麗かな良き日だった
ぽかぽかと窓からさす日差しも暖かく。
「トレーナーさん…」
「テンちゃん?」
「私、桜をみたい」
「そうね、たまには外の空気を吸いに出ましょうか」
テンポイントの車椅子をトレーナーが押して中庭に出ると大輪の桜が咲き誇っている。
桜に手を伸ばそうとテンポイントは立ち上がる
「テンちゃん!治ってないんだよ!」
「今はあんまり痛くないから立てるっちゃ立てるんだ」
「もう、安静にって言われてるんだから」
しばらく桜を眺めた後、テンポイントは倒れた。
「テンちゃん?!テンちゃん?!!」
騒動に気付いて看護師がすっ飛んでくる。
「どうされました?」
「桜をみていたら急に倒れて…」
テンポイントの脈を測った看護師は悟った、寿命だと
「先生が来るまで心臓マッサージお願いできますか?!」
「はい!早く先生を!」
トレーナーの蘇生の甲斐もなく倒れた時点で心停止していた。
まるでただ眠っているだけのように安らかなのに。
医師の告げる死亡確認は耳に入っているのに頭が理解しないようにする。
微笑んでいる遺体はまるで眠っているだけで駆けつけてきたテンポイントの家族が泣き崩れている中、湯灌の説明がなされる。
看護師と遺族とでゆっくりぬるま湯で身を清めている間もまるで現実でない自分との間に隔たりがあるようだ。
身を清め生前の勝負服を着せて病室に横たわる彼女の色は失せて冷たくなっている。
「吉田トレーナー、娘にお化粧していただけませんか」
見覚えのあるニンジンの刺繍が入った小さな巾着袋を母親がトレーナーに手渡す。
「お母さまではなく私でいいんですか?」
「テンちゃんとして最後までそばにいたのはトレーナーさんだものきっと喜ぶと思うんです」
「わかりました、お受けします」
トウショウボーイが自分に勝った証として贈ったアイシャドウ
グリーングラスがテンポイントの誕生日にプレゼントした精一杯背伸びして買ったあろうチーク
クライムカイザーが飽きてテンポイントに押し付けたつけまつげ
何より自分が送った口紅。
どれもあまり使い込まれた形跡がないのはよく知っている。
「テンちゃんは大一番の時しかみんなから貰った化粧品を使わなかったんですよね」
「そうなんです、みんなを近くに感じるって言っていたんですよ」
それもついさっきまでのことのようで脳が追いつかない。
もう血の気の失せた真っ白な肌がテンポイントが生きていないことをこれでもかというほど襲ってくる。
だが吉田は泣かなかった自分がしてやれる最後の手向け。
大切にしていた化粧品を使って施した化粧でテンポイントはまるで生きているように美しく彩られた。
「この化粧品はどうしますか?」
「テンちゃんの棺に入れてあげてください、せっかくみんながくれた思い出だもの…」
「わかりました」
ここからは慌ただしかった、葬儀屋との打ち合わせや詰めかけるマスコミ。
マスコミへの対応は吉田トレーナーのみで行った家族はとてもじゃ無いが人前に出られる精神状況では無い。
これもトレーナーとしてしてやれる最後で最前だった。