甘き夜明けよ、来たれ   作:ノノギギ騎士団

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テルミ・コーラス=ビルゲンワースの手記
──わたしは、お父様がお休みになる時の子守唄。
──でもこれは、人形ちゃんの役割なのかしら。
──わたしに星の徴は要らないのに。



組分け儀式と秘匿

 

 ミネルバ・マクゴナガル。

 そう名乗った者は、背が高く、エメラルド色のローブを羽織る黒髪の魔女であった。

 

「ホグワーツ入学おめでとう」

 

 幻覚でなければ彼女は、かすかに笑った。大広間前、石畳のホールでそのように挨拶した彼女は説明を続けた。

 クルックスの聞くところ、席に着く前に所属する寮を決めるのだという。言動が寮の評価になる、という点は重要なことだとは思わなかった。四寮のどこに振り分けられようと狩人であるクルックスにとって仮初めの色分けに過ぎない。

 けれども。

 彼は辺りを見回した。『人生の重要な転換地にいる』と思い詰めた顔が多いことには驚く。一方で涼しい顔をしている者もいる。ドラコ・マルフォイなど典型であった。

 

「いったいどうやって寮を決めるんだろう?」

 

 ハリーが頬にそばかすの浮いた赤毛の男の子に尋ねた。

 彼は鼻先の汚れを気にしながら言った。

 

「フレッドは、トロールと取っ組み合いさせられるとか言っていたけど」

 

「それって本当?」

 

 途方にくれるハリー・ポッターのそばでは、ハーマイオニー・グレンジャーがどの呪文が試験に出るのだろうかと覚えた全部の呪文について早口で呟いている。彼女の周囲に立っている他の生徒はとても落ち着いてはいられないようだった。

 

「…………」

 

 力で解決できる問題であれば大いにありがたいと思えるクルックスだったが、平穏な生活をしてきた彼らに課すには試練として適切な規模ではないだろう。恐らく、試験とは血液検査だ。ヤーナム基準の思考では、その程度が適当に思えた。血質が低いからと自棄を起こす者がいないことを祈るばかりだ。

 

「クルックス」

 

 そっと隣にやって来て名前を呼ぶのはセラフィだった。

 

「テルミから伝言だよ。──『ビルゲンワースの名を呼ばれたら振り返れ』だって」

 

「え? どういう意味だ」

 

「さあ。だが、意味はあるんだろうね」

 

 ──ヤーナムの地名を知る者と学舎ビルゲンワースの名を知る者。果たしてどちらが多いのでしょう。

 ある時、狩人の夢でテルミが呟いた疑問だ。クルックスは「ヤーナムだ」と答えた覚えがあるが、彼女はそうは思わなかったようだ。そういえば、ホグワーツの歴史を眺めていた彼女は『ビルゲンワースの息吹は失われていないのでは? まだヤーナムの外のどこかにあるのかも』と言っていたことを思い出した。

 実際のところ彼はホグワーツ城を見るまでは「まさか」と半笑いをしていた。しかし、ヤーナムより古そうな城を見れば考えも改まるものだった。もっとも、彼の危惧とはヤーナムに脈打つ幾分かの思想が、魔法すなわち外来の神秘によりもたらされたものだったのではないか、というものであったが。

 

 さて。

 テルミからの協力依頼で彼女の立場が明らかになった。

 もともとはネフライトが自主的な課題として設定した『外界の神秘探索』に、テルミも乗ることにしたらしい。

 同胞の仲が良いのは良いことである。クルックスも協力を惜しまない心算だ。だからこそ、彼女の出方も気になる。

 

「それで貴公は?」

 

「僕はアンナリーゼ様へ外の話を持ち帰ることを約定としている。楽しげな話だ。阻む道理はないね」

 

 準備のため姿を消していたマクゴナガル先生が戻ってきた。彼女が羊皮紙を巻き取る乾いた音がいやに大きく聞こえた。

 

