テルミのクッキー
テルミお手製のクッキー。
家庭料理が存在しない月の香りの狩人達にうまれた手料理のひとつ。
小さな手で作られたそれらには大きな愛が込められた。
願いが生の苦しみを招こうとも彼女は生を肯定する。
HPを回復し、一定時間、さらに体力・持久力・筋力・技術・血質を向上させる。
呼吸を憚るほどの静穏に愛された狩人の夢には、古い遺志が漂っている。
クルックスの目には見えない。
遺志は実在しているが形を失って久しいものらしく、まだ何物にもなりきれていない。
夢のなかに存在する人形は狩人達が集めた遺志を力に変えてくれる存在だが、彼女がどのような存在なのかクルックスは知らない。父たる狩人にとって大切な存在であるとは分かる。だが、それだけだ。
──遺志をあなたの力としましょう。
人形が地に膝をつき、手をかざした。
倉庫を整理していると探索中に発見したさまざまな死血が出てきた。
小さなそれを握り潰して消費しているといつの間にか人形がまとめて力に変換できるほど貯まってしまった。
クルックスは、人形を見ていた。
遺志は血に宿るものだが触媒に過ぎない。──とは、狩人の言葉だ。
血の遺志の本質は、遺志なのだという。
誰かの死血を握り潰す度に彼は『自分のなかで何かが増えた』感覚を覚える。その『何か』こそ、狩人の業における遺志なのだ。
遺志には、意志がない。今では狩人の力になる糧だ。
既存の概念で近似を求めるならば『知識』と言い換えられるかもしれない。形は存在しないが、時間と共に積み重ねた成果を人は得る。存在の様式は似ている。
(遺志。意志。意思。それは、いったい誰の? どんな?)
身に宿った遺志が報われるか、徒死するか。
それは宿主となったクルックス自身の問題だ。
肝に銘じて今後も歩かなければならないだろう。
人形の仕事が終わった。
クルックスが視認できたのは、血の霧。あるいは、赤い粒子だけだった。
空っぽの器に何かを注ぎ込む感覚を覚えた。今回は、筋力が増したことだろう。
──果たして空想の器が満たされた時、自分はどうなるのだろうか。
クルックスが人形と接する度に考えることだった。
「あと何度か頼むかもしれない」
「はい。何度でも。遺志を、あなたの力としましょう」
「ありがとう」
クルックスは、倉庫のなかで大量に貯蔵されている『葬送の刃』を処分しようと決めた。
血の遺志は夢のなかにおいて通貨に似た概念としても使われている。そのため血の遺志の貯蔵を目的に武器や道具に換えていたのだ。小まめに変換していたので本来ヤーナムにおいて希少な隕鉄──隕石から削り出したという鉱物──が大量に存在するというおかしな事態が起きているが、クルックスは気付いていなかった。
彼にとって葬送の刃は独特な位置を占める仕掛け武器だった。貯め込むうちに愛着がわいてしまい「今は時間がないから、あとで整理しよう」と思いつつ約三年。貯まりに貯まっている。
愛着を捨てきったワケではない。
そのため。
「そうだ。レオー様が休暇の間に仕掛け武器を使ってみろと言っていたな」
クルックスは、夏休みの心温まる記憶を思い出した。
──休暇中に全ての仕掛け武器を使ってみろ。いいか? これは『使いこなせ』という意味ではない。実際に使うことで見えてくることがあるのだ。
気の進まない仕事をやらない言い訳があれば彼は望んで仕事を放棄した。もしもネフライトがいたならば「君もお父様の遅滞癖を咎められないぞ」と正論を述べただろう。その声なき声を聞いたのかクルックスは売買を行う小人──水盆の使者達へ向かう足を止めた。
「しかし、倉庫を圧迫しているので数は少しでも減らさないといけないな。半分、三分の一、五分の一、どれも中途半端だな。まずは……うん、様子見で十分の一ほど処分してみよう。車輪などの仕掛け武器を買わないといけないからな。古狩人の言葉は、いつだって傾聴に値する。『先達はあらまほしき事なり』とは、どこかで聞いたことがある言葉でもある。それ以上の片付けは……うーむ……まぁ後で良いだろう。急ぐこともなし。それに貯金と貯血は身を助けることがあるかもしれないからな……」
