死の支配者と猫妖精   作:スクゥーマ

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アイエエエ!? ニンジャ!? ニンジャナンデ!?


第6話 夜襲

 日が落ち闇に包まれ始めた平野を粗末な荷馬車が走っている。

 荷馬車を引くのは、金属性重装鎧を着用した体躯の大きな馬。そして、御者台には、奇怪な仮面と無骨なガントレットをつけたモモンガが座り、手綱を握っている。そのとなりにヌコネコが立ったままの姿勢で周囲を警戒している。荷台には、ペルデン村の生き残りの5人を乗せ、荷馬車のやや後ろをハムスケがついてきている。

 転移魔法を使わず、足手まといである村人たちを伴ったまま陸路を移動しているのには理由がある。それは、モモンガの魔力が限りなく0に近くなっているからに他ならない。

 村人たちの反応や聞き出した情報からアンデッドがこの世界において忌み嫌われている存在であることが理解できた。このまま彼らに黙っているように言ったところで、人の口に戸は立てられないとも言う。

 モモンガは第10位階魔法 <記憶操作(コントロール・アムネジア)>を使い5人の記憶を、自分は最初から仮面とガントレットをつけていたと書き換えたのだ。

 

(ほんの数十秒の改ざんだけでここまで魔力を消費するなんて・・・・・迂闊には使えないな)

 

記憶操作(コントロール・アムネジア)>は、ターゲットを変更することができるサポート魔法だ。この世界では、魔法のテキストフレーバー通りに記憶の閲覧、操作、消去ができる。

 使用頻度の高い魔法の効果はすでに調査済だが、こういった他人の脳内や精神を直接的に弄る魔法の調査はまだ不十分だ。感覚的にそういうことができるという予感はあったが、流石に友人の頭の中を覗いて改竄などはできない。

もし、この魔法をマスターしようと思うなら誰か1人を廃人にするくらいの練習が必要だろう。

 

「馬車って案外スピードでないっすよね。西部劇とかだともっと出てそうなのに」

「そりゃ仕方ないですよ。農作業用の荷馬車だし」

 

 動くたびにギシギシという荷馬車の軋む音と強めの振動が伝わってくる。これ以上速度を出せば、乗り物酔い必至の激しい振動で村人たちが大変なことになるのは目に見えている。それに、その振動で荷馬車が壊れるかもしれない。

 モモンガは、アイテム修復系の魔法を習得していない。マジックアイテム全般は、破壊されないか、自分が無事ならば、破損は自動的に回復する。修復系魔法は、装備が破壊された時の緊急用に使うものだ。

 多くのプレイヤーは、基本的に武器や装備は属性や耐性を考慮し、複数のアイテムを所持している。持っているアイテムが全部破壊される事態は起こることがないし、その前に撤退する。

 修復魔法で直した装備品は耐久度が半分程度で再生されるため、再度破壊されやすくなってしまう。

 アイテム破壊を仕掛けてくる敵が多い場合、パーティーに鍛冶師系に特化した職業の仲間を連れて行く。そうすれば、多少の素材で耐久度の減少など無しに完璧に修復することができる。

 もっとも、破壊されることを心配するのは、聖遺物級の装備までだ。それ以上の装備を破壊されることはモンスター相手ではまずない。

 PvPであっても、アイテム破壊は特殊なクラスにつかない限りは困難を極める。神器級装備で身を固めるモモンガやヌコネコには、ほぼ無用の心配でもある。

 

「おっ、なんか見えてきた!」

「村ですか?」

 

 モモンガが目を凝らすと、遠くの方に村らしきものが見える。

 

「明かり一つも点いてないけど、なんかあったとかそんなんじゃないっすね」

「なら良かった」

 

 モモンガもほっと胸を撫で下ろす。感情が動かされることはほぼないとはいえ、連続して滅んだ村を見学するのは気分のいいものではない。

 

「みなさん、もうすぐカルネ村につきますよ。村は見た限り無事そうです」

 

 モモンガが、肩越しに村人に話しかけると、カルネ村によって欲しいと懇願してきた女性、エヴァ・ハーヴェイが涙ながらに感謝の言葉を二人に述べる。

 

「では、ハーヴェイさん、ボランさんにはカルネ村の皆さんに事情の説明をお願いします。子どもたちと私達は村の入口で待っていますので」

「わかりました」

 

 馬車を村の入口付近で止めると、モモンガは、<永続光(コンティニュアル・ライト)>の効果をもつランタンを男性と女性二人に貸し与える。二人は真っ直ぐに、女性の親族の家だろうに向かいドンドンとドアを叩き、住人と何かを話し始めた。

