なんかもう、下手に信頼される事が返って辛い。
空間に穴が開くと、私はその中に引きずり込まれていった。
どこだかわからない部屋の中で、テーブルセットと椅子が現れる。
私はそれに腰をかける。
「それで、話は聞いてたでしょ?」
「…本当は聞いてないってとぼけたい所なんだけどね」
「それはお生憎様、またの機会にお願い」
私はペンを返したが、いらないと突っ返された。
いや、別に私もいらないんだが…。
それから本題に入る。
「…白樺メンバーの気持ちは理解でき得る。それでも198名を受け入れる事はできない。異文化による衝突、快く思わない妖怪達との諍い、日柄の引き渡しをする月の民との問題。事を穏便に済ませられない」
「それで?」
「事が大きくなる前に計画は阻止する。そして元の生活に戻ってもらう」
「簡単には言うけどね」
もちろん簡単じゃない。白樺メンバーは様々なリスクを負ってここまでやって来たのだ。私の説得ぐらいで今までの生活に戻るつもりなら、ここまで計画を進める事もなかっただろう。多少手荒な真似をすることになっても…。
地上へ憧れる気持ちに罪なんかない。罰されて欲しくない。叶う事なら月で平穏に過ごして欲しい。
紫はお茶を啜る。
「手筈は整った。彼女らが侵攻してくれば今すぐに月の都の中心地に送り返す準備がある」
…その様子だと綿月姉妹との話も進んでるようだ。白樺メンバーは捕らえられる。地上への亡命を厳しく取り締まっている事もあり、どんな処罰があるか…。
私に妖夢の監視を送る一方で、幽々子とこのための準備を進めていた訳か。
「ただし、あなたの考えを汲まないでもない」
「?」
「私達は奴らの拠点がどこだか知らない。攻めてくるまではこちらからも手を出せない。それまでにあなたが手を打って事態を改善させられるのなら、私は無暗に干渉しない」
期日は白樺メンバー次第。それがいつなのか分からないが、それまでならまだやりようがある。それを私に任せてくれるのだという。重役を束にして事態を説明し、烏天狗に交渉に当たれは拠点を調べる事ぐらい難しい事じゃないだろう。
それを私に任せてくれるというのだ。私は短く礼を言った。
紫は私に正邪の動きには警戒し、油断はするなとだけ念を押されこの場から永遠亭に戻った。
後に鈴仙に聞くと、妖夢は白玉楼に戻ったらしい。
彼女らの考えている事はやはり良く分からない。
姫様から指示を聞いた私てゐと交渉して今日の仕事を変わってもらった。今日やるべきことは永遠亭に届いたサーマルゴーグルを用いて人間の里に隠れる玉兎を探し出す事だ。私自身が頭巾をかぶって完全に透明化してこれを行う。感づかれる事もないはずだ。
隠れている玉兎は2体。最低でも片方を捕まえればいいが、できる事なら光学迷彩装置を使ってる奴がもう片方と接触している所を捕えたい。
早速と人間の里を探し回る。
…意外にも普通に発見できてしまった。サーマルスコープ以前に、波長で探知出来た。出合わせたのはただの偶然らしい。私はそのまま後を追う。…人や妖怪の目を欺けたつもりでも、同じ玉兎がいるというのに何と不用心な。
彼女は買い物の時だけ光学迷彩装置を解いていた。
更に後をつけると、意外にも紅魔館へ向かっている。潜伏先が紅魔館…?
人間の里から近からず遠からず、私の目を避けるにはちょうどいい場所…なるほど。
紅魔館の中の更衣室に向かうと光学迷彩装置を大事に鍵付きのロッカーに入れるとメイド服に着替えて普通に働いている。ここのどこかにもう片方の玉兎が…?
今日の職務を終えると、更衣室に戻って着替え社員寮に向かった。…普段は別行動しているのか?
