「インフォームド・コンセント?知らない子ですね」
「ひゅ~べろべろばぁ!」
悪夢にうなされ起きると、目の前に唐傘お化けがいた。
私は両手を挙げて驚いたフリをしてあげた。
演技で腹が膨れるのか、膨れないのか…彼女は満足そうに笑う。
「うなされてたけど大丈夫?」
「大丈夫…。嫌な夢を見てた気がするけど内容を覚えてない」
「灼けたアスファルトの上をのたうち回る大根ミミズがどうとかって言ってたよ」
…全然覚えてない。
やがて彼女は私から他の何かに関心が移ったらしくどこかへ行った。
ここは団子屋だ。いつ寝てしまったか…。
まだ眠い。
目を半開きにしてボーっとしていると目の前に箒に跨った白黒が下りてきた。
「おーい、霊夢。こんな所にいたか。探したんだぞ」
「何か用?」
「何か用?じゃないよ。忘れたのか?最近文々。新聞が届かないって事で、明日一緒に射命丸の所に行こうって話だったじゃないか」
あー…そういえばそんな話をしていた気がする。
でも私が契約してる訳じゃないしどうでもいいと言えばどうでもいい気がする。
魔理沙は広告に霧雨魔法店を載せてるから他人事じゃないみたいだけど。
「広告なんかつけちゃって、あんたの店に誰が何を買いにくるのさ」
「はは、客は商品を目当てに店に来るんじゃないんだよ」
喧嘩の売買でもしてるのか?
私は欠伸をすると団子の代を支払って神社に向かって歩き出す。
慌てて魔理沙が追いかけてきた。
「ちょちょ、どこへ行くんだよ」
「帰って寝る」
烏天狗の顔を見ないぐらいが何だというのか。
新聞なんて取ってないし正直どうでもいい。
本当に大事な事は誰かが勝手に私の元に知らせに来るし。
それよりも今日は晩御飯を悩んでいたのだ。
魚釣りにでも行こうかな。
「ちぇっ、なんだよ冷たいなぁ。いいじゃんかちょっと付き合うぐらい」
今日の魔理沙はやけにしつこいな。
『面白そうですね、私も混ぜてください』
声が聞こえた。近くの小さなお堂からヒュンと勢いよく飛び出してきた。
早苗だ。心臓に悪いからその移動やめて欲しい。
「うわっ、早苗が生えてきた!」
「人を菌糸類みたいに言うのやめてくれませんか」
事情は良く分からないが本社や分社を距離に関係なく瞬間移動してくる。
おーぷんわーるどで言うふぁすととらべるだとか何とか言ってた。何の事だか。
新聞が届かない話をすると早苗も困った顔をする。
「守矢神社も新聞に公告打ってるのか?」
「いえ、関連企業の提灯記事を書いてもらってるんです」
関連企業の提灯記事…?
よく分からないけど祭りとか的屋の話?
「とにかく、調査しないといけませんね。私も手伝いますよ」
「助かるぜ。どこかの霊夢ダックとは大違いだな」
「その喧嘩、買った」
「悪いが品切れだ。また今度な」
あまり気乗りはしないが、断る雰囲気でもなくなったので3人で妖怪の山に出かける事になった。
私達は妖怪の山にやって来た。
最近は生意気にも通行証とかいるらしい。
私達は顔パスなので関係ないのだが、妖怪やら人やらは苦労するんだろうな。
彼女の自宅…あるいは職場は段々畑の隅にポツンとあった。
案内してくれた白狼天狗を掴み上げる。
「それで、あの場所で間違いない?」
「間違いありません…。だからもう乱暴しないで」
私は乱暴なんてしてない。ちょっと胸倉を掴んでお札でビンタして居場所を聞いただけだ。
もし嘘だったとしてもそこら辺を歩けば白狼天狗はたくさんいるだろう。
だから放してあげた。
「いやあ、妖怪の山の中をこうも悠々自適に練り歩けるとは思わなかった」
魔理沙が笑う。早苗もうなずいた。
「いやぁ、『鼻の穴から指突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろかい!』ってセリフを霊夢さんに言わせてみたいです」
後ろで盛り上がる2人。私を何だと思ってるのか。
割としっかりした家かと思いきや、所々穴が開いたりボロくなっている。
修繕した方がいい箇所も散見された。
こんなあばら家にいるんだろうか。
ドアベルもないので呼びかけるが応答はない。
やむなしに中に入ると、例の烏天狗がビールジョッキを片手に机に突っ伏していた。
私は肩を揺さぶってみた。彼女はゆらりとこちらを向いた。
目元が少し腫れている。泣いていたのかもしれない。
「あ…おはようございます霊夢さん」
「おはようってあんた…」
もう昼過ぎだ。
彼女はため息をつきながらビール瓶をジョッキに傾ける。中身は空だった。
明らかに何かあったのは間違いない。何があったのかは想像もできないが。
この調子では記事の執筆どころではない。
「それにしても荒れてるな…。一体どうしたんだ?」
魔理沙が辺りを見渡しながら言った。
「別にどうもしませんよ。それより、誰か酒持ってません?」
当たり前だが誰も持っていない。彼女は立ち上がると近くの棚を探し出した。