 

「さて、ここまでは順調に来たけど、ここからが本番ですね」

「そ、そうっすね」

 

ヌコネコの耳が後ろに倒れ、目が泳いでいる。なんとも居心地が悪そうな雰囲気だ。

 

「どうかしましたか?」

「いやな、その大したことじゃない・・・・・いや大したことか? あー、うん。その、なんだ」

「?」

「あれだ。夜の営みの音声を拾っちゃって。聞こうとして聞いてるわけじゃないんすけど」

 

ヌコネコの五感は、モモンガよりも遥かに優れている。さらに、探知系特殊技能(スキル)を発動すれば、その聴力は遠くの微かな音も捉えることができる。

村にある家屋は、どれも粗末な作りをしており、窓は跳ね上げ式の木戸があるだけだ。防音性はそれほど高くないだろう。夜の営みの音は、どれだけ声や音を抑えようとしてもヌコネコにとっては、隣で囁かれているようにはっきりと聞こえてしまう。

 

「まぁ、それは仕方ないじゃないですか」

「仕方ない・・・・・そうっすね! 仕方ないっすね!」

 

 仕方ないと言いつつも、ヌコネコの表情はやはりどこか居心地が悪そうである。

 

「さて、話がついたみたいですよ」

 

 ランプの灯りが二人に向かって近づいてくる。その後ろには、初老の男性が息を切らせながら向かってきていた。

 

 

 

 

 

 エンリ・エモットは遠くでドンドンという扉を激しく叩く音で目を覚ました。こんな時間に誰だろうか? 隣では、幼い妹のネムが目をこすりながら体を起こそうとしていた。耳をすませると、広間の方から、怒ったような父の声がした。ドアを開ける音がした後、父の声に混じって、どこかで聞いたことのある声が聞こえる。

 そんな、嘘だろという父の驚いたような声。嫌な予感がする。エンリはネムの体をギュッと抱きしめる。

 

「エンリ、ネム。服を着替えてすぐに動けるようにするんだ」

「お父さん、どうしたの?」

 

 恐る恐る尋ねると、父は険しい顔のまま言った。

 

「村から逃げることになるかもしれない」

 

 

 

 

 

 モモンガたちは、村の入り口から村長の家の前へと通された。そこには、村長の呼びかけによって多くの村人が集められていた。村人たちの視線は、ハムスケに集中している。村人たちから唾を飲みこむ音や「ひっ」という短い悲鳴のようなものも聞こえる。そんなにハムスケが怖いのだろうかと思っていると、村長らしき初老の男性が村人を代表して話し始める。

 

「モモンガ様、ヌコネコ様、ハムスケ様、まずはエモットの親族を助けて頂いたお礼を言わせてください。ありがとうございます」

「いえ、礼にはおよびません。それよりも、皆さん、ハーヴェイさんからお話は伺っているでしょう?」

 

 村長だけでなく村人たち全員の表情が不安そうなものに変わっていく。彼らは、ペルデン村で起こった悲劇が自分たちの村に起こることを想像したのだ。友人、家族を失うかもしれないという恐怖を。

 

「いつペルデン村を襲った騎士たちがここに来るかわかりません。敵の規模もわからない以上、私達としては、一刻も早くこの村を離れ、エ・ランテルへ避難することを提案いたします」

 

 とりあえずは逃げの一手。自分たちの予測では、この周辺の国家の兵士は、ハムスケが討伐されていないことを考えれば、ハムスケよりもはるかに弱いという可能性の方が高い。ならば、相手が千だろうが万だろうが自分たちの敵ではない。モモンガとヌコネコが警戒しているのは、国家を相手にするという行為である。もしかすると、自分たちと同じようなプレイヤーが、すでに国家についていた場合を想定してのことだ。

 下位のプレイヤーであれば、賭けの要素も出てくるが、1パーティーくらいなら殲滅できるだろう。ワールドアイテムの使用を前提にするならまず負ける要素はない。しかし、戦闘を前提にものを考えるのはアホのすることだ。

 

「ですが、村のものは全部で120人ほどおります。それに、子供や病気の者もおります。全員で移動というのは・・・・・」

「命あっての物種。それに道中は、我々が全力でお守りいたします」

「だけど、あんたら二人と魔獣だけじゃないか!」

 

 モモンガたちの実力知らないものたちからすれば当然の反応だろう。だからこそモモンガは続けて言った。

 

「私の仲間であるハムスケは、ただの魔獣ではありません。森の賢王。それがハムスケのもう一つの名です」

 

 森の賢王―村人たちから、「この魔獣が伝説の」「信じられない」と驚嘆の声を上げる。

 

