秘密の部屋に棲むバジリスクの牙によって破壊された日記はアルバス・ダンブルドア校長が管理しているが、うちいくつかのページがクルックスの手に渡った。
やがてヤーナムに至るだろう。
すでに器として機能を失ったモノだが、強い闇の魔法には痕跡が遺る。
神秘の探求者ならば、そこから汲み取ることもあろうか。
学年末について。
クルックスが語るべき事は多くない。
『秘密の部屋』の秘奥は暴かれた。
時を同じく、学校は遂に声明を発表した。
──ホグワーツに棲まう怪物とは、バジリスクであった。
──石になった生徒は元通り。
──死者は、いなかった。
少ない情報から推理してバジリスクまで辿り着いた秀才ハーマイオニー、そして見事バジリスクを討伐したハリー・ポッター、ロン・ウィーズリーに多大な得点があり、今年もグリフィンドールが寮対抗杯の優勝に輝いた。また森番のハグリッドの名誉回復が成されたことも、めでたい出来事として付け足すべきであろう。
「加点を求めなかったのね、貴公」
くすぐるようなテルミの声が届いた。
左手でトリコーンを抱え、外套に右手を突っ込んでいたクルックスは「愚問だ」と目を細めた。
「俺は生徒であるために戦ったのだ」
「そういうと思いました。とても素敵ね」
列車に乗るために並んでいる二人は、キングスクロス駅でそうしていたように人混みから離れた場所で彼らを見ていた。
「今年は周囲を警戒しているだけで終わった気がする」
「そうね。来年はもっと伸び伸びして、穏やかに過ごしたいわ」
「『二度あることは三度ある』と言うだろう。どうだろうな。問題は──」
「いつもハリー・ポッター?」
トランクを引いたハリーを遠目に見てテルミは笑った。
「いいや、彼自身が災厄を招いているワケではない。賢者の石の騒動は自分から首を突っ込んでいた風に見えたものだが……しかし、今回のように普通に生活していても巻き込まれることもある。一概に、問題はハリー・ポッターと言えない事情を感じている」
「そう。では運命というものかしら?」
「そんなものあると思うか? 運命、それは定められた役割のことだろう」
「ヤーナムに無いことは確定ね。全てお父様の思し召しだもの」
テルミは、天上を見ていた。
今日の底抜けに青い空には、血の抜けた白い月が昇っていた。
「本当に恐いことがあるとすれば、自分で選んだつもりでも『そうなる』と定められていた場合だ。意志が先か? 運命が先か? それはどちらが優っている?」
「意志がいいわ。人間がすることだもの。自分で選んだことによって破滅するがいいわ。栄えるがいいわ。できるものならばね?」
「ああ、そうだな。そろそろ行くか。テルミはどうする。俺は汽車だ。今年も汽車で帰るのか?」
「ええ。今日は貴方と一緒にいるわ」
「……世話をかける」
彼女に心配されていることが分かり、クルックスは肩を落とした。
「いいのよ。気にしないで、たくさん頼ってくださいね? 二度と立てなくても、わたしは貴方のことが大切ですから」
「それは冗談なのか?」
「どちらでもいいでしょう。どう転んでも痛くないのですからね」
クルックスは外套に突っ込んでいた手を出して、テルミに差し出した。
「なぁに?」
「一緒の席に座るのだ。行くぞ」
「……。貴方のそういうところ。お父様に似ていなくて、わたしビックリしちゃうわ」
けれどテルミは輝く笑顔を見せて、クルックスの手を柔らかく握った。
■ ■ ■
「ネフ。ネフ、ネフ!」
ネフライトは考え事をしていた。
父たる狩人へ釈明せねばならないことは多くある。
特にも問題なのは『青ざめた弾丸』を使用したことだ。
いいや、バジリスクに対する作戦は十全だ。
その点の後悔はしていない。
(日記……。記憶の器)
あの日、医務室で目覚めたネフライトは事の顛末を聞かされたとき、再び寝込みそうになった。
(日記に対し、お父様の弾丸を使ったのは迂闊だったかもしれない)
クルックスから預かったのは生々しい弾痕と乾いた毒に彩られたリドルの日記。──その数ページだ。
何らかの魔法により守護されていた日記は、回転ノコギリの直撃を耐えたが、青ざめた弾丸を耐えることができなかった。
ヤーナムの神秘の深度あるいは濃度は、バジリスクを殺すには十二分。魔法界の深い神秘を打ち破るのに十分と見える。
(これも器になったかもしれない。……完全に破壊されている、ように見えるが……まだ使えるのだろうか? 中古どころか廃品にしてしまったのでは……?)
