を惹かれたことはなかった。

 

 しばらく鉄扉が開く瞬間を心待ちにしていると音は意外な方向から聞こえた。

 

「む……!?」

 

 後方から昇降機の音が聞こえた。

 集合場所である風車小屋の奥には、崖下に繋がる昇降機がある。

 だが、それを使う人は限られている。

 連盟では父たる狩人しか使っているところを見たことがない。

 その先には、旧主の墓碑と呼ばれる巨石。

 そして人々が近付かない学舎ビルゲンワースしかないからだ。そして今日。狩人の夢にいる人形から「狩人はビルゲンワースにいる」と聞いている。

 

(連盟の隠れ家に侵入か。いい度胸だ)

 

 クルックスは、獣狩りの斧と銃を構えて侵入者を待ち受けた。

 現れたのは、いかにも怪しげな風体の男だ。

 バケツを逆さに被ったようなシルエットが見えた時点でクルックスは武器を下げた。

 

「長──!? あ、貴方が、あの昇降機を使っているのを初めて見ました」

 

「普通に使うぞ。散歩にはちょうどいい」

 

 悠々と歩いて来た怪人こそクルックスの敬愛してやまない連盟の長、ヴァルトールだ。

 だが、思いがけない場所からの登場に彼は戸惑った。

 昇降機の先にあるものを知っているからこそ、戸惑いは大きい。

 

「うーん。連盟員も豚が嫌いじゃないといけないのかな……」

 

 喉で低く笑いつつ、ヴァルトールは立ち止まった。

 何事か。

 周囲を確認したクルックスだが、人が歩いた分の埃が舞っているだけだった。

 

「いや、逆だと思ってだな。お前の──ま、敢えて父親と呼んでやる──彼がここに初めて来た時は逆だったのだ。俺とお前のいる場所がな」

 

 昇降機の入り口を指差して彼は言う。

 クルックスは彼の指差す方向を見ていたが、鉄兜に一つだけ開いた覗き穴は彼とは違う場所を見ていた。

 

「鉄扉の入り口は開けていなかったからな。彼が来るには昇降機を使う必要があった。そして来た。頼もしい新人だったとも」

 

「なぜ頼もしいと分かったのか、聞いてもよいですか?」

 

「ここに来たからだ」

 

 ヴァルトールの手にする白い杖が朽ちた床板を小突いた。

 

「血塗れのいい目をする狩人だとも。今は少々浮気癖があるようだが」

 

「連盟のことは忘れてはいないです、と、思います。はい……」

 

 たぶん、という言葉を飲みこむには苦労した。

 何度か頷いたクルックスの前でヴァルトールは腰を屈めた。

 

「とはいえ、あの男のことはいい。先日、ご機嫌伺いだとかでシレっとやって来たからな。半年ぶりに。問題は、若き同士。お前だ。俺の記憶が正しければ、お前はヤーナムの外に行ったハズだが……」

 

「休暇なので今朝戻りました。すぐに戻らなければなりませんが……俺は、長に質問があって……ですね……」

 

「父親にも聞けないことか?」

 

 おかしそうに彼は言った。

 グッと喉の奥が苦しくなった。

 そのとおりだった。クルックスは再び頷くしかなかった。

 

「けれど聞くことを躊躇う質問ではないです。我が父は、ヤーナムに来るまでの記憶をなくしているから……きっと意味がない。でも、長は、貴方はヤーナムの外から来た人だ」

 

 ヴァルトールは、ヤーナムにとって異邦人である。

 普段より青の官憲服をまとっていることからもそれは明らかだ。

 ただ、これが彼の厭う話題であるとは知っている。

 非礼を短く述べた上でクルックスは訊ねた。

 

「ヤーナムの外に虫はいないのでしょうか? 俺は、まだ見たことがない。もしかすると虫はヤーナムにだけ……? いえ、そんなことはないですよね?」

 

 鉄兜の奥で彼は瞬きした。

 

「……。ああ、虫は外にもいるとも。連盟に名を連ねし、最も若き同士。……お前にまだ見えないだけだ」

 

 連盟の長の答えは連盟の意向であり、連盟の真実だった。

 思わず口の端が上がる。

 だが、それを自覚した途端、不謹慎に思えて口の中を噛んだ。なおも隠しきれず顎が震えた。

 クルックスは心の底から「よかった」と言ってしまいたかった。言ってしまえない理由を深く考えたくなかったのだ。

 

「虫が。いえ、見えないのは、俺が、いえ、俺の……経験? 研鑽が足りないからでしょうか?」

 

