甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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お茶会
広く、茶を飲みながら話を交わすのを愉しむ集まり。

狩人の仔ら、特にテルミは人と話すことを好む。
星の徴を得ようとした瞳の系譜は、人界において、よく見える瞳でしかない。
しかし人の顔から心まで見通すことは、彼女にとって本を開くことより容易い。

秘密を持つ者ならば、注意すべきだろう。
最も彼から遠い──それは、本質的なところ、正しき心からも遠いことを指すのだから。



テルミのお茶会

 

 ポリジュース薬の事件の翌日。

 早朝、狩人だけに聞こえる鐘の音がお茶会の合図だった。

 十一時。

 昼食にもアフタヌーンティーにも該当しないこの時間は、ヤーナムの多くの狩人にとって起床時間にあたる。お茶会の中身は、すこし重めですこし甘めの食事会だった。

 

「楽しいお茶会! 素敵なお茶会! わたしもいつかお父様とお茶会したいわ!」

 

 すでに収穫が終わった四号温室には、沸騰を待つ鍋がかすかに「シュー……シュー……」と音を立てている。

 セラフィは椅子に座り、テルミの軽やかなステップを見ていた。

 

「しかし、温室でお茶会とは。面白い趣だが、よく借りることができたね」

 

「わたし、寮監のスプラウト先生のお手伝いをよくしているの。だから特別に──とは、理由になりにくいのでしょうね。『いまは学校の中の方が外よりも危ないから』と言ったら了解をいただけましたの。きっかり三時間! わたし、四人でお茶会をするのが夢だったの!」

 

「そうなのか。初めて知ったよ」

 

 セラフィから見ても今日のテルミの浮かれ具合は珍しく映る。

 セラフィはうっすら笑って見せた。

 

 学校で起こる怪事は、さておき。

 今日、テルミの小さな夢が叶うのであれば──まぁ、よいではないかと思うのだ。

 

「わたしね、四人で狩りに行ってみたいの。それから、それから……たくさん、いろいろなところに行ってみたいわ」

 

「テルミはどこか遠くに行きたいのかな?」

 

「いいえ、違うのよ。四人でいろいろなことをしたいの。見てみたいの。感じてみたいの。──だって『生きている』ってとっても楽しいことだもの。ジッとなんてしていられないわ!」

 

 テルミの笑顔は、セラフィにとって少しだけ眩しい。

 セラフィは深くトリコーンを被った。

 

「……そうか。そうだね。生きているのは楽しいことだ。死んでいるより、ずっといい。分かるよ。分かるとも。最もお父様から遠い可能性の君。それが君の愛なのだろう。だから触れて確かめずにはいられない。病的に。ゆえに君は医療者なのだ」

 

「そうなの。お父様の目は正しいのよ。適材適所というものね。──あら?」

 

 温室は、外気温との差で全てのガラス面が曇っていた。

 だから、テルミの目には何者かが温室の扉の前に立ったことは分かっても、誰かまでは分からなかっただろう。

 この場では、セラフィだけが知っていた。

 

「いいよ、僕が出よう。──テルミ、少し早いがお茶の準備をしてくれないか」

 

「でも、クルックス達がまだ来ていないわ。はじめてしまうの?」

 

「はじめてしまうのさ。話せば解ける疑問だ。足跡に真新しい雪が積もらないうちに済ませてしまおう」

 

 ノックより先にセラフィは扉を開いた。

 温められた空気が三人を出迎えた。

 グリフィンドールの三人がそろって顔を強ばらせて立っていた。

 

「待っていた。こんにちは。僕とお話がしたいのだろう。招待状は出していなかったが、構わない」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 最初に動いたのはハリーだった。

 招かれるままに進み、ついて歩くハーマイオニーは辺りを見回した。

 

「……ここで、あー、何をしているの?」

 

「お茶会だ。しかし、定刻まで時間がある。手短に済ませてしまいたいところだ。お互いに」

 

 セラフィは椅子を勧めたが、三人は座らなかった。

 意を決したようにハリーが口火を切った。

 

「ナイト──君が、スリザリンの継承者なのかい?」

 

「僕はスリザリンの継承者ではない。僕らには魔法族の親戚がいない。何より蛇とお話ができない。──状況から言えば、最も疑わしいのはポッター、君ではないか?」

 

「僕じゃない!」

 

 ハリーはカッとなり、怒鳴った。

 寮を問わず多くの生徒からヒソヒソと噂のやり玉に挙げられたことは記憶に新しく、生々しい。

 

「そうか。すまない」

 

 どんな意地悪な顔を浮かべているかと思い、ハリーはセラフィの顔をろくに見向きもしなかったが、この一言で初めて彼女の顔を正面から見据えた。誤解を謝ったのは彼女が初めてだったからだ。

 

「一連の事件の状況と蛇語を話せる性質を見積もって話したが、君の気分を害してしまったようだ。誤解してしまい、申し訳ないね」

 

「じゃあ、ノ、ノクターン横町で君を見た。コーラス=Bのお兄さんと一緒に買い物をしていただろう? マルフォイ親子も一緒だった。闇の魔術に関わる物を学校に持ち込んでいるんじゃないのか?」

 

「おや。見られていたとはね。迂闊だった。……残念ながら僕らが欲しかった物は、まだ見つかったという連絡がない。憂いの篩。貴重品のようだからね。そもそも欲したのは僕ではなく、故郷におわすお父様だ。もし、届いていたとして、それを横取りするのは命がいくつあっても足りない」

 

「証拠は? 君がやっていないって証拠はあるのかい?」

 

 ロンの言葉にセラフィは「ふーむ」と唸った。

 

