虚構のウマ娘   作:カイルイ

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第3話:マイティフッド抜錨!

4月某日

 

マイティフッド

東京トレーニングセンター学園

 

 今日は雲一つない快晴だ。

 遠くに見える校舎がにじんで見える。

 

 今日は気温が上がりそうだ。

 初夏が近づいてきたことを感じさせる、少し湿ったやわらかい風が髪をなでる。

 ふと立止まって深呼吸をする。

 

 先週まで感じていた、焦燥感にも似た不安感が消え、

 今は緊張にも似た胸の昂りでいっぱいになっている。

 

 つまり、ドキドキわくわくでいっぱいということである。

 

 自分の横を元気よく、他のウマ娘たちが駆け抜けてゆく。

 

 今まで感じていた焦り、どうしようもない緊張感はない。

 

 駆け出したい気持ちを抑え、トレセン学園へと向かう。

 気持ちがとても軽い。

 ほかの生徒の軽やかな声、風の音、光る水面。

 今まで気にすることはなかった多くを楽しみながら歩みを進める。

 

 しかし結局いつもより少し早く教室の席に着く。

 

 一限目の支度を整え窓の外を見る。

 

 トレーナ共にトレーニングを励むウマ娘の姿が、目に入ってくる。

 トレーナーと一緒に笑う娘、注意を受ける娘、話し込む娘。

 様々だ。

 私もあんな風に、誰かと一緒に走れるのかと思うと胸がときめいてくる。

 去年の今頃感じていた感情そのものが蘇ってきたのだ。

 

 だがすぐに負のイメージが湧いてくる。

 最初のトレーナーとはうまく行かなかったために、

 今度のマキダさんとは何とかうまいこと行かせたい。

 

 今日の為にいろいろと準備と調整と怠らなかったのだ。

 やり残したことはないか、方法は間違っていなかったか…。

 

 頭を軽く振ってそれらの考えをかき消す。

 私の悪い癖だ。いつも考えすぎて自分に枷をつけてしまう。

 

 パンっと太ももをたたいて気付け代わりにする。

 

「やあ。元気かい?」

 声をかけ私の前の席に腰を掛けるエクスカリバー。

 

 それなりだと返す

「今日走るんだって?」

 

「ええ。今日が私にとっての決戦でしてよ」

 

 私はいたってまじめだったが、彼女は笑いながらこう返した。

 

「決戦はまだ先さ!開戦の間違いだろう?」

 

 その言葉に自信を持って返すことができなかった。

 またネガティブに

 保身のために己を出さないように

 

「追い込んでごらんよ」

 

 黙ったままの私にそう言った。

 

「ほら最後方から一気にさ!こうシュッとさ!」

 

 彼女はジェスチャ―を交えながら言う。

 

「気持ちは追いこんじゃあだめだよ」

 

 私の二の腕を軽く叩くとにこやかに去っていった。

 

「最後方からの追い込み…」

 つぶやきながらぶっつけ本番でできるのか不安だった。

 

 授業中はどうするかで頭が一杯だった…

 訳ではなかった。

 半ば吹っ切れで思いついたことをやろうの精神になった。

 

 後はそれがうまく行くのかどうか脳内シュミレーションの繰り返しだった。

 

 それが功を奏したのか、気づけば昼休みだった。

 

 気持ち軽めに食事を終え、午後に備えて着替えを済ませる。 

 

 校庭、もといレース場には、すでに多くのウマ娘たちが集まっていた。

 今後の人生にかかわる選抜レースを受けるために。

 

 同級生や先輩の中には、私を冷ややかな目でいる者もいる。

 「未勝利とはいえメイクデビューを走ったのに恥ずかしくないのかしら」

 どこからかそんな声も聞こえる。

 

 構うものか。恥という恥はすでにさらしてきたのだ。

 雑誌やニュース、SNSで叩かれまくった私にとって、

 その程度は野次でも罵声でもなかった。

 

 しかしそれを聞いた新入生や、これから初トライアルを受ける娘たちからの

 軽蔑するような視線は胸に刺さる。

 

 「フッド、勝つんだぞー!」

 威勢のいい応援が私にかかる。

 

 予想外の応援に思わず振り返ると、やはりエクスカリバーであった。

 この一言によって、場の空気が変わった。

 

 「やってやりますわよ!」

 と力こぶを作るポーズでそれに答える。

 

 ふと目をやると、多くのトレーナに交じってマキダさんもいるのだった。

 

 緊張をほぐすためにもう一度太ももをパンっと叩き、レースに備えるのだった。

 

 ターフにはゲートが準備され順次ゲートインして行く。

 

 ゲートの中で蹄鉄を確認する。

 

 「今度は問題ないですわね」ぼそっとつぶやく。

 