「さあ。行きますよ。組分け儀式が間もなく始まります。列になってついて来てください」

 

 緊張も最高潮の生徒の何人かは顔色を悪くしている。顔を見合わせ、お互いを先に行かせようと無言の小競り合いも起きた。

 順番が来たのでクルックスも列に加わった。

 背後に誰かがいる感覚に慣れず、振り返って殴りたくなったり、突然ローリングしたくなる衝動を抑えることに苦労した。テルミから鎮静剤をもらって予め服用しておくべきだったかもしれない。

 

 大理石の二重扉を抜けると大広間だった。四寮の長テーブルには多くの生徒が座っていた。その先、広間の上座には先生達が座る長テーブルがある。

 ヤーナムで近しい建造物と言えば、とある頭骨を祀っているヤーナム大聖堂だった。だが、天井だけは似つかない。ビロードのような黒い空に星が点々と光っていた。

 

(吹き抜け? いいや、違う、神秘──魔法か)

 

 クルックスは感心した。きっと父たる狩人も感嘆の声を上げるに違いない。目映い星のごとき美しい光景だった。

 

「──本当の空に見えるように魔法がかけているの。『ホグワーツの歴史』に書いてあったわ」

 

 後方の列から、ハーマイオニーがそう言うのが聞こえた。へえ。心のうちで呟いてみる。

 ぞろぞろと長テーブルの間を進む生徒達は、学生と先生の席の間に置かれた椅子を前にして止まった。

 椅子の上には、古びたとんがり帽子が置いてあった。

 

「檻」

 

 ネフライトが、小さく呟いたのが聞こえた。

 彼には何が見えているのだろうか。低啓蒙のクルックスには分からない。

 帽子がピクピクと動いた。これは、一般的に驚くべきことであったらしい。

 

 つばの縁の破れ目が、口のように動く。そして、それは歌い出した。

 

 歌った内容は、組分けされる寮のことだった。

 グリフィンドールは、勇猛果敢。

 ハッフルパフは、忍耐強い。

 レイブンクローは、機知と学び。

 スリザリンは、狡猾。

 

 自らを考える帽子と歌った組分け帽子に各寮から拍手が注がれた。

 再び静かになったところでマクゴナガル先生が羊皮紙を広げた。

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、前へ」

 

 アルファベット順であれば、最も早いのはテルミだ。コーラス(C)をとるか、ビルゲンワース(B)をとるか。どちらにしてもアルファベットの並びでは二番目か三番目だ。早いだろう。次は、クルックスだ。八番目のハント(H)。そして、ネフライトは十三番目のメンシス(M)。最後のセラフィは十四番目のナイト(N)だ。

 

「ハンナ、アボット」

 

 最初に呼ばれたのは金髪のおさげの少女だった。緊張で張りつめており、顔は耳まで真っ赤に染めている。

 彼女は促されて椅子に座ると帽子を被せられた。サイズはぶかぶかで目が隠れている。

 沈黙は一瞬だった。

 

「ハッフルパフ!」

 

 帽子が叫ぶと右側のテーブルから歓声と拍手が挙がり、少女は転がるようにハッフルパフのテーブルに着いた。

 

(なるほど。このような仕組みか)

 

 恐らく、あの喋る帽子には頭の中を覗く機能があるのだろう。とても賢い帽子かもしれない。ともあれ、狩人としてやるべきことは無さそうだ。クルックスは想像以上に楽な儀式であることが分かり、肩の力を抜いた。儀式と聞くと聖杯のことばかり考えてしまっていけない。

 

 次の生徒は「ボーンズ、スーザン」、ハッフルパフになった。次は「ブート、テリー」、レイブンクローだ。その次は「ブルストロード、ミリセント」はスリザリン。アルファベットのBが続いていた。

 

 組分けが何人が続くと妙なことに気付いた。

 ひとりひとり、組分けにかかる時間が違うのだ。適性を読み取り、判断を下すのに時間がかかるのだろう。

 