「『無い』ものを出せとは、難しいことを言う。それにこの手の問いかけは、往々にして自らを貫くものだから控えた方がよいだろう。例えば僕が『先にポッターが無実である証明をしろ』と言ったら君たちは困るだろう?」

 

「僕らが証言するよ」

 

「君たちが四六時中一緒にいるのであれば証言として信憑性もあるのかもしれないね。けれどそれにしても証明の証明が必要になりそうだから、無駄な話はやめよう。証拠は出せないが、僕らも継承者を探している。だから僕が手にした情報を開示しよう。『この学校にスリザリンの継承者の血を引く者はいない』」

 

「それは……でも、そんなこと分からないわ。だって千年前の人なのよ?」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

「子孫なんて、その間にたくさんいるわ。何人かスクイブだって生まれてしまうだろうし、昔だったら子供の頃に亡くなるかもしれない。だからあなたが子孫じゃない可能性なんて──」

 

「それは僕だけに限らない。魔法族の誰にでも言えることではないか? 先の言葉は『純血一族一覧』の著者、カンタンケラス・ノットの子孫が証言した。僕は本に描かれた系譜を信じていないが、純血主義者の彼の言葉は信用に値すると思っている。それから子供の数だが、面白い着眼だ。けれど君はすこしだけ彼らに対する理解が足りないだろう」

 

「それはどういう意味?」

 

「純血主義の魁である寮祖スリザリンの一族の子孫達は、非魔法族に交わることをよしとするだろうか? 己が血の細さを哀れんだとして、自らが『穢れた血』と唾棄する彼らと子を成したいと思うだろうか? 彼らの誇りが許すだろうか?」

 

「…………」

 

「血が穢れては二度と戻らない。恥のように。だからこそ尊くて悍ましいのさ」

 

 言うべきことを失い、三人は黙った。

 

「……さて、僕の想像以上に君たちはこの問題に向き合っていたようだ。真摯にね。だから昨日のことは忘れよう」

 

「それは、あー、何の話?」

 

「下手な嘘は自らの品位を貶めることになる。注意したまえ、ウィーズリー。僕が『忘れてあげる』と言っているのだから、君たちは幸運だと思えばいいだろう。それとも何か。怒って欲しいのか?」

 

「何もなかった、で、いいわよね?」

 

 引っかかった物言いでハーマイオニーが言い、ハリーとロンがそれぞれ頷いた。

 

「物わかりが良くて助かる。嫌なことは忘れるに限る。長い人生だ。忘れられない出来事は、増えていくことだろう。忘れられるものは、忘れていくべきなのだ。さて、有用な話は以上。──テルミ」

 

「はぁい。皆さま、お座りになって、怖いお話はやめにしましょう。茶菓子はないのですけど、素敵な香りの紅茶を準備していましたの。外は寒いわ。温まってからお戻りになってくださいね?」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 朝早く鳴り響いた鐘。

 クルックスに訪れた目覚めは、短い人生における最悪のものになった。

 明け方の浅い眠りのなかでクルックスは、ヤーナム市街の夜にいた。セラフィの鐘が鳴るのを合図にいつぞやのように背後から強襲され、しまいには死んでしまう夢だった。これは本当にただの夢だったのだが、しばらく暖炉でジッとしていなければ朝食に立つ気力もわいてこないほど生々しい夢だった。

 クルックスにも気分が落ち込む時分は存在する。

 

(……ただの夢だったのに、本当にただの夢なのに、なぜ俺はこうも立ち直れずにいるのだろう……)

 

 心折れたポーズで座り込んでいると急かすような鐘の音が聞こえた。

 リーン……と鳴り続ける音はネフライトに違いない。

 落ち込んでいても仕方がないのでマフラーを巻いて談話室を出た。

 冷たい空気に晒されて、鼻をマフラーに埋めた。そうしているうちに不意に思いついた。

 

(そうだ。俺は、なぜ鐘の音で獣の皮を被る男のことを思い出してしまったのだろう?)

 

 特に関連はなかったハズだ。

 不思議に思うが、思い当たることは特になかった。

 いつか分かる日を信じて疑問に蓋をすることにした。

 そうせざるをえなかった理由もある。

 大広間に至る廊下で待っていたネフライトはメンシスの檻を被っていたが手に見慣れぬ物を抱えていたからだ。

 

「おはよう。なんだ、それ」

 

「おはよう。これは『ティースタンド』と言う物だ」

 

「ティースタンド? 何だ。メンシス学派の新しい祭祀道具かと思った。それはネフの持ち物なのか?」

 

「テルミの物だ。これに菓子やパンを山盛りにして帰るのが私達の仕事だ。……そこは理解しているだろうね?」

 

 空っぽのティースタンドを受け取った。

 説明を続けたネフライト曰く、三段の円盤を貫く棒で構成されたトレイの一種だと言う。

 

 ヤーナムの市井では、見かけないものだ。

 優雅に過ごす医療教会上層にならば存在するかもしれない。

 

「何とも……洒落た物だ」

 

 クルックスの素朴な感想しか抱かなかったが、ネフライトはご機嫌斜めだった。

 

「わざわざ取り寄せたそうだ。聖歌隊は無駄遣いが過ぎる」

 

「構わない。正式な『お茶会』というものを知っておきたい。面白そうだ。それに人形ちゃんがこれにお菓子を山盛りにして待っていたら嬉しいだろう? ならば、悪い買い物ではないさ」

 

「私は、別に、人形に期待などしていないが……」

 

「では、お父様が喜ぶだろう」

 

 厨房は、大広間の近くにあるらしい。クルックスは行ったことがなかったのでネフライトが先行した。

 玄関ホールに続く大理石の階段を下り、左に曲がったところにあるドアを開ける。そこには石段が続いていた。さらに石段を下りると明々と松明に照らされた広い石の廊下にたどり着いた。