「各ウマ娘ゲートイン完了!」

 アナウンスが響く。

 

 開始に備え構える。

 

 ゲートが開く。

 やり直しをかけたレースが今スタートした。

 

同時期

マキダテッペイ

東京トレーニングセンター学園

 

「いよいよだな。選抜レース」

 同僚トレーナに声を掛けられる。

 

「今年もこの時期が来たな」

 机を整理しながら答える。

 

「今年はあたり年だぜ。育て甲斐のありそうな娘達が一杯だ」

 同僚はにこやかに言う。

 

 彼の言葉には、気に食わぬところもあったが堪える。

 「今年の注目株は誰だい?」

 今年のウマ娘の情報を調べ忘れていたために、少し探ることにした。

 

 「今年は何と言ってもグランドツアラーだな」

 「抜群の切れ味とスタミナが特徴だ。将来は大物ステイヤーになるんじゃないかな」

 なぜか自慢げに語る

 

 「後はヒノモトサムライかな。彼女は逆にスプリンタータイプだな」

 「最後の直線のスパートは、瞬間移動なんて言われるほどらしいぜ」

 

 「こういうウマ娘を育ててみたいよな」

 彼は腕組をしながら目を瞑っている。

 彼女らの走る姿を想像しているのだろうか。

 

 「マキダは誰に目星をつけているんだ?」

 「ああ。僕はマイティフッドだな」

 自分でも驚くほどに素直に答える。

 本来は多少話を合わせるために同じ娘と答えるものだが。

 

 「マイティフッド!?やめた方がいいぜ」

 「曰くつきなのは知ってるだろ」

 「昨年メイクデビューで轟沈して以来、全く活躍なし」

 「言い訳して、当時のトレーナーに見限られて以来、学園中のトレーナから干されているのは知っているだろう?」

 

 同僚はかなり驚いているようだった。

 

 「お前が大穴ウマ娘が好きなのは知っているけど、やめた方がいいぜ。マジで」

 気に障る言い方だったが、心配していることも感じられた。

 

 「まあ、レースを見てから決めるさ」

 そういって私は席を立ち、レース場へと向かった。

 

 すでに多くのウマ娘達が準備を進めていた。

 準備体操をする者、会話をする者、不安そうにおろおろする者。

 十人十色だった。

 

 フッドはというと、黙々と準備体操を行っていた。

 一応経験者ゆえか、手慣れたものだった。

 

 彼女はこちらに気づいたのか、小さく手を振る。

 こちらも、それにこたえるように返す。

 

 周りのトレーナたちは、タブレットのデータを見て、各々話し込んでいるようだった。

 つられてデータに目を通すが、

 「この時点ではあまりあてにならないだろうな」とぼやくだけに留まった。

 

 「東京トーニングセンター学園選抜レース、これより開始します」

 「芝2000メートル参加者は準備を開始してください」

 実況が流れる。

 

 それぞれがゲートへと向かう。

 

 「各ウマ娘ゲートイン完了」

 「体制整いました」

 いよいよだ。

 

 「ゲートオープン!」

 「ポンっと飛び出していったのは、3番グランドツアラー」

 「これはいいスタートを切りました!」

 

 「ハナを切って進むのは1番デスクトップ!」

 「そのすぐ後ろ6番デュアルモニター!」

 「少し離れて3番グランドツアラー!」

 

 「ここまでで先頭集団を形成しています」

 

 「少し間が空いて2番ヒノモトサムライ」

 「最後方には4番マイティフッド」

 どうやら逃げウマ娘のいない展開だ。

 

 先の3人が先行集団、ヒノモトサムライあたりが差しウマだろうと予想できた。

 フッドは不気味に後方に控えていた。

 

 この時少し不思議に感じた。

 昨年までは前へ前へ行く先行策だったはずだったかからだ。

 そして最終コーナーでスパート。

 その日のコンディションによってそのまま沈んだりもするような走り方だった。

 

 ウマ娘達がコーナーを曲がってゆく。

 

 皆力強く走る姿は美しい。

 

 青々としたターフの上を必死に駆けてゆく。

 フッドの走る姿は、ブランク明けとは思えないほど実戦的だった。

 

 「各ウマ娘第二コーナを曲がって向こう正面へ!」

 「先頭ここで変わって6番デュアルモニター」

 

 「ここまで10バ身ほど、よどみのない展開になっています」

 「紛れはなさそうです」

 

 「各ウマ娘第3コーナーへ」

 「ここまで平均ペース!展開への影響はなさそうです!」

 

 レース展開自体は平均的で、他のウマ娘達も特に掛かり気味というわけではなかった。

 

 「もう一度先頭から、6番デュアルモニター」

 「ここにいました4番マイティフッド」

 