クルックスは、葬送の鎌を束で抱えて換金ならぬ換『血』を行った。
■ ■ ■
「あらあら。お父様かと思えばクルックス。珍しいですね。真夜中に夢にいるなんて。何かあったの? お父様の仕事の関係ですか?」
──仕掛け武器を一通り使って俺が学んだのは火薬庫の武器が最高であるという再確認だった。
同じ枝葉の隣人に出会ったら、そんな名言をかまそうと待ち構えていたが一向に誰も現れず、眠ることにも飽いて、仕舞いには話のネタも忘れてしまった。
そんな折、現れた同じ枝葉の隣人にクルックスは気のない返事をした。
「ん、あぁ……? テルミか。テルミかぁ……」
クルックスは自分が人間性の限界という顔をしていることを知らなかった。そのためテルミは彼の身の上に何か良くない出来事が起きたことを察知した。
「久しぶりに会ったというのにガッカリさせてしまったようで失礼しましたわ。ご機嫌ナナメなのね?」
「ナナメではない。俺は、いったい何なのだろうな……」
「まあ! 思春期なのね? それとも成長期かしら? どちらにせよクルックスは、わたしの大切な『きょうだい』ですよ」
「ありがとう。自信が出てきた」
「ところで、どうして腐りかけたジャガイモみたいな顔をしているのかしら? この様子はお仕事って感じではありませんね?」
「ちょっとした事故にあってな」
「事故? 火薬の暴発とか、ですか?」
「カインハーストと処刑隊の抗争に首を突っ込んだ結果、首が飛んだ。……そんな感じだ」
ヤーナムに流れる時間にして恐らく数日前の出来事をクルックスは、ようやく自分なりの言葉として吐き出した。言ってしまうとただの事実が残った。
「あらあら、まあまあ……なぁに? 冗談ではなく本当のことなのね?」
「セラフィには言わないでくれ。気に病まれると困る」
テルミは「気に病むべきことに思いますけどね」と言ったが、クルックスは不要だと首を横に振った。
「俺は誰も恨まない。かなり痛い勉強代と引き替えに学習したところだ。──とまぁ、そういうワケで市街に帰れずここにいる。今はお父様の指示待ちだ。それもお忘れでなければ、だが……」
「では、クルックスと一緒にいればお父様に会えるかもしれませんね」
「待て。孤児院はどうした」
テルミは普段、医療教会上層にある孤児院で生活している。孤児院というくらいなのでホグワーツ同様の集団生活を行っているハズだった。そもそもここにいてもよいのか。クルックスがそう訊ねると彼女は肩をすくめた。
「今日はもうベッドに入るだけですもの。夢を見るなら、夢にいても一緒ですよ」
「そういうものか?」
クルックスはひどく退屈していたのでテルミが話し相手になってくれるのならば、とても嬉しいものだった。
湯を沸かし、お茶を淹れて席に戻って来るとテーブルにはクッキーが置いてあった。
「たまには甘い物を食べてくださいね。血酒ばかりではいけませんよ」
「ああ。甘さならばこちらの方が俺は好きだ。血酒は嗜好品だろう。狩りで使うことを除けば『一年間お疲れさま会』で飲むくらいがちょうどいい。つまりは一年に一度だな」
「ええ、そうしてください。はい、あーん」
「むむ。ひとりで食べられる」
「ご存じなかったかしら? わたし、貴方のお世話するのが大好きなの」
テルミはクスクスと小さく笑い、クッキーでクルックスの頬をつついた。
「それは知らなかったな。いつもからかっているのかと」
「まぁ、ひどい誤解をしていたのね」
クッキーは、バニラの味がした。
ヤーナムではあり得ない味だ。
魔法界で買った物なのだろう。
「甘いな。美味しい」
「お好き?」
「ああ。……好き。それは好ましいという感情だ。学びつつある」
