夕食後。
どうしても片付けをやりたいと言う千春に今度は明久が押し負け、千春が片付けている間に風呂に入った明久。
風呂から上がると、時間は早いもので10時を回っており、二人は寝ることにした。
「じゃあ、千春は姉さんが使ってた部屋を使って寝て」
「明君と寝たいっ」
千春に今の明久の言葉は届いていたのだろうか。
明久の発した言葉を完全に無視し、明久の腕に抱きついて明久の寝室に共に入ろうとする千春。
流石の明久も慌てて立ち止まる。
「だ、ダメだよ千春! 流石に寝るときは……」
「むぅ……。別に私は明君になら何をされてもいいもん……」
「冗談でもそんなこと言わないの」
いくら千春が明久が好きだとはいっても、その言葉には無理がある。
ただ、そういうことが言えるほど、千春は明久のことを信用しているのだ。
千春は明久の腕から離れると明久のベットにダイブ。
ムクっと起き上がって明久にちょいちょいと手招きをする。
「ち、千春……」
「明君が悪いんだよ? ずっと私の側にいなかったんだもん……。少しは甘えたくなるよ……」
それを言われると何も言い返せない明久。
暫く『ううっ〜』と唸ったあと、大きくため息を吐いてベットへと向かった。
「分かったよ。その代わりどうなっても知らないからね?」
『アーメン、どうか理性が壊れませんように』とキリスト教徒でもないのにイエスに神頼みした明久は布団に入る。
それと同時に当然の如く明久に抱きつく千春。
まるで親に甘える子供だ。
千春にそう言おうとした明久だったが、抱きつく千春の異変に気が付く。
「千春……? 震えてる……?」
ガタガタと小刻みに震える千春。
何故だか理由は分からない。
突然震え出したのだから。
なのに、何も分からないはずなのに、明久は何かを悟り千春を抱き寄せた。
「怖かったんだね……?」
そんな明久の問いに、千春はコクリと明久の胸で頷いた。
「今ね…明君と寝てて、一気に安心したの…。そしたらね…我慢してた怖さが今更出てきちゃった…」
今日の試召戦争。
鮮明に蘇ってしまった悪夢。
その時の恐怖が、本当に甘えられる人を前に体に現れたのだ。
「今日、怖かったんだよ……。坂本君が『男子ばかりのFクラスに連れて行く』って言った時……」
あの時雄二はまだ本気で霧島に嫌われようとしていた。
ラストチャンスを前にして迫真の演技をする雄二はあまりにもリアルで、それが尚、千春に恐怖を与えたのである。
「あの時もね、男の子ばっかりの場所に連れられたから……また…あんな想いしなくちゃいけないかって思ったんだ……」
冷静な判断力があれば戦争中にそんなことをする訳がないというのは分かる。
しかし、どう考えてもムッツリーニに捕えられていた千春にそんな冷静な判断が出来るはずがない。
「なんでだろうね……。何で今怖くなっちゃったんだろ……」
とはいいつつも、未だ千春の震えは止まらない。
明久は小さな千春を強く抱きしめる。
「ん……」
少し強かったのか、千春から声が漏れる。
「怖かったよね…。そうだよね…」
諭すようにゆっくりと千春の頭を撫でていく。
段々と湿っていく明久のパジャマは、千春の涙が零れている証である。
「怖かったよぉ……寂しかったんだよぉ……。明君はぁ……明君はぁ……助けに来てくれないと思ってたからぁ……」
泣きじゃくる千春はこんなにまで小さかっただろうか。
ずっと見守ると言ったが、いざこうして近くで見ると、全然見ていなかったのだと実感する。
千春は本当に誰かに助けを求めていたわけではない。
ただ、自分の為に頑張ってくれる人がいるという支えがほしかったのだ。
明久という千春の中で最大の支えとなる人が離れていた時にムッツリーニに捕えられた。
それはきっと神楽達に捕えられた時よりも怖かっただろう。
「だけど……っ…明君が助けてくれて…っ…今一緒に居て……っ…本当にホッとした…!」
また自分の元に帰ってきてくれた。
その日を終わろうとしている自分の前にまだ一緒に居る明久に抱きついた時に、夢ではないんだと実感した。
「ずっと一緒に居てね…? 約束だよ……?」
「うん、約束だね」
常人が経験することのない悲しみを乗り越えたこの二人ならば、普通の高校生が交わすようなものではないこの約束も、きっと永遠に守られ続けるだろう。
春初々しい4月中旬。
明久のベットには、神々しい月光が差し込み、その柔らかい光が二人を包み込んでいた。
☆★☆★☆★
オマケ
「ヤバい! 遅刻するぅ!」
「明君っ! 何で時計が止まってるの!?」
翌日。
仲良く抱き合いながら眠りに落ちた2人だったが、朝起きてみると7時40分。
文月学園に登校時刻の8時半に着くためには8時までには家を出ないといけない。
残り20分の制限時間、2人は慌てて準備を始めた。
「ごめん千春! 僕の部屋のクローゼットにネクタイがあるからとってきて!」
ダッシュで朝ごはんを作る明久はフィンガーフードのサンドウィッチを作っていた。
その最中に、自分の制服にネクタイがないことに気づき、千春に頼む。
勿論千春は快く了解し明久の部屋に向かった。
が、そこで問題が起きた。
「あああ、明君っっ!!!」
「な、何っ!?」
突然明久の部屋から聞こえた怒鳴り声。
ドタドタとリビングに千春が走って戻ってき、その手に握られていたのは……
「こんなの酷いよ! 裏切りだよ!」
「し、しまった! 忘れてた!」
まぁ……所謂【聖書】だ。
内容は……あえて伏せておこう。
明久はクローゼットの中に隠していたのを忘れて千春に頼んでしまったのだ。
「ううっ……それは私はそんなに胸は大きくないけどさぁ……」
「べ、別にそういうつもりじゃないんだって! それに千春はそこそこある……って僕は何を言ってるんだぁ!?」
自分の胸に手を当てて俯く千春に明久は弁解する。
補足だが、千春の胸はC。
これはムッツリーニ調べで明久はすでに知っていた。
「ああっ! もう遅刻しちゃうよ! とりあえず明君の説教は学校でするからねっ! サンドウィッチ持っていくよ!」
「ちょっと!? なんでその本を鞄に仕舞うの!?」
千春はサンドウィッチを咥えながらネクタイをつける明久の片手を握って走り出した。