甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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アクロマンチュラ
魔法界のなかでも危険な魔法生物のひとつ。
群体社会を構成する知恵を持ち、人間とも友好的な関係を築くことがある。
難しいことではない。
ただ、時間が必要なのだ。

ほぼ全ての蜘蛛は八つの目を持つ。
瞳の多さはヤーナムにおいても重視され、ゆえに首をすげ替える素体に選ばれた。
瞳を求めながら、その頭を落とす様子を聖歌の間者は不思議に思ったものだが、全ては長い夜のこと。
檻のなかにいた夢の主には、あらゆる試行が求められたのだ。



禁じられた森へ

 ハリーの見るところ。

 クルックスは最高に機嫌が悪く、そのうえ落ち込んでいるようだった。

 そんな彼に話しかけるのは、とても勇気が要ることだった。

 

 できるハズもないけれど、このまま真っ直ぐにハグリッドの小屋に行って五〇年前の日記の記憶で見た出来事を尋ねることの方が、やや難易度が低いかもしれない。そう見積もってしまえる程度に。ハグリッドは友達だが、クルックスは同じ寮で挨拶を交わす程度の仲だ。

 

 けれど、話しかけなければならない。

 そう腹を括ったのは、石になったハーマイオニーの姿を見たからだ。

 

 予定されていたグリフィンドールとハッフルパフのクィディッチの試合は中止となった。

 医務室から引率された三人が、満員の寮談話室に着くと間もなくマクゴナガル先生が全員に聞こえるよう連絡した。

 

 ──全校生徒は夕方六時までに、各寮の談話室に戻るように。決して寮を出てはなりません。夕方は一切のクラブ活動は禁止です。

 ──襲撃事件の犯人が捕まらないかぎり、学校が閉鎖される可能性もあります。

 ──犯人について何か心当たりのある生徒は申し出るように強く望みます。

 

 クルックスは、マクゴナガル先生の話を半分も聞かないうちに螺旋階段の人混みをかき分けて寝室へ向かった。連絡が終わり、大きな生き物のようにふくれあがった雑踏を抜けてハリーとロンは寝室にやって来た。

 

 ──お父様から手記を預かっていないか。……そうか。

 

 階段を昇っているとそんな声が聞こえた。

 登り切ると彼は分厚い外套を脱ぎ、衣装がけに突っ込んでいる最中だった。

 ベッドには、右手だけ金属の手甲が転がっていた。

 左手は取り忘れたのか、まだ着けたままだった。

 

「……ああ、ポッター、ウィーズリー。今回は、ハーマイオニーが不運だったな。心苦しく思う」

 

 これまで聞いたことがない声だ。

 ハリーは驚いた。

 まるで覇気が感じられない。

 

「ああ、僕らも……その……悲しい。でも、君も同じだろう? 君は、レイブンクローの彼と友達だった」

 

 一瞬だけ、クルックスの顔に痛ましい感情が浮かんだ。

 ハリーは、すこしだけレイブンクローのネフライト・メンシスのことを口に出したことを後悔した。

 

「……悲しくない。これは悲しみではない。お互いに犠牲を覚悟していた。彼が照準を務めると言った時から、分かりきっていたことだ。どうなるか知っていて俺は止めなかった。彼は俺の望む策を寄越したのだから、俺も彼の望むようにした。必然だ。必然だった。俺はやるべきことを果たした。俺は、正しい。正しいのだ。間違っているハズがない。だから、だから何も惑うことはない。必要は……ないんだ……」

 

 会話の半分は、独り言か自分に言い聞かせる言葉だった。

 衣装がけに頭を突っ込み、彼は肩にかけていたベルトを外した。

 ハリーとロンは顔を見合わせて、頷いた。

 

「バジリスクと会ったとき、近くの廊下に誰かいたかい?」

 

「……? いや、図書館までの道のりでは誰もいなかったと記憶している。だが、一方は分からないな。廊下は二方向が壁に囲まれた、つまりL形という意味だが……俺達は正面から仕掛けた。挟撃したワケではないから片方の道がどうなっていたのか……ふむ。だが、声や足音は聞こえなかった」

 

 もし、怪物をけしかけた犯人が犯行現場の近くにいれば、彼らは存在を感じることが出来たかもしれない。そして、日記の記憶で見たとおり。ハグリッドが犯人であれば、足音で分かったハズだ。

 

「なぜ、そんなことを聞く? 継承者を知っているのか?」

 

「ぼ、僕らにも分からない」

 

 ベルトをしまいかけた彼が、ピタリと動きを止めた。

 

「何か知っているのならば、言ってくれ。バジリスクという脅威を排除しただけでは学校側は不足らしい。……学校が閉じてしまえば、我々の努力が無駄だったことになる。ハーマイオニーとてそうだ。無駄に脅かされ、襲われた。それだけが残る。代償は払われた。ならば対価を求めるのは当然の権利だと思わないか。俺達は、もうしばらく生徒でいたい。だから、何か知っているのならば言ってくれ」

 

 ハリーは、言うべきか迷った。

 もしもハグリッドのことを言えば、彼はすぐにでも寮を出て行きそうだったからだ。

 ロンがハリーの腕をつかんだ。

 

「ちょっと待って」

 

 そして、螺旋階段の中程まで降りた。

 

「ハグリッドのところに行くなら……僕らだけじゃない方がいいと思う。つまり『僕らに何かあった場合に』ってことだけど……」

 

 いざという時に駆け込んでくれそうだと語るロンにハリーは「そんなっ」と言いかけた。

 

