甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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慈しみあう心の動きのこと。
それは他者から得難く大切であることを多くの狩人達は忘れてしまった。




秘密の部屋の外

 ジニー・ウィーズリーを連れたハリーは「まずは校長室へ行こう」と言った。

 生徒が連れ去られた緊急事態だ。

 まさか『ダンブルドア校長がいない』とは考えにくい。きっといるだろうと彼は言う。

 全員がトイレから出たところでセラフィが列から外れた。

 

「──僕は、また大して働けなかったから失礼するよ。事情説明には君とテルミがいればいいだろう?」

 

「ああ、ご苦労だった。感謝する」

 

「君の頼みだ。剣が必要な時は呼ぶといい。……ジニー・ウィーズリー、自分自身を大切にすることだ」

 

 セラフィは一度だけ振り返ってジニーに優しげな声をかけた。

 銀色の長い髪をなびかせて彼女の姿は廊下の彼方へ消えた。

 セラフィから渡されたマントをしっかり頭から被ったまま、ジニーはうつむきがちに頭を揺らした。クルックスには、彼女が頷いたことが分かった。

 続いて列から外れたのは、ロックハートだ。

 

「先生、どこに行くんだ?」

 

 ロンが刺々しく言った。

 

「私は、もうお役ごめんでしょう。だから……ッ」

 

 彼は視線に圧されてジリジリと後退し、あるとき背中を向けて走り出した。

 

「あの人、もう戻ってこないでしょうね」

 

「ああ、来年はもっとマシな先生が来ることを期待しよう」

 

 テルミが、あっけらかんと言い、ロンが頷いた。

 それから十分もしないうちに泥まみれの全員が校長室の戸口に立っていた。

 

 校長室に入るのは一年ぶりだ。

 

 クルックスは、暖炉のそばで泣いている女性を見た。

 ウィーズリー夫人だろう。ではその隣にいる男性はウィーズリー氏だろうか。この予想は正しかった。

 

「ジニー!」

 

 彼らの抱擁をクルックスとテルミは離れたところで見ていた。

 テルミはすぐに目をダンブルドア校長に向けたが、クルックスは声をかけられるまで彼らを見ていた。子供を心配する親の姿を初めて見たからだ。

 

(普通は、あんな風に無事を確かめ合うのだ……)

 

 クルックスを抱きしめてくれるのはビルゲンワースの学徒、コッペリアだ。

 彼は、しばしば抱擁してくれるがクルックスの事情よりも彼の気分に左右されることが多い。目の前の光景と比べることは難しく感じる。こうした小さな家族の愛は、学徒達がクルックスに向ける感情と同じなのだろうか。確かめようがない。だから彼にできるのは信じることだけだった。

 涙にくれる彼らを見ていると血が淀むことはないだろう。日記帳の彼が格別に淀んでいたのだ。そんな根拠のない空想をした。それだけではない。

 

(虫を知らない彼らは、なんと幸いなことか。……どうして、きれいに思えるだろう)

 

 クルックスは黒い手袋に染みついた獣血を眺めた。

 彼らが清潔に思えるならば、真逆の自分は汚れているのだろうか。

 ──そんなハズはない。けれど否定すれば目の前が嘘になる。

 思考停止のまま、自分の手を見つめていた。

 

「……クルックス、疲れているのね」

 

「え、いや、大丈夫だ。ただ、すこし考え事を」

 

 隣に立つテルミがクルックスの手を握り、先生やウィーズリー夫妻に見えないよう背中に隠した。

 

「立っているだけでいいわ。お父様に報告することだけ考えてくださいね。だから大人しくしていなさい」

 

「ああ、わかった。すまない……」

 

 仕事があれば連盟の使命と現実の不具合について考えずに済む。クルックスはできるだけ集中した。

 ハリーが説明をはじめた。

 

 新学期がはじまり姿なき声を聞いた日から今日の秘密の部屋まで。

 