とりあえず、ネフライトが管理して持ち帰ることにしたが、不安は尽きない。
「フッフッフ、などと策士面をして笑っている場合ではないな。テルミがお父様に何と言って報告したのか。如何によっては私の首が危ない。とても危ないぞ」
「──ネッフ!」
「聞こえている。何事だ。ラブグッド」
振り返れば、荷物を両手に持ったラブグッドがザ・クィブラーを差し出していた。
「夏の間、手紙を送ってもいい?」
「手紙? さぁ、どうだろうな」
──私は、ふくろうが届かない場所に住んでいるから。
そう言いかけたネフライトは、ルーナが差し出している雑誌を掴んでいる自分の手に気付き口を閉じた。
「あたしの住所、ここなんだ。編集部に出せば届くよ」
「……受け取っておく。宿題の進捗を確認したくなる日が来るかもしれないからな……」
「そう。じゃあね!」
ルーナはホームを走って行く。そして赤毛の女の子──ジニー・ウィーズリーだ──彼女と一緒に歩く様子が見えた。
ネフライトは檻に爪を立てようとして、今日は被っていないことを思い出し、耳に触れた。……妙に熱いのは、手が冷えているせいだろう。
■ ■ ■
キングスクロス駅へ向かう汽車。
そのコンパートメントの一室には、四人の狩人の仔らが集っていた。
「意外なことだ。セラフィ、ネフ。貴公ら、さっさと帰るのかと思ったが」
「あぁ、うむ」
「帰るべきなのだが、うむ」
セラフィとネフライトは顔を見回せて、再び「うむ」と言った。
「学徒達が『一年間お疲れさま会』をやるだろう?」
毎年の恒例になりそうな『一年間お疲れさま会』とは。
仔らがホグワーツから帰ってくる日に行われる『ちょっとした食事会』なのだが、その中身は無礼講の乱痴気騒ぎである。かつてヤーナムの叡智を結晶したビルゲンワースの学徒達がそうしたように、酒を飲んで賑やかに過ごす時間になっているのだ。
「早く帰るとその手伝いをしなければならない。労働は嫌ではない。しかし、僕は数時間ずっと鍋をかき混ぜていた。さすがに……うむ」
「私はテーブルやら皿の支度をしていた。……うむ。労働は大切なものだ。だからこそ、ここは一つ。苦難を皆で荷担するのはどうだろうか?」
「構わないが、ネフ、顔色が悪いぞ」
指摘するとネフライトは眺めていた本を閉じて顔を顰めた。
そして、コンパートメントの外をチラと見た。
「列車は予想以上のやかましさだ。騒音。雑音がひどい。……先にお父様に挨拶をして、許しを得たらヤハグルに戻る。だが、定刻になればビルゲンワースに参上するだろう。先に戻る。魔女のかぼちゃパイ。買い忘れるなよ」
ネフライトは早口で言うと『狩人の確かな徴』を使い、姿を消した。
「……ネフったら緊張しているのね」
「なぜ?」
「これからお父様に今年の出来事の顛末を語らないといけないのだから、頭もおかしくなっちゃうでしょう? 本を開いていましたけど、きっと見えていなかったわ」
テルミは懐からチョコレート板を取り出すと膝の上で叩いて三等分した。
一番大きい欠片をもらったセラフィは首を傾げた。
「事実を話せばよいだろう。何を畏れることがある」
「あまり酷なことを言うものではないわ、セラフィ。お父様に最も近しい貴女。ネフは、いつだってお父様が恐いのよ」
「なぜ? お父様なのに」
「あの人にとって理解できないものは多くあっても『理解できるようになる見通し』というものがあるのよ。だから恐くないの。本を見れば分かる、とか。知っている人に聞く、とかね。でもお父様にそんなものはないでしょう? いつも何も分からないから恐いのよ。お父様のことが恐いなんて、まるで後ろめたいことがあるみたい。隠すほどの過去も、隠せるほどの力もないのに。不思議ですね」
クルックスには、よく分からない感覚だ。セラフィも分からないのだろう。