「ハグリッドは友達だよ! 秘密の部屋だって、あれは……たぶん、きっと、リドルが間違っているんだと思う……! ハーマイオニーだってそう言っていたし」

 

「僕だってそう信じてるよ……! でも日記だと怪物を逃がして、退学になったんだろう? 五〇年前に。違うならいいよ。うん。全然、問題ないと思う。でも、でもね? もし、もしもだよ? ……気を悪くしないでほしいけどさ、万が一のことがあったら、僕らじゃ勝ち目がないだろう」

 

 ロンの言うことは事実だった。

 ハグリッドの巨体が襲いかかってきた場合──ハリーには考えるのも嫌な想像だったが──自分達だけではどうしようもない。まだ悩んでいるハリーにロンは粘り強く言った。「考えてよ、ハリー。『エクスペリアームス! 武器よ去れ!』でハグリッドから巨大な鍋つかみを取り上げたところでどうなるっていうんだ?」──たしかに。彼の言葉に頷けるところがあったのは、間違いない。

 

「オーケー。わかった。……うん。今夜だ。行こう。彼を説得できたらだけど」

 

 ハリーとロンが階段を昇るとクルックスは長い外套を着て、帽子を抱えていた。外に出る準備は万端だった。

 

「作戦会議は済んだのか?」

 

「ああ。もう十分だ。だから、ハント。僕らの知っていることを話そう」

 

 情報提供はあっけなく済んだ。意気込んで臨んだのに肩すかしだった。

 日記という情報源についてクルックスは全くといっていいほど気にしなかった。

 彼が気がかりにしたのは、ただ一つ。

 

「五〇年前に怪物を解き放った者は、見つかった。それは森番のハグリッドだという。妙な話だ。怪物の正体は今日まで誰も知らなかった。逃がした張本人から何を放ったのか聞いてもよかっただろう。非魔法族に空飛ぶ車を目撃されたら尋問を受けるのに、女子生徒を殺した犯人は詰問の一つも受けなかったのか? まさか。そんなハズはないだろう。その情報があれば俺達は絶対に遅れを取らなかったのに……。もはやこれはいい。棚上げしよう。──おかしな話だ。出来損なった企み事の臭いがするぞ」

 

 クルックスの気がかりとは『ハグリッドが過去の犯人であれば、そのときの情報があっただろう』という疑問が出発点となっていたようだ。

 

「でも五〇年も前の話だ」

 

 ロンが言う。

 

「その間に誰もハグリッドが犯人であることも忘れてしまったのかもしれないよ。当時のディペットだって『学校に怪物がいて生徒が死んじゃった!』なんて言いたくないだろう。今だってそうだ。ダンブルドアも日刊預言者新聞に『生徒が怪物によって続々と石になってます!』なんて言っていないんだから」

 

「せめて口伝しておくべきだ。そうして二〇〇年以上、知恵を保っている地域だってあるのだぞ。城内の怪物と被害。それらの顛末はリドルの特別功労賞だとか何かより、遺すべき知識だったと思うがね」

 

「それは、そう思う……。五〇年前は、怪物を放したのがハグリッドだって決まっただけで中身は誰も知らないし、怪物を退治したなんてことはないし──秘密の部屋を開ける方法だって先生たちは知らないんだ。野放しだよ」

 

 五〇年間の話をロンとクルックスが話している間、ハリーは記憶で見たディペット校長を思い出した。

 

 スリザリンの怪物が見つかった。

 怪物を放した犯人=生徒は見つかった。

 だからリドルは孤児院に帰らなくてもよくなった。

 学校も続くことになった。

 学校に残りたかったのはリドルだ。……以前、ロンはリドルのことを「汚い告げ口屋みたいだ」と言った。ハーマイオニーもハグリッドを庇っていた。

 

 ──ハグリッドを疑いたくないからリドルの勘違いだと思いたがっているのだろうか?

 

 ハリーは、自信がなくなり彼らの投げつけ合うような会話を聞いていることしかできなかった。

 

「言い合っても仕方があるまい。すぐにでも出発しよう」

 

 急ごうとするクルックスをロンが引き留めた。

 

「僕らがいないとバレちゃうだろ。皆が寝静まってからだ。真夜中にしよう」

 

「ぐぅ……仕方ない」

 

 クルックスは帽子を脱ぐと枕元においてさっさとベッドに入って頭から毛布を被った。それから「あ。セラフィとテルミにも伝言しておこう……」という呟きが聞こえた。やがて夜になり、同室のネビルやディーン、シェーマスがやって来た。ハリーとロンはベッドのなかで静かに待った。

 彼が「秘密の部屋」の討論をやめ、寝静まったのは日付が変わりそうな時間だった。

 

「ロン、行こう」

 

 ハリーがゴソゴソとローブを着ているとクルックスがベッドから起き上がり、帽子を被って階下へ下がって行った。

 透明マントを抱え、螺旋階段を降りていくと先行する彼がいた。腰のベルトに付けたランプに火を灯し、談話室の扉を開けた。

 

「俺が先に行こう。マントを被ってくれ。──足音が聞こえる。大丈夫。まだ遠い。恐らく先生が見回っているのだろう」

 

「君もマントに入って、見つかっちゃうよ」

 

 思いがけない提案だったようで驚いたクルックスがハリー達をまじまじと見た。

 言葉に困ったらしい彼はフイと外を警戒しながら言った。

 

「俺のことは一切気にしなくていい。透明になる術もあるから問題ない。危険があれば二人で逃げろ。自分の命だけをしっかり見つめて走ってくれ。夜に誰かの面倒を看ることは難しいことを……俺は知っている」

