コンコン。
ノックが聞こえた。誰だろう。
目が覚めると、そういえば泊まった場所が迷いの竹林じゃなかった事を思い出す。
あまりに寝心地がいいので、すっかり起きるのが遅くなってしまった。
……………………。
「あ」
そういえば今日は輝夜と一緒に慧音を訪ねてあの本の著者が誰なのか教えてもらうんだった。
いけない、早くここを発たないと…。
目の前には下着姿の小傘がいる。…ああ、そういえば服を乾かしてるんだったな。
1人が床で寝る形になったため、私は小傘に遠慮させない様に帰ると提案すると自分は傘の妖怪だから雨の中に出るのは平気だと言い出す。2人で出れば戸締りはできない。
小傘を1人で帰したり床で寝させないために、ベッドで2人で寝る事になった。
…いつかは輝夜と同じ布団の中で寝る日が来るんだろうか。
なんとなくそんなことを考えた。
考え事をしているうちにチルノが起きてドアを開けた。
私も来客の顔を見る。それは紛れもなく輝夜だった。
「おはよう、チルノ。今日はずいぶんとお友達がおお……」
目が合った。
ベッドで下着姿になってる小傘と2人で寝ている…この状況は…うん。
「輝夜、違うんだこれは!」
困惑してるチルノが輝夜と私を見比べている
起きた吸血鬼も同じように辺りを見渡した。
輝夜は次の言葉に詰まっているようだ。
「あー…、お邪魔しちゃったかな」
そう言いながら立ち去ろうとする輝夜を追いかけて手首を捕まえる。
「事情を聞いてくれ!私が愛しているのはお前だけなんだ!」
私が叫ぶと、輝夜は振り向いた。その顔は笑っている。
「分かってるって。浮気なんて柄じゃないしね」
…まあ、輝夜は私の事を信頼してくれてるようだ。何て心臓に悪い冗談なんだろう。
安心して振り向くと、家から出ようとするチルノの手首を吸血鬼が掴んでいた。
さっきの一連のやり取りを真似しているつもりらしい。
「事情を聞いてくれ!私が愛してるのはお前だけなんだ!」
「知ってた」
チルノと吸血鬼がその場で笑い転げている。
吸血鬼はうっかりドア出てしまって日光を浴びてやけどをした。
「あっつ!!」
ざまあないぜ。
輝夜はあまりに私が遅かったので慧音に聞いてここへやって来たらしい。チルノが言うにはその著者はこの家ではなくすぐ隣の家の方にいるらしいが。私の方からも今に至るまでの事情を話した。
小傘は人間の里でのバイトがあるらしいので服を着て出て行った。
私は持って来た手荷物と、家に遭った材料を使って料理を始めた。輝夜は吸血鬼の姉に連絡してるらしい。
朝食を済ませて一息すると、私の方から輝夜に話を切り出した。
「それで、その小説家に会ってどうするんだよ。興味あるのは分かったけど、用事もなく訪問されたって困惑されるだろう」
「うーん…サインでも貰おうかなぁ。だって妖精が小説書いてるって凄く興味湧かない?」
まあ確かに。
「いささか物言いに引っかかる所があるけど、大ちゃんなら最近は塞ぎ込んでるみたいだし会ってくれないかも…」
何かあったんだろうか。
事情は話してくれないらしい。
友達にさえ話したがらないのだから、面識のない私達が会っても仕方がない。
輝夜は残念そうな顔をした。
「どうしても会いたいなら、深夜から朝の3時あたりに私の家の窓に張り付いてるからそこを押さえれば話はできると思う」
「聞き捨てならない」
吸血鬼が殺意をむき出しにする。
恋敵…?まあ好きな人の寝顔を見ていたい気持ちは分からなくもないが。
昨日は深夜まで起きていなかったから分からないが、もしかして今朝もいたのだろうか。
「前は6時あたりまでいたみたいだけど…。友達としてはやっぱり相談に乗るべきかな」
「チルノ、今すぐに殺しに行くからそいつの場所を教えて欲しい」
「寝顔を覗くのって恋人関係にならないとやっちゃダメなのか?」
「当り前よ。その権利を保有していいのは恋人だけ」
ふむ…1つ勉強になった。これから無暗に輝夜の寝顔を覗きに行くのはやめよう。
ふと気が付くと、輝夜は腕を組みながら難しい顔をしている。
「これがツッコミ不在の恐怖か」
一体誰がいつボケたのか分からないが、輝夜は何か恐怖を感じているようだ。
