ドンッ!
元Bクラス、現Fクラス教室。
明久は雄二の胸倉を掴むと、そのまま雄二の体を壁に押し付けた。
「雄二……! 貴様は自分が何をしたのか分かってるのか……!?」
怒りに満ちた明久の手には力が入り、殺気立った目で雄二を睨んでいる。
「……成宮を拉致した……だろうが」
何も悪びれる様子もなく言い放つ雄二に明久は更に苛立つ。
が、深い深呼吸をして何とか心を落ち着かせる。
「雄二は……千春が何で男性恐怖症なのか知ってるか……?」
「……知るかよ」
「………弥生中強姦事件」
「は……?」
ポツリと言い放ったその言葉に、興味なさそうな雄二の態度が変わる。
「弥生中強姦事件。雄二は知ってるだろ……?」
「それってあの……警察沙汰になったあれか……?」
「そうだよ。その事件、誰が被害者か知ってる…?」
「お、おいまさか……!」
「そうさ。そのまさかさ。被害者は雄二が拉致した千春なんだよ……!」
声を震わせながら話す明久の表情には恐怖の顔がとってみえた。
その当時の光景がフラッシュバックし、明久の頭をよぎる。
あの時、明久はどれほどの絶望を感じたのか。
護ってやれなかった事実は、今現在男性恐怖症として千春の体に残っている。
悔しさからなのか、雄二への怒りにからなのか、明久は目に涙を浮かべてギリッと雄二を睨みつけ、言った。
「やっと……やっと千春も忘れてきたって言うのに……! 表面上だけでもやっと元に戻りそうだったのに……!」
よりにもよって、雄二が与えたのは拉致の恐怖。
それは千春の過去を呼び戻すのに充分なものだ。
「千春は溶けそうな雪だるまと一緒なんだよ……! 光を浴びてるけど、必死に崩れないように努力してきたのに……! なのに……! 雄二はそんな雪だるまに熱湯を浴びせたんだ……!」
人は一瞬にして崩れる。
過去とは一生消えないものであり、そしていつでも簡単に蘇る。
必死に声を絞り出す明久だったが、怒りを覚えながらも何故か雄二を殴らなかった。
「明久……殴れよ」
「殴れるわけないだろ……! 雄二は僕の数少ない気の置けないやつなんだ……! お前の……目的を……この戦争を起こした理由を聞くまで殴れるもんか……!」
多少ながら明久は感じていた。
きっと、雄二が千春を拉致したのは、自分が試験召喚戦争に参加しなかったからだと。
自分を含んでの作戦を使えなくなった雄二が選んだ苦肉の策だということを。
雄二は他人を無闇に傷つけるようなことはしない。
そんな雄二がここまでしたのには、それだけ雄二が追い詰められるような事情があったからなのだろう、と。
明久はそう考えたのだ。
「俺がこの戦争を起こした理由……か。粗方、目星は付いてるんだろ……?」
「霧島さん関係……じゃないのかな…」
「ビンゴだ」
雄二は胸倉を掴まれたまま、何処か遠い目をして話した。
「詳しく話すと長い話になるんだが……俺が元神童だったってことは知ってるよな?」
「まぁ……一応は……」
「その頃な、俺もある事件……とはいえ、警察沙汰になるようなことではないんだが、ちょっとしたことに巻き込まれた。頭がよかった俺に僻んだ上級生が俺に喧嘩を売ってきたわけだ」
その昔、神童というレッテル故、雄二には友達という友達がいなかった。
雄二は雄二で、友達という存在は必要なかった。
ただ、その時唯一雄二が話していたのが霧島だった。
また霧島はお嬢様だということに付け加え、何でも出来るわけ存在でありながも、無口無表情で異質な、クラスから浮いた存在だった。
そんな中、家が近いという理由もあって雄二と話すようになった……というよりは、霧島から雄二に話しかけていたのだが、その事が上級生との喧嘩の際に裏目に出てしまったのだ。