 

「この先が、ハッフルパフの寮だ。どうやって入るのかは分からないが、用もないからな」

 

 厨房の入口である果物皿の絵をくすぐると梨は身をよじり、大きな緑色のドアの取っ手に変わった。

 ドアを開けると天井の高い巨大な部屋が見えた。地下だが、上の階にある大広間と同じくらい広い空間だった。石壁には調理器具が並び、いくつかはクルックスに用途が分からなかった。

 

「驚いた。厨房というから、もっと狭くてこぢんまりしたところかと。ネフは毎日来ているのか?」

 

「そうでもない。このところは寮に夜食を届けてもらっている。今日はテルミが事前に話を通しておいたらしい」

 

 ネフライトが「仕事中、失礼する」と声をかけた。

 当然のように人間が出てくると思っていたクルックスは初めて見る生き物に思わず左手が銃に伸びた。

 

「クルックス、そろそろ慣れてくれ」

 

 現れたのは「しもべ妖精」と呼ばれる、人間より小さな生き物だった。

 クリクリした大きな目、尖った鼻、コウモリ耳、長い手足──それが無害なものであると確認ができるまでクルックスは「うぅむ……うん……」と唸り声を上げた。

 そのうち、ホグワーツの紋章が入ったキッチンタオルを体に巻き付けたひとりがやって来て会釈した。

 

「ハッフルパフのテルミ・コーラス=Bから頼まれて来た。これに乗せて、四号温室まで届けてくれるか?」

 

「ハイ! かしこまりました!」

 

 ちょこんと膝を折る礼をされたクルックスは「ご丁寧にどうも」と狩人の礼で応えた。

 

「お茶のご用意もできますが、いかがしましょう?」

 

 クルックスは思わずネフライトを見た。彼ならば適当な応答をしてくれると期待したのだ。

 

「……はて」

 

 すっとぼけた。

 よくよく考えてみれば聖歌隊の依頼を従順にこなすメンシス学派がいるハズがなかったのだ。

 

 ティースタンドを押し付けられた時点で気付くべきだった。

 クルックスは、しもべ妖精に向き直った。

 

「あ、ああー、えーと。それは、こちらでテルミが準備しているから不要だ。菓子だけでいい」

 

「かしこまりました!」

 

 しもべ妖精は床に頭を着けるかと思えるほど頭を下げた。

 

「──ところで昨日、レイブンクロー行のサンドを作ったしもべ妖精はいるだろうか?」

 

 まったく関係のない話を突っ込んできたネフライトは、この質問をしたいがために来たに違いない。

 

「はいはい! わたくしめです! ご依頼があってから毎日、わたくしめがお作りになってます!」

 

 部屋の奥にある暖炉から駆けてきたしもべ妖精は、ピタリと立ち止まり礼をした。

 ネフライトはポケットから羊皮紙を出した。

 

「いつもありがとう。夜が遅いので重宝している。……追加の要望だ。パンは、厚めでいい。具材は……肉は、豚肉以外で週に一度。できれば季節の野菜が好ましい。それから、できればスープを付けて欲しい。簡単な物で結構だ」

 

「わたくしめは、お分かりになりました!」

 

 心配になる返事だったが、ネフライトが「仕事中、失礼した」と一言断りを入れて厨房をあとにした。

 そのあとをついて行くクルックスは「そういうものか」と受け入れることにした。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 マフラーをしっかりと結び直し、温室まで歩く。

 曇りがちなこの頃は、空が低く見えることが多い。

 振り返ると白い屋根になったホグワーツが見えた。

 

(カインハーストもこのような風景なのだろうか)

 

 白い息に気付き、フゥーと息を吐き出してみる。

 ビルゲンワースの学徒、コッペリアは稀に刻み煙草を吸うが、その時の煙ほど白くも長くも続かない。

 立ち止まってフゥフゥしているクルックスをどう見たのか。なぜかネフライトも立ち止まり雪の塊を踏みつけていた。

 

「冬になると」

 

「む?」

 

「メンシスの檻が寒い。かといって暖炉のそばにいると焼きごてだ。私は悩ましい問題を抱えている」

 

「そうか。すまない。……何と言ったらいいのか分からない……」

 

「冬は嫌いだと言っているのだ」

 

「そう言ってくれ。ん? 待て。その論では、夏は暑いから嫌いだろう?」

 

「そうなるな」

 

 ──まさか聖杯の中でしか生きられない悲しい生き物だったとは。

 思わず言いたくなったが、最も当てはまるのは父たる狩人だったので黙っていた。

 しかし、ネフライトには想定内の発想だったようだ。

 

「ヤハグルは他の地域より標高が低いから地下に該当する。隠し街の名の通り。そのせいだろうか。気温の変化が少ないな。空気も澱んでいるが……。四季は、私には刺激が強い」

 

「檻を外してもか?」

 

「私からメンシス学派の肩書を取ったら何も残らない。連盟員だってそうだろう。よってその仮定には意味がないな。行こう。テルミを焦らすのも飽きてきた」

 

 二人は歩き始め、温室に到着した。

 

「待っていた」

 

 扉を開けようとしたところ、先に扉が開きセラフィが出てきた。

 

「珍しいな。帽子を被っていないなんて」

 

「あっ。……温室は、意外と温かくなるのだよ」

 

 セラフィは普段より柔らかい表情に見えた。

 温室に入ると理由がよく分かった。

 テルミが両手で頬をはさみ、眉を寄せていた。

 

「温めようと思ったのだけど暑くなってしまったの! でも、ポカポカなのでお許しになってね?」

 

「…………」

 

 クルックスは何の問題もなかったが、隣のネフライトは耐え難いらしく「暑すぎるっ!」とフード付きの学徒の外套を脱いだ。

 テルミは、楽しげにペロリと舌を出していた。

 