安心して欲しい。お前の寝顔は私が守る。
吸血鬼はしばらくチルノの家にいるらしい。まあ暗くなったらちゃんと帰るだろう。
私達はダメ元で本の著者…大妖精の自宅の前に来ていた。
それにしても変わった家だ。壁に絵が描いてあるが、ほとんどの作りはコンクリートでできている。まるで遠くから見た時に家に見える様に偽装するために作られたかのようだ。
ドアベルを鳴らすと、のそりと家主が現れた。
「どちら様ですか」
「サインをもらいに来ました」
ドアを閉められた。
輝夜は私の方を向いて肩をすくめる。
私がやって中に入れてもらえなかったら帰るから、と説得されて仕方なくまたドアベルを鳴らす。
出てこないかと思ったが、ドアは再び開かれた。
「まだ何か用ですか」
「我、良からぬ事を企む者なり」
「いたずら完了」
大妖精は家の中に入れてくれた。
家の中は私物は多くないものの適当な場所に物が置きっぱなしになっていた。
分かりやすく荒れている…というのがうかがえる。
私達をテーブルに案内するとお茶と菓子を用意してくれた。
どこで取り扱っているのかまるで分からないものだ。
人間の里にも、妖怪の山にもこんな飲み物や食べ物置いてない…。
大妖精も椅子に座ってため息をつく。
輝夜の方から訪ねたいと言い出したのに、ここに来て何を話していいか分からなくなったようだ。目が泳ぎ、私に助けを求めている。
「思い悩んでるみたいだな。差し支えなければ話してくれないか」
「小説が…書けないんです」
テーブルから少し離れた所にあるパソコンは動いている。
道具に異常が出たという訳ではないようだ。
「スランプ?」
輝夜の問いに彼女はうなずいた。
大妖精は本棚から1つ本を持ってこちらに戻ってきた。
「最新作です」
私と輝夜は交互にその本をななめ読みする。
難解な表現や言い回しがなくなって読みやすくなっている。際立ったエロ、グロ、宗教、猟奇的な描写もオブラートに包まれるようになった。
それは勿論いい所なのだが、あらゆる所がマイルドになりすぎていて作風と個性も目立たなくなった。
「前に読んだ作品に比べて読者に親切な文章になってる…。結構面白い」
輝夜はうなずいていたが、大妖精の表情は曇ったままだ。
「駄作です」
「バッサリ!?」
輝夜同様私も驚いた。最後まで読んでないから何とも言えない所もあるが、何もそこまで言い切らなくても…。
「それは私が書いた私の作品の模倣品に過ぎません。読みやすさと分かりやすさの代わりに物語の本質を失ってしまった形だけの骸」
小説を書くきっかけは頭の中の妄想を文字にする遊びからだったらしい。それが深みにハマっていくと何冊も何冊も書く様になって…。とあるきっかけを境に誰かに読んでもらう事になったのだという。
誰かに読んでもらえる事、感想を教えてもらう事がとても嬉しかった。
読んでもらう事を意識して執筆活動を続けた。
ある日、いつもの様に続けた執筆活動に違和感を感じるようになった。
初めは気のせいかと思ったが、日に日にしこりの様な違和感が自分の中で大きくなって…。
気が付けば小説を書くことが困難になっていた。
彼女が塞ぎ込んでいたのはそれが理由らしい。
「初心を忘れたのはいつ頃だったか…。原点回帰しようと思った時には手遅れでした。作品は既に死んでいたのです。私が殺したのだから」
表現者ではないので、作品をまるで生きてる人か何かの様に語る彼女の気持ちを察することはできなかった。ただ深い悲しみは伝わった。
「テコ入れも物語の再構成も、私の気分転換も意味がありません。既に死んだ物語に蘇生措置をした所で、生き返る事もありません。死んでも生き返る私と違って」
室内に永遠にも似た静寂が訪れる。
ごく短い時だったが、とても長く感じられた。
「すみません、長話してしまって。でも何だか少し肩の荷が下りた気がします」
「あまり思いつめないで、少し休んだ方がいいよ」
輝夜は心配してそう言った。彼女は目を伏せながら「善処します」とだけ答えた。
あまり長居しても迷惑だと思ったので、キリのいい所で話を切って帰る事にした。
輝夜が最新巻を貸してほしいというと、彼女は首を傾げながらも貸してくれた。