 「2番ヒノモトサムライは現在中段!」

 「この位置から届くのか!?」

 「各ウマ娘ここでペースを上げてゆきます」

 

 ほかの娘達ペースを上げる中フッドは現在のスピードを維持していた。

 おそらく最後の直線勝負なのだろうか。

 

 「第4コーナーを抜けて直線の攻防!」

 「最初に仕掛けたのは6番デュアルモニター」

 「グランドツアラーここで抜けた!」

 「内から一気にヒノモトサムライ!」

 

 ヒノモトサムライが完全に抜け出していた。

 「速い速い!ここから一気にちぎるか!」

 「追いかけてくる娘はまだ3バ身後ろ!」

 「これは決まったか!」

 

 観客のウマ娘たちの熱気も最高潮に達している。

 トレーナたちの中には熱くなっているものもいる。

 

 しかし次の瞬間状況は一変した。

 「先頭は依然ヒノモトサムライ」

 「ここで先頭変わってマイティフッド」

 「ん?先頭変わって?」

 

 僕をはじめとして多くの者が困惑したであろう。

 完全に突き放しにかかったウマ娘をぶち抜いていったのだ。

 

 少なくとも第4コーナの時点で8馬身はあったリードを一瞬で詰めたことになる。

 

「マイティフッドだ!先頭はマイティフッド!」

「さらに差を広げる!」

 

 200メートルを通過した時点で、フッドは先頭を突き進んでいた。

 

「2バ身から3バ身のリード」

 

 ヒノモトサムライも必死に…

 ものすごい形相で追撃を試みるが、儚く散った。

 

 完全に速度域が違う。

 あれよされよと差が開いてゆく

 

 恐らく勝利を確信して疑わなかったその瞬間に見える背中程

 つらいものはないだろう。

 

「これは決まった」

「マイティフッド今ゴールイン」

「2着にはヒノモトサムライ」

「信じられません。何があったのか!」

 

 実況が我々の心境を代弁していた。

 何があったのか…

 

 熱気と歓声に満ちていた場内は、一変して沈黙に包まれた。

 予想外の勝者へのブーイング?

 いや違う。訳が分からなさ過ぎて皆言葉を失っているのだ。

 

 「よくやった!フッド!」誰かの歓声で、ようやく場内は音を取り戻した。

 

 走り終えたフッドは足取り軽くこちらへとやってきた。

 

 「さあ。マキダさん。いかがでしたか?」

 他のトレーナーには見向きもせず、寄ってくる。

 自信ありげにフッドは微笑む。

 

 勝利を自慢したくてうずうずしている顔を前にして、こちらも不思議を温かい気持ちになる。

 

 よろしくねと手を差し伸べる。

 

 彼女は両手でそれを握り返し満面の笑みで

 

 「ええ!」

 と返すのだった。

 

 他チームの敏腕トレーナーがヒノモトサムライらに声をかけに行ったことで、

 ほかのトレーナー達の声掛けも始まった。

 

 負けたウマ娘らの中には、負けたことが理解できていないものもいたようで、

 いまだに戸惑っていた。

 

 ヒノモトサムライもその一人だ。

 声をかけられてもなお、ボーとしていたほどだ。

 沈黙が解け、徐々に活気を取り戻すレース場。

 

 そこから少し逃れるように二人で移動する。

 

 二人でトレーナー室へ向かう途中、エクスカリバーに会った。

 

 彼女はフッドを見つけると抱き着き、勝利を祝っていた、

 「よくやったよフッド!しかしあの走りは驚いたよ」

 

 「しかし、私のアドバイスも確かだろう!」

 と誇らしげに言う。

 アドバイス?とエクスカリバーに問うと、

 「追い込むように伝えたのさ」という。

 

 それを聞いて納得した。

 昨年までの作戦を急遽変更した理由が明らかになったのだ。

 

 エクスカリバーによると、フッドとの会話でもしやと思ったのだそうだ。

 

 トレーナーとして彼女たちの友情とエクスカリバーのやさしさに敗北したように感じた。

 

 そのままエクスカリバーはトレーナーのもとへと去ってゆく。

 

 トレーナー室で堅苦しい事務手続きを終え歓談にふける。

 

 それも落ち着き、日も落ちかけてきた頃。

 

 「さすがに疲れましたわ」

 フッドは眼をつむり、こちらの肩にもたれかかる。

 

 徐々に力が抜け始める。

 このままでは休まらないだろうと、彼女の頭を太ももに乗せる。

 

 「こりゃ。本気で寝ちゃったな」

 フッドの穏やかな寝息を聞き、起こすことをあきらめた。

 

 開け放しの窓から入るやわらかい風が二人を包んでいた。

 まだ明るい夕焼けを眺めながら。

 何とも言えない感情で、この時間を過ごしていた。

 


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