(森の賢王効果凄いなぁ。もしかしていろんな場所で有効なんじゃないか? これでみんな安心して脱出に賛同してくれるだろう。あとは、移動中に魔力が回復すれば・・・・・)

 

 モモンガが、村人たちを連れてエ・ランテルまでの脱出プランを考えていると、村人の一人が声をあげる。

 

「な、なぁ、あんたら森の賢王を従えているなら、帝国の騎士なんて目じゃないだろ?」

「えっ?」

「そうだ! だったらこの村を守ってくれよ!」

「お願いします! 村を守ってください!」

 

 村人たちが次々に口を開く。森の賢王効果はあまりにも強すぎた。強すぎたがゆえに、村を捨てて逃げるのではなく、森の賢王と共に村を守って欲しいと口々に叫びだす。

 

「い、いやしかしですね・・・・・」

 

 想定外だ。みんな納得して逃げてくれると思っていたのに、逆に立てこもりを提案されるとは思っても見なかった。敵の数も強さもわからないのになんでこんなことを言えるんだと。

 モモンガたちとしては、国家間の争いに関わりたくはない。だが、もはや場の雰囲気としては、逃げるという選択肢は無い状態だ。

 

「森の賢王を従えるあなた方であれば、雇い入れるのに莫大な金銭が必要なこともわかっております! 我々も出せるだけの金銭をお支払い致します! どうか、どうか村を守っていただけないでしょうか?」

 

 村長以下、村人たち全員が両手を地面につけ頭を下げる。

 まずい。物凄くまずい方向に話が進んでしまっている。正直、二人にはここから穏便に村人たちを避難させる方向に話をもっていく話術はない。かと言って、暴力的な手段で彼らを強制避難させるわけにもいかない。

 

「み、みなさん。頭をお上げください。少し仲間と相談してもよろしいですか?」

 

 とりあえず話を一旦中断し、作戦会議を開く。

 

「やべぇ」

「やべぇっすね」

 

 二人は頭を抱える。どうしてもっと上手く誘導できなかったのか。いや、そもそもここの村人は他力本願過ぎやしないか? と。

 

「二人とも何を悩んでいるのでござるか? 人間相手なら負けることは無いと思うのでござるが」

「勝ち負けの話じゃなくてな。帝国の騎士と戦うっていうことは、国家間の問題に関与するっていうことになる」

「そうそう。自動的に俺たちは王国側になっちゃうしな」

「それは、問題なのでござるか?」

 

 ハムスケの疑問にモモンガはふと思う。国家間の争いに首を突っ込むことにはなるが、確実に王国に対して何かしらのメリットを提供できる。生き残りから得た情報によれば、王国と帝国は毎年戦争をしている。国力もそれなりにあると思われる。

 それに、冒険者志望としてギルドに加入する際にメリットがあるはずだ。同じプレイヤーに対しても非道を行う騎士たちを撃退したという噂が流れれば、好感を得られるかもしれない。

 王国で冒険者として働くのであれば、いいことなのではないだろうか? その分、帝国には行くことが出来なくなるだろうが、最悪、この王国、帝国の領地から出ていけばいいだけだ。

 

「ヌコネコさん、村守りません?」

「んぁっ⁉ マジで? 厄介なことにならねぇ?」

「確かに、国家間の問題に関与することになりますけど、王国側にメリットを提供できると思うんです。それに、もし俺たちの他にプレイヤーがいたとしたら、いい宣伝になりませんか? 非道を働く騎士から村を守ったって」

「うぅーん・・・・・」

「最悪この辺から逃げればいいじゃないですか」

 

 そしてモモンガは、考えつく限りのメリット・デメリットをヌコネコに提示し、最終的にメリットの方が大きいと説明する。

 

「おっけ。わかった。ならできるとこまでやるっすかね!」

 

 ヌコネコの承諾を得ると、不安そうに眺めていた村人たちのもとに行き了承の意を伝える。

 

「みなさん、村の防衛は引き受けましょう。ですが、我々の言うことには従っていただきます。よろしいでしょうか?」

「おおおおおっ! ありがとうございます! もちろんです!」

「まず、いつでも逃げられるように準備だけはしていただきます。我々も全力を尽くしますが、万が一は考えていただきたい」

「了解いたしました。すぐに皆に準備をさせます!」

 

 村人たちは口々に感謝の意を述べると急いで自分たちの家へと戻っていく。

 

「ところでさ、騎士たちは何人か生け捕りにしたほうがいいっすよね?」

「捕縛して突き出した方が印象はいいとは思うけど」

「なら、今から夜襲かけてくるわ」

 