 

 返事を待たず彼は寮を出た。

 そして、廊下の先を見ると指で○を作り、手招きした。

 

 暗く人気のない城の廊下を歩き回るのは、楽しいことではなかった。

 先生や監督生、ゴーストなどが二人ずつ組になって廊下のあちこちに立ち、あるいは学校中をくまなく歩き回っているようだった。

 寮から遠回りして正面玄関に辿り着いた頃には、日付が変わっていた。

 

「……鍵が開いてる……」

 

 樫の扉の鍵が開いていることにロンが驚き、悲鳴を上げずに固まった。

 扉の隙間から、夜空の色をした藍の瞳が見つめていた。

 

「遅かったのですね」

 

 小さくとも、空間によく通る声で誰が扉の先にいるのか気付いた。

 マントから顔を出すと彼女はニッコリ笑った。

 

「ハッフルパフのコーラス?」

 

「ええ。そう。話はおいおいね。早く外へ」

 

 ちょっと腰の引けているロンの背を押して三人は外に出た。

 

 雲一つない明るい夜だった。

 見上げれば満月だ。

 それに負けないくらい星も明るく輝いている。

 

「やぁ、お茶会ぶりだ」

 

 声に振り返れば扉に寄りかかったセラフィがいた。彼女は、風に弄ばれる銀色に輝く長い髪を肩から払った。深く被った帽子で目はうかがえないが、口元が微かに笑っているようだった。

 

「──なんでスリザリンがいるんだ?」

 

 ロンが警戒したようにじろじろとセラフィを見た。

 

「ネフに体を張らせておいて、学校がなくなってしまったらお粗末だからな。それからクルックスに頼まれてね」

 

 隣に立つロンは、まだ言いたいことがあったが何とか呑みこんだ。

 不気味に明るい夜だ。

 人手が多い方が心強いと思い直したのだろう。ハリーもまったく同じ気分だった。

 

「わたし達のなかで一番、腕が立ちますから! クルックスが保証しますよ」

 

「むっ……まぁな」

 

 ハリーは、クルックスは「俺の方が強い」と言いたかったのではないかと思ったが、結局、頷いた。

 

「ネフが寝込んでいる間に学校を閉じさせるワケにはいきません。起きたときに本当に寝込んでしまいかねないですからね」

 

「そうだね。それにスリザリンでも問題解決に心悩ませる人もいる。皆がマルフォイほど呑気なワケではないのだ。そう驚かないでくれないか。いくらなんでもスリザリンの全員が純血なワケがないだろう? 自分の出自を自覚する者ほど怯えているのだ。ああ、血に差異があるとは可哀想なことだね。色が違うワケでもあるまいに──」

 

 スリザリンのことを考えると一緒にマルフォイの顔を思い出してしまうハリーには信じがたいことだった。けれど、思い直せば彼女の言うことは真実なのだろうと思えた。グリフィンドールにいろいろな生徒がいるようにスリザリンにもいろいろな生徒がいるのだ。

 一致団結していることが多いスリザリン寮は、とても分かりにくいけれど。

 

 考え事をしていたハリーとロンは、クルックスとテルミが突然の咳をしたことで我に返った。

 

「すまない。もう黙っているよ。うん。僕のことは……そうだな……勝手に刺すナイフくらいに思っていればいい。誰よりも強い用心棒だとも。──さあ、急ごう。先生がベッドの見回りをしないとは言い切れない」

 

 ハリーとロンはマントを被り、校庭を突っ切って歩き出した。

 周囲を三人が歩いている音が聞こえた。けれど、姿は声を発する度に見えたり消えたりしていた。

 

「小屋は狭い。顔見知りのロンとハリーが行った方が刺激が少ないだろう。俺達は小屋の外で待機している。何かあれば──任せろ」

 

 小屋に着くなり、彼らは示し合わせたように小屋の周りに散開した。

 見回せばどこにも彼らの姿は見えない。けれどピリピリと肌を刺す視線があった。

 

「行こう、ロン」

 

 ハリーはゴクリと唾を飲み込み、息を整えると戸を叩いた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 小屋の裏手。

 三人はぴったりと薄い壁に耳を寄せて彼らの会話を聞いていた。

 核心的な話題は、まだない。

 

 ──どうやって来た?

 ──それは何? 石弓なんか持って……

 ──……なんでもねえ。

 

 彼らの会話をこうして聞くのは、二年生になったばかりの頃だ。

 クィディッチのシーズン前の出来事は、遙か遠くの出来事に思えた。

 

「……なあ、ネフはどうしてバジリスクを突き止めきれなかったのだろう?」

 

 誰よりも知恵を食んでいた彼でも分からなかった。

 けれど、ハーマイオニーはバジリスクだと気付いた。

 

 そのことにショックを受けなかった、とは言えない。

 クルックスは──ビルゲンワースの学徒達や父たる狩人を除いて──ネフライトより賢い人を知らなかったのだ。彼の言葉は──メンシス学派のことを除いて──常に傾聴するに値するものだ。

 そして、ヤーナムと人の行く末を憂う目は、必ず彼にとっての正しさを見出すと信じている。

 

(そのネフが、彼が、彼が……)

 

 悔しいような、悲しいような、安堵するような。

 複雑な感情で落ち着かず、クルックスは無意識に足を踏みならした。

 テルミが慰めるように身を寄せた。

 

「それは誰も死んでいないからよ。『バジリスクと目が合ったら死ぬ』けれど『現状は誰も死んでいない』。だから、その条件を持つ生き物をネフは厳格に除外していたのでしょうね。『目を直接見なければ石になる』という情報があれば答えは違ったでしょう」