 ネフライトの嫌がらせはたいていの場合、巡り巡って自分に降りかかる災いになる。

 クルックスは、その傾向を学習した。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「お茶会を始める前にテルミから報告があるだろう。それを聞こうか」

 

 全員が席に着いた時点で会話を勧めるのは、いつものようにクルックスだ。「僕も聞きたいな」とばかりにセラフィがテルミを見た。

 いつもならばすぐに報告を始めるハズのテルミは、曖昧な笑い顔だ。

 

「あ、あーぁ、そうよね、気になるわよね。うんうん。分かります。分かります」

 

「テルミ、なぜそう視線を逸らすのだ。……あ? まさか、いや、そんな……四ヶ月だぞ。ひょっとして……」

 

 クルックスが危惧に思い至る直前、テルミがひらひらと手を振った。

 

「あ、えーとね。まず怒らないで聞いてほしいのだけど」

 

「──言い訳不要」

 

 煮え切らない態度のテルミに鋭い指摘が刺さった。

 見ればネフライトが両手をパッと広げた。

 

「さっさと言いたまえよ。学者らしく結論からな。ん? どうした? いつもの医療者らしい高慢さはどこに置いてきた? 今さらしおらしくしたところで、聖歌隊の磯臭さは消えまいに。ええ?」

 

 珍しくニヤニヤと笑い、目を細めるネフライトは、クルックスがこれまでに見たなかで最も楽しそうにしていた。

 いじめられているのがテルミではなかったら放置するところだが、彼女が「やっぱり来た」と顔を顰めたのを見てしまっては庇わずにはいられなかった。

 

「ネフ、まだテルミは何も言っていないだろう。それに話には順序というものがある」

 

「順序も何もなかろうよ。だって『何もない』のだからな?」

 

「うぅ……こんな時ばかり強気の貴方は、いい性格ですこと……」

 

 テルミが悔しそうに唇を尖らせた。

 

「せ、成果がないワケではないのよ。ええ、そう。ゼロではないけれど、きっと皆さんの望むような情報ではないだけで……」

 

「狩人に繰り言が必要か? 『聖歌隊のテルミ・コーラス=ビルゲンワースは、今回の事件に関し、全く手がかりが得られませんでした』と言え。言いたまえよ。クフフ、なぁ?」

 

 ネフライトが嬉々としてテルミに催促する。

 いつもテルミに何かと当てこすられている鬱憤だろう。

 見ていられなくなり、口を挟んだ。

 

「ネフ、そういう悪意ある言い方はやめろ。これは忠告だ。本当にやめた方がいいぞ。そのうち、絶対、自分が言うハメになるだろうから、絶対。そろそろ気付いたかもしれないが、君は賢いけれど残念なほどに運が悪いんだから……」

 

「ハァ!? 私はそんなヘマをしない! すると思うか!? 私が!? これだけ煽って、煽られ返すなど恥ずかしい真似をすると本気で思っているのか!?」

 

「む。いちおう、未来の我が身に起こる事として考えてはいるんだな。感心だ」

 

 セラフィが見直したように言うが、それは違うとクルックスは思った。

 

「いや、しかし、それでも煽るのは、もう愚かとしか……」

 

 世の中。

 例え、万人に愚かと誹られようとやらねばならないことがあるのだろう。

 それが同胞に対するこんな仕打ちであったことはクルックスも頭の痛い──どころか情けなくて父たる狩人に会わせる顔がない。

 

 ネフライトは昨年の知識共有会にて、聖歌隊の面々にたっぷり質問されたことがある。

 旗色不利な状況で助言のひとつも発さなかったテルミに対し、言いたいことが山ほどあったのだろう。テルミも困るネフライトを見て楽しんでいた節があった。

 

(自業自得とは、すこし違うが……)

 

 ネフライトが抱いた不満はその場で言わせるべきだったとやや反省する。

 彼の頭の作りは他の三人より厳格だ。

 ゆえに容赦がない。

 彼は自分がされた仕打ちを決して忘れない。忘れることができないのだ。

 

(とはいえだ)

 

 ネフライトの激情の引き金は思わぬところにあった。この事実は全員にとって不意打ちだったが、いつもならばケロリとしているテルミが今日に限ってやや弱腰なのも彼がヒートアップしてしまった原因の一つだろう。

 

「二人とも。人の失態をあげつらうことは良くない。そもそも自分にされて嬉しくないことをするのは、賢い行いではないと思うよ」

 

 セラフィの発言は、常であれば秩序をもたらすものであった。

 

「──し、失態ではないです! 失態ではないです! そこは訂正してくださいね!」

 

「やかましい! いいから言えっ! 『わたしはメンシス学派に負けました』と言えっ! 私はここで血酒を飲みながら見ているから!」

 

「要求がエスカレートしてるわ! やっぱりメンシス学派なんて野蛮だわ! 横暴だわ! 陰湿! 瞳狂いの檻頭は大人しく日蔭に引っ込んでいなさいな! あと、負けてません! 聖歌隊はメンシス学派に負けていませんからね。重要なところなので訂正してください。『失態ではない』って言ってるでしょう? あー、もー、ネフったらネチネチしているしカビ臭いし湿っぽい! お父様に言いつけてやりますからね!」

 

「ほほう。言ってみるがいいさ。正義は我にあり。だいたいお父様から碌に取り合っていただけない君が何を言おうと怖くないがね! 聖歌隊の脅し文句ならもっと賢い罵倒をすべきだ!」

 

 クルックスは、どうしても気になってしまったので「賢い罵倒なんて矛盾してないか?」とセラフィに聞いた。彼女は頷き「ああ、僕も気になった。きっとそういう言い回しが教会にはあるのだね」と明後日の会話をしていた。