「素晴らしいわ。では『美味しい』と『好き』は何が違うの?」
「……? 『味がよい』と『嗜好する』だ。比べるものか?」
「『美味しい』ことを『好き』という言葉で語ることもありますからクルックスはどちらなのかしらと思ったのですよ。ちゃんと区別がついているのでよいと思います」
「ありがとう。……? ……?」
テルミが手を止めてしまったのでクルックスはクッキーを食べられなくなってしまった。今さら手を伸ばしてよいものかどうか迷っているとお茶があることを思い出した。
気付くとテルミはテーブルに頬杖をついてニコニコと笑っていた。
「好きに食べていいのよ? 可愛いですね」
「可愛い。それは、まだよく分からない感覚だ。可愛いは『小さい』? いいや、何かが違うようだ」
「ええ。違いますね。いつか分かるといいわ」
テルミは、一般的に『可愛い』存在らしい。
ヤーナムの孤児院でどのように言われているのか分からないが、ホグワーツではそうだ。
背が小さく、見目がよく、利発で、優しい。
医療者らしい傲慢を見せない時のテルミは好ましいとクルックスは思っている。
「──小さな狩人様」
控えめなノックが聞こえた。人形の声だった。
クルックスは椅子から立ち上がり、古工房の扉を開いた。
「狩人様からお手紙です」
「いらっしゃったのか? 聞こえなかったな」
「使者達が運んできました」
クルックスは手紙を受け取った。
使い古された趣のある手記の一頁は折りたたまれていた。
テルミが隣にやって来てぴょんぴょん跳ねた。──こういう時に強く感じることだが、成長しない彼女のことをクルックスは悲しく思った。
「なんて書いてあるのかしら?」
テルミが見えるように手記を彼女の目の高さに合わせて開いた。
父たる狩人の几帳面で細かい字で書いてあったのは、思いがけない場所のことだった。
人形から手紙を受領し、旧市街へ向かえ。ガトリングが設置された時計塔に古狩人デュラがいる。既知のことだと思うが、旧市街の獣には手を出すな。誓約に則り、殺すくらいならば死にたまえ。夜を避け、血酒を惜しむことなかれ。幸運を祈る。
全てを読むとテルミは瞳を輝かせた。
「旧市街ですって!」
「……夜に行きたい場所ではないな」
「クルックス、あとでどんなところだったか教えてね?」
「ああ。ところで夜明けまであと何時間だろうか?」
「あと六時間ほどですね。クルックスが頑張っているのですからわたしも頑張らないといけませんね。それにしてもお手紙なんて。……お父様、ひょっとしてわたしが夢にいることが分かったのかしら?」
クルックスは無言で懐中時計の鎖を手繰り、時刻を確認した。
■ ■ ■
時計の針が、夜明けの時間を差す。
狩人の夢の景色は、朝夕で変わることはない。いつも白銀の大きな月が色白に世界を照らしているのだ。
けれど今日は、すこしだけ異なる。クルックスには光を失っているように見えた墓碑が、ぼんやりとした明かりを取り戻した。
「人形ちゃん。デュラさんへの手紙を」
クルックスは、人形が両手で差し出した手紙を受け取った。
墓碑へ向かおうとした足を止めた理由について、クルックスはうまく説明できない。
気付けば、手紙の宛名を指で擦り、尋ねていた。
「──人形ちゃんは、デュラという狩人を知っているのか?」
人形は、一度だけ頷いた。
「はい」
彼女は立ち上がり、狩人の夢に広がる墓碑へ視線を流した。
「……過去、多くの狩人様がこの悪夢を訪れました。ここにある墓石は、すべて彼らの……名残です。デュラ様もその一人。いつの夜からか『旧市街のデュラ』と呼ばれ、幾人かの狩人様がお世話になったと聞いています」
そういうものか、とクルックスは何度か頷いた。
いつもならば、会話の終わりに思えたが、今日は人形もすこしだけ異なるようだ。
彼女は球体関節を静かに軋ませて両手を組んだ。祈るように。