 

「……そうか……」

 

 何もかも情報だ。

 クルックスは、誰よりも貪欲に知恵を求めたネフライトのことを思った。

 彼は同じ枝葉の存在である自分達に比べ、寝食や娯楽を楽しむ性質ではないのだ。

 

(あれで足りなければ、あとは……どうすればよいのだ)

 

 ──私はいつもより燭台を綺麗に磨き、蝋燭を一本多く灯せば、それだけで満たされる。

 控えめに生きる彼が人より多く望むのは、知恵だけだ。

 

(だから報われてもいいではないか。しかし……ヤーナムは、こうした医療者の志に責任の一端が……)

 

 クルックスは頭が痛くなってきて思考を手放した。

 メンシス学派の姿勢は、根源となったビルゲンワースの息吹を感じる。

 

 それは、ヤーナムに不幸を招き入れた神秘の探求者の姿勢でもあった。

 彼の懊悩を知らず、テルミは隣でぼんやりと言った。

 

「……いえ、でも、変わらなかったかしら。どうやって移動しているかまでは分からない。それが巨体であるという情報があれば、やはり除外したかもしれませんね。……バジリスクと戦った手応えでは壁から頭を出しているように感じられたけど」

 

 言葉が途切れた。

 シッとセラフィが小さく息を噛む音が聞こえたからだ。

 校舎から誰かが歩いてくる。

 

「──誰か、見えるかセラフィ」

 

 三人は小屋の壁に張りつき、息をひそめた。

 

「一人はダンブルドア校長だ。……あとは分からない」

 

 彼らは何かを話しながらハグリッドの小屋をノックした。

 ハグリッドが何事か大きな声を上げ、それからもう一人の来訪者が扉を叩く。

 

「む」

 

 セラフィが、うつむきがちだった顔を上げた。

 何事かとヒソヒソと問えば、最後の来訪者を知っていると言った。

 

「ルシウス・マルフォイ。……ドラコ・マルフォイの父親で学校の理事をしている者だ」

 

 ますます壁に耳を寄せた。

 

 ──理事たちは、あなたが退く時が来たと感じたようだ。『停職命令』がある。すでに十二人の理事全員が署名している……。

 

「テルミ、停職とは何だ?」

 

「うーん、分かりやすく言えば『職場に来てはいけない』という命令ね」

 

「それは。いやいや、マズいだろう。マズいよな……?」

 

 ダンブルドアは、ヤーナムのことをつかみかねているが、間違いのない慧眼を持つ賢者であると思う。伊達に年を重ねていないのだ。

 そんな彼を職から遠ざけることは、良い判断なのだろうか。

 

 クルックスは分からず、彼らの会話に耳を澄ませた。ダンブルドアはわずかな意見を述べ、従容と停職命令の書類を受け取ったようだった。やがて、ハグリッドが「蜘蛛のあとを追え」と助言めいたことを言い残し、彼らは一団となり小屋を出て行った。

 彼らの姿が校庭から消えたあとでハリー達は出てきた。

 

「最っ悪……ダンブルドアがいなくなるなんて! 連中、何を考えているんだ……!」

 

 クルックスとテルミはすぐさま壁から離れたが、セラフィは立ち尽くしたまま、ぼんやりと芝生に落ちる影を見ていた。

 

「セラフィ?」

 

「あ……すまない。考え事を。何かな?」

 

 ロンは、スリザリンの生徒がいることを忘れていたようだ。小言は、もごもごと小さくなった。

 

「──蜘蛛のあとを追おう。ハグリッドが言ったことだ。何か意味があるんだろう」

 

「蜘蛛ならそこにいる。……列になっているのは珍しいことだ」

 

 蜘蛛。

 それは、小さな蜘蛛だ。

 松明に火を付けたクルックスが地面を照らす。

 蜘蛛は、木々の揺らぎと見紛うほど小さなものだった。

 

「行こう」

 

 ハリーは、ハグリッドの小屋からランタンを持ち出し、歩き出した。

 藪をかき分けて行く必要がある。

 

「……俺が先行する。ウィーズリー、しっかりしろ。セラフィとテルミは後背に気をつけてくれ」

 

「承る」

 

「はぁい」

 

 人は木々を避けて通る。けれど、蜘蛛にそんなものは関係がない。

 クルックスにとっては慣れた森歩きだが、後方を振り返ればハリーとロンが枝にローブを取られそうになっていた。

 四苦八苦している二人を待って足下を確認した。

 

「霧が出てきた。視界が悪くなる、気をつけてくれ」

 

「君、来たことあるの?」

 

 ゼイゼイと息をしながらハリーが訊ねてきた。

 

「ここは初めてだ。だが深い森ではない。魔法で拡張されているワケでもなさそうだ。……まだ城から一キロも離れていないぞ」

 

 ハリーは額の汗を拭い、頷いた。

 最も悲壮な顔をしているのはロンだった。

 

「ウィーズリーさんは、蜘蛛が嫌いなのね」

 

「あ、あああ……小さいときにぬいぐるみが、熊の、可愛い、テディベアだったんだけど……蜘蛛に変わっちゃったんだ……」

 

「まぁ、かわいそう! きっと可愛いテディベアちゃんだったでしょうに」

 

 言葉の表面は悲しげだが、どこか面白がる風のテルミがクスクスと笑った。

 ロンは「酷い話だろう。今だってそうだ」と言いたげだ。憐れっぽくヒンヒン鼻を鳴らしている。

 