 

「う、うーんとそうね。『ヤハグルも旧市街みたいに焼くべきよね』とか?」

 

「あ、うん、それくらいの傲慢さがちょうどいい──焼き討ちとか絶対に許さんぞ!?」

 

「さ、催促しておいて逆ギレするのやめてくださる!?」

 

 クルックスは右手を挙げて二人を制した。

 

「そこまでだ。これ以上の言い争いは許さん。文句あらばお父様の目下、決闘にて万事を平らかにするがいい。祭日の残滓が漂う今日を血のお茶会にはしたくない。──着席せよ」

 

 ネフライトは立ち上がりかけた腰を落ち着かせ、テルミを視界に入れないようにそっぽを向いた。

 その先で偶然、目が合ったセラフィが「わかるよ」と絶対に分かっていないことを言った。

 

「では、テルミ。できる限りの報告を」

 

「えー。こほん。怒らないで聞いてほしいのだけど。一連の犯人の特定は、不可能です。できませんでした」

 

 キッパリと言い切ってしまったテルミにクルックスは言葉を失った。

 情報が思うように手に入らないという状況だとは察していたが、それにしても女子生徒や男子生徒などの属性としての特定程度はできていると思っていたからだ。

 

「……それは……理由を、とりあえず理由を聞こうか」

 

「生徒は皆、一様に怯えているわ。中には自分だけは安全だと思っているスリザリンのおマヌケさんや監督生の勘違いさんもいますけど、あれらは根拠のない自信と裏打ちのない事実に基づく態度というだけです。次に誰がどこで襲われても、現状まったく不思議ではない」

 

「君は演技を見破ることができるのか?」

 

 ネフライトの投げやりな質問に、テルミの薄い唇は弧を描いた。

 

「わたし、目を合わせることができない聖歌隊のお兄様とお姉様に囲まれていますの。目が見える生徒の嘘なんて、アハハ、笑ってしまうほどお見通しです」

 

「テルミを疑うワケではないが……だが……?」

 

 テルミの言葉が真実であれば、自分は安全だと思い込んでいる生徒を含め、生徒の全員が犯人ではなくなる。

 だからこそ『犯人の特定は、不可能』と断言したのだろう。

 しかし、それでは一連の犯人は──。

 

「誰だ? 先生か?」

 

「当然の帰結で面白い着眼点なのだけど、残念ね。先生は、生徒より怯えているわ。あのスネイプ先生ですらね。もうピリピリよ。あぁ、あの役立たずロックハート先生は論外だけど」

 

「僕からも一つ情報提供させてもらおう。『この学校にスリザリンの継承者の血を引く者はいない』と」

 

 ──都合の悪い情報ばかりが集まる。

 クルックスは眉間に手を当てた。

 静かになったネフライトはテーブルのシミの一点を見つめていた。

 

「証言したのはスリザリンのノットだ。『純血一族一覧』の著者、カンタンケラス・ノットの子孫でもある。信憑性は、高いと見た」

 

「…………」

 

 生徒も先生もは皆、怯えている。

 スリザリンの血を引く者はいない。

 

 これらの事実が真実であったという場合、導かれるのは『生徒と先生が無実である』という事実だけだ。

 

 消去法では、外部から招かれる第三者が必要となる。

 

 だが、ここまでは周囲の状況を見てクルックスでも考えついたことだ。

 この思考の問題点は、肝心の『第三者の姿が存在しない』ことだ。

 存在しないのであれば前提が間違っていると考え直して、それからずっと疑問は疑問のまま進展がない。

 

 打破するためのきょうだい会議において、再び壁に遮られた。

 テルミは、普段とおりの明るめな微笑を浮かべていた。

 

「テルミ?」

 

「ここまで言えば十分でしょうね。さて、ネフライト・メンシス」

 

 テルミは三本の指を立てた。

 

「『生徒のなかに犯人はいないようにみえる』という私見。『この学校にスリザリンの継承者の血を引く者はいない』という純血一族一覧の著者の子孫の証言。『この学校で最も優れた魔法使いが、石になった生徒を魔法で戻すことができない』というダンブルドア校長の事実」

 

 三本目の指が折れた。

 軽く手を叩き、テルミは両手を開いた。

 

「以上、三点を真として、矛盾なく犯人を特定してください。できるでしょう。貴方ならば」

 

 ネフライトは、テーブルのシミから目を離し顔を上げた。

 正面にいるテルミの藍の瞳を彼は見ただろう。

 

「席を外す。……礼拝の時間だ」

 

「あ、ちょっとちょっと待ってよ」

 

「十分で戻る。そのあと私の見解を伝えよう。あと、お茶が飲みたいから準備をしてくれ」

 

「あ、はぁい。──そうじゃなくて、い、いま? 礼拝って、あとじゃダメ?」

 

「考え事を整理する時間でもある。当然ダメだ」

 

 ネフライトは、フード付きの外套をつかむと温室の外に行ってしまった。

 三人は顔を見合わせてから、茶を淹れた。

 そして定刻になるとテーブルに菓子やパンを載せたティースタンドが現れた。

 

 しかし、手を付ける者はいない。

 一連の結論が出るまで、許されないという暗黙の了解があった。

 

 短い準備時間を終え、三人は椅子に座った。

 

「……とりあえず、聞くが……テルミは犯人に心当たりはないか? 本当に?」

 

「えぇぇ、わたしにそれを聞いてしまうの? ネフが話してからでいいでしょう」

 

「いま話した方がよいと思うがな。ネフの話のあとで『わたしもそう思っていたわ』と負け惜しみを言いたいのならば、まぁ無理にとは言わないが……」

 

