事実を記録すること。またその記録のこと。
他人に知られたくないことでもペンを執るのは自己保存を願う現れである。
あるいは、忘れるに惜しい時間を留めたいと願う心の軌跡だろうか。
ともあれ少女はペンを執った。
何のことはない。
日記を記すのは、友に語りかけるより簡単だったからだ。
──今日は、楽しかった。
ジニー・ウィーズリーは、誰もいない廊下を歩いていた。
一緒に帰ろうと思ったクルックス・ハントは、ネフライトに用事があると教室に残ってしまったからだ。それでも一緒に帰ろうと三分程度待っていたのだが、とんでもない言葉が聞こえたから仕方なく歩いてきたのだ。
猫が襲われたハロウィーンから今日まで気が塞いで仕方がなかったが、今日は、とても楽しかった。
ルーナ・ラブグッドを思い出す。
偶然、呪文学の授業で隣の席になっただけの、しかもレイブンクローの女の子だったが、同じ年の女の子と気の置けない話をするのは久しぶりだった。
グリフィンドールにも話せる女の子はいるけれど、何でもかんでも話せる──というワケではない。
考えることは皆同じだ。同じ寮の女の子同士には、どうしても見栄を張りたい時がある。男子にはそういう意識は薄いのだと思う。ペンの一本。筆記用具入れの一個。本の一冊。顔より先に持ち物にチラと流れる視線は、とても気に障る。女子同士だからこそ分かる。隔たりは大きく、深い。
だから、今日はお古の教科書を出す心配をしなくてもよかったし、自分が着ているローブがお古のローブであることも忘れていた。
一緒に教室にいた他の人たちの方がよっぽどヘンテコだったからだ。
主宰は、頭に檻を被ったどこからどう見ても変人のネフライトで、教わる子もちょっと変わっているルーナ、なぜいるか分からないスリザリンのセラフィ・ナイトに、途中参加のクルックス・ハント。特にあとからやって来たクルックスは、活動後にネフライトに「服を脱げ」と強要していたのできっと訳ありなのだと思う。いたたまれなくなってここまで駆けてきた。聞いていたことはバレていないと思う。
自然と笑っていることに気付いた。
──他の人が気にしていないことをあたしが気にする必要ってあるのかしら。
彼らとの時間は、とても気楽だった。充実していた。
紙の上のやり取りより、ずっとずっと楽しかった。
ルーナは「また来てね」と言ってくれた。ネフライトも聞こえていたハズなのにそれについて何も言わなかったから、自分はまたここに来てもいいのだと思う。
学校も上級生も先生も、冷たい人ばかりだと思った。
けれど。
ルーナに手を引かれ、思いがけない一歩を踏み出してみて、この考えは少し変わった。
お古の教科書が悪い。
お古のローブが悪い。
からかう兄達が悪い。
そう考えて、ずっと自分が悪いワケじゃないと思っていた。
でも、きっとほんのすこし見方を変えて、そして、付き合う人を変えてみれば、これまで気にしていたことは大したことではなかった。
──人は、取り繕える外見より大切なものがある。
今日は、もう、それが分かったから。
わたしは、きっと、これからは大丈夫。
この学校で頑張っていける。
意外なところで得た小さな成功が、ジニーの背中を押した。
だからこそ。
左右を見て、廊下に誰も──猫一匹いないことを確認し、最寄りの女子トイレに駆け込んだ。
誰も訪れない、女子生徒のゴーストの棲む不気味なトイレだ。
──ここならば誰にも見つからない。
ゴーストが何か呟く声が聞こえる。それでも構わない。鞄の中から黒革の日記帳を取り出すと目を瞑って投げた。ゴーストが「ギャッ!」と声を上げた。
──ごめんなさい!