 ヌコネコがニヤリと笑う。

 

「このまま村で防衛戦したって、数的に不利っしょ? コッチから仕掛けようぜ!」

 

 ヌコネコの言うように防衛戦をするには人数が足りない。そして防衛に必要な特殊技能もない以上、奇襲で一気に大打撃を与えるのができるのならそれに越したことはない。

 

「それに闇夜に紛れての奇襲は忍者の得意分野っすよ」

 

 忍者や暗殺者のクラスは、不意打ち攻撃に対してダメージボーナスが乗る。特に忍者は、広範囲に攻撃できる忍術や焙烙玉といった専用のマジックアイテムを駆使すればかなりの殲滅力を発揮する。

 なにより、ヌコネコは、アインズ・ウール・ゴウンのPK戦術の一つである奇襲戦において、弐式炎雷と共に真っ先に切り込む役を担ってきた。

 

「シバキ倒せそうなら、シバいてくるし、ダメそうなら情報かき集めてドロンしてくるっすよ」

「でも一人で行くのは・・・・・それに、オレだって<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>を使えば一緒に行けますし」

「MPがいくらか回復したっていっても満タンには程遠いっしょ? 今は回復優先したほうがいいっすよ。それに、ハムスケだけ置いていっても村人はビビるっしょ?」

 

 確かに、村人はハムスケを非常に恐れているように見えた。ハムスケだけを置いていくのは村人に悪印象を与えそうな気がする。

 

「わかりました。でも、ヤバそうだったら無理はしないでくださいね」

「了解! それじゃぁ、連絡用にこれを」

 

 ヌコネコがモモンガに金色の巻貝のついたペンダントを渡し、自分は、銀色の巻貝のついたペンダントを装備する。

 これは、<伝言(メッセージ)>に似た効果を発動することができるマジックアイテムだ。<伝言(メッセージ)>と違い、対になるアイテムを持つもの同士でしか繋げないがその分、探知系魔法、特殊技能(スキル)に対して強い防御効果を持っている。

 

「見つけ次第、連絡いれますね。そいじゃ、よっと! 」

 

 忍術・飛翔大凧を発動するとその姿を夜の闇へと同化させていく。

 ヌコネコの姿が見えなくなると、モモンガはハムスケに指示を出す。

 

「ハムスケは、村の入口付近で敵が来ないか監視。もし敵がきたら、大声で合図を出してくれ」

「了解でござる!」

 

 ハムスケが、村の入口に向かって駆け出していく。

 

「さて、今なら村人の姿も無いし。<中位アンデッド創造>」

 

 モモンガが特殊技能(スキル)を発動すると、苦悶の表情を浮かべる半透明のアンデッド<上位死霊(ハイレイス)>が6体召喚される。

 

「この村を防衛しろ」

 

 命令を下すと、3人ほどの影が混じりあうような異様な姿をしていた上位死霊(ハイレイス)たちが、闇夜に消えていく。

モモンガは、とりあえずの防衛体制を整えると、ヌコネコが飛び去った方向の空を見上げる。

丸い月が村を照らしていた。

 

 

 

 

 

 ヌコネコは、大凧に捕まりながら眼下に広がる平野を見渡す。風のない静かな夜。ふと、どうでもいいことを考えてしまう。

 

「この凧、風も無いのになんで飛ぶんだ?」

 

 忍術によって召喚される大凧は風も無いにも関わらずフワフワと浮かび、思い通りの方向へと自在に動くことができる。<飛行(フライ)>と全く同じ方法で動く。しかし、忍術は、魔法ではない。魔力を使用するが、あくまで特殊技能(スキル)である。しかし、魔法と同じ術理で動いている。考えれば考えるほど不思議だ。

 

「ダメだダメだ。余計なことを考えるな。集中しろ!」

 

 見つけるものは、野営地で起こる明かりだ。どれだけの人数がいるかはわからないが100人を超える村を皆殺しにするだけでなく、家屋も焼き払っている。最低でも40人近くはいるはずだ。

 ならば、部隊を維持する上で食事や夜間の敵襲に備えての警備のためと多少なりとも火を使うだろう。

もっとも、食事は調理不要の携行糧食、夜間の警備には<闇視>の効果を持つマジックアイテムや魔法を使うことで火を使わないという対策をしているかもしれない。

 視力を特殊技能で強化し、そういった対策を取られていたとしても見つけ出せるように目を皿のようにして敵を探す。

 

「み~つけたっと」

 

