死の支配者と猫妖精   作:スクゥーマ

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第1話 ユグドラシル最後の夜

 藤村響(ふじむらひびき)は、仕事を終えて家に帰りつくと、即座に窓際のデスクに腰掛ける。

 

 「時間は、10時30分か。はぁ、待たせちゃってるかな」

 

 机の横にあるラックから専用コンソールとり、自身のニューロンナノインターフェイスに接続すると眼の前に無数のカーソルが現れる。響きは、その中から、「YGGDRASIL」のコンソールをタッチする。

 瞬間、世界が暗転する。

DMMO-RPG・YGGDRASIL(ユグドラシル)。十二年前に開発された国産ゲームで、最盛期はギルドも数千を超え、プレイヤーの数は数万に登るほどのゲームだった。

響が、サービス終了を知ったのは職場で食事をとっている時だった。端末を操作し、メールのチェックをしていると運営からのお知らせというメールが目に入る。

 内容はサービス終了のお知らせと、予定日。短いお礼の文章が書いてあり、ガチャの終了日、ゲーム内有償アイテムの払い戻しについての記載があった。

 湧き上がってくる懐かしい思い出の数々。HN:ヌコネコ・ネッコとして、みんなで広い世界を冒険した。バカをやった。全滅して大事なアイテムを奪われて仲間同士で慰めあった。みんなでネットお花見なんていうこともした。

 一ヶ月後、懐かしい人物からのメールが飛び込んできた。それは、自身が所属するギルド長からのものだった。内容は、

 

 ユグドラシル最後の日に集まりませんか?

 

すぐに返事を送る。行きますと。そして、すぐに上司に有給の申請をだし、受理されたが、前日になってトラブルが発生し、急に現場に行かなくてはいけなくなった。

 

 (遅くなるかもと連絡は入れておいたけど、待っててくれてるかな?) 

 

 目の前に懐かしい風景が飛び込んでくる。黒曜石の輝きを放つ大きな円卓に41の席。豪奢な漆黒のアカデミックガウンを羽織った皮も肉もついていない骸骨、少し離れた席にはコールタールのような黒色のドロドロとした塊がいた。

 死の支配者(オーバーロード)古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)。2体の怪物が、ログインしてきた響、ヌコネコの方に視線を移す。

 

「ヌコネコさん!来てくれたんですね!」

「おおー!おひさです!ヌコネコさん!」

 

 懐かしい二人の声に思わず笑みが溢れる。もちろん現実の肉体がだが。

 

「モモンガさん、ヘロヘロさん。本当にお久しぶりです。ふたりともお元気でしたか?」

「えぇ。おかげさまで」

「私は相変わらずですよ」

「いや、ヘロヘロさん、大丈夫じゃないやつじゃないですか」

 

 かつてと同じやりとりをしながら、円卓に並ぶ椅子の上に座るが、視界とテーブルの高さが被る。

 

「懐かしい視界だな~。少し椅子を引かないと二人が見えづらいですね」

「ははは。ギルド最小クラスなんですから。仕方ないですよ」

 

 ヌコネコの種族は、妖精。その中でも直立歩行をする猫の外見をもった猫妖精(ケット・シー)の系統である。猫妖精は、可愛らしいアバターを作れるとあって、女性人気の高かった種族だ。能力としては、人間種のエルフに近く、筋力が低めだが、敏捷と器用さが非常に高い。ただエルフと違い魔法詠唱者としての適正は低く、主にレンジャーやローグといった斥候系やテイマー系に高い適性がある。

 

「久しぶりに見ましたけど、ヌコネコさんの外見って、ギルドの中で浮いた外見ですよね」

「そうですかねぇ?弐式炎雷さんとかと変わらないように思うんですけど」

「同じ忍者でも、向こうは正統派忍者だけど、キュート系忍者じゃないですか」

 

ヌコネコは、盗賊系の上位クラスであるニンジャ、そこから派生する最上位クラスであるカシンコジのクラスについている。

装備だけでいえば、頭巾、マスク、マフラー、肩当てのついた忍び装束に、忍者刀を2本背中に背負っており忍者らしい格好をしている。しかし、それを着ているのが直立歩行する猫では、THE忍者と呼ばれた弐式炎雷と比べるとどうしても色物感が拭えない。

