しばらくし、千春が泣きやんだことを確認した明久は、抱きしめていた手を離した。
外は黄昏時。
薄暗い月の光が少しずつ見えてきていた。
「帰ろっか。もちろん、一緒にさ」
「あ….うん…。……ね、ねぇ明君……」
「ん? どうしたの?」
ちょっと戸惑ったように、そして恥ずかしそうに明久の制服の裾を掴む千春。
その小さな口から、呟くように明久に尋ねる。
「今日…明君の家に行ってもいいかな……?」
「へ……?」
「そ、その! 別に変な意味じゃなくてさ…! なんて言うか……もうちょっと明君といたいかな……なんて…。ダメかな……?」
断わる理由などなかった。
それどころか、頬を紅潮させながら上目遣いで聞いてくる千春は明久に効果抜群だった。
理性が飛ぶスレスレで踏みとどまった明久は千春の頭を撫でた。
「もちろんいいよ。じゃあ千春の家に行こっか。着替えとか取りに行く必要があるでしょ?」
「うんっ…! ありがとっ…!」
頭を撫でる手とは逆の手を千春に差し出す。
その差し出された手を千春が握り返すと、二人は鞄を持って教室を出た。
☆★☆★☆★
「よかった……」
仲睦まじく手を繋いで帰った明久と千春を後ろから見守る二つの影。
「ようやく……じゃな」
並ぶ顔立ちはそっくりで、初見であれば見分けられないようなこの二人は優子と秀吉だった。
「坂本君のせいでどうなるかと思ったけど……結局は坂本君に感謝しないといけないようね……」
「これで少しはわしらも解放されるのじゃ……」
明久や千春の抱えていた闇。
それは優子や秀吉も同じだった。
明久が居なくなったとはいえ、あの場に自分達がいながらも犯されてしまった千春。
更には、自分達を助ける為に、わざわざ皆に見つかりにくい場所に移動したとか。
重くのし掛かる責任は、離れていく二人を見ているだけでその重さを増していく。
「ほんと、いい加減言おうかと思ったけど、何とか言わずに済んだわ……」
「このような収まり方が二人にとって最高の纏まり方じゃろうしの」
ある意味第三者視点で二人の関係を見守ってきた二人は、明久と千春のすれ違いにも気がついていた。
だが、それを自分達が言ってもいいものなのだろうか。
自分達の苦しみから逃れたい気持ちともどかしい気持ちを抑えて葛藤し、ここまできた。
最後には雄二の言葉が決め手とはなったものの、きっとこれがよかったのだ。
あの二人にとっても、共に明久と千春を見守ってきた二人にとっても。
「さて、明久と千春の仲も戻ったことじゃし、そろそろ姉上も考えんとのぅ」
「な、何のことよ……」
横目で白々しく優子を見る秀吉は口元が少しだけニヤけていた。
優子は優子で心当たりがあるのか、そんな秀吉から目を逸らす。
「彼氏にきまっておるじゃろうが。華の女子高生が彼氏の一人くらいおらんと寂しいぞい?」
「あ、あたしはまだいいのっ!」
くくっ、と笑いを堪えながらいう秀吉を怒鳴る。
放っておけと言わんばかりにふんっ、と顔をあさっての方向に向ける優子を見て、秀吉は未だ笑いを堪えながら肩に手を置く。
「もう今までの言い訳は使えんぞい? 二人の仲は戻ったからのぅ」
今までの言い訳。
それは千春と明久の仲が戻らないのに自分が恋愛なんてできるわけない、というもの。
確かにそう思っていたのは事実で、自分のために自らを犠牲にした千春の横で自分がいちゃいちゃなど出来るわけがない。
ただ、もうその理由は使えなくなってしまったのだ。
残念な事になぜか自分よりも秀吉の方がモテてしまう優子に恋愛のことなど分かるわけがない。
しかし優子にだって秀吉に対抗する切り札がないわけではないのだ。
「そんなこと言って、あんただって一緒でしょうが!」
「わしかの? わしは割と恋愛に関しては……」
そこまで言って秀吉が固まる。
それを見計らった優子は華麗に自分の肩に置かれた手を退けると、逆に秀吉の肩に手を置いた。
「男関係で、でしょ? もしかしてあんた、本当にそっち系に目覚めて男と付き合っちゃうのかしら?」
形成逆転。
今度は優子がニヤニヤする番だった。
秀吉はモテる、と言ったが、当然(?)それは男から。
要は、そんな容姿で女子と付き合えるの? と言っているわけだ。
「あたしにそっくりなのに彼女なんて出来るのかしら?」
「で、出来るに決まっておるのじゃ! わしは男じゃぞ!? ビシッと男らしいところさえ見せれば……!」
「男から告白される人が男らしいところなんて想像できないわね?」
「だ、大丈夫じゃ! 姉上は男らしいからきっとわしも男に見られるのじゃ!」
「なんですって!? あたしのどこが男らしいのよ!」
「胸」
「人の気にしてるところを言うなぁぁーー!!」
その後、鏡に写したような双子の痴話喧嘩は鍵の確認に来た西村先生に見つかるまで続いたらしい。
☆★☆★☆★
優子や秀吉とは別に、手を繋いで帰る明久達を見守る人物が2人いた。
「どうやら上手くいったようだな……」
「………よかった」
その二人とは赤髪が印象的な長身の男、坂本雄二と長い黒髪の美少女、霧島翔子だった。
数時間前、明久のお陰で霧島と気持ちを通じさせることが出来た雄二は、今度は自分が明久達を何とかしたいと行動した。
明久達が上手くいったのをみてほっとしたものの、雄二は必ず二人が成功すると思っていたのだ。
何故なら、二人はびっくりするほど自分達と似ていたから。
隣で自分と同じようにほっとしているこの美少女の隣に立つことは許されることなのだろうか?
そんな答えはまだ出ていない。
また、この先出すつもりもない。
あの手を繋いでいる少年と同じように、これからは隣に立つ少女のことを考えて生きていけばいいのだ。
決して自分を選んだことを、隣にいる少女が後悔しないように。
「んじゃ、俺たちも帰るか」
「……雄二、待って」
鞄片手に歩き出す雄二の制服の裾を掴む霧島。
今までこんな風なことはなかったので、不思議そうに雄二は振り向いた。
「……今日、雄二の家に泊まってもいい…?」
首を傾げ、その綺麗でサラサラとした髪を揺らしながら聞く霧島に、雄二は思わず顔が火照る。
こんなに下手な霧島は初めてだった。
こんな頼み方断れるわけないだろ…と思いつつ、再び歩き出す。
「さっさと行くぞ翔子」
「……ダメなの…?」
「お前の家にだよ。着替え取りに行くぞ」
「……うんっ!」
嬉しそうに自分の腕に抱きつく幼馴染をみて、こんなに自分が翔子の笑顔に弱かったのか…と改めて知る雄二。
まさか、自分たちが明久達と似たようなやり取りをしているとは知らずに、二人もまた、仲良く歩き出すのであった。