 闇の中にポツンと小さな光が複数見える。高度を下げ、光点の方に近づくと松明を持った騎士が数名、野営地を囲むように見張りをしている。中央では、複数の焚き火を囲むようにテントが複数張ってあり、焚き火が消えないように番をしている者が8名ほど確認できる。見張りの番をしている者の数は16名。おそらくは、多くの兵士が寝込んでいるのだろう。

 ヌコネコは、野営地から少し離れた場所に飛び降りると、野営地に接近する。ぱっと見た感じ、強者の気配というべきものを感じない。こういった気配や殺意というものをモモンガは感知することができないと言っていたので、種族的特徴というよりは、職業によるものなのだろうと思っている。ヌコネコは、この感覚を少し信用できないでいる。というのも、この世界に来る前にはそんな感覚はなかったのだ。なので、念には念を入れ、特殊技能(スキル)を発動し、見張りの兵士のレベルを確認する。

 

(・・・・・弱っ⁉ まじかぁ。この感覚は正しいのか?)

 

 見張りの兵士のレベルは6。どれだけ絶不調であっても、軽く小突けば倒せてしまうほどだ。野営地をぐるっと一周し、他の見張りの兵士たちを確認するが全員レベルは4~6。

 森の奥地には人間が近寄らず、ハムスケが200年に渡り伝説の魔獣として君臨し続けていたことから考えると、ハムスケを討伐できるだけの力が無いのではないかと予想を立てていたが、どうやらその予想は正しかったようだ。

 とはいえ、油断は禁物だ。末端の兵士のレベルが一桁なだけで国家には、自分たちと同等かそれ以上の存在がいることを想定しておくべきだろう。

 

「さて、他の連中はどんなもんかね?」

 

 見張りの兵士の間をくぐり抜け、野営地内部へと侵入する。テントは一つを除き、どれも簡易的なものであり、雨風を凌ぐだけの簡素なものがいくつかある。その中に5、6人が横になり眠っている。

 

「フゴッ・・・・・」

「マドロンちゃん・・・・・」

「グォォォーーーグゥゥーーーグォーーグゥ」

 

 イビキをかくもの、寝言を言うもの、中には寝苦しいのか何度も寝返りをうつものもいたが、概ね眠りについている。

 

「どいつもこいつもよく平気で寝てられるな」

 

 兵士たちは、人間だ。自分のように異形種というわけではない。訓練された兵士と言えば聞こえはいい。だが、あれだけの虐殺を行っていながら寝られるという神経がヌコネコには理解出来なかった。

 最後に、一つだけ他と違うテントへと向かう。野営地のやや内側にあり、他のテントよりも一回り以上小さく入れても2人が限界だろう。テント内から微かに明かりが漏れている。おそらくは、この部隊の指揮官のテントだと思われた。

 テントの入り口に近づくと微かにアルコールの匂いがする。いくら隊長であっても敵地に潜入している最中、酒なんて飲むのかと疑問に思いながらテントに侵入する。

 中に入ると、鎧を脱ぎ捨てた男が大の字になって眠っている。枕元に空の酒瓶が転がっている。

 

「なんだこいつ?」

 

 ヌコネコは、呆れを通り越して不快感を覚える。他の兵士たちは、少なくとも軍人として、いつ奇襲を受けても大丈夫なように鎧を着たまま眠っていた。今、奇襲を受ければ、こいつだけは、即座に行動できない。なぜ、こんな男を連れているのだろうか? 何かしら強力な特殊技能でも所持しているのだろうか? だが、レベルは最低値の1。ユグドラシルの基準で考えるなら強力な特殊技能を所持しているとは思えない。

 

(この世界特有の強力な特殊技能(スキル)を所持しているのか? だが・・・・・)

 

 どう贔屓目にみてもそんな気配は微塵も感じられない。目の前の男について考えをめぐらしているとテントの外から「声が大きいぞ」と相手を窘めるような声が聞こえてくる。外に出ると、焚き火の番をしている男たちが、何かを話している。そっと近寄り聞き耳を立てる。

 

「どうせ聞こえやしねぇよ。酒飲んで寝てるだろ」

「しっかし、ベリュースの野郎、デカイツラしやがって気に入らねぇ」

「なんであんなのが隊長なんだよ。上もどうにかしてるぜ」

「パパのお金で隊長の座を買ったんだろ? あいつボンボンらしいからな」

「お前達、それぐらいにしておけ」

「ロンデス、お前ムカつかねぇのか?」

 

 ロンデスと呼ばれた男が渋い顔をしながら話しかけてきた男をみる。

 

「俺も思うところはある。だが、あんな男でも隊長は隊長だ。任務を終えて国に帰るまではな」

 

 ロンデスが吐き捨てるように言う。

 