「コーラス=ビルゲンワース、テルミ」

 

 ネフライトとセラフィが素早く振り返る。ほんの一瞬遅れて、クルックスも振り返った。その視線の先は、四寮のテーブルだった。誰も驚いた顔をしていない。顔を正面に戻しながら、セラフィと目配せする。彼女はわずかに伏せることで同じく成果が無かったことを示した。

 

 ビルゲンワースの名を聞いて反応する生徒はいなかった。やはりテルミの考えは杞憂だ。クルックスは、胸をなで下ろしたい気分になっている。

 ヤーナムの民でさえ忘れ去ろうとしている学舎ビルゲンワースのことを外の若者が知っているハズがなかったのだ。

 

 組分け帽子を被ったテルミは口元しか見えない。

 ネフライトは集中して彼女の唇の動きを見ていた。

 

 ──わたしに相応しいところはどこかしら。

 ──永久の揺籃。我が故郷。ヤーナム。

 ──仮のものとて、その礎に相応しい場所へ。

 

 彼女の囁きを理解した瞬間、名状しがたい感情が胸の内に発生する感覚を覚えて困惑した。

 願いは帽子に届いたのか。それとも適性で判断されたのか。

 

「ハッフルパフ!」

 

 帽子がそのように叫んだので、テルミは帽子を外されると小走りで寮のテーブルに着いた。

 

(意外だ。てっきりスリザリンかと思い込んでいた。けれど。まあ……テルミの場合、忍耐は重要だからな)

 

 四仔のなかで彼女だけは、日常的に仕掛け武器を触る環境にいない。

 聖杯の中ではルドウイークの聖剣を振り回し、お父様が大事にしている火炎放射器で浄化をもたらす生粋の狩人でありながら、現実では守られる立場に甘んじなければならない。彼女は誰よりも慎重で心の抑圧に耐性があるのだろう。

 

 マクゴナガル先生は次々と名前を読み上げた。

 フィンチ-フレッチリー、ジャスティン。──ハッフルパフ。

 フィネガン・シェーマス──グリフィンドール。

 

「グレンジャー、ハーマイオニー」

 

 コンパートメントで一緒だった生徒だ。

 彼女は待ちきれないようにワクワクした顔で椅子に座った。

 

「グリフィンドール!」

 

 クルックスは心の中で「めでたいな」と思った。彼女の願いは叶ったようだ。

 隣のセラフィがブーツの爪先で靴を小突いた。まるで他人事のように──実際、他人であるが──組分け儀式を見ていたクルックスだったが、彼女のおかげで思い出した。そろそろ自分が呼ばれる番ではないか?

 

「ハント、クルックス」

 

 歩き出したクルックスは、手足が遠くにあるように感じられた。どうやら多くの人に見つめられる環境で自分も緊張しているようだ。

 椅子に座ると帽子を被せられた。それは、わずかに汗に湿りかび臭い。

 

(知っているかどうか知らんが。俺は狩人。クルックス。狩りの成就の果て、黄昏のヤーナムに真なる夜明けを迎えるために在る。──さあ、相応しい寮を選びたまえよ)

 

 帽子は、クルックスの頭上で「ふぅむ」と唸った。

 

「ほほぅ。珍しい生徒が紛れ込んだものだね。なるほど。なるほど。……君には素質がある。明かす者ならば──グリフィンドール!」

 

「──、…………」

 

 ひとつ息を吐き出した。

 帽子を取り上げられると同時に立ち上がり、拍手しているテーブルに向かう。

 順番を待っているネフライトとセラフィから一度だけ視線を送られた。

 マクゴナガル先生が、次の生徒を呼んだ。

 

「ロングボトム、ネビル」

 