「この夢は……かの狩人様にとって有意な目覚めとなったのでしょうか。それを確かめる術は、私にはありませんが……。狩人様がお話くださったので、私は今も生きていらっしゃることを知っているのです……」
「そうか。……その疑問ならば、俺が聞いてみよう。有意な目覚めだったのかと。俺も気になるのだ。夜を越えた狩人の話を知りたい」
「旧市街へ向かうならば、ゲールマン様のお言葉が役立つこともあるのでしょうか。──『獣の病が蔓延し、棄てられ焼かれた廃墟、獣の街である』と」
「ありがとう」
クルックスは、墓碑に手をかざした。
姿が揺らぎ、瞬きの間に消えた。まるで夢であったかのように。
──ゲールマンとは、誰のことだろうか。
ふと人形の言ったことが気がかりに思えたが、ヤーナムで初めての場所へ向かう緊張がやがて忘れさせた。
旧市街へ向かうということは、クルックスにとって狩人から託された重要な任務でもあったからだ。
■ ■ ■
ヤーナム旧市街とは。
かつて狩人の助言者であったゲールマンが語り、人形が言葉を後世へ継いだように『見捨てられた』街である。
多くの人々に見捨てられたのだ。それは現在の市街に住む住民から、あるいは医療教会の医療者に。そして、狩人に。
けれど「見捨てるほかなかったのだ」と旧市街の悲劇を知る多くの狩人は言う。
「聞いたことがあるだろうな。──灰血病だ」
クルックスに『灰血病』という言葉を教えてくれたのは、連盟員であり古狩人でもあるヘンリックだった。
「ヤーナムに病などありふれているが、なかでも灰血病は奇妙な病だった」
どのように奇妙なのか。
そのことについて質問はできなかったが、病名から異常の程度はうかがい知れた。
(血液が灰色になる病が流行し、赤い月が昇った。そして、人々は獣となり、医療教会に見捨てられ、浄化のため火が放たれた──とか)
旧市街にまつわるこれらの言葉は狩人達の噂を総合し、時系列はクルックスが考えたものだ。
恐らく旧市街で起きたであろう事実だけは、真実からそう遠くないものを推測できたと思っている。
とはいえ「なぜ、そんなことが起きたのか」を考えた場合、クルックスもさっぱり分からない。ただし要因はいくつか思いつく。自然発生説というありきたりなものから、ヤーナムの外からやって来た病み人が灰血病を持ち込んだ説という人の往来に焦点を当ててみたもの。狩人の目線では、ヤーナムの地下にある神の墓地の不吉が地上に現れた説も捨てがたい。
クルックスが最も有力だと思っているのは医療教会が病を撒いた説だが、このヤーナムにおいて迂闊に言うべきものではないため、この想像については彼が誰かの面前で話すことは当分ないだろう。
クルックスが現実で目覚めた時、目を閉じても開いても真っ暗な場所にいた。
空気の淀み具合から石造りの建物の地下室だと分かった。
腰のベルトに付けた携帯ランプに火を灯し、ついでに杖を出した。
「ルーモス 光よ」
白い光がぼんやりと周囲の暗がりを照らしていく。
床一面に転がっているのはテーブルや壺、そして、獣除けの香炉だった。どれもどこかが欠け、壊れている。厚い埃が被っている様子を見るとうち捨てられて長い時間の経っていることが分かった。
「…………」
やがて杖先の光のなかで細かな埃が動いていることに気付いた。
密室に思える地下の空間には、風が吹いていた。
壁伝いに風が吹いてくる場所を探していると壁と見紛う扉があった。明かりを持っていても注意深く見回していなければ見落とすこともあるだろう。そんな扉だ。
固く閉ざされた扉には、張り紙が貼ってあった。
曰く「これより先、旧市街。獣狩り不要、引き返せ」
扉を開けば、必ず知らせの紙を破くことになる。
クルックスは、ためらうことなく扉に手を掛けた。
■ ■ ■
扉の先は、旧市街だった。
空気は煤け、息をする度に喉の奥に燃え滓となった塵が張りつくような感覚があった。
強い風が吹けば白い灰が、クルックスの黒い狩人の装束をまばらに汚した。