「……この辺りには、ケンタウルスもいないみたいだ」

 

「ケンタウルス。獣の足を持つ人。けれど『ネフが手を出すな』と言っていた。今日は見かけても手を出すまい」

 

「それがいいと思うよ」

 

 セラフィが周囲を警戒しながら言った。

 クルックス達は先へ進んだ。

 

 地形は平坦だが、落ち葉や木の根があるため歩く道のりは凸凹だ。

 頭上を覆う木々が風で揺れた。隙間から差し込んだ月光が大樹の表皮を照らした。蠢いている。動く小さな粒が、全て小さな蜘蛛の瞳であることに気付いたロンが悲鳴を上げた。

 

 密度は森の入り口の比ではなかった。

 樹皮と地表を覆い尽くす蜘蛛の大群がいる。

 

「……近い。行くぞ」

 

 ハリーが杖とカンテラで光源を確保して着いてくる。

 視界のあちこちで白い糸が光を反射した。

 蜘蛛の糸だ。

 光の届かない茂みの向こうでざわざわと何かが動く音が聞こえてきた。

 

「クルックス、囲まれるぞ」

 

「八つ裂きにする速さならば、俺達の方が上だ」

 

 背後からも追ってくる気配があることに彼も気付いていた。獣に似た興奮の空気がする。獲物を見つけた獣の興奮だ。

 小高い丘を越えると窪地になっていた。なかでも大樹が倒れ、深く窪んだ地にそれはいた。

 蜘蛛の糸は靄のような巣の膜になっていた。

 獲物の足音に気付いたのだろうか。窪地の主が姿を見せた。巨大な胴体。長い脚。そして、鋏のついた頭に八つの白濁した目がある。

 

「あら。盲目なのね。そして、大きいのね」

 

 テルミがさり気ない動きでポケットに手を入れた。その左手は『彼方への呼びかけ』に使う精霊を握っているのだろう。

 

「ハグリッド?」

 

 嗄れた声。

 クルックスは松明を翳した。

 

「ほう。蜘蛛が……喋るのか。これはいい。手間が省ける」

 

 背負う鎚に手を伸ばしたクルックスをハリーが留めた。

 

「……待って」

 

 上ずった声だったが、しっかりとハリーは言った。

 それから、できるだけ大きな声で彼は蜘蛛に伝えた。

 

「あ、あの、僕たち、ハグリッドの友達です! あなたが、アラゴグ?」

 

 絶えずカシャッと鳴っていた大きな蜘蛛の鋏の音が消えた。

 

「そうだ。そしてハグリッドは一度もこの窪地に人を寄こしたことはない」

 

「ハグリッドが大変なんです。それで、僕たちが来たんです」

 

「大変?」

 

 アラゴクの鋏がカシャと鳴った。

 今度は気遣わしげな音だった。

 

「学校のみんなは、ハグリッドが怪物をけしかけて、生徒を襲わせたと思っているんです。だから、さっきハグリッドを逮捕して、アズカバンに送りました」

 

「ちがう。……それは昔の話だ」

 

 アラゴグが苛立ちと怒りを含んだ声で言う。すでに周囲の木々や頭上には無数の蜘蛛がいた。

 いつでも回転ノコギリを駆動できるようクルックスは準備を整えた。

 

「何年も前のことだ。みんながわしのことを『秘密の部屋』に住む怪物だと信じ込んだ。ハグリッドが部屋を開けて、わしを自由にしたのだと考えた」

 

「あなたが……。あなた『は』秘密の部屋から出てきた怪物ではないのですね?」

 

「そうだ。わしは、この城で生まれたのではない。遠いところからやって来た。まだ卵だった時に旅人がわしをハグリッドに与えた。……城の物置に隠し、食事の残り物を集めて食べさせてくれた。ハグリッドはわしの親友だ。いいやつだ」

 

「…………」

 

 クルックスは、ハリーの横顔を見た。

 アラゴグの証言が真実である場合。

 

 長年、真実かと思われていた一つの事実が覆ることになる。

 

 ハグリッドは、無実だ。

 そして。

 

「ハグリッドは『秘密の部屋』を開けていない。……嵌められたんだ」

 

 茫然と呟いたハリーの声は、数多の鋏を鳴らす音にかき消された。

 

「ハグリッドの名誉のために、わしはけっして人間を傷つけはしなかった。殺された女の子の死体はトイレで発見された。わしは自分が育った物置の中以外、城のほかの場所はどこも見たことがない。わしらの仲間は暗くて静かなところを好む」

 

「ねぇ、五〇年前に学校にいたならば、ひょっとして知っているのかしら? トイレの女の子は、どうやって殺されたの? いったい、何によって?」

 

 歌のように空間に響く声でテルミが訊ねた。

 質問者が変わったことにアラゴグは頓着しなかった。

 

「わしらはその生き物の話をしない! わしら蜘蛛の仲間が何よりも恐れる、太古の生き物だ。その怪物が、城の中を動き回っている気配を感じた時、わしを外に出してくれとハグリッドにどんなに必死で頼んだか、よく覚えている……! 決して、名前さえ口にしなかった! ハグリッドに何度も聞かれたが、恐ろしい生き物の名をハグリッドにも教えはなかった」

 

 アラゴグに問いかけた質問の答えをテルミを含め、ここにいる人間は知っている。

 だから、回答に意味はなかった。

 けれど彼女が「そうなのね」と答えた声音は手応えを得た様子だった。

 

「じゃあ、ええと、帰ります……」

 

「帰る? それはなるまい」

 

