それは四人の『家族』
これはその最後の一人がやってくるお話。
「オラァ!」
都会の摩天楼にサーシャの声が轟き渡る。その手から放たれた衝撃波は追手の何人かを巻き込むとビルに爪痕を刻む。
海を渡り、辿り着いたこの国でも自分を追う影はいた。
「しつけぇんだわ!」
激情あらわに叫ぶ彼は息も絶え絶えにその手を振るう。影が幾つも消えた。
世界最大宗教の一端。その異端審問官は少なくはない。
倒しても倒しても、影から姿を表す彼らにはすでに苛立ち以外の感情はなかった。
長らく血を飲んでいない。真祖の自分には必ずしも必要ではなかったが、無いのでは無いで力を削ぐ一因となる。
本来なら別の形でエネルギーを摂取するのだが、この慌ただしい状況ではただ自分の総量を減らすだけであった。
やがて誰もいなくなった高層ビルの屋上で膝をついた吸血鬼は涎を垂らしながらも、歯を食いしばる。
「こんなとこでやられるかよ!」
粋がった彼はフラフラと立ち上がると次の逃げ道の為に飛び立とうとする。
だが。
その身体はいうことを聞かなかった。
「・・・はぁ?」
勢いよく次の悪態は出たが、身体はそうではない。膝から力を無くしていく彼は地上を目指して落下をはじめる。
「嘘だろ・・・」
吸血鬼、アレクサンドル・ラグーザは、その身体から力を無くすと地面への旅路に向かっていった。
社築の朝は早い。
彼はその身に刻まれた社畜の魂から、休日でさえも早起きを強いられていた。
「ふわぁ・・・」
大きな欠伸を一つ。
身を起こすとさらに伸びを一つ。
そして最近当たり前になった同ベッドの住人に目を落とす。
『彼女』は今日も隣に寝ていた。
「なんだかなぁ・・・」
すやすやと幸せそうな寝顔で眠りこける彼女こと、ドーラ。
先日から二人目の家族となった彼女は何度お願いをしても自分のベッドに潜り込む癖が抜けない。というか絶対に潜り込んでくるのだ。
「・・・」
最初は照れていたのだが、何度も何度も続くと少しだけ慣れるというのか『それがあたり前の日常』と割り切れるようになった自分がいた。
いや、割り切らないといられない自分がいるのだ。
まぁ待て。考えてもみてほしい。
どう見ても見た目綺麗な彼女が毎晩の様に自分唯一にして最後の陣地に入り込んでくるのだ。
しかも『ここが一番寝心地がいいんじゃ』などと言ってくるんだぞ?
耐え難い誘惑に堪えている自分は意気地なしの誹りを受けようとも、紳士たる事に違いはないはずである。・・・決してヘタレな訳ではない。違うぞ?
そんな自問自答を今日も終えた社築は深呼吸を終えると、彼女を揺り起こす。
「あ〜、ドーラ? 朝だぞ」
「ん〜?」
もう少しだけとぐずるドーラであったがカーテンの隙間から差す光に反応したのか、渋々身を起こすと社に続いてパジャマを着た身体を伸ばした。少し前まで『めんどくさい』という理由で着なかった事を考えれば随分の進歩だ。
「おはよう・・・」
「おはよう」
朝の挨拶を交わすドーラと社。彼女は目を擦りながら欠伸をする。そうして隣の男性ににへっと笑う。
「今日は早起きじゃな〜」
「・・・休日だしな」
「えらいぞ〜」
寝ぼけながらも自分を褒めてくれる彼女はのそのそとベッドを抜け出すと尻尾を一振りした。朝日に紅い鱗を煌めかせた彼女はもう一つ欠伸をするとドアを開けてリビングに向かっていく。
その背中を見送った社は『布団でも干すか』と思い立ち、自分もそこを出た。
出るまでに僅かに時間がかかったが、原因は不明だ。彼の名誉からすれば、決して『たてなかった』わけでない。
「ふぅ・・・。さて、と」
それから少しだけ後の事。社は布団を干す為にベッドを抜け出すと、とりあえずカーテンを開けた。
そして、窓ガラスの先、ベランダを見て彼は固まった。
「・・・え?」
布団を干すべきそこに引っかかる青年を見受けた社築は更に喉から音を立てる。
「はぁぁぁぁぁ⁉︎」
自分でも予想以上の声量が喉から飛び出した。
「どうしたんじゃ、築!」
「パパ⁉︎」
その声に扉を開けて飛び込んでくるのはドーラと既に起きていたのか、ひまわりの声。
慌てた様子の二人は社に顔を向けるが、言葉が続けずパクパクと口を開いたり閉じたりする事しか出来ない彼は何とか指差す事で自分の驚きを表現した。
「は? これ? えぇ?」
精一杯の言葉で困惑する彼は何度もその先を指さす事を繰り返す。ぶんぶんと振られる人差し指はベランダに布団の代わりに干される青年を指している。