 先輩達の祝福を受けながら席に着き、ハーマイオニーの隣で今後こそゆったりと儀式を眺めることができた。

 次は車両で一緒だった男の子だ。

 帽子は判断に時間をかけ、やがて「グリフィンドール」と叫んだ。マクゴナガル先生が何事か彼にだけ聞こえるように言って微笑んだ。あの厳格な女性でもハッキリとそう分かるように笑うのだとクルックスは素直に思った。

 

「マルフォイ、ドラコ」

 

「スリザリン!」

 

 この組分けは興味深かった。帽子が頭に触れるか触れないかという間に帽子が叫んだ。

 

「帽子が慣れている一族の子は、ああなるのさ」

 

 テーブルに着いた上級生が、ハーマイオニーに解説していた。それを聞き、クルックスも「へえ」と呟く。

 

「メンシス、ネフライト」

 

 ネフライトの番だ。彼は浅く椅子にかけると同時に帽子を被せられた。

 帽子の判断は時間がかかった。これまで長く時間をかけたのは、グリフィンドールに配されたハーマイオニー・グレンジャーの約四分間だったが、それを超したと思われた。

 組分けの儀式における最終的な結果だけを見ればネフライトの組分けは、最も時間がかかった組分けになった。あと十秒長ければ彼は組分け困難者、組分けに五分以上かかった新入生の通称である『ハットストール』と言われたことだろう。

 

「レイブンクロー!」

 

 沈黙を破り、とうとう帽子が叫んだ。

 ネフライトは面白くも嬉しくもなさそうな顔でスタスタ歩きレイブンクローの席に着いた。テルミからの依頼も終わったことである。心をメンシス学派に置いてきたネフライトはミコラーシュ主宰──クルックスは会ったことが無いが、父たる狩人曰く「ある種の狂気を乗りこなした天才」──の靴下の色についてなど考えていたのだろう。

 

 それから組分けは進んだ。

 ムーン……ノット……。

 

 そして。

 

「ナイト、セラフィ」

 

 いよいよセラフィの番だ。

 きょうだいのなかで最も人を見る目があるテルミ曰く『最もお父様に近しい』という彼女が、どの寮に入るのか興味を惹かれた。

 すらりと華奢な立ち姿は、人形を思わせた。狩人は、恐らく否定するだろうが、彼女の造形だけは狩人の何らかの意志が込められているとクルックスは思っている。

 

「……、……」

 

 帽子を被せられた彼女は何かを言っている。

 普段表情らしいものを作らない彼女が、微かに笑っているのが見えた。

 

「スリザリン!」

 

 ……あぁ、やはり。

 拍手を受けて彼女が席に着くまでをクルックスは、背伸びをして見ていた。

 その後の組み分けは特に面白みのあることは無かった。

 

 いいや。

 訂正する、ひとつだけあった。

 

 ハリー・ポッター。

 恐らく、今年一番の注目を集めた彼は、スリザリンに大いに迷われた後で。

 

「むしろ、グリフィンドール!」

 

 彼は弾けるように椅子から立ち上がり、グリフィンドールの席へ飛び込んできた。

 上級生が「ポッターをとった!」とはしゃいでいる。

 

(……特別というものか)

 

 クルックスは、人間の『特別さ』というものに興味が無い。

 出自ゆえの特別は、果たしてヤーナムに朝日をもたらしたか? いいや、彼らは上位者の赤子を授かる可能性を血に含んでいるだけだ。

 父がヤーナムに朝陽をもたらしたのは決して折れぬ意志を持ち、全ての遺志を糧としたからだ。重要なことは『生きている』という結果であり、どんな遺志を継ぐかという経過にある。

 

 よって。

 

(これからが何よりも重要だ。具体的には、食事だが)

 

 クルックスは、おざなりな拍手をしながら気持ちは目の前の金色の空皿にあった。

 マクゴナガル先生が羊皮紙をしまった。最後に呼ばれたのは「ザビニ、ブレーズ」という生徒だった。

 全ての組み分けが終了したところで教員テーブルの中央に座する白髭の老人が立ち上がった。

 

 アルバス・ダンブルドア。

 

