Aクラス戦があった日の放課後。
ある一人の生徒が学園屋上で座って黙って空を見上げていた。
時々漏れるため息は一体何を表しているのか。
暫くすると、もう一人の生徒が屋上にやってきた。
「ほれ明久」
「冷たっ。って、雄二か……」
座っていた少年は明久。
入ってきた生徒は雄二。
雄二は下の自販機で買ってきた二つのコーラの内のひとつを、明久の頬に当て渡し、明久の隣に腰を下ろした。
プシュっ、とプルを開けコーラを一口。
『ふぅ…』と声を漏らした後、雄二は明久にボソッと尋ねた。
「行かなくていいのか……?」
「どこに…?」
雄二の言葉の意味に気がついているのか否か。
明久も同様に貰ったコーラを飲み始めた。
「成宮の所だよ」
「………」
思わずコーラを飲んでいた手を止め、ゆっくりと口から離す。
無表情で遠くを見つめる明久が何を考えているのか、それは雄二には全く分からなかった。
「雄二。言ったよね? 雄二はまだ霧島さんの近くにいれる、ってさ」
「別に……明久も居れるだろ」
まだ雄二には明久の言葉の真意が分からないらしい。
そんな雄二に、明久はコーラのラベルを眺めながら言った。
「あのさ……事件の内容知ってるよね? あの事件の犯人は…神楽君って言うんだけどさ……僕は、直前に千春の元に着いたのに護れなかったんだよ……」
飲み終えたのか、明久の手に握るコーラの缶に力が入る。
「千春は……僕の前で犯された……。僕自身はあまり覚えてないけど…その事実は変わらない」
犯されかけたのではい。
犯されたのだ。
小さいようで、限りなく大きなその差は、明久にも、そして千春にも大きくのし掛かっているのだろう。
あの時千春が何度自分に助けを求めただろうか。
それを考えただけで明久の胸は張り裂けそうになる。
「千春は強いよ……。もう心を立て直してる……」
男は愚か、誰とも話したくなくなるであろう出来事があったにも関わらず、女子とであれば気さくに話している千春は大人だ。
遠くで見ていた明久はそう思った。
「もう、僕が近くに立つ事は出来ないと思う。いや、立ってはいけないと思うよ」
護ってあげられなかった自分に、近くにいる権限なんてない。
だってそれは、余計に千春を苦しめるだけだから。
すると、今まで黙って聞いていた雄二が言葉を挟んだ。
「お前は逃げるのか……?」
「逃げる……? 僕が……?」
何を言っているのか。
逃げてなんてない、そう言おうとした明久だったが、何故か言葉が出なかった。
「お前は自分の過去から逃げて、都合のいい『姫を護る悲しき騎士』になろうとしてるだけだぞ?」
「ち、違う僕は……!」
雄二の言葉を否定する明久の肩を、雄二が掴んだ。
「俺が言えた義理じゃないが、成宮の事を考えてみろ。あいつが何のために立ち直ってると思う? それはまたお前と並んで歩きたいからじゃないのか?」
「……っ!?」
気がつかなかった。
違う。考えもしなかった。
確かにあんな事件に巻き込まれて、簡単に立ち直れるはずがない。
では、その気力はどこからくるのか…?
雄二の言った通り、自分…?
いや、そんなはずはない……。
だがそれ以外だと何だ……?
雄二の言葉を否定するのなら、それ以外の言葉が見つからない。
考えれば考えるだけ、明久の頭は混乱する。
雄二は、混乱する明久にそっと言葉をかけた。
「もう一度、お前が隣に立ってやればいいだろ……? それがきっと成宮のためになる」
「でも……でも……っ!」
「お前は……中学の時と同じように成宮を護ることが出来ないのか?」
「っ! そんなわけないだろ! 僕だって……僕だって努力したんだっ!!」
テンパる明久でも、その質問にだけはきっぱりと答えることができた。
今度こそは何時でも千春を護れるように。
二度と千春にあんな想いをさせないように。
明久は体を鍛えた。
中学生の時、雄二が『悪鬼羅刹』と呼ばれていたが、明久は『悪鬼羅刹』がどんなやつであろうと、千春を護れると自負していた。
それくらい、明久自身も強くなったのだ。
「じゃあ側にいてやればいいじゃねぇか。それでも迷うんだったら教えてやるよ」
雄二と明久が親友になった理由。
それは、どこか自分と同じ匂いがしたからなのかもしれない。
今回の一件で、雄二は明久に気づかされた。
だからこそ、自分と同じことをまだ気がついていない馬鹿
あきひさ
に気がつかせる必要がある。
「お前がいくら成宮から離れようとしても、あいつはきっと離れない。あいつがお前の事を愛してくれてる、ってことは、お前が充分分かってるんじゃねぇのか?」
そう。
それが答え。
離れようとして離れるくらいなら、それだけの関係なのだ。
だが、それ以上の関係だから、雄二は苦しんだのであり、今明久が苦しんでいる。
心の底から大好きだから、きっと一生離れることができない。
「Aクラスに成宮がいる。『明久から話があるらしい』って言っておいた。お前が男なら、行って来い」
「……ありがとう雄二!」
雄二の言葉で立ち上がった明久は、握っていた缶を放り捨て、屋上扉へと走り出した。
「いいってことよ。親友」
気づかせ、気づかせてくれる、掛替えのない親友に見送られながら。