無心にチョコレートを囓っている。チョコレートは黒い物体だったので警戒していたが、これは甘くて美味しいので仕方がない。
しかし、あるとき。ふとセラフィが言った。
「ネフは今回、少々……何というか……大胆だったな」
セラフィは、パキリと音を立ててチョコレートを噛み砕いた。
どういう意味かと問う。彼女は車窓を見つめた。
「青ざめた弾丸。我々が持っている最大火力だろう。神秘という意味だが。賭けには勝ったが、手札を晒した。それも強力な鬼札だ。ネフが顔色を悪くしているのは、その件が主だろう。今頃こう思っているのかな。『やりすぎた』と」
「まあ、言い訳不能ですよね。そう悪い手ではなかったと思いますけれど。蛇は一撃で死んだのですから。……とはいえ今頃、どんな釈明をしているのか。思いを馳せるにワクワクしてしまうわ」
「ネフは悪くないだろう。俺が策をよこせと言い、彼は俺の望む策をよこした。咎められるべきは俺だ。お父様は誤解なさらないだろうか? 俺も行った方が……」
「あの人の頭は緻密なのですから、責任転嫁できることはちゃんと転嫁するので大丈夫でしょう」
テルミは、小さく欠伸をしてセラフィに寄りかかった。
「ねぇ。わたし、すこしだけ休んでいいかしら。……最近、夜も歩き詰めだったの……」
「構わない。休むといい。お休みテルミ。僕の可愛い妹君」
セラフィは自分のトリコーンを脱ぐとテルミの頭に被せた。
「むっ。枕役なら俺だってできる」
「男性の膝って硬いじゃない。クルックスと寝るならベッドがいいわ」
「ふむ。それもそうだな。汽車で寝るのでは疲れも取れないだろう」
冗談のつもりが通じなかったのでテルミは嘆息した。
「まぁ呆れちゃうわ。悪い気分ではありませんけれどね?」
「そうか」
「うん。うん……?」
もうひとり。
冗談が通じていない人がいることに気付きテルミは体を起こした。
「え。ちょっと待って。セラフィ、まさか、そんなっ。カインの先輩達と一緒に寝ているなんてことはないよわね?」
「鴉羽の騎士様と共寝など、さすがの僕もやったことはないよ。あぁ、朝の弱いあの御仁を起こすため寝所には行くけれどね。レオー様は常々おっしゃる。『女性は女性であるだけで貴重なのだ』と。だからテルミも自分の体は大切にしないといけないよ」
「貴女に心配されるなんてビックリするわ」
「あ、レオー様のベッドはたまに使うけれどね」
「やっぱり寝たんだ──!」
テルミはショックを受けた声を上げた。
しかし「僕の部屋は地下だから。温かい場所で眠りたいこともあるのだ」と続いたのでクルックスはテルミの嘆きがよく分からなかった。
その後、クルックスは鴉羽の騎士の寝所が氷室状態であることを知ったが、どう反応するのが正解なのか分からなかった。カインハーストは規律や誓約のさまざまが厳しいところだと思っていたが、自然環境も厳しいところであったらしい。テルミが「血の酒でも呷らないとやっていけないわ……」としみじみ言った。
「そういえば、セラフィ。遅ればせながら報告だ。──あったぞ。いつぞや君が言った『あったりなかったり部屋』を見つけた」
「ほうほう。実在するものだったのか。てっきり噂ばかりかと」
頭上で交わされる会話を聞き付け、テルミが「ねぇ」と声を上げた。
「お二人とも人が『寝る』と言っている時に、眠気を吹き飛ばすお話をするのはやめていただけません?」
「すまない、テルミ。でも、俺は夏休みの間に忘れそうだからな……」
「そのお話は、そもそもわたしがセラフィに教えた内容ですからね。わたしにも部屋の場所を聞く権利があります。それでそれで? どこかしら?」
テルミの食いつき具合は、いつもの比ではなかった。