 白濁した瞳がピクピク動いてこちらを見た。

 カチリ、と後方から音が響いた。

 セラフィが先に撃鉄を起こした音だ。

 クルックスは、回転ノコギリを駆動させて両手で持った。

 

「も……騒いでもいい?」

 

 ロンが息も絶え絶えに言った。

 クルックスは頷いた。

 

「ああ、騒げ。急いで逃げていいぞ。殿は任せろ」

 

 周囲でざわめく蜘蛛の包囲網が一気に縮まりはじめた。

 ハリーは、鋏の音に負けず声を張り上げた。

 

「──でも、でも、ハグリッドが無罪だと伝えないといけません!」

 

「昔のことだ。昔のことだ。過ぎた日のことだ。終わったのだ。……わしの命令で、娘や息子達はハグリッドを傷つけない。しかし、わしらのまっただ中に、のこのこ迷い込んできた新鮮な肉をおあずけにはできまい。さらば、ハグリッドの友人よ」

 

「走れッ!」

 

 クルックスの号令でテルミがロンを引っつかみ駆けだした。

 一拍、逃げ遅れたハリーを守るため、セラフィがレイテルパラッシュの引き金を引いた。

 

「人の言葉を操るだけの獣かな。悲しいことだ。友誼とは、儚いものであるらしい」

 

「同感だ! 特に後半!」

 

 飛びかかってきた蜘蛛を回転ノコギリで叩き落としながらクルックスは叫んだ。

 腰だめに構えた獣狩りの散弾銃が火花を散らし、何体かの蜘蛛を怯ませた。

 後方を見るとテルミに先導され、ハリーとロンが走っていた。

 その先で場違いに明るい照明が見えた。

 そして、立て続けに甲高いブレーキ音が聞こえた。

 

「な、何だ……?」

 

「アレじゃないか。ほら、暴れ柳に突っ込んだとかいう」

 

「あ。クルマだったか? 馬車より速い四輪車の?」

 

「ああ、それそれ」

 

 ドリフト走行で蜘蛛をなぎ倒し、何匹かはタイヤの染みにしながら、その車は激しくパッシングして停車する。そして扉を開いた。呆気にとられる二人が立ち尽くしているとクラクションを高らかに鳴らした。

 

「ロン! 運転席に!」

 

 ハリーはファングを抱えて後部座席に放り込んだ。二人と一匹がとびこんだ瞬間、車は急発進した。

 

「コーラス!」

 

 爆走し始めた車だが、一人だけいるべき人がいない。

 ハリーは恐怖で顔を引き攣らせた。

 テルミは、ただ手を振っていた。声はドップラー効果で妙に歪んでいる。

 

「はいはーい、わたし達のことは気にしなーい、気にしなーい」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 車は小さな丘を越えた。

 すぐにヘッドライトが時おり宙を差す光しか見えなくなった。

 テルミはヒラリと白い手袋に包まれた右手を挙げ、衣嚢から取り出したルドウイークの聖剣を握った。

 銀の剣と長大な鞘が一体化した剣は、月光を受け、白銀に輝いた。

 

「そろそろ獣狩りから蜘蛛狩りに名称変更した方がよろしいかしら?」

 

「今年の夏で俺は赤蜘蛛狩りのプロを名乗っても良いと思えるようになった」

 

 蜘蛛を蹴散らし、紐付き火炎瓶を置き土産にしてきたクルックスが言った。

 いいことを聞いた、とばかりにセラフィが笑った。

 

「では、今後は全て一任しようかな」

 

 三人は背中合わせで各々の得物を握った。

 

「難しいことを言う。俺は鐘女に嫌われているらしいのでな。俺には、もっと単純に攻撃的な手段が相応しい。……さて、時間稼ぎは十分だろうか。車の速度と蜘蛛の脚、どちらが速いだろうか」

 

「ぎりぎり車かしら。噂のとおり空を自由に飛べるなら、なおのことね」

 

「ならば、僕らも散開すべきだ。夢を介して城に戻ろう。僕は長期戦には向かない。彼らが離脱したのであれば、お役御免だ」

 

「了解。その案で行きましょう」

 

「念のための援護射撃をしてもよいだろう。これを撃ったら撤収する」

 

「何かし──えッ!?」

 

 テルミが銀の剣で蜘蛛を突き刺しながら素っ頓狂な声を上げた。

 クルックスが衣嚢から引き出したのは、教会砲だった。

 

 教会砲。

 名のとおり医療教会が作成した大砲の類いだ。巨躯の男に持たせることを前提とした巨大な砲身であるため、適切に取り扱うためには要求されるものが多い。

 

 ──当たれば、人間は勿論、普通の獣。はたまたそれ以上のモノであっても無事では済まない。強いが、そもそも取り扱える人がいなかったのでお蔵入り──どころか悪夢入りしていた代物だ。曲射が好ましい。使っていいぞ。

 

 狩人はそう言ったが、テルミもネフライトも持ち上げることができなかった。

『きょうだい』のうちで扱えたのは、クルックスだけだ。

 そして、テルミもセラフィも彼が実際にそれを使っているのは見たことがない。

 セラフィが目を細めて笑った。

 

「──テルミ、クルックスを守るぞ」

 

「ええッ!? いいけど、いいけどね!? いえ、蜘蛛に人権を認めたワケではないけれど──」

 

 一応、あれは、アラゴグはハグリッドの友人なのでしょう。

 蜘蛛を斬り捨てながら言う。だが、クルックスは反論した。

 