 

「うーん、ログイン最終日にまさかのアバターへのツッコミを食らうとは思ってみませんでしたよ」

 

 三人が声を出して笑う。やがて、思い出話に花が咲く。ヌコネコの知らないクラン時代やギルド結成初期の話。さらに、お互いに知らない話など。

 

「いやぁ、でも最後にモモンガさんだけじゃなく、ヌコネコさんにも会えて本当に嬉しかったですよ。ふぁ・・・ふぁぁ~」

 

 ヘロヘロから大きなあくび声が聞こえてくる。

 

「あぁ、もうこんな時間か・・・」

 

ヘロヘロの触腕が空中で何かを操作するように動く。コンソールを操作しているようだった。

 

「スイマセン、モモンガさん、ヌコネコさん」

「そうですか。それは残念ですね。・・・本当に楽しい時間はあっという間ですね」

「本当は最後までご一緒したいんですけど、眠すぎて・・・」

「あー、お疲れですしね。すぐにアウトして・・・」

 

 モモンガが途中まで言いかけたとき、ヌコネコが口を開く。

 

「お疲れだっていうのは重々承知なんですけど、今日でサービス終了ですし、どうせなら一緒に最後を迎えましょうよ」

 

 モモンガがヌコネコを見る。

 

「あ~・・・う~ん・・・ほんと、ごめんなさい。残りたいのはやまやまなんですけど、寝落ち寸前でして・・・ふぁ・・・」

「ヌコネコさん、ヘロヘロさんは、お疲れのようですし、引き止めるのも悪いですよ」

「です・・・よね。ヘロヘロさん、引き止めちゃってすいません」

 

 ヌコネコから、ピョコンとゴメンナサイのエモーションアイコンが飛び出す。

 

「いえいえお気になさらず。モモ・・・いや、ギルド長は、残られるんですか?」

「はい。私は、サービス終了の強制ログアウトまで残るつもりです。まだ時間もありますし、もしかするとまたどなたかが戻ってこられるかもしれませんし」

「そうですか・・・でもナザリック地下大墳墓がまだ残っているなんて思ってもいませんでしたよ。モモンガさんがギルド長としてずっと維持してくれていたんですね。」

「っ・・・ナザリックはみんなで作り上げた本拠地ですからね」

「モモンガさん、ヌコネコさん、お疲れ様でした。次にお会いするときは、ユグドラシルⅡだといいですね」

「おっしゃるとおり、そうだと良いですね」

「またどこかでお会いしましょう。最後にお二人に会えて嬉しかったです」

 

 ヘロヘロさんがlogoutしました。

 

画面に表示される文字列になんともいえない寂しさを感じる二人。

 

「行っちゃいましたね」

「そうですね。ヌコネコさん、これからどうします?」

「どうしましょっか?あー、そうだ。ちょっとお願いがあるんですけどいいですか?」

「なんでしょうか?」

「ワールドアイテムの山河社稷図(さんがしゃしょくず)ってあったでしょ?最後だし、あれを装備して一緒に写真撮りたいんですけどいいですか?」

 

 ワールドアイテム、ユグドラシルに200しかない究極のアイテム。アインズ・ウール・ゴウンでは、そのうちの11個を所持している。山河社稷図(さんがしゃしょくず)はその中の一つで、使用者含む相手やそのエリア全体を、全100種類からなる異空間から選んで隔離する効果を持つ巨大な巻物の形状をしたものだ。

 本来、ワールドアイテムを持ち出すにはギルドメンバーの過半数以上の賛成が必要である。皆が集めた宝を個人の勝手で持ち出すことは本来であれば却下されるものだ。

 

「そうですね・・・いいんじゃないですかね。最後ですし、やりたいことやってしまいましょうよ」

 

 モモンガにはもうここに誰も戻ってこないだろうという予感があった。だから、最後の最後に会いにきてくれた仲間である響がやりたいという願いを聞いてやりたかった。

 