「そうだ。何だ。……嬉しそうな顔をしたりやめたり」

 

 ついに指摘を受けてしまい、クルックスはトリコーンを深く被った。

 

「あ、い、いえ、汚れているのはヤーナムだけではないのだと思うと……なぜか、複雑な気分です。嬉しい。ああ、俺は嬉しい。たしかに、そう思うのですが、それだけではないような……自分でもよく分かりません……。長は、どう思っていらっしゃるんですか」

 

「はッ。俺はヤーナムが嫌いだ」

 

「え」

 

 調子が外れた声が出てしまい、クルックスは口を押さえた。もちろん遅かった。

 

「『え』とは何だ。『え』とは。お前は好きなのか? この病んで病んでどうしようもない、クソ溜めみたいな街が。外の世界を知っておきながら?」

 

「お言葉を返すようですが、そういうものだと思えば辛くはないです、俺は……いえ『俺は』ですけど」

 

「……そうか。いや、同士の嗜好に口を挟むまい。忘れろ」

 

 ヴァルトールは少々バツが悪そうに言う。しかし前言を撤回しなかったし、白手袋に包まれた指先はケープに引っ付いた小枝を摘まんで捨てていた。

 ヤーナムに対する認識について。

 深い隔絶があることを二人は知った。だがクルックスの抱く敬愛は変わらなかった。

 白手袋の大きな手がクルックスの肩を叩いた。

 

「連盟が見出す虫は、人の淀みの根源だ。虫は、汚物に塗れ、隠れ蠢くものだ。ヤーナムほど露骨な地は珍しかろう。外では、よく隠れ、よく潜んでいるだけだ。……若き同士に見つけられないのも無理からぬことだよ」

 

「これからも励みます。ええ、そうだ。やはりそうだ。人の世が淀まないハズがないのですから」

 

「ああ、存分に励みたまえ。彼方の同士に誇りあらんことを」

 

 ヴァルトールの手にした白い杖が、カツンと床を鳴らした。

 それを合図にクルックスは狩人の礼をした。

 

「ありがとうございます。長も、ご油断なさらぬように。連盟に誇りあれ!」

 

 連盟の誓いを胸に抱き、クルックスは風車小屋を出た。

 相変わらず湿り気のある風が吹く。

 笑い出したくなる気分だった。

 軽い足取りのまま、彼の姿は森へ消えた。

 

 その背を見送る目は、一つではない。

 連盟に名を連ねる黄衣の古狩人が、靴音も荒く風車小屋を訪れた。

 

「真っ昼間だというのに。最近の連盟は活気づいて俺も嬉しいぞ」

 

 ヴァルトールは、歓迎するように杖を持つ手を軽く広げて見せた。

 

「お前と話した後の若者というのはどうしてか二度と会わないことが多い。心当たりがないとは、まさか言うまいな」

 

 ヴァルトールは、風車の主軸台に座った。

 青いケープが揺れているのは決して風のせいではない。

 連盟最年長の同士が長に向ける目はいつも鋭いものだったが、今日は特にも鋭利である。

 

「年若い同士にあれこれと吹き込むな。……お前が虫が見えるようになったのはヤーナムに来てからだ。それからヤーナムの外に一度も出ていない。外の虫事情などお前は知らないだろう」

 

 言葉まで鋭い。

 だが、連盟の長は怯むことはなかった。

 

「いいや、分かるとも。同士、ヘンリック。俺は連盟の長だ。人の世などいつもどこも、何も変わらぬものさ」

 

 ヴァルトールは、鉄兜のなかで乾いた笑い声を上げた。

 否定できないのは黄衣の狩人、ヘンリックもまたヤーナムの外を知らないからだ。

 ヴァルトールは、不意に笑みをひそめた。

 

「さて。ヘンリック。俺もここで待ち続けるのに飽きてきたところだ。いろいろ試行が必要なのだ。そう目くじらを立てず、大目に見たまえよ。……ヤマムラもかえってきた」

 

 ヴァルトールは長い脚を組み、手慰みに杖を手の中で回す。

 ヘンリックは入り口を見た。

 頭上から微かな風を受けて風車が軋む音が聞こえるだけで周囲には人や獣の気配はない。連盟の同士ヤマムラは今頃市街で狩りの準備を整えている頃だろう。

 

「? なんの話だ?」

 

「──俺も風車を回してみたくなったのだよ」

 

「……?」

 

「そのうち分かる」

 

「お前の『そのうち』はアテにならん。私の生きているうちなら僥倖だがな」

 