 それを静かに聞いたあとでダンブルドア校長はトム・リドルの正体を語り、ジニー・ウィーズリーに優しく語りかけた。

 

「ミス・ウィーズリーはすぐに医務室に行きなさい。過酷な試練じゃったろう。処罰はなし。……もっと年上の、もっと賢い魔法使いでさえ彼にたぶらかされてきたのじゃ。例えばクィリナス・クィレル元先生は記憶に新しい。……けれどもう終わったのじゃよ。安心して、それに熱い湯気の出るようなココアをマグカップ一杯飲むがよい。わしはいつもそれで元気が出る」

 

 ジニーと夫妻は何度も感謝の言葉を述べて退室した。

 そのあとをつい目で追ってしまうクルックスは、テルミに腕を撫でられた。

 

「さて。ハリー、ロン。わしの記憶では、きみたちがこれ以上校則を破ったら、二人を退校処分にせざるをえないと言ったが──どうやら誰にでも誤ちはあるものじゃ。わしも前言撤回じゃ」

 

 ハリーとロンが嬉しそうに、そしてなによりホッとした顔をした。

 ダンブルドア校長の隣でマクゴナガル先生がニッコリと微笑んだ。

 すこし遅れてダンブルドア校長は「君にこれを」と手紙を持ち、ロンに退室を促した。

 

「森番を戻さなければなるまい。ふくろう便で送って来てくれるかの。そして、医務室へ向かうといい。友達が目を覚ましているじゃろう」

 

「ハーマイオニーは、大丈夫なんですか?」

 

「マダム・ポンフリーは優秀な校医じゃ。回復不能の傷害は何もなかった」

 

 ダンブルドア校長は、ポンと彼の背中を押した。

 マクゴナガル先生も退室した。ダンブルドア校長に宴会の準備を厨房に頼むよう依頼されたからだ。

 

「さて、ヤーナムの二人の話を聞かせてもらいたい」

 

 テルミが半歩歩み出た。

 

「わたし達は、学校の存続のために戦いました。ご報告が遅くなったことは申し訳ありませんわ。ポッター達が先行してしまったものですから、それを追いかけることを優先しましたの。さらなる犠牲者が出て、手遅れになってはいけませんからね」

 

「結果として正しい判断となったじゃろう。ありがとう。ミス・コーラス=B。そして、ミスター・ハント」

 

 クルックスは頭を下げるだけの礼をした。

 ダンブルドア校長はテーブルに置かれた日記を取り上げた。

 

「記憶の器は完全に破壊されておる。トドメはバジリスクの毒牙。しかし、これは、この穴は銃痕じゃろう。……何を使ったのかね?」

 

 日記に空いた穴の向こう側にダンブルドア校長がいた。

 青い瞳は、やはり苦手なものである。クルックスはできるだけ自然に目を逸らした。

 テルミだけは、目を閉じるほど細めて微笑を浮かべた。

 

「それについてはお答えできませんわ。申し訳ありません。ヤーナム、月の香りの狩人様に直接お問い合わせになってくださいませ」

 

「では、お礼と共に書簡を用意しよう。君たちの父君に届けてくれるかね?」

 

「はい。もちろんですわ。ヤーナムとイギリス魔法界のより良い未来のため、我々は身を惜しみません」

 

「準備ができたら寮監を通し、渡せる事と思う。……君たちには多くの労を払わせてしもうた。今日は疲れたじゃろう。さあ、寮へお戻り」

 

「はい。失礼いたしますね」

 

 黒い法衣の裾をひとつまみしてテルミは礼をした。

 退室のためにテルミが振り返った。

 その時だ。

 

「──校長先生、ひとつ質問です」

 

 うつむきがちだったクルックスは、血のようなインクで汚れた手袋で挙手した。

 顔を上げるとダンブルドア校長と目が合った。

 

「なんだね?」

 

「日記は、どうやって作られたのですか」

 

「……深い闇の魔術を使って作られたものじゃ」

 

「なぜですか? 何の意味があるのですか?」

 