深夜まで張り付いて動向を見張る。怪しい動きはない。
しかし、3時頃になると光学迷彩装置を使ってどこかへ移動を始めた。同じようについて行く。
紅魔館から離れた場所に着くと光学迷彩装置を解いて一息ついた。
しばらくすると虚空から玉兎が現れた。その手には頭巾がある。
「ダメ、頭巾はどこにも見当たらない」
「樫、もう諦めよう…?どうせ地上の民には使えないんだし。それに、測量なんて終わったんだし仲間が来るまで大人しく生活していようよ。せっかく憧れた地上の生活だよ?」
「まあそうなんだけどさ…檜は怖くないの?私達の事がバレたらさ…」
彼女らはやはり私達に存在がバレる事を危惧しているようだ。それにしても、測量が終わった…か。何故天狗の目を欺いて地上に潜伏しているのか、どうして測量をしているのか…。人間の里に移住するつもりか?人質を取る様にして拠点を構えれば強引な真似はできないと踏んだか…。
しばらく耳を傾けていたが、これ以上有益な情報を聞き出せないと判断すると念力をぶつける。不意打ちを食らった玉兎達は一瞬、意識が飛んだ。その間に私は駆け寄り拘束した。片方が逃げようとする所を背中を撃って転倒させ、その間に縛った。
「あぐ、う…っ。あなたは…鈴仙?」
「お仕事お疲れさん。永遠亭に案内しようか」
彼女らは大人しく私について行った。
…鈴仙により件の玉兎が捕まった。それぞれを樫、檜と言うらしい。地下牢に縛られたまま入れられた2羽は力なく項垂れていた。心苦しく思うが、今は仕方がない。
私は射命丸と白樺メンバーとの取引内容を先に伝え、現在の状況との齟齬を話す。
「あなた達は一体どうして幻想郷に残ったの?烏天狗の前で転送装置を使って、帰ったように見せかけ潜伏して」
樫と檜はお互いに見合わせる。それから樫の方が私の方を向いた。
「輝夜さんは私達、白樺の味方なんですよね…?」
「もちろん。でも私にも幻想郷での立場がある以上、返答次第で敵にもなる。叶う事なら君たちの味方でいさせて欲しい」
どのみち、君達の計画に乗る事はないが。
檜は樫に視線を送る。交信できずに戸惑っている様だ。それもそう。この状況をそのまま向こうに送られては困るので鈴仙にジャミングしてもらっている。内緒話もさせない。
「ねえ、話そうよ樫。これ以上黙っていたって自分達の立場を悪くするだけだよ」
「…彼女らへの接触は、リーダーの命令になかった。事と次第によっては計画の邪魔になるかもしれないからだ。檜、私達はこの事を話すべきじゃない」
檜は困った顔をしていたが、意を決すると2人して沈黙する事を選んだらしい。実に残念だ。私は指をはじいて鈴仙に合図を送った。鈴仙は2人に目隠しをして、檜の方に歩み寄る。鈴仙の見込みによれば樫は既に軍務の経験がある。揺さぶりをかけるならそうでない檜だろう。仲間意識も高そうだし。
そうは言えど、樫も恐怖におびえているのか表情で見て取れた。
「檜、耐えるんだ」
鈴仙は檜に冷えたコンニャクを掴ませる。
「ひいい!!何これ!ひんやりぶにぶにした何かが!!」
「大丈夫か、何をされた!」
鈴仙はコンニャクを檜の首元、また頬に押し当てる。
「びゃあああ!!怖い!何か知らないけど滅茶苦茶怖い!何これ!!!」
効果はてきめんのようだ。恐怖を感じている檜はもちろん、その悲鳴を聞いて樫も怯えている。鈴仙はコンニャクをしまうと、今度はデッサンや製図で使う羽根ぼうきを持って檜の耳のあたりをくすぐった。彼女は悩まし気な声を上げて身をよじる。
隣から聞こえる艶めかしい声色に樫も困惑している。
「大丈夫、樫…平気だから…」
「全然平気に聞こえない…」
鈴仙はビニル手袋をすると、加工した片栗粉の水溶液が入ったボウルを持って檜の前でこねる。視覚が頼れない分、聴覚が研ぎ澄まされる両者。室内に水音だけが響く。
「檜、大丈夫か!何されてる!?」
「いや、何もされてないけど…」
鈴仙は無言のまま片栗粉をこね続ける。お互いに何をされているのか、あるいは何もされていないのか分からない。訳の分からない恐怖に、ついに樫が音を上げた。
「分かった、話す、話すから…。もう檜に何もしないでやってくれ…」
「いや、だから私何もされてないって」
さて、早速と彼女らの計画を尋ねるとしよう。
ハービー・デントはどこだ!ハービー・デントはどこにいる!!