 入学を知らせる書類に名前があったのでクルックスは彼の名前を知っていた。

 

「おめでとう! ホグワーツ新入生、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい──」

 

 重要な話なのだろう。

 クルックスは、彼を見た。澄んだ青い瞳がよく見えた。

 

「いきますぞ、そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上」

 

「あの人……ちょっぴりおかしくない?」

 

 そばに座ったハリーが監督生のパーシーに聞いた。

 同感である。クルックスも彼を見た。

 

「あの人は天才だ! 世界一の魔法使いさ!」

 

 クルックスは、低啓蒙な自分を恥じた。何を言われているのか理解できなかったのだ。

 いつか使うハズだと啓蒙が溜まるたびに儀式素材を買い込んでばかりだったのがいけない。狩人の夢のなかで、いつも人形ちゃんが動くか動かないかの啓蒙しか持ち合わせない癖はもうやめようと思った。

 

「──けれど、たしかに、すこーしおかしいかな、うん。君、ポテト食べるかい?」

 

 クルックスは、空だと思っていた大皿が食べ物でいっぱいになっていることに気付いた。

 啓蒙は増えなかったが、腹が満たされる予感を得た。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 父たる狩人への報告書は、病的にペンを離さないことがあるネフライトが勝手に書いて提出することだろう。

 だからクルックスは彼に「食文化を充実させましょう」という提案をさせねばなるまいと思っていた。狩人は、主食が海水と輸血液と紅茶のせいで生態が人間離れしてしまっている。これは父として贔屓目に見ても変わらない。狩人にとって、形式がよすがとして重要だと言うのなら、三食とは言わないが固形物を食べてほしい。そして、できればヤーナムの食文化水準を上げてほしい。それが無理ならば、せめて狩人の夢では何か美味しい物が食べたい。人形ちゃんにも頼み込んでみよう。

 

「……んー、まい……」

 

 ポテト。うまい。ビーフ。うまい。フライ。うまい。豆。うまい。ニンジン。うまい。

 結論、素晴らしくうまい。クルックスは、早くも入学の意義を見つけた。

 黙々と食べ続けるクルックスの隣でハーマイオニーが呆れたように見ていた。

 

「そんなにお腹が空いているの? かぼちゃパイ食べていたのに」

 

「そんなに素晴らしいのだ。見ろ、このポテトにかかる、名前が分からない……」

 

「グレービーソースでしょ。何だか初めて食事を見た人みたいね」

 

 ハーマイオニーは、ようやくベーコンに手を付け始めていた。

 それも美味しそうだな、とクルックスは横目で確認した。

 

「俺は黴の生えていそうな堅いパン以外を食べたことがない。……ああ、美味しい。素晴らしい。食事が人を満たすならば、何もかもそれで良かったのに」

 

「それは、その、大変な……家庭なのね」

 

 ああ、そうだ。

 ロクに考えもせずに返答しそうになり、ステーキを齧る口を閉じた。何かあらぬ誤解を招いた気がする。

 

「いいや、円満だ。母はいないが、お父様がいる。何も問題は無い。ただ、食事が貧相なだけだ」

 

「そう。こっちのテーブルで食べたいものがあれば取るけど」

 

「ありがたい。あの骨付き肉を頼む」

 

「ラムチョップよ」

 

「ラムチョップ。甘美な響きじゃあないか……」

 

 目の前のステーキを平らげた後でラムチョップをもらった。

 素晴らしい肉。肉を讃えよ。食べ給え。

 

「ああ、そうだ。君は見事グリフィンドールに入寮した。おめでとう、というべきなのだろう」

 

「ええ、ありがとう。帽子はレイブンクローとずいぶん迷ったみたいけど、グリフィンドールに入ることができて嬉しいわ。あなたは?」

 

「分からないな。だが、適性があると前向きに考えて──」

 

「ワッ!」

 