血除けマスクを鼻まで上げて、クルックスは歩き出した。
斧は持っているが銃は腰のベルトに差したままだ。
旧市街の時計塔は、市街からも見える場所にある。そのため、道に迷うことはないだろうと思えた。
道中の問題は、一つ。
(……獣の気配がする)
それは燃え損なった家屋から。仕掛け武器を満足に振るえないような細い路地から。
旧市街は医療教会が放った炎により獣を浄化したと言い伝えられているが、全てが焼け野原になったワケではないようだった。市街から見下ろした時の印象よりも石造りの建物群は獣の隠れ家として機能する程度に焼け残っている。
明るいうちは獣の動きが鈍い。
日の光は、獣の目にとって強すぎるものらしい。
よって日の当たる明るい場所を歩いていれば、比較的安全に行けるだろう。狩人の夜を避けろとの助言の意味はこういうことだったのだ。
クルックスは、時計塔を目指し歩き出した。
だが、足取りは鈍い。
(──なにか。妙な匂いがする──)
クルックスは、足を止めた。
厳密には『匂い』ではない。正しくは気配と換言すべきだが、狩人の直感というものは五感に訴えてくる感覚なので彼は『匂い』と呼んでいた。
そして、異変をクルックスは見つけた。
地面や石畳において。
灰は厚く降り積もっていたが、ところどころ欠けていた。
獣の足跡ではない。まるで誰か、人間が、歩いた跡のように。
クルックスは、咄嗟に瓦礫の陰に飛び込んだ。
彼方から立て続けに射出されたガトリングの弾丸が礫に弾かれて耳障りな高音を市街に響かせた。
「ッ──! おい! 俺は使者だ! 貴公、デュラか!?」
答えの代わり頭上に振ってきたのは、火炎瓶だった。
即座に斧で顔を隠し転がる。
目を保護したが、同時に視界を防ぐ悪手でもあった。
(しまった!)
手持ちガトリングの斉射が身を掠める。クルックスは短銃を抜いた。
ガトリングの重い銃身が正確に自分を捉える前に一発。
賭けとなった一発は、ガトリングを持つ狩人の腕に命中した。
「グッ! くそっ」
狩人がガトリングを離し身軽になった。そして右手で持っていたノコギリ槍を変形させ長柄の槍とした。
殺すつもりならばここで距離を詰めてトドメを計るが、クルックスは地面に転がりながら装束に燃え移った火を消し、立ち上がった。
「待て! 俺は戦うつもりはない! 月の香りの狩人の使者だ!」
「月の香り? ──なおさら生かしておけないな。また獣狩りの夜が来るのだろう!」
「獣狩りの夜? 待て違う、何か、何かを誤解して……いや、デュラさんは──」
そういえば隻眼だと聞いたことがある。
対峙する狩人には一対の目玉がある。煤けた装束をまとう狩人だ。──デュラではない。
敵対する狩人に銃を向けたままクルックスは叫んだ。
「誤解を解かなければ……! おい、デュラさんに会わせてくれ!」
──このまま旧市街の時計塔まで逃げるか。
案が閃いたが、追いつかれる可能性の方が高そうだ。
どうにかしてこの煤けた装束の狩人から逃れて、あるいは、無効化する必要がある。
じりじりと円を描くように互いに距離を測った。
「デュラさんはお前なんかに会わない。もはや、この旧市街に狩人の言葉は不要なのだ!」
彼が踏み込むと同時にクルックスは獣狩りの斧の仕掛けを展開した。それは長柄の斧となり、遠心力を利用し斧頭で彼の胴を凪いだ。
「なんのっ!」
斧の特徴である重い一撃は、ノコギリ槍に受け止められた。
殺さずに彼を止めることは難しい。ゆえにクルックスは、仕掛け武器の破壊を目論んだ。ノコギリ鉈とノコギリ槍におけるノコギリ刃は、折りたたみ式の構造となっている。その構造上、可動部である蝶番に脆弱性がある。だからこそノコギリ系を扱う狩人は可動部の手入れを特に怠るべきではないのだ。そして最も重要なことだが仕掛け武器は、防具にはなり得ない。
曲がるべきではない方向に力を加えられたノコギリ槍の蝶番が嫌な音を立てた。
(もう一撃!)