「トム・リドルは、自分に秘密の部屋を開く権利を持っていると考えた。じゃが在学中は二度と行使する機会がなかった。惜しくなったのじゃろう。『特別な力があるのに使えない。誰も知らず、認められない。それは不当だ』と。……どうして聞くのかね?」

 

 ──クルックス。

 テルミが隣で小さく名前を呼んだ。

 

「それでも俺はこの一件の原因を知りたいのです。『不当だから』? 不当とは? 人を傷つける行いは等しく不当でありましょう。罰せられて当然だ。彼は人を傷つけたかった? 己の欲望のために? それはなぜですか?」

 

「トム・リドルの暴力は、肥大化した自己顕示欲の現れじゃ。そうして人々に認めさせようとした。わかるかの。つまり、自分が強大で恐ろしく、そして誰よりも優れた存在なのだと他へ知らしめたかったのじゃよ」

 

「だから『なぜ』?」

 

「力に取り憑かれたから──じゃろうか。いいや、これは推測に過ぎない。トムと言葉を交わした君たちの方が、この頃のトムについて詳しくなったじゃろう」

 

 ダンブルドアの校長のキラキラした瞳の輝きに耐えきれず、クルックスは目を逸らし頭を下げた。

 

「……失礼しました……」

 

 二人は、揃って校長室を辞した。

 

「ところで……ハリー。ロックハート先生は、どこか知っているじゃろうか?」

 

「先生なら学校を出て行ったと思います」

 

「おぉ、ギルデロイ。トムや多くの生徒がそうであるように彼もまた、優れた生徒だったのじゃよ……。『かつて』の話じゃが」

 

 日記帳を再びテーブルの上においたダンブルドア校長は、そのページが不揃いになっていることに気付いた。

 

「……? ハリー、日記が欠けているようじゃが、これは?」

 

「リドルが消えた後、ハントが何枚か千切っていました」

 

「…………。そうか」

 

「先生、これをお返しします」

 

 ハリーは、ダンブルドアにルビーで彩られた剣を渡した。

 血を吸っても美しい剣が、傾きはじめた陽で輝いていた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 クルックスは、廊下を歩く。

 普段どおり、午後の陽が差していた。

 思わず、足を止めた。

 

「クルックス? どうしたの? どこか痛いのかしら?」

 

「大丈夫だ。問題はない。ただ……テルミ、俺はあまり考えないようにしていたのだが……命がけで戦っても地上は変わらないな」

 

 泥だらけの体を除けば、目に見えるもの全てがいつもどおりだ。

 

「そうね。変わらないわね。それが痛いの? 苦しいの?」

 

「…………」

 

 テルミは、そっとクルックスの手を取った。

 剣を握る手とは思えない、柔らかい手だった。

 曖昧に唸るクルックスの手を引いて、テルミは抱きしめた。

 

「……汚れるぞ」

 

「汚れません。穢れません。貴方も。わたしも。正しき信仰がありますから。戦うのは無益ではないわ。学校は存続するでしょう。これまでと変わりなく」

 

「ああ。だが、いわばマイナスがゼロになっただけだろう。プラスに傾く行いではない。なぁ……そもそもだが……なぜ、こんなことが起きるのだろうか? こんなことをして何になる? バジリスクがいたこともそうだ。人が傷つくだろう? なぜ傷つけるのだろう? はじまりは何だ? 何のために? 誰に対する怒りや憎しみだったのか」

 

 華奢なテルミの体は、ユリエに似ていた。

 互いに軋むほど抱きしめた。

 高まっていた獣性が鎮まっていく。

 

「……悲しいのね。人が傷つくことがどうしても悲しいと感じてしまうのね。貴方の心は。お父様と同じね……」

 

 クルックスは、小さな声で言った。

 

「すまない……君に言っても、俺が考えても、どうしようもないことだと理解している。分かっているんだ……。それでも一人で考え続けるのは……頭が、どこかおかしくなりそうだ……」

 