 近くのテーブルで誰かが騒いだ。ハリー・ポッターの隣に座った赤毛の生徒だった。

 何かと思って見ればゴーストだ。たかがゴースト。油断はできないが、あれらは殺せば死ぬので問題は無い。彼らが奇声を上げて刃物を振り回さない限り、クルックスのノコギリ鉈が刃を向くことはないし、水銀が血と交わることは無いだろう。

 傍から聞こえる会話を聞いていれば、ニコラス・ド・ミムジー=ポーピントン卿と名乗るゴーストは五〇〇年、何も食べていないらしい。

 クルックスは良いことを聞いた、と思う。

 五〇〇年前。ヤーナムがまだ隆盛を保っていた時代に何十年か何百年かは該当するだろう。あとで聞いてみる価値はありそうだ。

 

 多くの皿が空になったところで、間もなくデザートが現れた。

 その中でも興味深いものがあった。氷菓──アイスクリームと言うらしい。

 

「……アイスクリームも知らないのね」

 

「ああ。冷たいのに甘い。素晴らしいな。……。これは、一般的な食べ物なのか?」

 

 ハーマイオニーに疑わしい目で見つめられてクルックスは困った。

 わざと物知らずなフリをしているのではないかと思われているようだ。質問も悪い影響をもたらしたらしい。ますます訝しい顔をされてしまった。

 

「マグルでも買えるという意味ならそう。一般家庭にあるかと言えば、マーケットで買えばあるでしょうね」

 

「マーケット? 市場のことか?」

 

「いえ、コンビニエンスストアとか」

 

「? それは何の店なんだ?」

 

「いろいろな物を売っているのよ。あなた、本当に何も知らないのね」

 

 ばっさりと断言されてしまい、クルックスは唸る。

 同じ年ごろの子供であれば気を害する切れ味だったが、彼は怒りを知らない子だった。

 

「何も無い土地から来たからな。俺が過ごしているのは主に森と庭だったから……まぁ、この話はどうでもいい。それで。なるほど。これは、高価なのか?」

 

「子供の小遣いで買えるわ」

 

「そう……なのか……これが……? ほお……それは、それは……んー……」

 

 ハーマイオニーの疑問を解くよりも、甘味の素晴らしさが全てに勝る。

 ぱくぱく食べているクルックスだったが、周囲は満腹感が勝り始めた。聞こえる会話が多くなり、やがて家族の話になったのだ。

 

「僕は、ハーフなんだ。パパがマグルで、ママは結婚するまで魔女だとは言わなかったんだ。パパはずいぶんドッキリしたみたいだよ」

 

 シェーマスという同じ新入生が言う。クルックスは、エクレアの魅力に憑りつかれていたが、周囲のみんなが笑ったので手を止めた。

 赤毛の生徒──ロンと言うらしい、彼がネビルに話を振った。

 

「僕、ばあちゃんに育てられたんだけど、ばあちゃんが魔女なんだ。でも、僕の家族は、ずーっと、純粋マグルだと思っていたみたい……」

 

 ──二階の窓から落ちたが、ボールのように弾んで魔法使いだと分かった。

 彼のエピソードは興味深いものだった。杖で魔法が使えない幼い魔法使いの場合、そのような神秘が身に起こるのだ。

 

「えと。クルックスは?」

 

 たまたま目が合ったので、話題が振られた。

 クルックスはちょうどエクレアを一口サイズにナイフで切り分けている作業中だった。

 

「……。お父様が魔法使いの血を引いている。母はどうだろうな。いないから分からんな。周りに神秘──魔法を使える人も、少なかったので驚いたな。ああ、気にするな。お父様はお優しいからな」

 

 ネビルが「しまった」という顔をしたので言葉を付け加えた。そんなことよりもクルックスにとっては、エクレアが重要だった。中にクリームが入っていたようだ。皿にこぼしてしまった。スプーンで食べることで解決した。

 

「うーむ。素晴らしい甘味だと思わないか。なんだ。貴公ら、もういっぱいなのか」

 