 クルックスはテルミを案じて助言したが、それが逆に彼女の気に障ったらしい。

 

「ピリピリしているクルックスは、とっても頼もしいわね! カインの納税に追われるお父様みたいで、わたし好きよ!」

 

「カインの納税は過酷ではないよ。お父様は、あれこれを先延ばしにする悪い癖があるから、滞納してしまうんだ。そろそろ女王様がお求めの『穢れ』を納品しないとレオー様か鴉羽の騎士様が取り立てに来てしまうだろうな。……すまない話の腰を折ってしまった。僕も早めに自分の意見を言った方がよいと思う。純粋に気になるからね」

 

「あぁ、ハイハイ、言います、言いますわ。分かりません。本当に分からないの。嘘をついている人は、誰もいないように見えるの。壁に文字が書かれた時点では、こんなに手がかりもない存在がいるとは思いもしませんでした。お手上げです」

 

「ふむ……。テルミが言うならば、そうなのだろう。情報収集、ご苦労だった。ありがとう」

 

「もー……素直にお礼を言ってくれるのはクルックスだけよ……」

 

「僕もお礼くらい言えるよ。ありがとう。テルミ。君の献身に感謝する」

 

「はいはい、どーいたしましてー……はぁー……」

 

 言葉を放り投げたテルミはお茶を一口飲んだ。

 その間に、セラフィに訊ねた。

 

「セラフィは犯人が誰か心当たりがあるか?」

 

「さっぱり分からない。とりあえず生徒ではないのだろう。僕らに見えない部外者がいるのだろう。学校は広い。森に住んでいたら僕らでも気付かないかもしれない。可能性としてはあり得る。──というか、そう考えなければ辻褄が合わない現状が今だ。そうだろう?」

 

「……たしかに。昨年もトロールが城内に入ってくることができる状態だったからな。ふむ。あり得るか。森……森か……」

 

 クルックスは、構内にある禁じられた森について詳しくない。

 昨年は赴く機会がなかった。

 だから今年こそは調査で向かってもいい頃合いかもしれなかった。 

 

「検討しておこう。では次に、襲われた猫や人から動機を解明できないだろうか? この際『どのように』という手法は棚に上げて考えるとして……」

 

 まず、フィルチ管理人の猫が襲われた。

 次はグリフィンドールのカメラ小僧ことコリン・クリービー。

 そして、ハッフルパフのジャスティン・フィンチ=フレッチリーとほとんど首無しニック。

 数え上げていくと共通点が浮かび上がってくる。それは。

 

「『マグル生まれが襲われている』と見えるが、魔法使いの血筋でマグルの血が流れていない者など稀少だろう。襲われた数が少ないから傾向からの分析は……? どうなんだろうね。テルミ」

 

「襲われた人の傾向? 犯人もあまり考えていないのではないかしら。強いて言うならば、猫以外はハリー・ポッターに関連のある人物ではなくて? ウィーズリーとハーマイオニーも同伴してましたが、コリン・クリービー以外では第一発見者でしょう? 偶然にしては出来すぎているわよね。まるでハリー・ポッターを継承者だと誤解させたいように見えます。第一発見者が怪しまれるのは当然ですからね」

 

「そこだ。そこが分からないのだ。犯人が、例え生徒にしても先生にしても部外者にしても、なぜハリー・ポッターが狙われるのか? またアレか。『生き残った男の子』だからか? それが何だというのか。彼は、ただの勇気ある善人ではないか」

 

「──と見るわたし達には分からない、計り知れない価値があるのでしょうね」

 

 議論は平行線を辿った。

 数少ない情報で導き出せる解答は少ないからだ。

 話題が三巡ほどしたところでクルックスは、温室の外をぼんやりと見た。

 

「ところで。ネフはまだか? 遅いな。礼拝とはいつもどれくらいの時間をかけるものなんだ?」

 

「メンシス学派の礼拝のことは分かりませんね。そもそも今は医療教会が定めている礼拝の時間ではありませんので……」

 

 三人は無言で顔を見合わせ、弾かれるように椅子から立ち上がった。

 

 最も真相に近い話をしようとしていた矢先のことである。

 ──遅すぎる。帰ってこない。

 この状況は彼らを温室の外へ駆り立てるには十分だった。

 

「まさか!」

 

「最近は、その『まさか』という出来事がよく起きますから」

 

「そんな、ネフに限って──」

 

 三人は温室を飛び出し、ネフライトの足跡を追った。

 心配は杞憂に終わった。

 温室の外でネフライトは交信のポーズをしていた。

 

 クルックスは安堵に肩を落としたが、セラフィが「待て」と声をひそめた。

 

「石になっていないだろうか。ピクリとも動かないが……?」

 

「はいはい、二人とも下がって。──わたしが行きますので」

 

「なぜだ。俺が先に」

 

「二人が一番と二番に強いのだから、いざというときに戦力を欠くことは賢い選択ではないでしょう。だから。はい、下がって。──下がりなさい」

 

 テルミは二人を温室の蔭に入れるとネフライトに声をかけた。

 彼は石になっているのか、集中しているのか。果たして反応しなかった。右手は地面と水平に、左手は天を指し止まっているように見える。

 

「ネフ、そろそろ時間よ」

 

 テルミの凜とした声が聞こえた。

 しかし、まだネフライトは動かない。

 

「まさか本当に……」

 

 クルックスとセラフィは温室の外壁にしっかり身を寄せて、耳を澄ました。

 それから五分経った。

 テルミのものではない衣擦れの音が聞こえた。

 

「──おや。何だ、テルミ。フフ、待ちきれないのか?」

 

「──まさか。逃げ出したのかと思って」

 

「──礼拝だと言っただろう! 君には信心というものがないのか? まったく……」

 