「言ってしまいなさい。大丈夫ですよ」

 

「テルミは、大丈夫なのか?」

 

「わたしは大丈夫よ。だってお父様を信じているもの。いつも救われていますから。……ねぇ、クルックス。考えることは悪いことではないわ。けれどヤーナムがそうであるように、この世界は最初から最後まで全部が悪いのですから辛いことも多いの。貴方には不具合ばかりが目に付くでしょうね」

 

 クルックスは「ありがとう」と礼を述べて腕をほどいた。

 

「それだけではないことも学びつつのだがな……。……虫が……どうして……ここにも。日記でさえ淀む……。それを悲しいと……感じているんだ。ここは温かい場所なのに」

 

 クルックスは、衣嚢に放り込んだ数枚の日記を取り出した。

 インクとバジリスクの毒と血に塗れた日記はくたびれた風情があった。もはやヤーナムに存在する物として相応しい物となった。

 

 小さな笑い声が聞こえた。

 光り輝く湖面のように彼女の瞳は、煌めいていた。

 

「お父様に似ている貴方。わたしの恋しい人。今さらヤーナムをどうにかしようとしてお悩みのお父様のように、貴方はホグワーツをどうにかしてしまいたいのね?」

 

「そんなたいそうなことは考えていない……。俺は、俺の実力を知っている。取り返しのつかない人命が失われる状況を看過できないだけだ」

 

「優しい人ね。……自分自身も大切にしてね。貴方がいなくなったら、わたしは悲しい。それだけではないの。みんな、うまくいかなくなるわ」

 

「……俺はどこにも行かない。俺はヤーナムに。不滅のヤーナムに。お父様のヤーナムに。永久に」

 

「それが真実となることを祈っているわ。──さぁ、行きましょう。ネフだって起きているのですから、武勇伝を語ってあげなきゃね!」

 

「ああ、行こう」

 

 テルミに手を引かれて、クルックスは歩く。

 振り返り、窓を見上げた。

 

 陽は傾きつつある。

 生まれて三度目の夏が迫っていた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 平時では静寂が好まれる医務室は、歓声と喝采に溢れていた。

 クルックスとテルミがそこに辿り着いたとき。

 つまらなさそうに生徒と先生の集団を見つめていた緑色の目が、わずかに見開かれた。

 

「──うまくやったようだな。私が指揮したので当然だがね」

 

 いつもならば歪に上がる笑みは、今日に限って穏やかだ。 

 

「ネフが動いている……!」

 

「ホントだ。動いてますね。お薬ってスゴいわ」

 

 クルックスは、駆けつけてネフライトの手を取った。

 温かい。

 たまらなくなってクルックスはネフライトに抱きついた。

 テルミは柔らかい頬を突っついた。

 

「……もうちょっと、こう、いま言うべきことなのか考えてから……。例えば、ほら、ここは労るべきじゃないのか? いや別に……期待などしていないが……うーん……いつもどおりが一番よいのかな……?」

 

 彼は呆れた顔をした。

 けれど今日だけは、声音も優しいものだった。

 

「おかえり」

 

「私はどこにも行っていないぞ。けれど、言われたからには応えねばなるまいね。ただいま、と」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 すべてが終わったあと。

 時間は夕方だった。

 スリザリンの談話室は、ざわめきが絶えない。

 そのため。

 朝から姿を消していたがいつの間にか寮に戻り、果実を食べているセラフィに気付く者は多くなかった。

 

 ひんやりとした窓からに寄れば、湖の様子が見える。

 最も遠くまで届くという夕日の赤い光は、湖の底にまでは届かない。

 硝子細工の皿で葡萄を食べていると誰かが林檎を皿に置いた。指先が葡萄ではない感覚に触れたことで気付く。見上げれば、セオドール・ノットが立っていた。

 

「こんばんは。ありがとう。……この林檎は、もらっていいのかな?」

 

「ああ。その辺から持って来たものだ。いろいろと聞きたいこともある。……君はずいぶんと遠出してきたようだから」

 