彼女が執心していたとは知らなかったクルックスは、すこしだけ驚きつつ答えた。
「ホグワーツの八階だ。今度、案内しよう」
テルミは、嬉しそうに目を輝かせた。
セラフィだけは、首を傾げた。
「『あったりなかったり部屋』の中身はどうなっていたのか。聞いてもいいかな?」
「女子トイレに繋がっていた。『嘆きのマートル』がいるトイレだ。明らかに構造を無視した部屋だったので異変にも気付きやすかった」
「むむ? 『あったりなかったり部屋』は、トイレに繋がる部屋なのか? 女子トイレに?」
「違うのよ、セラフィ」
テルミは、セラフィの膝をぽんぽんと叩いて注意を促した。
「『あったりなかったり部屋』は『必要の部屋』とも呼ばれていて、その生徒にとって『必要なモノ』がある部屋になるの。クルックスの場合は『ジニー・ウィーズリーのいる場所』という望みの部屋へ変わった。けれど、完全には叶えられなかった。地下の秘密の部屋までは、その魔法の部屋の力が及ばずに繋がらなかったのでしょう。そのため最も近い二階の女子トイレに繋がったのだと思うわ」
「なるほど。面白い仕組みの部屋だね。では例えばの話だが、落葉の素振りが出来る場所と願えば、その部屋はどうなるだろうか?」
「恐らく……落葉を振り回しても問題がないくらいの広い空間になるのではないかしら?」
「ほう。それはいいことを聞いた」
「どうかしら。来年から選択授業もはじまるわ。昨年や今年のようにのんびりする時間があればいいですけどね……」
隙間の時間を見つけて試してみよう、とセラフィは言う。
クルックスはテルミに質問した。
「君は、何の部屋にしたいのか」
「それはもちろん『全て』よ。『お前が隠す全てを詳らかにせよ』と命じるのよ」
「……? それをするとどうなるんだ?」
「『誰かが隠した何かが全て』出てくるのではないかしら。何が出てくるかしら? 来年の楽しみにしましょうね」
クスクスと笑い、テルミはセラフィの帽子を被って日を塞いだ。
クルックスもまた窓のカーテンを締めた。
「今夜は、ちょっとした祝宴だ。話す時間は大いにある。すこしだけ眠るといい。……俺も魔女のかぼちゃパイを買ったら、眠ることにしよう」
■ ■ ■
汽車は減速しつつ、駅に入った。
周囲の生徒達が荷物の確保や別れを惜しんでいる。
仔らの三人もそろそろコンパートメントを出ようと腰を上げた。
そんなとき。
「あら……? えっ?」
「どうした、テルミ」
寝起き顔で目をこすっていたテルミが車窓を見たまま、ピタリと動きを止めてしまった。
セラフィとクルックスを見つめた彼女は、驚いた顔をしていた。
「え。いま。ホームにコッペリアお兄様がいたような気がするわ」
「なにっ!? どこだ!?」
クルックスは車窓に顔をはり付けた。
「あ、でも見間違えかもしれないわ。いくらなんでもコッペリアお兄様を野放しにするほどお父様もアレじゃないっていうか、無謀ではないと思うし……」
「見えん! 降りて確認した方が早いな。先に行くぞ!」
クルックスがコンパートメントを飛びだしていく。
テルミとセラフィが身の回りの物を片付けて、追いかけた。
プラットホームには、思いがけない人物が立っていた。
「──あら、おかえりなさい」
「──やあ、僕の可愛い子!」
汽車が吹き出す白い煙が薄くなった頃。
ビルゲンワースの学徒達がそろって出迎えた。
今日も今日とて二人は聖歌隊の服に身を包んでいる。
「ユリエ様、コッペリア様……!」
クルックスは二人に駆け寄ったが思うような言葉が出てこなかった。
お揃いの聖歌隊の服一式に身を包み、目隠し帽子を被る彼らは、周囲から恐ろしく馴染めていない。
けれど彼らは優しげに微笑んでいた。
「──あの、どうして、ここに? 俺達のためにお迎えしてくれて……?」