「さっきからよく食べるね。僕はもう眠くなってきたよ」

 

 ハリーが皿を遠ざけながら言った。

 何人かの生徒も同じ状態のようだった。

 

「ふむ。そういうものか……」

 

 そういえば食べ過ぎるのは良くないかもしれない。

 これまでのように聖杯通いをするワケではないから応じた必要量があるだろう。このエクレアで最後だ。クルックスは、食べ終えた。

 

「うん。素晴らしい夕食だった……」

 

 時計を確認する。

 時間帯は、すっかり夜だ。クルックスは偽りの天上を見上げた。遥か遠くヤーナムでも夜だろう。父たる狩人は獣狩りの哨戒を行っているハズだ。『獣狩りの夜』ではなくとも、悲しいかな、夜に蠢くものは絶えず存在する。

 彼らのことを思うと心が痛む。せめて、学業に尽くさなければならないと決心を新たにした。

 やがて、デザートが消え、ダンブルドア先生が再び立ち上がった。広間のざわめきが消えた。

 

「全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言、新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。まず、一年生に注意しておくが、構内にある森に入ってはいけません──」

 

 クルックスは城内の探索を終えてから森へ行くことに決めた。

 禁域の森が普通の森なのか。一般的な森の植生というものを知っておきたかった。また蛇玉はヤーナム特有なのか。連盟の長、ヴァルトールが「他所で見た気はしないがね」と言っていたので気になっていたのだ。

 

 その後の話は『授業の合間に魔法を使うな』や『クィディッチの予選がある』という話だった。クィディッチとは分からないが話を聞くに授業外に行われる余興のようだった。どこかの貴族のように怨霊を狂乱させて遊ぶ類では無さそうなのでクルックスは興味を持てなかった。

 だが、彼が最後に語る事には興味を持った。

 

「とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはならん」

 

 生徒の何人かが小さな笑いを零したが、絶対的な少数派だった。上級生においても神妙な顔をした生徒が多い。どうやら普通の警句ではないようだ。

 

(ふむ。これは。なるほど)

 

 そこに秘されているものは、学校が持っていなければならないもの。しかし、生徒に最悪をもたらすものらしい。

 なぜそんな危険物を、と思わないでもないが必要なことなのだろう。

 

(お父様ならば、どうされるか。いいや……この考えはきっと無駄だな)

 

 明かすも明かさないも自由だ。

 クルックス達は、狩人から意志を委ねられている。

 あらためて判断を仰ぐまでもない。

 だからこそ。

 クルックスは、狩人の生きざまをなぞるだろう。秘されているのならば、明かしてみたい。

 ビルゲンワース最後の学徒、ユリエ曰く、かつて父は秘匿を破り、果てに夜明けを迎えたのだと言う。

 かの偉業に比べれば数段、いや、次元が足りない秘匿だ。それでも、力を尽くすだろう。

 なぜならば。

 

(──俺が、それを見たいのだ)

 

 狩人によく似た銀の瞳は、標的を見据えた。

 




【解説1】
「ハーマイオニーがハットストールになりかけた?」
 四分近くかかったという描写を見て「おや?」と思った方がいらっしゃるかもしれないので、解説します。原作本(『賢者の石』)だとそのような描写は無いのですが(ハーマイオニーが帽子を被ってから決定まで数行程度)、本作においては『ホグワーツ不完全&非確実 Pottermore Presents』の原作者書下ろし『組分け困難者』の項で補足的に記載された内容に基づいて記述しました。ネット上で見つけることができる「ミネルバ・マクゴナガルとピーター・ペティグリューが組分け困難者である」旨の情報は、書籍においては上記本またはホームページPottermoreの記事の訳からの引用と思われます。