 呆れたヘンリックが嘆息する。

 風車は変わらない。

 音を立てて軋むだけだった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 クィリナス・クィレル。

 ただいまビルゲンワースに存在する元ホグワーツ教授は、当然、今日がクリスマスであることを知っていた。

 

 とはいえ。

 神に見放された地とも言うべきヤーナムにおいて異教の祭日など碌に重視もされていないようだ。

 何の変化もない日々を過ごすことになるだろう。──そのハズだったのだが。

 

「メリー・クリスマス、先生。そしてこちらはチョコレート。あとで食べてください。授業料です」

 

 チョコレートボックス特選集を持ったネフライト・メンシスが現れ、クィレルは驚いた。

 

「諸用があってヤーナムに戻りました。一時間で去ります。しかし、その前に教授を依頼したいのでこちらに参上しました」

 

「へっ教授?」

 

 クィレルは、テーブルの上で広げていた手記を閉じる。

 チョコレートボックス特選集にはクリスマス・カードが付いていた。ネフライト宛てのカードで差出人はテルミとなっている。

 彼らの苦い事情が垣間見えてクィレルはそれを素直に受け取って良い物かどうか迷った。授業料にしては後が恐い。

 ネフライトが懐中時計を取り出してテーブルに載せた。

 

「闇の魔術に対する防衛術の先生だった貴方なら、さまざま呪文をご存じだと思いまして」

 

「あ、あぁ、そういうことならば……」

 

 クィレルは椅子から立ち上がった。椅子の上でジッとしていたせいか、手足を伸ばすとピキピキと音が鳴った。

 ──学校には新しい先生がいるだろうに。

 そう思ったが、ネフライトがわざわざ教えを請うことには理由があるのだろう。

 

「では、先生が役に立つと思う順から教授してください。時間は、三〇分でお願いします」

 

「三〇分で!? 授業を!?」

 

「お願いします。では計測を開始しますね」

 

「話が早い──!?」 

 

 たった三〇分の授業だったが、クィレルはひどく疲れた。

 そのうえ。

 

「まぁまぁ分かりました。ありがとうございます。では、次に六年分の授業計画を作成してください。期限は夏休み開始まで。呪文はお任せしますが、攻撃と防御を特に重視していただきたい。授業内容は、一回の授業で二つか三つほどの呪文を取り扱う内容のもので時間は三〇分。これは他の三人も受講しますので慎重な構成をしてくださいね。授業料は後ほど相談させてください。いまガリオン金貨をもらっても困るでしょう? それも考えていてください。労働には、望む限りの見返りをいたしましょう。──では、よき日をお過ごしください。異教の祭日とはいえ、きっと貴方には大切な日でしょうから」

 

 ネフライトからのクリスマス・プレゼントは、クィレルに『ラブ・レター』の存在を思い出させるものだった。

 

 




連盟:
 クルックスが箱推しするヤーナムイチまともな集団。ヤーナム各陣営の印象は下記のとおりです。


頭をひらいても目玉を調べても普通の狩人と変わらないのだが……彼らは何を見ているのだろうね?(メンシス学派、ダミアーン)


彼らの志は……わかりませんが、けれど夜に救いある果てがあるとよいですね。あなたに、血の加護がありますように。(血族狩りのアルフレート)


強めの幻覚狩人集団だよ。こわいね。戸締まりしなくちゃ。(聖歌隊、コッペリア)


腕は立ちますよね。腕だけは。有事の頼りには、あまりしたくないですが。(教会の黒服、ピグマリオン)


……。[軽蔑の眼差し](教会の暗殺者、ブラドー) 


連盟ね……。狩人の悪夢でも見かけた。血に酔った狩人が辿り着く、あの悪夢でも。だから、まぁつまり、そういうことさ。(窶しの狩人、シモン)


狩人の死血にあるのは『穢れ』だろ? 『虫』とか。なに寝ぼけたことを言っているんだろうな。(カインハーストの騎士、レオー)


月の狩人が好き好んで関わっている集団だ。ろくな最期を迎えないだろう。私に会わないことを祈るがいい。神の名も忘れただろうが。(カインハーストの流血鴉)


狩人「ひどい言われようだ。一番真面目に獣を狩っているのに」
クルックス「彼らは『正しさ』の外にいることが分かっていないのでしょう。せめて血の淀まぬ生活をしてほしいものです」


 こんなことをいう各陣営それぞれの印象も、ほぼ罵倒に等しい評価になります。
 そりゃあ「滅びるなよな」っていうか「滅びない方がおかしい」っていうか「滅びた事ごと夢に閉じ込めたので、まだ滅びてませんよ」としたヤーナムの今後にご期待ください。

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