「はー、真面目だねぇ」

 

 ベリュースという男は、お飾りの隊長のようだ。しかも、人望もかなり薄い。話から察するに彼らと違って純粋な軍人というわけでもないようだ。

 騎士たちを襲撃するための不安要素はない。この程度の雑魚相手ならば一人で十分だ。

 

「とりあえず、モモンガさんに連絡だな」

 

 野営地から離れ、マジックアイテムを起動する。すると、糸のようなものが伸び、何かを探っているような感じがする。<伝言>系統の魔法を使うときに起こるものだ。

 

「こちらヌコネコ。野営地見っけたっすよ」

『本当ですか⁉ 数は⁉』

「50くらいかな。数はいるけど、LV一桁の雑魚しかいねぇっすわ」

『えっ・・・・・マジですか? そんな雑魚ばっかり?』

「マジもマジっすよ。ところでそっちはどうっすか?」

『静かなものですよ。一応、上位死霊(ハイレイス)を6体ほど村の周りに展開しているんですが、今の所問題は無しですね』

「お互い問題無しと。それじゃ、俺はこのまま騎士どもを殲滅するっすわ」

『ヌコネコさんなら心配はないと思いますけど、気をつけてくださいね』

「了解。それじゃ、終わったらまた連絡します」

『えぇ。それではまたあとで』

 

 プツッと電話を切るような感覚が頭に響く。

 

「さて、忍者の本領発揮といきますか」

 

ヌコネコの瞳孔が、くわっと大きく開き、瞳の殆どが黒目に変わる。同時に、ヌコネコの体が夜の闇に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ交代の時間だな」

 

 ロンデスは、近くにおいた火時計に目をやる。時間を計るロウソクは小さくなり、あと数分もすれば消えてしまうだろう。ようやく睡眠をとることができる。

今日も疲れた。魔法化され軽量化されているとはいえ、全身鎧を着て村人を狩るのは、なかなか骨の折れる作業だ。何度も剣を振るうのは非常に疲れる。熟睡は出来ないだろうが、それでも早く横になりたい。すぐ横では、同僚のエリオンとリリクが、あくびをこらえている。

 

「あぁ、そうだな。それにしても今日も疲れたな」

「だな。早く国に帰ってベッドで寝てぇよ」

「俺は、嫁を抱きてぇなぁ」

「リリク、それは独り身の俺たちに対する嫌味か?」

「お前たちも早く結婚すればいいだろ? 嫁は最高だぞ」

 

 その時、耳をつんざくような凄まじい悲鳴が上がる。全員の視線が、悲鳴のした方へと動く。嫌な予感を覚えたロンデスが、エリオンとリリクと共に悲鳴を発した仲間のもとへ急ぐ。

 

「どうした⁉」

「あっ、あぁぁぁぁぁっ・・・・・」

 

 腰を抜かした仲間が、テントの入口を指差す。ロンデスがテントの中を松明で照らと赤黒いものが散乱している。

 

「ひうっ!」

 

 喉まででかかった悲鳴を全力で飲み込む。

 

「な、なんなんだこれは・・・・・」

 

 テントの中にあったのは肉塊。首を切り落とされ、鎧ごと細切れにされた仲間たちの死体が転がっていた。

 

(いつだ⁉ いつ襲われた⁉ 誰一人悲鳴を上げる間もなく殺されたというのか⁉)

 

何より、鎧ごと細切れにされているにも関わらず、鎧を破壊するような音すらなかった。そんなことが可能なのか? 全身の血の気が凄まじい速度で引いていくのがわかる。

 

「神よ・・・・・」

 

 そう呟いたエリオンの声は震えている。

 

「敵だ・・・・・」

「えっ」

「敵だ! 敵襲だ‼ 全員を叩き起こせ‼」

 

 敵だ。得体のしれない敵がいる。とにかく仲間を叩き起こさなければいけない。エリオンとリリク、腰を抜かしていた仲間が大声で「敵襲」と叫びながら他のテントに走り出す。他の見張りの兵士たちも大急ぎでテントを回る。

 だが、誰も起き出して来ない。これだけ大声を出せばどんなに深く寝入っていても起きるはずだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

「ひぃぃぃっ⁉」

「あぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ⁉」

 

 そこかしこから聞こえてくる悲鳴が、どのテントでも同じ状況だということを教えてくれる。

 

「おっ! おいぃ! てっ! 敵襲だとぉっ! 貴様らぁっ! 何をしていたんらぁっ‼」

 

