4月
マイティフッド
東京トレーニングセンター学園
学園へと続く道には春らしく桜の花が散っている。
日差しがそれらを幻想的に照らし出している。
アスファルトに落ちた花びらを踏みしめながら一歩一歩進む。
目の前の景色が淡くぼやけて見える。
途中、新入生たちが楽しそうに横を走り抜けてゆく。
「彼女たちはとてもキラキラ輝いてみえた」
なんて玄人ぶって思ってみる。
てくてくと道なりに無心で歩いてゆく。
人通りが多くなり学園の門まで来たことに気づく始末だ。
それらの精神的な不安を表には出さないようにしているのもあって、
声を掛けられることもない。
心配してくれるような友達がいないのも事実ではあるが。
いわゆるメンタルブレイク状態なので授業も全く身に入らない。
せっかくの昼休みも全く気が休まらない。
大好きな食事も味を感じない。
目の前の牛丼に対して食欲がわかない。
正直食べることが億劫になるくらいだ。
定食の味噌汁に浮かんだ自分の顔を見て、つい昨年のことを思いだした。
これでも地元の期待の星としてこの東京トレセン学園に入学したはずだった。
夢と希望、安っぽい言葉だが当時は満ち溢れていた。
だが、ほんの些細な出来事で両親や地元の友人に連絡すら取っていない。
こんな状態なのには理由があるのだが。
「隣、いいですか?」
みたことないウマ娘二人が声をかけてきた。
「え、ええ。どうぞ」
不意打ち的な登場に少々驚いてしまった。
「あ、あの」
勇気を出して会話を切り出してみたが、
お互いに会話に夢中でスルーされてしまった。
一瞬自分と食事をしに来たのかと思ったのだが、
私を蚊帳の外にして会話と食事をとり始めたので
席取りだったのかと気づいた。
わかっていることだったけれど、精神的に結構来るものがある。
去年の今頃と比べるとヘナっとしている耳にメンタルに追い打ちをかける
情報が入ってきた。
「今度の選抜レース、どうしようか?」
「早くトレーナーさんに実力見てもらって、担当になってもらいたいな!」
「そんな調子のいいこと言っちゃってもう~」
「えへへ。でもさ、どんなウマ娘さんたちがいるか楽しみだよね」
昨年の自分と照らし合わせて、胸が苦しくなる。
そう。理由は選抜レースなのだ。
今の自分は所属チームもなければ担当トレーナーもいない。
加えて2年目なのだ。そして「噂」もある。
つまり、だれも担当したがらない条件がそろっている。
だからと言って、選抜レースを無視もしたくない。
ウマ娘である以上、というより
トレセン学園に来た以上、トゥウィンクルシリーズへの憧れは捨てきれない。
いや、捨ててなるものか。
しかし、先程の悪条件とブランクもあってレースへ出たとしても、恥をさらすだけ
という気もして億劫になる。
このトゥウィンクルシリーズへのあこがれと醜態をさらしたくないという気持ちが
入り乱れ、今時期の希望に満ちた雰囲気もあり、こんな思いになっている。
気分もよくないので、さっさと食事を終え練習コースへと向かう。
ここに来て初めて気づいたが、本日も選抜レースが実施されていた。
野次ウマ娘たちの歓声が、とても感傷的な気持ちにさせる。
暖かく柔らかい湿った風が吹き抜ける。
辺りの草花がさわさわと流れる。
手すりによりかかり、無心でレースを眺めていた。
その時後ろから
「誰かの応援かい?」
そう声をかけられるのだった。
同時期
マキダテッペイ
東京トレーニングセンター学園
理事長室へと呼ばれた。
おそらくチームの存続問題だろう。
ついに最後のウマ娘がチームをやめてしまったのだ。
その時は誰もいないチームルームで消沈していた。
ひときわ緊張しながら、身だしなみを整え入室する。
理事長はいつもの陽気な様子とは相反して、真剣に淡々と話を進める。
緊張しながら部屋を出る。話の内容は、想像通りだった。
予想外だったのが、私に退職を勧めなかったことだ。
「まだチャンスがあるってことか。」ホッとしたためか独り言を発しながら廊下を歩く。
ブツブツと発しながら目的もなく歩く。
昔から困ったとき、考えことをするときはこうしてきた。
ひらめいたり、考えがまとまったりするのだ。
目下の目標は担当ウマ娘を探すことだった。
そうすればほかのウマ娘への呼び水になるのだ
そして何とかしてチーム「バーナード」を存続しないとならない。
手当たり次第に声をかける手もある。
しかし、レースに出場や勝利できないチームには誰も入りたがらないのは明白であって、メンバーのいない現状では厳しいもの事実だ。
そのために担当を持つことが最優先なのだ。