 そう言いながら戻ってきたネフライトは温室の外で待ち構えていたクルックスとセラフィを見て、時計を確認した。

 

「……あ、その、なんだ、長い祈りのときもある……」

 

「こんな事態だ。テルミを悪く言ってくれるな。心配していたのだから」

 

 ネフライトはテルミを見た。ニッコリ笑っていた。彼は不明瞭に「うぅ」と唸るだけだった。

 四人は肩に積もる軽い雪を払い、冷たい空気と共に身震いし、再び温室の椅子に座った。

 

「あぁ、寒い。私は寒さというものに慣れない……」

 

「貴公は、カインハーストは不向きだ。砂糖は?」

 

「もらおう」

 

 ネフライトはメンシスの檻を外すと衣嚢に収納した。

 お茶を飲みながら角砂糖をソーサーの上に三個置いたネフライトは、そのうち一つをフォークに差して食べ始めた。

 クルックスは砂糖の使い方が違うのではないかと思ったが、ひょっとしたらお茶に入れた自分が間違っていたのかもしれないと思い直した。

 冷気が温くなったところでネフライトはカップを置いた。

 

「さて、先ほどの課題について話そう」

 

 姿勢を正し、ネフライトは語り始めた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 以降、全ての証言が真実であった場合として論を構成する。

 よって。

 いずれかの証言が事実と異なっていた場合。

 この仮定は破綻する。

 これは三つの仮定に整合性を持たせただけの推論に過ぎないからだ。

 

 学者らしく結論から述べよう。

 

 まず、個人の特定はできない。しかし、生徒の中に犯人はいる。

 そして、犯人と石化させている何かは同一人物ではない。

 

 順をおって話そう。

 

 テルミの証言『生徒のなかに犯人はいないようにみえる』から検証を始めよう。

 

 犯人はいないように『みえる』。ああ、そう見えるだろう。見えはするのだ。外見上は。そして内心も怯えているだろう。その恐怖は真実だ。だからこそ見抜けない。それでも学校に棲まう誰か──その中に犯人はいる。だが、自分が犯人であることを知らないか、分からないか、忘れているのだろう。突然の第三者を考えるより、こちらの方が物事のとおりが良い。そしてタイミングよくポッターを嵌めることができる。

 

 次、ノットの証言『サラザール・スリザリンの血を引く者はいない』について。

 

 サラザール・スリザリンの血を引く者は、存在しない。ああ、そのとおり。そして重要ではないのだ。「物質的には存在しない」ということは。証言は有用だ。しかし、精神・魂・血・知識──媒体は何でも構わないが──それらの存在を否定できない。つまり、証言だけでは「神秘を継ぐ系譜がいないことまでは否定できない」という意味だが。『スリザリンと血が繋がらない』と自称するハリー・ポッターは、けれどたしかに蛇語を話した。その由縁は我らの知り及ぶところではないが──血を介さない伝達の方法は、確実に存在すると推定する。これは自称スリザリンの継承者であっても同じことだ。血の繋がりは必ずしも、継承者に必須ではないのだろう。

 

 最後に『この学校で最も優れた魔法使いが、石になった生徒を魔法で戻すことができない』について。

 

 これが、複数犯の証拠になるだろう。

 自称スリザリンの継承者と生徒を石にしている何者かは別の存在で、石化の原因は魔法使いではない。そして生徒ではない。先生でもない。スリザリンの怪物と呼ばれる動物か、物体だ。それが学校の中、どこかにいて何かを合図にして襲っている。生徒が扱うには強すぎる呪いをまき散らしているのだ。『最も高度な闇の魔術を持って初めてできることだ』とダンブルドア校長は言った。彼が解けないのだから、高度な闇の魔術を操る何か──恐らく、生き物だろう──が、いるのだろう。

 

 以上を持って、証言から考察を終了する。

 反論は、異論をもってのみ応える。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「うん……うん……。困る。とても困る。このような状態は、どうすればよいのだろう? 無自覚な継承者だと?」

 

「ネフ、人間の犯人は部外の第三者ではダメなのか?」

 

「ダメだ。タイミングが良すぎる。ハリー・ポッターが発見者となることが多い。これは偶然ではない。むしろ狙われているのかもな。そして、外からひょっこりやって来た部外者が、千近い生徒の中から特定の生徒を見つけるには手際が良すぎる。狙いもよい。犯人は、この城の構造をよく知り、時間割を理解する生徒だ」

 

「なぜ先生は除外されているのか聞いても?」

 

「『この学校で最も優れた魔法使い』が選んだ先生達だから除外した。ダンブルドア校長の目が曇っていたら、その時はそうだな。『ダンブルドア校長は賢人気取りのただの老人だった』というオチになるだけだ。昨年のクィレルと今年のロックハートを見れば、この線は大いにありそうだがね」

 

 口の中が砂糖でジャリジャリしているのかネフライトはお茶を飲んだ。

 彼はテルミに新しく淹れてもらったお茶に角砂糖を一個入れた。

 クルックスはホッとした。

 しかし、状況はよろしくない。

 

「石になった人以外は、誰もが怪しい状況だ。どうやって犯人を──継承者を特定する?」

 

「特定は……できないでしょう? ネフ。この状況では」

 

 テルミがうつむきがちだった顔を上げた。

 チョコレートケーキに手を伸ばしかけていたネフライトは宙をつかんだ。

 

「貴方が言わないということは、無いのでしょう?」

 

 ネフライトは、自分の課題がすっかり終わったので食事を始めたかったらしい。

 指先をすりあわせて時計を見た。

 

「そのとおり。無い。けれど問題ではない。先ほどの仮定が正しいとすれば、継承者の特定など些事に成り下がる。むしろ重要なのは、いつもどおり『どうやって怪物を殺すか』という一点だ。継承者から怪物を取り上げてみろ。どうして脅威になろうか?」