 突如、奇声のような叫び声が聞こえる。鎧を抱えてわめき散らしているのは、隊長のベリュースだ。なぜこいつが殺されていない? という疑問が湧いたその瞬間、焚き火が全てかき消える。

 

「ひぃぃぃっ! 貴様ら! おおおっ俺を守れぇ! 守りゅのらぁぁぁ‼」

 

 あの男を守る気は無い。だがこの暗闇の中、バラバラに行動していては正体不明の敵にいいように弄ばれて殺される。

 

「全員こっちに来い! 武器を構えろっ!」

 

 ロンデスは、生き残るために必死に指示を出す。なんとしても生きて国に帰り、この敵のことを伝えなければと。王国には、残忍な何かがいるということを。

 

 

 

 

 

 ヌコネコは、じっと必死に動き回る騎士たちを彼らのすぐ側で眺めていた。数人が持つ松明の灯りしか無いという状況を差し引いても、彼らには、ヌコネコの姿を認知することはできない。

 騎士たちは、お互いに背を合わせるように円陣を組み、武器を構えている。だが、手に持った剣の切っ先は細かく震え、カチャカチャと鎧が小刻みに揺れる音が聞こえる。そして、神に祈る声が聞こえてくる。

 

「神に祈るくらいなら虐殺なんかするんじゃねぇよ」

 

 インベントリから吹き矢を取り出す。吹き矢は、ダメージを与えることはできない。しかし、隠密状態を維持しながら各種状態異常攻撃を仕掛けることができる。

 

「がっ⁉ あがっ⁉ ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ⁉」

 

 突如、苦しみだす仲間がエリオンにしがみついてくる。

 

「たじゅっ! ごぼっ、ぐるっ! ごぶげぇっごぼぼぼぼっえてぇごっぼっ」

「ひぁぁぁぁぁ⁉」

 

 面頬付き兜の隙間から見える瞳から血が涙のように流れ落ち、大量の血が器官に入りゴボゴボという嫌な音とともに兜の隙間から滝のようにこぼれ落ちている。

 そして、数秒もしないうちに糸の切れた操り人形のようにどちゃりと倒れ伏す。

 

「あっ・・・・・あヒィィィィ‼」

 

 恐怖に耐えかねた一人の騎士が円陣の中から飛び出し逃走を始める。

 

「え、円陣を崩すなぁっ!」

 

 ロンデスの静止の言葉も虚しくガチャガチャという音が闇の中に消えていく。数秒後、鎧のこすれる音が突然かき消えた。

 次の瞬間、ボールのようなものがコロコロと地面を転がってくる。松明を持った騎士が、おそるおそる足元に目をやると、それは仲間の首の詰まった兜だった。

 

「うぉぁぁぁぁっ!」

「嫌だ・・・・・」

「助けて・・・・・母さん・・・・・」

 

 嗚咽の入り混じった呟く声が聞こえる。誰もが仲間を背にしていなければ立ってはいられない状態だった。

 

ザザッ ザッザッザッ

 

間をおかず、地面を歩き回るような音が聞こえる。音の方に松明を向けても何もいない。すぐに別の方向から動き回る音がする。だが、襲ってくる様子もない。ただ、間隔をあけて音を出してくるだけだ。

 

「俺たちを弄んでいるのか・・・・・」

 

 ロンデスは思った。姿の見えない何かは、間違いなく自分たちを簡単に皆殺しにできる力を持った存在だ。そして、それはとてつもない邪悪な性をもち、恐怖に怯える自分たちを嬲り楽しんでいる。

 神はなぜこんな邪悪なものを放置しているのだ⁉ 何故、敬虔な信徒である我らを無視するのか? ロンデスは、自身が信仰する神に罵声をつぶやいた。

 

「うべっ⁉ なんだ? み、水?」

 

 突如、仲間の騎士が声を上げる。同時に、鼻を突くような臭いが周囲に充満する。この臭いは全員がよく知っている。家屋を焼き払うときに使う錬金油の匂いだ。

 

「ま、まさか」

 

 ロンデスの頭にとんでもない考えがよぎる。この邪悪な存在は、仲間を焼こうとしている!