「だからこそ蜘蛛でも分かる簡単な理屈で語ってやるのだ。善意には善意を。殺意には殺意をもってな!」

 

 クルックスが教会砲の準備をする間、セラフィとテルミの剣は絶えず蜘蛛を貫き、切り裂いた。

 

「砲弾装填! 砲身固定! 角度ヨシ! 狩人は、卑怯な蜘蛛を許しはしない!」

 

 ──ちょっと私怨が入って見えますねえ……。

 テルミの呟きは誰にも聞こえなかった。

 砲撃は明るい月夜に雷鳴の如く轟き、緩やかな放物線を描き窪地の中央に落ちたかに見えた。しかし悲鳴を聞くことはできなかった。

 

「いいね。僕も使えるようになりたいものだ。けれど先達はよい顔をしないだろうか」

 

「ごめんなさいっ! 何を言っているか分からないわっ!」

 

 鼓膜が痺れて音が聞こえない。

 着弾と同時に群れていた蜘蛛の動きが乱れる。

 その隙をついて三人は駆けだした。

 

「これより三方に別れる。総員散会! 月の加護あらんことを!」

 

 二人には、やはりクルックスの言葉を聞き取ることはできなかったが、言いたいことは分かった。

 夜の霧に身を溶かしたクルックスを認め、セラフィとテルミも森の暗がりに消えていった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 クルックスは迷いなく夢を介して学校へ帰ったが、テルミは違った。

 

(せっかく森に来たんだもの。何か面白いものが欲しいわ)

 

 だが、気を取り直したように猛然と追跡して来た蜘蛛の大群に追いかけられては、のんびりと採取もできない。

 そのため、テルミの手に残ったのは蜘蛛の頭部だけだった。

 

「でも、アクロマンチュラの毒がありますから」

 

「ああ、僻墓が充実するだろう」

 

 突然、声をかけられた。

 テルミは驚いて暗がりに連装銃を向けた。

 

「僕だ」

 

「あぁ、セラフィ。ごめんなさい。驚いてしまったわ」

 

「今度から歌って出てこようか。LaLaLan、栄えあるカインハーストの湖は清く輝けり、LaLuLa」

 

 藪をかきわけて出てきたセラフィは、舞台役者のようにマントを翻した。

 クスクスとテルミは笑った。

 

「……貴女、とっても音痴なのね。残念だけど聖歌隊では生きていけないわ。すぐに実験台の上よ」

 

「むぅ。どうせ、お呼びではないからいいのさ。それに子守歌の役割は僕ではない。ところでテルミは夢に戻るのか? もし戻るのであればお父様にこれを」

 

 セラフィが引きずっているのは脚をもいだ蜘蛛の胴体だった。

 それをポイと捨てた彼女は、外套に引っかかった小枝を外した。

 

「あら。わたしのものより状態がいいわ。きれいに取ったわね」

 

「捻ったら取れたよ。斬るより手間だがね」

 

 腹を見せる蜘蛛は、怒るように鋏をカシャつかせるばかりだ。

 せめてもの抵抗だろうか。脚の付け根が蠢いている。

 

「では、わたしが夢に戻りますので……今日の結果を話し合うのは明日にしましょう。お疲れさまでした」

 

「ああ」

 

 今日のところは、それでいいだろう。

 言いかけた二人の間は、突如、強い光に照らされた。

 ウィーズリーの車、それが送迎を終え森へ帰っていくのだ。

 

「テルミ!」

 

 呆気にとられるテルミをセラフィが押し倒した。

 車は低いエンジン音を響かせて森へ帰っていった。

 

 しかし、車体の下で何かが潰れる音が聞こえた。

 テルミは「あぁ……」と力の抜けた声を上げた。

 

「そのー……何というべきかー……むぅー……」

 

 セラフィは立ち上がり、テルミを助け起こした。

 轢死した蜘蛛の残骸を靴先でつつくと蜘蛛はヒクヒクと動いた。

 けれど、ただの反射であったかもしれない。

 

「まだ毒があるかもしれないので、ええ……一応、持って行きますね。ええ……一応」 

 

「一応、そうしたほうがいいだろうね、一応。うん。先に帰るよ、おやすみテルミ。佳い夜を」

 

 セラフィは帽子を深く被り直す。

 そして校舎へ向かう頃、テルミは深い溜め息と共に夢に姿を溶かした。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「ハグリッドは無実だった。でも、秘密の部屋は開かれた。本当の継承者が五〇年前に確かにいて、そして開けたんだ! だからバジリスクが動き出して、直接目を見た女の子が死んだ。やっぱり扉を開けた誰かがハグリッドに罪を着せたんだ!」

 

「物置小屋であんな怪物を孵しているのを見たら! 秘密の部屋をちょっと開け閉めしただけでとっ捕まるのは、なんてバカらしいって思うだろうさ! やっぱり、トム・リドルじゃないか!? その告げ口屋がハグリッドを嵌めたんだ! だからトロフィーをもらったんだろ! あのバカでっかいヤツ!」

 

「リドルのことは犯人か分からないけど……ロン! 女の子が死んじゃったんだぞ! 『バカらしい』なんて!」

 

 ハリーは、ハグリッドの小屋から透明マントを持ってきた。

 その間、ロンはハグリッドのカボチャ畑にゲロを撒き散らしていた。ハリーには、ささやかな抗議に見えた。

 

「分かってるよ! でも僕らは今、殺されかけたじゃないか!? 怪物はどうしたって怪物なのに! だからハグリッドはダメなんだ! アズカバンから出たらとっちめてやる!」

 