「もちろん。それもあるわ。けれど、一番はこちらのご夫妻に挨拶をするためよ」
ユリエが、右手で夫妻を差した。
そばでは赤毛の夫妻はニッコリと微笑んでいた。
「これは。これは失礼しました。ウィーズリー様」
目に入らないほどクルックスはユリエやコッペリアを見つめていたのだ。
サッと外套を払いクルックスは狩人の礼をした。
「校長室では失礼いたしました。先日、学友のロンを通し、依頼させていただきました。夏の間、郵便の受け取り窓口になっていただけるということで……了承していただけたことを我々は感謝しています」
「あぁ構いはしない。大したことじゃないからね。しかし、ふくろう便が届かないなんて! 今では超長距離便で外国にだって届くのに不思議なことだね」
「ハッハッハッハ、何やら古い魔法が悪さをしているようでしてね」
赤毛のウィーズリー氏に対しコッペリアは、すらすらと流れるように語った。
嘘でも堂々と言えば真実らしく聞こえることがある。
まさにコッペリアはその手の達人とも言えた。クルックスは、ほんの一瞬、彼の言葉を真実だと思い込んでしまった。
「末娘ちゃんのことは、我々の妹からお聞きしました。私達が言うべきことではないかもしれませんが、どうかお大事に」
「ご丁寧にありがとうございます。……お宅の子にも助けられたようです。そちらこそお大事に」
彼らの話が終わる頃。
カートを押した一団が現れた。ウィーズリーの子供たちだ。
聖歌隊の装束を着た見慣れぬ大人に警戒している。
その後に見せる反応はさまざまだ。パーシーなどは露骨に顔を顰めたが、双子は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「おぉ! 子供がいっぱいだ。可愛いねぇ!」
コッペリアが声をかけたのは先頭にいたパーシーだった。
彼は胸の監督生バッジを見せつけるように胸を張った。
しかし、相手が悪かった。身長一九〇越えの青年の前では彼も少年だった。
「賢そうな子だ。ネフと気が合いそうだ。君、可愛いね!」
「エー、はい、それは……どうも……」
そういえば。
男の子に対し『可愛い』とは、あまり使わないものであるらしい。
クルックスはそのことを思い出した。
パーシーも慣れない褒め言葉に、調子が狂ってしまっている様子だ。
「コッペリアお兄様、皆さんビックリしていますから。そのあたりで」
テルミがぽそぽそと言って、コッペリアを制した。
彼は白い法衣を翻すと辺りを見回す。
そして、ウィーズリー氏を見て一笑した。
「そう? いつかゆっくりお話をしたいものだ。魔法界はまだまだ珍しいものばかりだからね」
「さぁ、皆さん。帰りましょう。お父様がお待ちですよ。……それではお先に失礼。ウィーズリー様」
ユリエが丁寧な会釈をし、コッペリアは彼らに「バイバーイ」と手を振った。
ほんの一瞬で彼らの姿は、汽車から降りる雑踏のなかに紛れ、見えなくなった。
ジニー・ウィーズリーにとっては、二度目の経験だった。
「また消えちゃった……」
■ ■ ■
クルックス達が汽車で移動を続けている頃。
ここは仄かに月香る、狩人の夢。
花は咲き乱れ、白い月が世界を照らしている。
月の香りの狩人の居所。
夢と現を繋ぐ生地に二人はいた。
「──テルミから顛末を聞いている。ご苦労だったな」
狩人は簡易なシャツで椅子に腰掛けていた。
そばには湯気を立てている紅茶がある。寛いでいたのだろう。
ネフライトは教会式の礼をしてから答えた。
「はい。けれど賞賛はクルックスが相応しいと考えます。彼の判断がなければ、この成果はありえなかったことですから」
「成果ね。……座ってくれ。話をしよう。そう思い詰めた顔をせずに」
狩人が椅子に手を差し向けた。