そしてようやく出て来たのはメガネのツッコミ役みたいな台詞だ。
「オイィィィィ!! なんかいるんだけどぉぉぉぉ⁉︎」
流石のオタク君である。
三人の前には一人の青年が眠っていた。
「起きないね」
「そうだな」
その横顔を見ながらそれぞれほぼ同一のコメントをするなか、ドーラは濡らしたタオルを変えてやる。社のベッドで眠る青年は年頃にして十代後半だろうか。
彼は傷だらけであった。
その白絹を思わせる肌は所々切り傷や打撲跡に塗れている。特徴的な長い銀髪も一部不自然に短く、焼け焦げた様になっていた。寝息静かに眠る青年は三人の前で目を閉じたまま規則正しく胸を上下させている。
それを見たドーラだけが彼の素性を看破していた。
「築、ちょっと」
社築の袖を引っ張り、部屋の外へと連れて行くドーラ。その顔はいつもと違い、少しだけ険しい。彼女の力に引っ張られた社は扉の閉じる音と同時に彼女に顔を寄せられた。
「おい。気がついておるか?」
「な、なにをでしょう」
「あやつ、ヒトではないぞ」
その言葉に目を見開いた彼は咄嗟に扉を見た。反応を得たドーラも扉に目を向けて語り出す。
「奴の身体は微弱ではあるが魔力が纏われておる。それもヒトでは得られぬ、魔の者の持つそれじゃ」
「それって・・・」
「あぁ。わしと同じく別の世界から来たんじゃろう」
「異界と私たちの世界は、そんな簡単に行き来できるのか⁉︎」
「コツさえ掴めば簡単じゃよ。ま、ある程度の魔力量は必要じゃけどな」
さも当然と返す彼女に社は何と言えばいいのかわからなかった。自分は普通の人間だ。ドーラが転がり込んできた時に色々と聞いてはいたが、あまりの情報に半ば思考放棄してしまったのも事実。いくらアニメや漫画が好きな自分でも、あくまでフィクションのそれだと考えていたのだから無理もなかった。
そんな不安から見る見るうちに顔を曇らした社築が口を開く。
「危険は、ないのか?」
彼の懸念にドーラは答えを窮した。自分の見立てによれば、あの彼は『吸血鬼』であろう。それもこの日中でもダメージを負う事なくいる事を考えれば噂に聞く真祖の一族である事に間違いは無い。
真祖。
それは全ての吸血鬼の大元となる存在。
ハイデイライトウォーカーとも呼ばれる彼らは滅多な事でヒトの世界にやってきたりはしない。
世間一般で吸血鬼と呼ばれ、害をなすのは彼らから派生した下位の存在だ。一部の暴走した真祖により力を得た吸血鬼は度々この世界にて騒ぎを起こしている。しかしその度に人間による対吸血鬼の組織や、秩序を主とする真祖達により粛清され、世界は平和に保たれていた。
「・・・わからん」
そう答えたドーラには確信がない。
彼の出立ちからすると高位の真祖である事は明白だ。擦り切れ、だいぶくたびれてはいたが彼の着ていた衣装は相当に丁寧な縫製がされており、それどころか対魔術式に対する加護がかけられていた。それも相当に高度な術式。真祖といえどもピンからキリまで居る。その中でも最上級の対魔術式を仕掛けられるとは真祖の中でも『貴族』と呼ばれる一族だ。
「言えるのは・・・奴はだいぶ高位の吸血鬼というだけかの。そのランクの奴らは無闇にヒトに危害を加える存在ではない。己が血を尊び、無駄に眷属を増やさず、その存在を最上と意識しておる」
「なんだか知ってる『吸血鬼』とは少し違うみたいだな」
心配顔で顎に手を当てて考え込む彼にドーラは一歩近づくと社の手に自分のそれを添える。
「大丈夫じゃ。何かあったら何とかする」
「ドーラ」
「お前達はわしが守るよ」
「・・・それはそれで男として情けないんだけど」
社とて一人の男としてのプライドがある。ましてや彼の前にいるのは好意を持つ女性であった。
彼女を守れる男でいたい。
彼女の前に立てる男でありたい。
彼は、そう考えていた。
だがファイアードレイクと人間の戦力は比べるまでもない。出会った頃、その力の片鱗を目撃した自分としては情けない限りだ。
そんな彼の感情を読み取ったドーラはその手を彼の頬へ移すと一言だけ返す。
「築の強さはわしとは違うぞ?」
見つめ、告げる言葉に今度は彼が答えを窮した。
だが何とか言葉を返そうとした瞬間、彼らは部屋の中で起きた大きな音を聞く。何かが弾け、液体が溢れる音が扉の先から聞こえてくる。
それを聞いた二人は慌てて扉を開く。
社とドーラの目に映ったのは腕から血を流し蹲るひまわりと、上体を起こして荒い息を吐く銀髪の吸血鬼だった。