 ロンは、酸っぱい匂いを漂わせて口を拭った。

 一緒のマントに入り、校庭を突っ切った。学校はみるみる大きくなっていたが、気分が高揚することはなかった。

 

 この学校には、もうダンブルドアがいない。

 ハグリッドは「次は殺しになるぞ」と言った。

 

 けれど、クルックス達は「バジリスクは明晩死ぬだろう」と言った。

 

 もし彼らの話が本当だとしたら、バジリスクはいなくなるかもしれない。

 手下である怪物が死んだことを彼/彼女は苛立たしく思うのだろうか。

 いったい継承者は誰なんだろう。

 

「あッ」

 

 校舎に入り間もなく。

 ハリーが小さく声を上げ、立ち止まったのでロンの右足がマントの裾からはみ出た。

 

「どうしたんだ……! ハリー?」

 

「……アラゴグは、トイレで女の子が死んだって言っただろう。その子がトイレから離れなかったとしたら? まだそこにいるとしたら?」

 

「もしかして……まさか『嘆きのマートル』?」

 

 天恵的な閃きだったが、今日、確認することはできなかった。

 これ以上、先生やゴーストの目を盗んで行動することは不可能に思えたのだ。

 特に最初の犠牲者であるフィルチの猫、ミセス・ノリスが石になった現場のすぐ近くの女子トイレだ。

 

 作戦を練ろう。

 

 二人の意見は一致して、グリフィンドールの談話室に戻った。

 談話室の暖炉のそばでは、クルックスが帽子とコートを脱いで座っていた。

 

「遅かったな」

 

「……君、どうやって来たの?」

 

「いろいろあるのだ。いろいろな」

 

 秘密の抜け道があるのだろうか。

 じっと見ていたが、彼は答えず肩を竦めるだけだった。

 彼は暖炉に新しい薪を足しながら、言葉を濁した。

 火が再び、赤々とした炎を熾したのを確認して、彼は椅子に深々と座った。

 

「すこし眠い。話は明日、聞かせてくれ」

 

「ああ、おやすみ」

 

「あ、ウン……」

 

 二人は黙って螺旋階段を登った。

 

「不思議なヤツだよな」

 

「でも、悪い人じゃない。それに学校がなくなったら困るって言うのは、信じていいと思う。……たぶんね」

 

 パジャマに着替えた二人は、日が昇る頃にようやく眠ることができた。




アクロマンチュラ:
……ハリー、アクロマンチュラと友達になるのはそれ程大そうなものじゃあねぇ。アイツら、誤解されちょるんだ。……

 卵から孵化させることが条件のようです。恩を感じることはありますが、その人(今回の場合は、ハグリッド)だけに感じるものなので、友人は漏れなく新鮮なお肉と認識します。しかし、ハグリッドではないと分かった後でも会話しただけ『彼なりの礼は尽くした』と見るべきかもしれません。
 ヤーナムの狩人的に言えば、これから殺し合う前に一礼するノリだったのかもしれません。──え? あなた、お辞儀をしない!? 血に酔ってますね!?

 それはそうと襲われたのでクルックスのノールック教会砲が火を噴きました。殺意には殺意をもって応じないとナメられるから──っていうか、喧嘩を売られちゃったからね。大丈夫、気にするな。お互い正当防衛だ。転がすつもりなら、転がされることもあるだろう。

 ところで、アラゴクは歳を取り、盲目になっています。
 バジリスクの直視は、この場合、どのように作用をするのでしょうか? もちろん彼は本能レベルで恐がっているのでバジリスクをどういうする心算はないでしょうが……実際は、もう効かない状態になっているのではないだろうか?
 なんてことも考えられる気がします。
 このあたり面白い考察だとは思いませんか。

 近頃、僻墓が充実する予感があり、狩人はちょっと嬉しい。
 カインハーストで女王様への謁見中にドジッたのが慰められる気分になっています。
 あすこ、寒いからね。くしゃみがでるのは仕方ない……仕方ない……はっグシュッ!


野生化した車:
 魔法をかけられると意志を持つ様子。なぜ意志を持つと思わせる行動を取るのか。いつか書けたらいいなぁと思っています。


メンシス学派と瞳:
 邪眼にはじまり、邪眼に終わると言っても過言ではないメンシス学派inメンシスの悪夢では蜘蛛をたくさん見ることができます。
 蜘蛛の多くの種類は(本当でしょうか。99%らしいという記述も散見します)8個の目があります。ヤーナムの各陣営でしばしば語られる『瞳』のうち、メンシス学派は物理的な瞳(つまり、生体の眼球)にこだわる性質であったようです。
 それは外科的アプローチを目指していた痕跡であったのか。あるいはビルゲンワースの漁村蹂躙の系譜を引く、ウィレーム先生が嘆く系学徒だった証明なのか。はたまた上位者に「脳に瞳をくれ!」と言った結果、巨大な脳にたくさんの瞳が生えた、文字どおりの腐れ脳みそをもらってしまい「もう、これしかねぇ!」と開き直った結果なのか。または、メルゴーの乳母を模そうとした、上位者に見えることができた悪夢ならではの進展だったのか。
 本作なりの見解は、いつか語りたいと思います。



 本作の2年生部分はできあがっているのですが、加筆と修正が追いつかないところがあり、ご感想の返信が遅くなっております。たいへん申し訳ないです。
 でも、とても刺激になってペンが走っています。これからも募集しているのでよろしくお願いします。
 また、評価などと一緒のコメントも嬉しく拝見しています。
 お楽しみいただければ幸いです。(ジェスチャー 交信)



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