 遠出。

 どこかに秘密の部屋の泥がついているかと腕や足を見る。

 編み上げブーツの底に泥が着いていた。

 

「ふむ。注意が散漫になっていた。気を付けよう。──セオドール・ノット、君の情報はとても役に立った。感謝する」

 

「先ほど寮監のスネイプ先生が談話室に来て『明日のホグワーツ出立は取り消しになった』とおっしゃった。そして『ダンブルドア校長が帰ってきた』とも。──つまり、そういうことだろう? 犯人は誰だった?」

 

 そわそわと落ち着かない彼は対面の椅子に座ってからも体を揺らした。

 見ていると疲れる気分になったセラフィは、窓の外を見た。

 湖の底では水草が、輪郭の見えない影となってゆっくり揺れていた。

 

「記憶だ。そして死んだ。昔話は、ようやく昔話になるのだろう。あるべき形で正しく語られるために」

 

「だから、誰だった?」

 

「ただの記憶だった。これ以上は言いようがないほど継承者の正体とは、ただのそれだった。……魔法界には不思議なモノがたくさんある。おかしなものだ。すでに死んだ者がゴーストより物質的な形を得て、動き回っているとはね」

 

 セオドールは、まだ何かを言いたげにしていた。

 しかし、やがて口を噤んだ。

 ハリー・ポッター以外に蛇語を話す人物について思い至ったのだ。

 

「あぁ、その記憶は純血主義を気取っていたのだが、本当のお題目は何でもよいのだろうと思えた。純血主義という看板を下ろしてもやっていけそうだった。そして事実、やったのだろう」

 

「…………」

 

 彼は、セラフィが誰について話しているのか問うことはなかった。うすうす察しがついているようだ。

 スリザリン寮において同じ学年のなかでは、彼は頭の回転が速いとセラフィは知っていた。

 

「最近の『自由』という風潮が風見鶏であるように。勝った方が負けた方を裁くのは堪えがたい不条理なことだ。……純血にこだわり魔法界のことを思いやる人がいるとして、純血主義は一度はヴォルデモートという暴力に組み込まれてしまった思想だ。それを掲げる君たちは、辛い道を選んでいるように見える」

 

 ヴォルデモートと呼んだとき。

 彼はビクリと震えたが、唇を引き締めるだけだった。

 

「……誰がはじめたことであれ、家が与したことだ。俺もきっとそれに殉じるだろう」

 

 思想の是非をセラフィは、できるだけ語らない。善悪も。理非も。

 魔法界の思想に口を挟む権利は最初からないのだと思っている。

 しかし、魔法界にとっての異邦人は、ホグワーツにおける生徒でもあった。

 

「殉じる価値があれば幸いだ。君の心がやすけくあらんことを」

 

「……君は、魔法族もマグルも知らない土地から来たんだろう。誰も知らないし何も知らないとは、そういうことなんじゃないのか? それにときどき姿が見えなくなる時がある。何のために何をしているのか──敢えて聞かないことにするが──何かを果たせるといいな」

 

 セラフィは林檎を手に取り、懐から抜き出したナイフでそれを二つに割った。

 その片割れをセオドールに差し出した。

 

「僕は、たいていのことがどうでもよいと思っているが、スリザリンは居心地がいい。とても気に入っている。他寮との交流が少ないことは……これは、すこし直した方がいいと思うが……」

 

 セオドールは林檎を受け取った。

 

「いまさら無理だろうな。伝統だ」

 

「ああ。素敵な伝統になるといい。寮祖が願ったほど狡知を弄せずとも蛇に憧れるモドキやトカゲがいてもいい。ご覧よ、蛇ばかりだ」

 

 林檎に一口かじりついたセオドールは笑った。

 つい吹き出してしまった。そう言いたげな失笑だ。

 セラフィも林檎を囓った。

 