再度頭を下げてからネフライトは椅子に座り、布に包んだ日記帳の切れ端を提出した。
「あぁ、これが噂の日記帳か」
狩人は、切れ端を受け取るとそれをまじまじと見つめた。
「お父様の瞳には神秘の内実まで見通せるのでしょうか? ……。あの。あの、伺っても?」
狩人は切れ端を指で突いたり、臭いを嗅いだりしていた。
血で汚れていたそれは、もう乾いている。
「ああ、すまんな。目新しいものにはつい夢中になってしまう。これは誰かを材料に作ったのだな。冒涜の気配がする。しかし、弾丸の威力は十分だったな。何かが封じられていたようだが、残滓も感じられない」
「弾丸の件は……迂闊でした。ヤーナムの神秘。その粋を曝したことに等しいのですから。しかし、クルックスにそれを使うよう指示したのは私です。私をお咎めください」
「我々の銃は、正しき敵に向けられた。我々の剣は、正しき敵を滅ぼした。そろそろあちらも『生徒として過ごすことに執心している』と察する頃だろう。だから私は『構わない』と言いたいところだが、ネフは納得しないのだろうな」
「完全な独断専行です。誰であったとしても咎められるべきものだと考えます」
「ふむ。……よろしい考えておこう。しかし、その前に『なぜ使ったのか』聞かせてもらおうか」
「我らヤーナムの民が『正しき敵』を倒すことで役に立つ存在であることを証明できると思ったからです。そして、十分な利点を提示できたと考えます。向こうも最初からそれを期待して我々をホグワーツに招き入れたのでしょう。……ダンブルドアは明らかな異物だと『分かっていた』。昨年度はクルックスがトロールをミンチにしたのですから、やはり『分かりきっていた』。彼の期待どおりの異常性を見せつけた結果にもなってしまいましたが…………はい?」
狩人が軽く手を挙げた。
ネフライトは狩人が笑っていることに気付き、思わず言葉が漏れた。
「相変わらず君の説明は、出来がいい。それは学徒用に取っておくといい」
「は。それはそれは、どういう意味でしょうか……? 私が騙っていると……?」
「いいや、そうは思わない。語る内容は実際のところ、真実なのだろう。恣意の一面でもある。だが『それだけ』か? 『これだけ』か?」
ヒヤリ。
冷たい手で内臓をまさぐられた気分になった。
ネフライトが何かを言うよりも先に、狩人は肩をすくめた。
「咎める心算はない。俺にも覚えがある。とびきり苦い思い出と一緒にな。だから分かるのだ。好奇心の匂いがする」
上ずった声で、ネフライトは答えた。
「……ただの、嫉妬、なのです」
■ ■ ■
この度の、石になる現象は。
魔法界の優れた魔法使いが束になっても何が原因か探れず、元にも戻せない魔法でした。
今世紀最も優れた魔法使いと讃えられるホグワーツの校長、ダンブルドアであってもです。
闇の魔術であれ何であれ構いません。
闇の深さでヤーナムに優る場所もモノも少ないでしょう。──あ、いえ。お父様のせいと言っているワケではありません。念のため。
強力であればあるほど、惹かれました。
神秘の汎用性は勝算皆無のヤーナムですが『攻撃性』では、どちらが優れているか確かめたくなった。
我々の神秘は、魔法界の強力な存在を滅ぼせるのか?
闇の魔術を操る怪物とヤーナムの神秘。
優るのはどちらだろうか?
そして都合良く、バジリスクが現れました。
確かめずにはいられなかった。
……試せると思ってしまった。
嬉しくて、楽しくて、あぁ、どうしても。
堪えきれなかった。
耐えきれなかった。
そして、クルックスが「策をよこせ」と言いました。
だからそれに乗じて──引き金を。
的中を見ることはできませんでしたが、治癒不可能の呪いを帯びた致命傷と聞きました。
我々の神秘は、種こそ違えど──決して劣らないという証左でしょう!