斧を握り、気の逸るクルックスの頬を煤けた装束の狩人が殴りつけた。ぐわんと頭が揺れた。視界が嫌な明滅をして天地が不明になる。一瞬の不覚だが、狩人にとっては命取りだった。
「がっ……!」
地面に転がる。
煤けた装束の狩人とはすでに至近距離。
覆い被さるように煤けた装束の狩人が迫る。長柄でノコギリを受け止めたが、押し切られて顔面を割られるのは時間の問題だ。
「血に酔っているのか!? デュラの仲間だろう、貴公!」
「うるさい! 市街の狩人は死ね! さっさと死ね! オレがやるんだっ、オレが、オレが!」
押し返しきれないノコギリの刃がクルックスの頬を刺した。
力は互角だが体格の不利は、状況を傾けつつある。
クルックスは、夢に戻ることも検討するべき事態であることを理解していた。だが状況は、狩人のルーンに集中するどころか銃を抜いて頭を撃ち抜く隙さえない。
ノコギリ刃を押し返す両腕が限界を訴えた。そんな時だ。
「貴公ら、両者動くな! 散弾銃が二丁、お前達を狙っている! 水銀弾を食いたくなければ、武器を手放せ! 両手を挙げろ!」
渋い声にしては、よく響き、よく通る声だった。
クルックスは、屋上から見下ろす二人の狩人を見た。
一人は灰色の装束、もう一人は煤けた装束だった。
灰色の装束をまとう狩人は隻眼だった。
「あれが……旧市街のデュラ」
深い皺が刻まれた初老にさしかかろうという男の狩人がいた。
クルックスに馬乗りになっている狩人が声を上げた。
「デュラさん、でも、コイツは月の香りの狩人だ! 殺しておかないと、また獣狩りの夜が来る!」
狩人が叫び、屋上を見上げた。
クルックスは、屋上の二人が大きく目を見開くのを見た。
そして。
「お前……還って、きたのか?」
不可解なことを言った煤けた装束の狩人の隣で灰狼が深く帽子を被り直した。
彼が、強く唇を噛んでいた様子がクルックスには印象深く見えた。
旧市街の灰狼(上)
クルックス、語る
三日かけてレオーに殺されたことをさらっと話せるようになりました。けれどテルミだから話せたのだと思います。これがセラフィならば口を開くのにも気を遣ったことでしょうしネフライトならば「カインハーストってホントくず」と言って「そこまで言ってないだろう!」という喧嘩になるのでテルミが来て良かったのかもしれません。
それはそれとして。クルックスにとって平時の会話相手SSRはネフライトです。同性で賢い彼は話しやすいからです。
灰狼ことデュラ
クルックスは名前だけはたくさん狩人から聞いていました。実際に会うのは初めてです。
ガトリング銃はクルックスも得意な得物です。重量があり射撃後の砲身を冷ますクールダウン時間があるため、素早い敵の場合、方向転換について行けないことを知っていました。バジリスク戦闘の時のように的がデカい場合には、かなり有効です。
それはそれとして。ガトリングが3丁あればマリア様完封できるという動画を見てガトリングすご……となりました。(攻撃があたると敵に怯みが発生するため、協力プレイで同装備をする場合、敵に攻撃の機会を与えさせないプレイが出来るというもの)
テルミぃ
食べて、食べて。クルックスに差し出すテルミは、給餌のように食べさせています。いっぱい食べる君が好きの精神。
筆者のイメージには寺山修司氏の『- 人形劇 狂人教育 -』のなかのひとつ「ミルク ミルク ミルクをおのみ」から始まる詩がモチーフのひとつにあります。
それはそれとして。テルミのクッキーはステータス上限を引き上げる物です。ELDENRING(エルデンリング:フロム・ソフトウェアの最新作)においてアイテム消費でほぼ全てのステータス上限を引き上げるルーン(Bloodborneだと盟約、他ゲームだと装備アビリティ的なモノかな?)が実装されていますが、合法的にステータス上限が上がると低レベルでも万能感がスゴい。何だかスゴい。これには不敗がなんぼのものよ、という気分になります。要するに、こ、壊れてやがる……。
ご感想お待ちしています(交信ポーズ)