心のなかで叫んで、ジニーは駆けだした。
■ ■ ■
「ハリー、危ないから拾っちゃダメだよ」
フィルチが、堪忍袋の緒を切らして足音荒く去った頃。
ハリー達は廊下の曲がり角から首を突き出して様子をうかがった。なぜフィルチが怒っているのか、一目瞭然だった。ミセス・ノリスが襲われたあと、フィルチがその廊下に陣取って見張っているのはこの数ヶ月、周知の出来事だったが、今日は襲われたハロウィーンの日のようにトイレから水が溢れ、廊下の半分が水浸しになっていた。
立ち去ろうとしたがマートルの泣き叫ぶ声がトイレから響き、三人は興味を引かれてしまいトイレまでやって来たのだ。
そこで。
手洗い場に落ちていた黒革の本を拾い上げようとしたところ、ロンが止めた。神妙な顔で彼は言った。
「見かけによらないんだ。魔法省が没収した本の中には──あ、パパが話してくれたんだけど──目を焼いてしまう本があるんだ。それとか『魔法使いのソネット(十四行詩)』を読んだ人はみんな、死ぬまでバカバカしい詩の口調でしか喋れなくなったり、それにバース市の魔法使いの老人が持っていた本は、読み出すと絶対やめられないって。もう本を開いたらそれっきりさ。何をするにも片手でしなきゃならなくなるんだ」
ゴーストのマートルがシクシクと泣く声をBGMにハリーは水浸しでぐちゃぐちゃの本を拾い上げた。
「もういいよ、分かったよ。でも、見てみないとどんな本か分からないだろう?」
「おい」と声を上げたロンの制止をかわし、ハリーは黒革の本を拾い上げた。
恐る恐るロンも本を覗き込んだ。
「……何も書いてない。マグルの店で購入した物で……うーん。ちょっとしたメモも何もない。どうして流そうとしたんだろう?」
「ボロっちいからじゃない? まあ、今日、マートルにやられたのかもしれないけどさ」
崩れそうな本のページを持たないように気を付けて表紙を見た。
興味津々にロンが見つめ、マートルをなだめていたハーマイオニーがハリーの肩越しに本を見た。
「何? 何か書いてる?」
「表紙は……ンー……『日記』って書いてあるみたい。名前は、P? 違うな、I? あ、Tだ。──T・M・リドル──」
「僕、その名前知ってるよ。T・M・リドル! 五〇年前、学校から『特別功労賞』をもらったんだ!」
ハーマイオニーがこれまでに読んだ本から名前を思い出す前。即座にロンが答えたので彼女は目を丸くした。
「ロン、すごいわ! どうしてそんなことを知っているの?」
「処罰を受けたときに──ほら、車を暴れ柳にぶつけちゃったときの──んんっ、フィルチに五〇回以上もコイツの盾を磨かされたんだ。ナメクジのゲップを引っかけちゃってさ。一時間も磨いてれば、そりゃ誰でも名前を覚えるってもんさ。うん」
珍しく得意げなロンは肩をそびやかしたが、暴れ柳の話になった途端にマクゴナガル先生並の厳しい目つきをしたハーマイオニーに気付き、何でもないことのように言い繕った。
「……どうしてこれを捨てようとしたんだろう?」
ハリーの疑問は、この場の誰にも解けなかった。
ロンは肩をすくめ、ハーマイオニーも首を傾げた。
少女の日記
箸休め回。
日記を捨てる描写:
本作においては上記のとおりですが、映画だと便器にシュートしているっぽいジニーが回想で描写されます。
これは、マートルの発言とちょっと矛盾するのではないかと今になって思います。描写されている映画を基準とするならば、ジニーが投げ込んだ便器の中にマートルが詰まっていた、という状態になるしかないのでは? とか。
劇中、マートルの発言が先にお出しされたので「あのジニーがマートル的当てゲームしたのか!? ……人は見掛けによらないんだなぁ」と勘違いした筆者がいました。あれは思春期で死んでしまったマートルのヒステリックな一面というだけの描写だったのかなと思っています。原作では、絶命日パーティーでハーマイオニー達と初対面の際に、悪口を言われていると吹き込まれて塞ぎ込む一面がありましたし。きっとそうだろうな。
幽霊(ゴースト)について:
ところで呪いの子だとかなりはっちゃけたマートルが見れますね。
ゴーストとなった人格は固定的で現世に焼き付いた存在だと思っていましたが、変わることもあるようですね。もっともマートルのあれは、見ていて不安になる明るさではありました。いえ、台詞だけなんですが、どうも……(大丈夫か?これ)という感じの感想を抱きました。周期的に明るくなるときと暗くなるときがあるのかもしれません。
ゴーストにも病院とかあるんですかね。
ちなみにBloodborneにも幽霊がいます。といっても「廃城の悪霊」になってしまっています。
……おぉ。エルゼ。エルゼ。何を嘆く。そうかそうか。お前の腹を裂いたヤツらが憎いのだな。……
……麗しのヘレナ。黄昏の髪の乙女。死してなお美しい貴女。車輪で潰された躯が痛むのだな。……
カインハーストの城内で泣き叫ぶ彼女たちと建設的な話は成立しませんが、レオーはいつも愛を囁いています。そのため普段は飄々としている彼の刃には、いつも重く濁った憎しみが乗算されています。
カインハーストの土地と共に悪夢の世界に悲しみと憎しみと恐怖で焼き付いてしまった彼女達は、カインハーストが終わるまで永遠に住人です。
……だからせめて俺が彼らの憎悪を汲んでもよいだろう。……
カインハーストにおいて年長者は常に重責を負います。それが一族のためとあれば、全てが栄誉に転化するのです。
悪霊について。鴉は興味が無いので語るだけ時間の無駄だと思っていますし道を遮れば抜刀します。セラフィは、レオーを真似て声をかけることもありますが、泣き叫ぶ彼女達に対し、できることもないのでそっと目を逸らして道を譲ります。
さて、そんな彼女たちは、とびきりの美人です。アートワークスでは、設定画のなかでも気合いの入った綺麗な一枚絵で見ることができます。マリア様にも1枚絵をくれたまえよ。あ、いえ、トゥメル風マリア様もいいんですけど……あの……もうちょっと手心というか……お顔がハッキリ見えるものを……あ、いえ……何でも……。あとヴァルトールはバケツを脱いだ顔でくれ。あれで金髪碧眼の藤原ボイスなんてヤマムラが夜にありて迷わず、血に塗れて酔わず。