■ ■ ■
熱っぽい頭を押さえて、ネフライトは月の香りの狩人をまっすぐに見つめた。
「ですから、成果は私のものです。一方で好奇心で軽はずみな行いをしたと……反省……しています。よって咎も私のものです」
認めがたい感情ではあったが、しかし過度な好奇心は諫められるべきものだ。
その理解はあったのでネフライトは深々と頭を下げた。
「俺は反省しているなら『もうそれでいいだろう』と思うのだが、学徒達はそう見なさないだろうな。ふむ。やはり表向きの動機は先ほどの説明でいこう」
「はい……。それから、言葉を翻すようで恐縮なのですが私は、またやるでしょう。今回の試みは、とても満足しています」
「そういう試みがあってもよいのかもしれないな。……自己理解が済んでいて話が早い。沙汰は追って伝えよう。大したものではないが。それと質問があるのだが──」
「何なりと」
「石になるってどういう気分なんだ?」
ネフライトは身構えて質問を聞いたが、答えに窮した。
「それは……それは石になっていたので分からないですね」
「そっか。いや、そうか。変なこときいて悪かったな」
「あ、いえ。こちらこそ気の利いたことが言えずに申し訳ないです。しかし何かありましたか?」
「実はセラフィから使者を通じて『バジリスクの牙』と『死血』が送られてきたのだが、使っていいものか迷っている」
「え……え? せ、聖杯に? バジリスクを投入しようと? それは……それは……? 異なる神秘であるとはご存じだと思っていましたが……?」
「まさにそれだ。異なる神秘を掛け合わせた場合、聖杯は正常に機能するだろうか? どう思う?」
狩人の質問は、メンシス学派の主宰、ミコラーシュが学徒達へ質問する──「素人質問をしてしまい恐縮なのだが」──という言葉とダブッて聞こえた。
ネフライトは、疼痛を感じ思わず胸を押さえた。
「み、未知数です。お父様の仔である私達が魔法を使えることから、異なる神秘でも『ある程度』の互換性はあるのだと思います。現在、ヤーナムにある神秘と類似するものが聖杯内にも散見されます。しかし、実験に意味はあっても──果たして価値はあるのでしょうか? 見出せる血晶石と敵の種類が増えるだけではないかと。お求めの血晶石を入手するための確率は、億と兆を容易く越え、そろそろ宇宙悪夢的確率に突入する可能性があります。お求めならば……ええ……計算してみますか?」
「急に知りたくなくなったから計算しても教えなくていいぞ。いや、くれぐれも教えてくれるな。やはりそうか。マラソンに近道はない。地道にはしるか……うん。迂闊に混ぜて目玉がたくさんあるバジリスクとか出てきても困る。おや? 逆にすぐ死ねるからいいのか?」
「我々の『狩人の徴』たるルーンがどのように振る舞うかによって問題の大きさが変わってくると思われます。……私は結局、夢に還ることができませんでした」
このことを言うと。
自分が月から見放された気分になり、ネフライトは感情を持て余した。
だが、狩人は「大した問題ではないだろう」と前置きした。
「それには居場所の問題がある。ホグワーツ城は妙な場所にある。昨年のことだ。君から交信があるまで私はホグワーツ城の場所を特定できなかった。ヤーナム、そして聖杯内であれば違う結果が得られるかもしれない。それでも還ることができないときは俺が『視て』引き寄せてもいい」
「……私が石になったとき、お父様はそれを察知していたのですか?」
「あの日、テルミにも聞かれた。視なければ、私は誰のことも分からない。皆が期待するほど上位者は万能ではないからな。それに彼女から『たとえ呼べるのだとしても、体が消えたら問題になるのでそのままにしておいて』と言われてしまった。試してもいない。すまなかったな」
「いいえ、テルミの指摘は道理です。私でもそう進言したことでしょう」
会話は終わりに近付きつつある。
狩人は、ネフライトがこの一年で提出した書類の束を引き寄せながら言った。
「夢から醒め、いずれ旅立つときまで君たちは夢を見たままだ。好きに過ごせばよい。……特に、ネフはすこし肩の力を抜くといい。あれこれと気を遣わせている俺が言うのは、どうにも間の悪い話だが」
「いいえ。私は大丈夫です。気付いた者が、なすべきこともあるでしょう。それに他の三人ができることならば、私がなぞる必要はありません。私達は四人しかいないのですから、それぞれが果たせる限りの試行を。ヤーナムのために。貴方様のために」
「むむ……」
狩人は、困った顔をした。
──クルックスとよく似ている。
いいや、逆なのだ。ネフライトは思い直した。
彼がこの人に似ているのだ。
「俺は何事も諦めないが、これは常人にとって通し難い信念であると知っている。『終わりがあるから、遂げられる』。そういう動機も分かる。だからこそヤーナムの復興は──はじめる前から分かりきっていたことだが──長い道のりだ。そう急くものではない」
これは。
ただの助言である。
だから、だから。
予言ではないのだ。
ネフライトは、何度も自分に言い聞かせた。
しかし。
ああ、なぜだろうか。
「夢を見ている君は、どこにも行けないのだ。──だから、どうか気を永く保ちたまえよ──」
銀灰の海に漂流する、小さな自分を感じる。
妄想に違いないそれをネフライトは、どうしても忘れることができなかった。
狩人の助言
エスコートしてくれるクルックス:
テルミは嬉しい。テルミがニコニコしているのでクルックスも嬉しい。幸せ空間。
魔法界でも謎の読み物ザ・クィブラー:
ところで原作のハーマイオニーが言った「ザ・クィブラーってクズよ。みんな知ってるわ」という台詞には驚きました。ハーミーがそこまで!?