「ありがとうございます。じゃぁ、ダッシュでとってきますね!」

「なら、玉座の間で写真撮りましょうよ。結局、あそこは完成したとき以来、ろくに座ることなかったですし、どうせならあそこで最後を迎えたいと思いまして」

「あー、だったら、チャットに玉座の間に居ますって書いておきますね」

 

 ヌコネコが、ギルド共有チャットに『玉座の間にいます』と文字を書き込む。これで誰かがやってきたとしてもすぐに自分たちがどこにいるかがわかるだろう。

 

「ところで、宝物庫のパスワード覚えていますか?」

 

 モモンガが、ワールドアイテムの眠る宝物庫の最奥の扉を開けるためのパスワードを覚えているのかと尋ねる。

 

「あー、それは大丈夫ですよ。実はあそこ、結構、源次郎さんとかと出入りしてたんですよ」

「え?そうだったんですか?」

「整理整頓の手伝いですね。流石にあの量を一人でってしんどいでしょ?」

 

 ですよね。と笑うモモンガに一旦別れを告げ、ヌコネコは、リング・オブ・フアインズ・ウール・ゴウンを起動する。この指輪は、ナザリックの名前のついている場所にならどこにでも回数無制限で転移することができるものだ。

 そして、宝物庫にはこのアイテムがないと行くことが出来ないようになっている。世界が暗転し、視界には、黄金の山が飛び込んでくる。

 

「さて、ちゃちゃっと取ってきますか」

 

忍術『飛翔大凧』を発動し、跳躍する。すると自身の背後に巨大な凧が出現し、それに掴まる。所謂、フライと同じ効果のある忍術である。ヌコネコは、黄金の山々を踏破することなく目的地に到着すると凧から地上へと飛び降りる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」

 

 その言葉に反応し、のっぺりとした扉のような形状をしたのっぺりとした黒い空間に文字が浮かぶ。

 

「えーっと、-かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは汝より離れ去るだろう-と」

 

 黒い壁が消え、薄暗い通路が姿を表す。通路には多種多様な武器が美しくディスプレイされている。ゆっくりと眺めていきたい衝動に駆られるが、それらを無視し一気に最奥へと突き進む。

 最奥へと至る手前、ソファーとテーブルが置かれた部屋へと行き着く。そこには、黄色い軍服を来たNPCがポツンと立っている。

 

「パンドラズ・アクター・・・モモンガさんの作ったNPC。ずっとここで俺たちの宝を守ってくれていたんだな。お疲れ様。ありがとう」

 

 パンドラズ・アクターに向かって背筋を伸ばし敬礼をする。すると、カツンと踵をあわせて鳴らし、右手を帽子に添えて敬礼を返してくる。

 

「へぇ・・・こいつにこんな隠しポーズあったんだ。初めて知ったな・・・」

 

 サービス終了日にわかる新たな事実に妙な感動を覚える。おそらく、多くのNPCたちにもこういった隠し要素があるのだろうと。そして、NPCの挙動のコアとなるAIのプログラムを書き仲間に配布していたメンバーたちの仕事に感動を覚えた。

 

「早く取りに行かないと。指輪はここの机の上に置いてと」

 

ワールドアイテムの保管場所へと続く霊廟へ足を踏み入れる。リング・オブ・アインズウールゴウンを装備、または所持したまま入ると中のアヴァターラたちに襲われるという罠。これは、ここの製作者であるモモンガはおろかギルドメンバーであっても攻撃の対象となる。数年前にうっかり装備したまま入って酷い目にあった記憶が蘇る。

 

「みんなの装備の保管所か・・・霊廟って、モモンガさんやっぱセンス悪いな」

 

 仲間の装備品を保管する場所を『宝物殿最奥部』から『霊廟』へと改称したモモンガのセンスに苦笑すると同時に、そう名付けた気持もなんとはなく理解できた。

 

「みんなと最後まで一緒にバカやってたかったなぁ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿だよなぁ・・・うわ、恥ずかしい」

 

アルベドの設定を『ちなみにビッチである。』から『モモンガを愛している。』と変更し恥ずかしさに悶絶していると、<伝言>(メッセージ)が飛んでくる。

 

『モモンガさん!真なる無(ギンヌンガガプ)が無いんですけど!!』

 