「俺はな、今みたいに喧嘩は全く持ってダメだった。勉強さえしていればいい。そんな考えだったんだ。だから上級生に喧嘩を売られた時も、真っ向から拳をぶつけ合うつもりなんて微塵もなく、上級生を嵌めようとした。だが、予想外にもそこに翔子が巻き込まれてしまったんだ……」
小学生の、そして神童であった雄二はその事をどう捉えたのだろうか。
自分の考えが上手くいかなったのは初めてだった雄二にとって、それは人生最初の試練だったのかもしれない。
「先生に伝えに行こうと思ったんだが、同時期に翔子が転校しないといけなくなるかもしれない、という話を聞いてな。もちろん、翔子は転校したくないと言っていたんだ。その時だ。俺は自分の無力さを知った……」
項垂れながらいう雄二は、明久が初めてみるほど頼りなかった。
しかし、その姿は千春に対して何も出来なかった自分の姿を見ているようで……
「結局、翔子を逃がして俺はボコボコにされた。情けなかったよ。ただ、もう一つの誤算がそこで起きてしまったんだ……」
「……霧島さんが、雄二に惚れてしまった……」
「そう…」
何となく、明久にも分かった。
必死に自分を、負けると分かっていたのに自分を守ろうとしてくれた雄二に、霧島は恋心を抱いてしまったのだ。
「その事件がきっかけで私立中学からの推薦は取り消し。分かるか明久……?」
「え……?」
「翔子は有名企業の社長令嬢だ…。勿論、成金令嬢とは違う、昔からの由緒ある家柄だ……。そんなやつを、神童という肩書きを失った俺が幸せに出来ると思うか……?」
その時、明久は驚いた。
こいつは、神童の肩書きを失ったことを霧島さんのせいにすることなく、しかも、そんなことよりも霧島さんのことを考えたのだ。
雄二は霧島さんのことを最優先に行動していた。
では、何故今は……?
そんな疑問は続く言葉に答えがあった。
「俺は悩んだ……。だが、神童と言われたその頭は、いい答えを出してはくれなかった。本当に役に立たない頭だ…」
「まって…….もしかして雄二…」
「あぁ…。そこで俺が取ったのは悪いレッテルを貼ること。だから中学では一転して『悪鬼羅刹』と呼ばれるまでの不良になったわけさ……」
神童からの突然の転落。
周りは神童の肩書きを剥奪された弾みだと思っていたが、事実はそんなものではなかったのだ。
「だがよ……人生ってのは上手くいかないもんだよな……」
何時の間に明久は手を離していた。
「周りは悪鬼羅刹と呼ばれるようになった俺を更に避けるようになったのに、翔子だけはずっと俺の側に居てくれた……」
「人は、良かれと思った行動でドツボに嵌ることがある……などと聞いたことがあるのじゃが、まさにそれじゃの……」
「あぁ……。本当に辛かったぜ…。嬉しいんだよ…。翔子が俺に声を掛けてくれる、俺を気にかけてくれることが……」
ただ、その喜びは更に雄二を追い詰めていた。
こんな不条理なことがあってよいのだろうか。
一人の男子と一人の女子。
互いの強い想いが作り出したすれ違い。
ただそれだけのことなのに……
「でもよ……高校に入ってそろそろ
自分はお前を下のクラスに引きずり下ろすことが出来るんだぞ。
そう見せつけることで、雄二は霧島が自分を嫌ってくれる。
そう考えた……いや、そう願ったのだ。
「でも、僕が戦争の参加を断った……」
「そうだ。俺はお前に期待をしていた。Aクラスを倒すにはどうしてもお前の力が必要だった」
あの時雄二はどれほど焦っただろうか。
試召戦争という下克上のようなシステムは、まさに相手に怨みを買わせる絶好の制度だと言うのに。