【解説2】
 組分け儀式。クルックスの予想に反し、全員がバラけました。
 テルミがハッフルパフに行ったことは、彼女を除く三人が意外に思いました。どちらかといえば彼女は誰かを手の平で転がす役割が好きなので「てっきりスリザリンかと」。同じスリザリンだと思っていたセラフィが一番残念そうです。言葉が拙いというクルックスより、更に壊滅的なコミュニケーション能力しか持ち得ない彼女は、そういった交渉事をテルミにぶん投げようと思っていたので予定は大いに狂いました。
 最も時間のかかった組み分けはネフでした。彼は超常思索のことを考えていて帽子が頭の中を探るのに時間がかかってしまったようです。セラフィが帽子に話しかけていたのは「脳みそはどこにある?」という疑問でした。結局、返答はいただけず寮名を読み上げられただけでした。機会があれば再度問いただすことでしょう。──誰であれ「二度、問うて答えなければ、即座に斬り捨てよ」と先輩の騎士達に命じられているので。
 ティルナノーグ。リップ・ヴァン・ウィンクル。浦島太郎状態のクルックス。聞かねば分からないが、怪訝な顔をされるので、マズイかな……と思い始めました。他のきょうだい達が何と言ってごまかしているのか気になります。
 常識とは、精神性と強く結びつくもの、本で学ぶことは難しい。彼が、ヤーナムで聞けそうな常識は、ヤマムラの日本(1700年代)やヴァルトールのチェコ語圏(1700年代)しかなさそうなことも一因になりました。父たる狩人は、狩人を狩人たらしめている礼節こそあるものの、常識はヤーナム基準なので「やっぱりヤーナム野郎じゃないか!」の誹りを免れない状態です。そのヤーナム自体が、クィレル先生の手記でツラツラ書かれたようにフランス革命はじめとする18世紀の威光が届かなかったので仕方ないですね。
 そんなヤーナムにおいて、ビルゲンワースに残る学徒達は二〇〇年以上かけて、血の医療や上位者、思索の探求を進めましたが、一般生活面のブランクは大きく埋めがたいようです。生態的に食事の必要が無い狩人や輸血液さえあれば死にはしないヤーナム人に合わせ、偏った進歩をしてしまった弊害です。
 さて、そんな狩人は、水盆を通して使者達に仔らの捜索をさせていますが、神秘違いのせいか、辿ることはできてもホグワーツの座標を補足できていません。「おかしいな。この辺のはずだが……?」

【補足】
 ユリエについて。
 地の文にてちょこちょこ話すものの「そもそも誰ですか」という状態の方もいるかもしれませんので、補足させていただきます。ゲームにおいては、ビルゲンワース内で襲ってくる聖歌隊服の女性狩人のことです。
 名は、海外の攻略本曰く「Yurie, the Last Scholar」であり、公式で日本語で書かれた名称は無い(はず。あったら、ごめんなさい。情報求ム)ので「Yurie, the Last Scholar」をユーリエとするかユリエとするか迷いましたが、いろいろな都合を鑑みて本作中においては「ユリエ」とさせていただきます。「Yurie, the Last Scholar」は訳的には「ユリエ、最後の学徒」となります。あるいは「ユリエ、最後の学者」(DeepLを使用した訳)も正しい訳となると思います。
 ただし、攻略サイト及び個人サイト等では「ユーリエ」と表記している場合もあります。海外の氏名については浅学のためどちらが語圏・文化的に正しいのか、筆者は判断できませんが、本作においては上記のように取り扱いますので、よろしくお願いいたします。(念のため)

【あとがき】
恐らく、多くの作者が一番楽しんで書く場面なのですが、この辺りは原作に忠実に書かないといけない場面でもあるので、原作や原作者書下ろしショート・ストーリー集とにらめっこして書いておりました。意外と補足的な情報がショート・ストーリー集に多く、迂闊に書けなかったんですよね。
魔法の杖を買う場面と組分けは、ハリポタ二次の醍醐味でしょう……!
次回より、楽しいホグワーツ生活が始まります。
ご感想お待ちしています(交信ポーズ)
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