 

「さっ! 散開! さんかぁぁぁいっ‼」 

 

 ロンデスの金切り声にも似た大声に反応し、騎士たちが転がるように円陣を崩し散らばる。次の瞬間、周囲がぱっと明るくなる。

 

「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」」」

 

 3人の騎士の絶叫と共にとオレンジに似た赤い炎が巻き起こる。錬金油の独特の臭いと肉の焼ける臭いが入り混じった凄まじい悪臭があたりに立ち込める。

 ロンデスたちは、よく知っている。錬金油は、水での消火が難しいことを。炎に焼かれのたうち回る仲間をただ呆然と眺めることしか出来なかった。

 人間松明と化した仲間たちの遺体を前に誰もが膝を屈しへたり込む。死んでいった仲間は誰もこんな死に方をしていい者ばかりではない。

 

「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁ‼ 俺はっ! こんなところで死んでいい人間じゃない! あぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ベリュースが半狂乱になりながら叫ぶ。誰もが絶望の中、呆然とするしかない中でよくもこれだけ喚けるものだとロンデスは奇妙な感心の仕方をする。

 

 ヒヒヒィーン

 

 馬の嘶きが聞こえた。馬は殺されていない。馬に乗れば逃げることができるのではないかとロンデスは考えた。だが、姿の見えない何者かが馬の元にたどりまで大人しくしてくれるわけがない。何より、この邪悪な存在は自分たちを嬲って楽しんでいる。馬を殺さないでいるのも自分たちに希望を与え、より深い絶望へと落とすための罠なのではないか? だがそれでも万に一つの可能性にかけるしか生き残る道はない。

 

「逃げるぞ! 全員、馬まで走れ! 生き残りたければ動けぇ!」

 

 ロンデスが叫ぶと騎士たちは震える足を無理やり動かし走り出す。生への希望が恐怖で動けなくなっていた騎士たちの肉体をつき動かしたのだ。

 

「ま、待て! お前ら! 俺を! 俺を置いていくなぁぁぁ! たっ、隊長の俺うぉっ!」

 

 後ろからベリュースの叫び声が聞こえる。だが、誰も振り返らず一心不乱に走る。すぐにベリュースの叫び声が途絶える。

 数メートルも走らないうちに、ガシャン、ガシャンと仲間が地面に倒れ伏す音が聞こえだす。狩られている。仲間の倒れる音の間隔が短い。敵は、複数、もしくは異常に素早いかだ。馬をつないでいる場所は、すぐ近くなのにやたら遠く感じる。

 

「馬ッ! 馬だ!」

 

 暗闇の中に薄っすらと馬の影が見える。

 

「やっ、やった‼」

 

 馬に手が届いたその瞬間、ロンデスの視界が真っ白に染まり、凄まじい音と衝撃が全身を打った。そのままロンデスの意識は深い闇へと落ちていった。

 

「まぁ、こんくらいいればいいか」

 

 ヌルリと闇の中から、ヌコネコが姿を現す。マジックアイテムを起動し、モモンガに連絡を取る。

 

「モモンガさん、俺でーっす。終わりましたよー」

『ヌコネコさん、お疲れさまです。連絡が少し遅かったのでどうしたのかと思いましたよ』

「すいません。ちょっとはしゃいじゃったというか」

『はしゃいじゃったって・・・・・心配して損しましたよ』

「あぁ、ごめんなさい! こういう奇襲って久しぶりだしさ」

 

 通話の先のモモンガが苦笑しているのがわかる。

 

『ところで、何人捕まえたんですか?』

「6人っすね。とりあえず気絶させたんで、持って帰ります」

『わかりました。それじゃぁ、こっちも受け入れの準備をしておきますね』

「おっけー。じゃあ、さっさと帰りますねー」

 

 通話を切ると、死屍累々となった野営地を見渡す。正直、やりすぎたような気がしないでもない。

 

「加減を覚えないといけないかなぁ」

 

 異形種となったこの身は、人間相手にどこまでも残酷になれる。命を奪うことに対して、一切の呵責がない。異形種だからなのか、それとも自身のカルマ値がマイナスに傾いているからなのだろうか? 考えたところで答えが出るものでもない。

 気絶した兵士たちを一箇所にまとめると、忍術を発動する。

 

「風遁・瞬転の術」

 

 ヌコネコが忍術を発動すると、一陣の風がヌコネコと兵士たちを飲み込む。風が走り抜けたその場所には、ヌコネコも騎士の姿もなくなっていたのだった。

 




猫妖精にまつわる話では、親切にするものには幸福を。そうでないものは酷い目にあう。まぁ、どこの世界でも動物が関わる民話や神話では親切にしないといけないということです。

とりあえず、オリジナル要素として

エヴァ・ハーヴェイというエンリの叔母さんを生やしました。
ナザリックルートだと死亡ルートに入ってる(たぶん)
そして、無傷で助かってしまったカルネ村。
いろんな人の運命が少し変わりますねぇ。

金と銀の貝殻のネックレスは、アウラとマーレのどんぐりネックレスと同様のアイテムで装飾品違いで効果は同じものです。



次回は、みんな大好き陽光聖典とニグンさんのお話の予定です。

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