「いけぇー!」
「差し替えせー!」
野次ウマ娘たちが盛り上がっている。
それに加えてスカウトに来たトレーナーたちも群がっている。
どうやらトレーニングコースまで来たらしい。
本日は第一回春季選抜レースが実施されている様だった。
すでに第一走組が競っている。
今年はどんな娘がいるのだろうと思い、双眼鏡を構える。
しかし。
それから何組かレースを見たがどうにも奮い立つものがなかった。
どのウマ娘もはやく、個性も際立っている。
みんなキラキラと輝くものを持っている。
なのだが、面白みともいうべきものがないのだ。
正直贅沢を言っている余裕はないのだが。
第一そんなキラキラした娘たちには有力なスカウトが群がっている。
こちらの出る幕はなかった。
レースも半ばになってきた頃、てくてくと歩いてくるウマ娘がいた。
声をかけると新入生の子で、最大手のチームの様子や憧れのウマ娘の姿を見に来ているのだそうだ。
「目標は三冠ウマ娘です!」彼女はにこやかに言う。
それから当面の目標や親が応援してくれている旨を話してくれた。
「以前は多くのウマ娘たちがこうやって夢を語っていたっけ」
一瞬過去の記憶がよみがえった。
新入生の子の華やかなオーラの前には、とてもじゃないが勧誘の話はできなかった。
自信の実力では彼女の夢を壊してしまいそうだと感じたのだ。
その子はその後追っかけとして去って行った。
今思えば、かなり自信喪失しているのだなと感じる。
少し前なら、若さとノリで「よっしゃ!行こう!」くらい言っていただろう。
その奥にももう一人ウマ娘がいた。その顔に見覚えがあった。。
「誰かの応援かい?」
「いえ。そういうわけでは。」
そのウマ娘は少したどたどしく答える。
「君は確か...」
「わたくしはマイティフッド」
こちらの言葉を待つことなく名乗る。
「あなたは?」
かえってこちらが後れを取ってしまった。
「僕はマキダだ。知ってると思うがトレーナーだよ」
「あら。そうでしたの。」
「まあ、ここにいらっしゃる男性はそうでしょうね」
思ったより興味のなさそうな答えだった。
大抵の場合、トレーナーから声をかけられれば興奮する娘が多いものだ。
それもあって少し意外に感じてしまった。
それからしばらく、特に何をするわけでもなくレースを見ていた。
突然
「マキダさんは何をしに?」
彼女が話を持ち掛ける。
チームメンバーがいなくなって、担当を持たなければ風前の灯火であること。
そして考え事をしながら歩いていたらここに来たことを明かす。
「君は?」
こちらも聞き返す。
「わたくしもあなたと同じようなものですわ」
「デビュー戦で失敗したことがきっかけで、チームを転々といたしましたわ」
「今となっては未勝利のまま春を迎えて、わたくしも風前の灯火でしてよ」
彼女は諦めにも似た笑みを見せる。
「そうか。似た者同士か。」
「類は友を呼ぶとはよく言ったものだな。」
「あら。わたくしとお友達になってくださるの?」
彼女は少し微笑んでいた。
「喜んでなるさ。僕も孤立しているしさ」
ここまで淡々と会話が進む。
「よかったら僕と組んでくれないかな」
思い切って切り出してみる。
「いいえ。まだお受けするわけにはいきませんわ」
彼女はレースを見たまま言う。
なぜだか失恋をしたような気分になる。
「そっか。なんだか悪かったね」
そう言ってまたレースに目をやる。
しかし
「わたくし、決心がつきましたわ」
「今度の選抜レースの結果を見てから決めて欲しいのです」
「これ以上がっかりさせて友達を失いたくありませんの」
彼女の目に初めて光が見えた。
「今のわたくしの走りを見て、決めてくださいまし」
ああそういうことか。
もう誰も失望させたくないという彼女の思いが理解できた。
それを理解したうえで、
「わかった。今度のレースを楽しみにしているよ」
そういうと彼女は嬉しそうに微笑む。
すると
「で、ではよろしくお願いいたしますわね」
彼女は少し恥じらいながら手を差し伸べてくる。
「ほ、ほら。お友達の証ですわ」
耳がピコピコとはねている。
「ああ。初めましてマイティフッド」
そう言って彼女の手をしっかり握る。
「ええ。マキダさん」
彼女もまた力強くそれを返す。
彼女の眼もとは少し緩んでいた。
「それと、わたくしのことはフッドとお呼びくださいませ」
「では、そろそろお暇致しますわね」
小さく手を振り彼女は歩いてく行く。
哀愁を漂わせていた桜の花びらが、今は彼女を鮮やかに飾っていた。
そして自分も再起に向け気合を入れなおすのだった。