そして、必死に策を考えた雄二に、皮肉にも元神童と呼ばれたその脳はアイデアを与えたのだ。
「そうだ。成宮を拉致すればAクラスを脅せる。それだけじゃない。翔子に、俺はこんなことまでするんだぞともっと見せつけるチャンスにもなるじゃねぇか、と」
要するに、明久は雄二の最大にして最凶の策の発案に協力してしまったわけだ。
つまり、これもまた良かれと思ってした行動が裏目に出たというわけだ。
「でも結果…この有様だ…。成宮の事情を知らなかったにしても、俺はあいつにとんでもないことをしてしまった。後でタイミングをみて謝ろうと思ったが…どうやら拒絶されてしまいそうだな……」
「そういえば、ムッツリーニは何故、雄二に協力したのじゃ……?」
秀吉が思い出したようにムッツリーニに問いかける。
情報屋であるムッツリーニが、千春が男性恐怖症であることを知らないはずはない。
「……俺は雄二と同じ小学校だった。そして俺は当時、皆からハブられていた」
無口で何を考えているのか分からない。
オマケにエロくてバカ。
そんなムッツリーニに話しかける者など当時はいなかった。
「……ある日俺は上級生に脅された。内容は雄二の行動パターンを教えろ、というものだった」
誰も頼れる人物がいなかったムッツリニーは、怯えながらもその指示に従い、教えた。
当時から盗聴盗撮などの技術に長けていたムッツリーニからすれば、そんなことはたわいもないことだった。
「……あの事件は半分俺が招いたことでもある。それだけじゃない」
ムッツリーニは強く雄二を見つめた。
「……こいつは知っていたんだ。俺が上級生に情報を流したことを。だが、雄二は怒ることなく、それどころか、それをキッカケに俺と仲良くしてくれた」
その頃のムッツリーニにとって、それほど救われたことはない。
灰色のような学校生活を一気に明るくしてくれたのは他でもない雄二だったのだ。
「……俺は雄二と霧島の事情も知っていた。俺としては2人には幸せになって欲しかったが、雄二はそれを望まなかった。だから俺は雄二の策に協力した」
恩返し。
誰も周りに人がいなかったあの頃はムッツリーニにとってのトラウマでもある。
だから、雄二への恩返しは雄二の心の闇を取り除くこと。
例えそれが人に外れた行動であったとしても。
「ムッツリーニには感謝している。今回の戦争で、成宮に悪いことをしたとは思うが、後悔はしてない。あそこまで言ったんだ。流石の翔子も俺を嫌ってーー」
ドスッ!
「ガッ……!? あ、明久……!?」
雄二の言葉を遮るように、明久が雄二の腹部を殴った。
「これは僕の二つ分の怒りだ……。一つは千春を苦しめたこと……。そしてもう一つは霧島さんを苦しめたこと……」
「お、おい明久……? 今の話を聞いてたのか……?」
「聞いてたさ……。だから言ってるんだろ……? 頼むよ雄二……。雄二はまだ霧島さんの側に居てあげられるじゃん……。僕と違って近くで護ってあげられるじゃん……。だからさ……護ってあげてよ……。もっと……もっと近くでさ……」
今回の話。
明久と雄二は非常に似ていた。
共に一人の女子から離れるために行動していた。
ただ、一つだけ大きな違いがある。
霧島はまだ傷を負っていない。
それは雄二が結果として霧島を守ることが出来たからだ。
しかし明久は違う。
男性恐怖症という形で、千春は傷が残ってしまった。
だから明久は雄二に霧島を護って欲しいのだ。
自分が護りきれなかった分を雄二に託したいのだ。
「明久……」
そして、その時だった。
ドンッ!
大きく鳴った扉の開く音。
「….…雄二……っ!」
「しょ、翔子……?」
そこに立っていたのは涙を流し、最愛の彼の名前を呼ぶ女の子、霧島の姿だった。