その足元はおぼつかず千鳥足だ。
果てには転倒してしまった。
「事情はわかりませんが、まずは寝かせてあげましょうよ」
「何で私が烏天狗の世話なんか…」
早苗は押し入れから敷布団を用意し、そこに彼女を寝かせた。
魔理沙も近くの物を整理整頓している。
私だけ棒立ちと言うのもアレなので仕方なく軽く屋根とか壊れた場所の応急処置をしてあげた。
しばらくして起きた彼女は尚もぼんやりとしていた。
誰から声をかけていい物やら分からずじっとしている。
起きているし声は聞こえているのだ。
このままじゃ埒も明かないので私が口を開いた。
「次はお粥が欲しいだなんて言わないでよね」
「…バレてしまいましたか」
こいつが言うと冗談なのか本気なのか分からない。
まあ軽口を叩けるぐらいには元気になったんだろう。
しばらくして語り出した。
「豊聡耳神子に工作の現場を押さえられたんです。次は花果子念報に情報を流すとまで釘を刺されてしまいまして」
私はため息をついた。
「何かと思えば自業自得じゃない。これを機に真っ当な仕事をする事ね」
「安心、信頼、安全、真っ当なんてフレーズはは小市民向けに唱えられる頭脳労働者のまじないみたいなモンです。大人のビジネスに子供じみた正義感を振りかざさないでください」
あのな…。
より需要のある情報でなければ記事にはできない。
この幻想郷では様々な事が起きて民衆は並大抵の事では驚かなくなってしまっている。
不作が続けば広告の契約も解約されてしまう。
しかし、見張りがあってはどうする事もできない。
思い悩んだ結果が今に至るという事らしい。
「…正直、もう筆を折ってもいいんじゃないかとも思うんです」
彼女は窓の外を眺めながら言った。
「別に記者やらなくても生活に困りませんしね。半ば趣味みたいなもんです」
口調こそは穏やかだが、彼女の掛布団を握る手が拳を作っていた。
分からない。生活に困る訳でもないのにどうして不正までして筆を執るのか。
執筆活動が好きだから?空を飛ぶ建前が欲しいから?話すのが好きだから?
魔理沙はバッグから他社の新聞を取り出して彼女の足元に投げた。
彼女にしては珍しく露骨に不快な表情をした。
「読めよ」
「私、貴女の事が嫌いです」
言いながらも、渋々と記事を読む。
その表情はとても険しい。
私は魔理沙にどういうつもりなのか聞いたが、「まあ見てなって」と言って答えてくれない。
早苗に視線を送るも彼女も肩をすくめるだけだった。
読み終えた彼女はそれを乱暴に投げ捨てる。
「文字数は稼ぐだけで中身がない。事実関係の洗い出しもダメ、ロクな裏取りもない、論説は見当違いにストローマン論法。…私がいなくなったら、こんな物が人間の里の情報媒体に…」
職人気質って奴なんだろうか。
彼女は落ち着かなくなって見るからにイライラしだす。
ついに立ち上がると身だしなみを整えだした。
「ちょ、ちょっと大丈夫なんですか?もう少し休んだ方が…」
早苗が心配して声をかけるがお構いなしだ。
「私だって休みたいですよ!魔理沙さん、恨みますかね!!…ああもう、急いで入浴済ませて来なきゃ…」
困った顔をしていたが、どこか楽しそうでもあった。
魔理沙はポンと手を叩いた。
「烏の行水か」
魔理沙はスタスタとやって来た射命丸にビンタされた。早苗も無言で彼女を平手打ちした。私もその横っ面を引っ叩いた。
「皆して酷くない?」
烏天狗が仕事に戻ったので、私達も妖怪の山を後にした。
私は神社の縁側でぼんやりとしていた。
結局、なんで昨日は団子屋で寝てたんだっけ。
店員も起こさなかったし…。
どうもその辺があやふやだ。
「こんな所にいた!全く、勝手にいなくなるなよなー」
誰かと思えば、永遠亭のウサギだった。
えっと…名前は何だっけ。まあウサギはどれもウサギだ。
「忘れるなよ、これは飽くまで治験なんだから被験者にいなくなられたら困るんだよ。金だって払えなくなる」
あ…思い出した。そうだ。バイトで新薬の治験に参加したんだった。
彼女が何か用事で席を外した後でのんびりしてたら眠くなって…。
この辺りの記憶が曖昧なのは薬のせいなのか何なのか…。
とにかく服用後の話をした。彼女は腕を組んで考える。
「うーん…。分かった。今から1時間と30分後に永遠亭に来て」
「分かった」
募集はしていたものの希望者は出なかったらしい。
給料が良かったので私が申し出た訳だが…。
治験の場所の提供として団子屋があったから寝てても注意されなかったんだ。
あまり説明を聞いてなかったけど何の薬だったんだろう。
眠気も関係あるのかな。後で聞いておこう。
ウサギが去って行った。
1時間半か…。どう時間を潰そうか。
そう思っているとポサリと隣に新聞紙が落ちてきた。
ああ、まさしく文々。新聞だ。
私は新聞紙を開くと、横になって顔に被せて眠ったのだった。
お腹すいたなあ…