 応答した瞬間、ヌコネコの焦ったような声が飛んでくる。彼は真なる無がアルベドに装備されていることを知らない。だからこそ驚いてわざわざ巻物(スクロール)特殊技術(スキル)で使用してまで連絡をとってきたのだ。

 

「あぁ、それなら玉座の間のアルベドが装備していますよ」

『え・・・?それって、誰かが勝手に持ち出したってことですか?』

「でしょうね。まぁ、いいじゃないですか。アルベドに装備させた仲間の気持ちも汲みましょうよ」

『わかりました。じゃぁ、急いで戻りますね』

 

 そう言うと<伝言>(メッセージ)が切れる。やがて、正面の扉が開き、巨大な巻物を腰に装備したヌコネコが、玉座に向かって小走りで駆け寄ってくる。

 

「お待たせしました!あれ?セバスとプレアデス?連れてきたんですか?」

「えぇ。最後ですし、私達二人だけでは、ここは広すぎますしね」

 

 100人はゆうに入ることが可能な巨大な空間にプレイヤーは二人だけである。アインズ・ウール・ゴウンの最後を見届けるにはあまりにも寂しすぎる。

 

「そういや、モモンガさん、装備変更したんですね。それにギルド武器ですか?」

「最後ですからふさわしい装備に変えたんですよ。ギルド武器も使うことはなかったですし、最後くらい装備してみようかなって」

「いいですね!それじゃ、記念撮影しますよ」

 

 アイテムボックスから、カメラを取り出し自動撮影モードにして記念撮影を開始する。

 

「共有と」

 

 コンソールを操作し、カメラの中のデータをモモンガに送信する。

 

「ヌコネコさん。ありがとうございます。いい思い出になりましたよ。ところで、なんで山河社稷図(さんがしゃしょくず)なんですか?ワールドアイテムなら他にもいろいろあったでしょう?」

「え?忍者に巨大巻物は当たり前でしょ!」

 

 モモンガの問いかけに、ヌコネコはさも当然というふうに答えた。

 

「弐式炎雷さんと、これ装備して写真とか結構撮ってたんですよ?めちゃくちゃ似合うでしょ?」

「そんなポーズまで決めなくても・・・でも本当に似合っていますよ」

「でしょ?でしょ?やっぱ忍者には巨大巻物なんですって!」

「めちゃくちゃファンシー忍者ですけどね」

「俺は正統派忍者だよ!?」

「ふっ・・・」

「「あはははははははは」」

 

がらんとした玉座の間に二人の笑い声が寂しく響き渡る。

 

「あと10分もたたずに終わっちゃうんですね」

「えぇ・・・」

 

 二人で、玉座の間に掲げられているギルドメンバーの旗を指差しながら彼らの名を上げていく。

 

「モモンガさん。俺、ユグドラシルをみなさんと一緒にプレイできて本当に幸せでしたよ」

「私もです。みんなと冒険した日々は最高の時間でしたよ」

「ユグドラシルが終わっても、俺と友達でいてくれますか?」

「っ・・・当たり前じゃないですか!私達はずっとアインズ・ウール・ゴウンの仲間、友達ですよ!!」

「ありがとう。モモンガさん」

 

 すっと拳を突き出すヌコネコ。その拳にモモンガは自身の拳をコツンと突き合わせる。

 

23:59:50

 

 二人は視界の隅に映る時計を見る。あと10秒で夢は終わり、現実が始まる。現実の予定に、げんなりしたものを感じながら00:00:00秒最後の瞬間、二人は目を閉じた・・・

 

00:00:01・・・02・・・03・・・04

 

時計が新たな時間を刻み始めた。

 




Withナザリックルートか、Withoutナザリックルートの分かれ目までとなります。

ざっくりヌコネコ・ネッコ

本名:藤村響
HN:ヌコネコ・ネッコ

アインズ・ウール・ゴウンがナザリックを手にれた直後に加入した後期メンバー。
元は別のクランに所属していたがクランマスターとメンバー同士の人間関係が悪くなり、悩んでいたが、SNSで知り合った、特撮ヲタ仲間のたっち・みーに誘われる形でギルドに加入した。
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