「純血も半純血も混血も非魔法族出身者も、非魔法族でさえ、何も変わらない。自分が大切にしたいものを大切にしている。対象の違いはあれ、価値の違いはないように思う。各々が尊ぶべきことだ。……そして相互の理解が難しいときは、距離を置いて生きていくべきだ。そのために僕らは知性がある。魔法族と非魔法族の間に越えがたい壁があるように。その壁を必要なものとして置くことも必要だと思わないか」

 

「……それを理解して壁を置くことができれば、幸いなことだ。けれど、多くの人々は違うだろう。壁を見たら、壊して、乗り越えずにはいられない」

 

「むぅ、そうか。うまくいかないことばかりだな。僕の発想では、これ以上のものがでてこない。誰かの知恵に頼りたいところだ」

 

「もし、よい案が浮かんだら──その時は、真っ先に君に伝えるよ」

 

「ありがとう」

 

 セオドールは、はにかんで笑った。

 

 祝杯。それを象った林檎は食べ尽くされた。

 

 窓の外は、もう何の形も見えない。

 一条の光も差さない夜が広がっていた。

 

 問題の種は、千年前に撒かれた。

 今なお人々のなかに根を張り、枝葉を伸ばし、最も顕著なものは各寮のしがらみとして居残り続けている。 

 だからこそ。

 

「セオドール・ノット。互助拝領機構に興味はないか? 来年度は、ぜひ参加するといい。僕からネフに口添えしておこう。言葉を重ね、分かり合う。最も人間らしい歩み寄りだと思わないか」

 

 セラフィは、緩やかに瞬きをした。

 ──やはり、最も過酷な運命だけが僕に相応しい。そう思えたからだ。

 

「お話を続けよう。僕らには時間が必要だ。異なる生まれの者が、分かり合うために」

 

 現状のヤーナムは、魂や記憶、人格に至るまで何もかもが元通りになってしまう。

 そこで忘れ去られているものにセラフィは気付いた。

 

 ──自分の目で確かめる。

 ──神秘の瞳も人知外の権能も頼らない。

 

(なんだ。こんなこと。ただ、それだけでよかったのだろうに)

 

 いつか永遠に分かたれるときが来るとしても。

 今は、こうして誰かと話したいと心から思える。

 

 過酷な道程だろう。

 それでも、セラフィは喜んで責を啜る。

 いつか喉が爛れ、身が焼けようと後悔はしない。

 

 見るべきものは多くある。

 聞くべきものも多くある。

 語るべきものも。知るべきものも。触れるべきものも。等しく、多い。

 

「魔法界に幸多からんことを。祈っているよ。──暗澹の地より」




秘密の部屋の外

ロックハート先生:
 セラフィの「頑張れ、頑張れ」に屈せず、地上に出てきました。荷物はまとめているので鞄をひっつかんで出て行きました。
 のちほどダンブルドア校長は、お祈り手紙を送りました。素早い対応。まるで用意していたみたいだ──ハッ。


ウィーズリー夫妻:
 クルックスは『普通の家族』を初めて見ました。
 魔法界広しかもしれませんが、ウィーズリー家は(ちょっぴり貧乏であることを除けば)概ね理想的な家族ではないでしょうか。
 ウィーズリー夫妻とハリーの描写は、この後の原作で語られるシリウス・ブラックと(ジェームズの両親の)ポッター夫妻と重なるところがあるのではないかと個人的に思っています。
 クルックスにとって学徒達の愛情に疑いはありませんが、ありませんが、ないのですが、何だろうな、この感情は、となっています。
 あと、あの淀んだ日記が特別おかしな存在だったのでは? いやいや、遭遇数が少ないからそう思うだけなのだ……ともなっています。


テルミ:
 きょうだいのことは等しく好きですが、クルックスはお父様の面影があるので特にも大好きで優しいです。でも、ネフが動き出したのは嬉しいです。
……ネフも互助拝領機構を頑張っているみたいだし、わたしも頑張らないといけませんね!……



ところでテルミに性癖殴られている人、多くなぁい?
大丈夫?

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