 

 ネフライトは、ふと宙を見た。

 

「──つい先日のことだ。私は何となく麻酔がほしくなって医務室に行ったのだが、ついでに被害者の状態を見てきた。猫とフィンチ=フレッチリー、あとゴーストはどうでもいいので割愛。そう、特筆すべきはコリン・クリービーの遺体だった」

 

「死んでいない。死んではいないぞ」

 

「私にとってはどちらでもいい。そのことは置いておく」

 

 彼は棚の上に物を挙げる仕草をした。

 

「近くにあったマダム・ポンフリーの手記によればクリービーは葡萄を持ち、腕の骨を抜き取られたハリー・ポッターの見舞いのため医務室に行きたかったらしい。石になった両手の形から察するに、カメラを構えた状態で石になった。これの意味するところは──石化の原因を『生き物だ』と仮定するが──会敵時、石になるまで多少の時間があったということだ」

 

 ネフライトは学徒のズボンの腰につり下げた銃を抜いた。

 そして、弾を詰め、撃鉄を起こす仕草をする。ついでに銃身を撫でた。

 

「もし、怪物がいるならば興味深い。ええ。ええ。私は知りたいのだ。闇の魔術を操る怪物とヤーナムの神秘。優るのはどちらだろうか?」

 

 そう言った彼は、うっそり笑って一本の細いガラス瓶を取り出した。

 光の加減によって、その内容物は赤くも青くも見えた。

 父たる狩人、そしてヤーナムに棲まう上位者からの贈り物を思い出し、クルックスは水銀弾をひそめた衣嚢に手を置いた。

 

「コリン・クリービーが、手から葡萄を落とし、首に提げたカメラを構え、ファインダーを覗き込み、敵を見るまで、短くとも数秒。──その間に我々ならば何ができると思うね?」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 穏やかなお茶会が始まった。

 朝食と昼食と軽食を兼ねたお茶会は、ヤーナムに連なる者らしからぬ温かい雰囲気に包まれていた。

 ──最近の授業はどうか。評価は。勉強方法は。

 ごく普通の生徒のような会話をしているとひょんなことからネフライトが言った。

 

「私は、別に、テルミが憎いワケではない。ただ、ヘマをした聖歌隊を見ると、なぜか、こう、虐めずにはいられないというか、むしろやるべきとか、やらないと損だよな……とか考えてしまってね。どうしてだろうか。不思議だ」

 

 テルミをネチネチ虐めていたが、彼自身なぜ楽しくなってしまったのか分からないらしく首を傾げていた。これには──当然だが──虐められていた方はたいへん面白くない。

 

「この人、病気! 病気よ! 今に瞳孔がドロドロになっちゃうわ! こわーい!」

 

「よしよし。だが、ネフはテルミを嫌いではないのだから、そこは認めてもよいのではないかな?」

 

「憎いワケではない。だからといって好きというワケではない。むしろ嫌いだ」

 

「お姉様、ネフがいじめるわ! 聖歌隊いじめよ! 酷いわ! 檻頭のクセに!」

 

 セラフィにしだれかかるテルミが「よよ」と泣き真似をした。

 それを適当にあやすセラフィは、妙に慣れた手つきだ。

 

「僕が思うにそういう罵倒がそもそも……。ネフも似たようなものだからいいのかな? よしよし」

 

「私がいつ聖歌隊の悪口を言ったのかな? え?」

 

「何だい、ネフも僕によしよしされたいのか? いいよ。よしよし」

 

「するかッ!」

 

 ネフライトは、セラフィの手を素早く振りほどいた。こういうときに技量の差を感じられる。

 しみじみと三人のやり取りを見ていたクルックスは、会話の帰結に思い至り、ハッと息をのんだ。

 

「え。では、お、俺がやろうか?」

 

「要らんわッ! そういう! 役に立たない、微妙な気遣いに! 腹が立つのだ!」

 

 フォークを突きつけながらネフライトが怒鳴った。

 

「えぇぇ……? やはり君は繊細すぎる」

 

 しかし、そのあと。

 ネフライトは菓子をたくさん食べたら機嫌が直ったので彼の『繊細さ』というものは、移り気なものなのだろう。

 お茶会は、さまざまな学びを得て終了した。




テルミのお茶会

セラフィの忘れてあげる:
なにもなかった。いいね? ──はい。
 セラフィ自身、自分の容姿は自分の心の問題で好奇心の問題なので、他者の誰が化けようと心配はしません。……いや、でもちょっとはビックリしたけどね。
 なお彼女が問題にしないのは『自分の問題』だけであり、『カインハーストの名誉』に関わる問題は別腹なので迂闊に言うと湖に三〇秒コースになります。
 憂いの篩はまだ見つかっていないそうです。新しい聖杯候補です。早く見つかるといいですね。


ネフライトの悪癖:
 自分のされた仕打ちを忘れず、あるいは施しを忘れない彼は、損得について厳密な帳簿を持っています。しかし、左と右の天秤を揃えるために報復するだけなので彼自身、好悪の感情こそあれ恨みはありません。その点、セラフィには理解しがたい価値観でしょう。精算を終えてしまえば、再び対等な立場での付き合いが始まります。
 それはそうと、クルックスには「どうしてそこまで……」と引かれます。ネフ本人的には十分な時間と動機がありますが、傍目には急に発火した恨み言に見えるのでどう見ても、その、愚かとしか……。
……テルミ? 査定落ちだ! 日頃の恨みをくらえ!……


映画では、そろそろ後半戦という頃でしょうか。
今後ともお楽しみいただければ幸いです。

感想お待ちしております。(ジェスチャー 交信)

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