そんなザ・クィブラー。
ネフライトは夏休みをかけて解読に挑む──!
勝手に寝室事情をバラされる流血鴉:
今後、クルックスやテルミと出会うことがあった場合、彼が何を言っても二人は(でも、この人って氷室で寝起きしているんだよな)となることは必至。でも性癖ではないのでセーフ。尊厳は守られた。レオー「よかったな(笑)」
カインハーストの騎士達は──聖歌隊の二人もそうですが──長生きし過ぎて互いのプライバシーをいやというほど知っており距離感がバグりにバグりまくったまま仔らと接しているので、適切なプライバシー教育などはされないのである。そもそもプライバシー概念がヤーナムには存在しているのか。その真相を知るべく調査班はクィリナス・クィレル先生へ取材を敢行した──
あったりなかったり部屋:
テルミが興味津々の必要の部屋。宝物が眠っているかもしれない。そう、誰かが隠した宝物とかね!
ネフライトの嫉妬:
ヤーナムの神秘とは、上位者に近付こうとした結果で発生したもの(失敗作)であるため生活を豊かにしようとか、敵を安全にやっつけようとか、そういった用途ではありません。……本来の目的とは違うが、まぁ獣を殺すには使えるので使っている、その程度です。
さて。ホグワーツで学ぶ魔法を理解するとその乏しさと技術の方向性の違いが明らかになりました。
技術(神秘)ツリーと呼ぶのもおこがましいというか……その……輸血液の煮凝りと同じくらい知られたくない。
また、ネフライトは「魔法がどんな起源で使われているのか」という疑問を最初に抱いていましたが、魔法族の誰もが理解していない事態は予想外でした。
神秘を比べることについて狩人は消極的で「どうして地続きと考えるのか」と学徒達の意見を不思議に思っていましたが、それもこうした経緯の違いをうっすら感じていたからかもしれません。
それはそれとして、どうしてもどうしても、ヤーナムが劣っていると認めたくなかったのはクルックスだけではなかった様子。
結果として、ヤーナムの異常の粋である『青ざめた血』に由来する弾丸は、魔法界にあっても強固な存在を死に至らしめるに十分だと分かりました。
狩人の助言:
急がば回れ、とはいい言葉だ。
ヤーナムは本当に廻り続けているワケだがな!
お知らせ:
2年生(秘密の部屋編)章が終了し、次の話より蛇に靴を履かせるパートに突入しました。また2年生まで章のヤーナム編を含め多くの登場人物を書くことができて充実してきました。ご感想で登場人物の名前が挙がることも多くなり、筆者的には意外で嬉しいと感じています。
さて、以下にアンケートを設置しますので、推したい登場人物に「ポチッとな!」してください。これにより物語の展開が変わることはありませんが、描写が充実する可能性があります。
ひとまず3年生まで章のヤーナム編を想定し、関係者を勢力ごとにざっくり分けて選択肢としてみました。
熱い匿名メッセージでもいいですよ!
2年生終了を機に、ご感想をよろしくお願いします!(マシュマロ→https://marshmallow-qa.com/nonogiginights?utm_medium=url_text&utm_source=promotion)
追伸:
エルデンリングは発売延期しましたが大丈夫です俺特知
この先、ヤーナム編の時間だ。だから回答が有効だ。
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クルックス
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テルミ
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ネフライト
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セラフィ
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月の香りの狩人
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ビルゲンワースの学徒達
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連盟員
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窶しの古狩人、シモン
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血の聖女
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血族狩りのアルフレート
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教会の暗殺者ブラドーと黒服のピグマリオン
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カインハーストの血の女王、アンナリーゼ
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カインハーストの騎士達
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メンシスの主宰、ミコラーシュ
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メンシスのダミアーンと学徒達
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あんたも分かってるんだろう?(結果閲覧)