…この腕の中の感触だけが、確かにこれが夢じゃないと教えてくれる。
大人びた雰囲気の彼女は、この時ばかりは容姿のままに見えた。
まるで親と寝る小動物的な愛らしさがある。
鼻息で僅かに妖夢の前髪が揺れる。
この距離なら、少し身を寄せればデコにキスできそう。
「…さすがにまずい」
脳内の考え事に思わず声を出してセルフツッコミをしてしまった。
どの道、妖夢は起きる様子がないので問題ない。
「んん……」
彼女は甘えた声を口にしながら、私にすがる様に抱き着く。
半霊が私の背中に引っ付く。
見事にサンドイッチのハムになってしまった。
抱き着かれた事は悪い気しないが、酒を飲み過ぎた事もあり尿意を催してきた。
熟睡してる彼女を起こすのは気が引けるが、こんな時に大事あってはなんなので起こしてお手洗いに行って来た。
戻って来ると妖夢は半霊を抱きながらベッドの外側を向いて寝ていた。
私は布団の中に戻る。
「…申し訳ありません。心地よかったものでつい…」
妖夢が何か謝っている。半霊サンドイッチの事だろうか。気にしてないのに、私は返事をせずに妖夢の背中を抱きしめた。
彼女は驚いて振り向いたが、しばらくすると何も言わずあっちを向いた。
部屋に置いた時計の音ばかりがコチコチと鳴っている。
妖夢が半霊を抱くのをやめて、するりと腕の中を回って私の方を向いた。
そしてまた私に抱き着く。寝相なのか、起きてやってる事なのか。
「私のコスモが爆発しそう」
「コスモ…?」
「何でもない」
思わず可笑しな事を口走ってしまった。
頑張って寝よう。このまま起きてるとまた変な事を言ってしまいそうだ。
…それにしても妖夢起きてたんだ。
…変な夢を見た物で起きてしまった。
お師匠様が鉄板の上で謎のダンスを踊り続けるものだった。
私の腕の中で妖夢がうなされている。
悪夢でも見ているんだろうか。
「民を守れぬ誉れなど最早形骸。そんな栄誉に未練などありませぬ」
どんな夢を見てるんだろう。
私は唸る妖夢の頭を撫でた。表情が少し和らいだ気がする。
「風を切り 振るう刀身 血に塗れ 心の茎 目釘亡くして」
「寝ながら詠むな」
…コチ、コチ、コチ。
時計の音が響き渡る。寝ては起きて寝ては起きてを繰り返していた。
眠れない。
考えて見れば隣で妖夢が寝てるなんて機会は今後あるかも分からないし、今はこの状況を堪能するだけでいいのかもしれない。仕事に響きそうではあるけれど。
妖夢の寝顔が可愛い。
私は静かにそっと彼女のデコにキスをした。
妖夢は目を開ける。
「あ、あれ…起きてた?」
「起きました」
起こしてしまった。
お互いにベッドの中で見つめ合う。
えっと…これはどう弁明した物か。
「…鈴仙さんって前に寝言で…」
「えーあー…うん、らしいね」
後日聞いたけど、姫様と妖夢が私の部屋に忍び込んだ時に色々とアウトな寝言を言っていたらしい。
…そんなにまずい内容だったんだろうか。
まぁその後は夢だと思って妖夢をベッドに持って行ったりしてた訳だ。
そんな私と添い寝するのは怖いもの知らずだからなのかあるいは…。
「マジでごめん」
「いえ…」
気まずい雰囲気になる。…ここは私の部屋だから私が立ち去る訳にはいかないし…。
「…いいですよ。好きにしても」
「え?」
マ?
こんな事ある?
夢オチ?あるいは邪魔が入るオチ?
恋愛フラグはロクに立ててないからこのまま本番はないハズ…。
この小説の必須タグの欄は…R15だ。R18じゃない。
とは言え、このレーティングだと多少オブラートに包めばOKと言う割と緩いアレもある。
妖夢は僅かに頬を染めながらじっと私の目を眺め成り行きを見守っている。
いやいやいや、そう見せかけて姫様のどっきりとか待ってるパターンなんじゃないか…。
でも、そんな悪戯に妖夢が付き合うだろうか。
意外とむっつりの可能性微レ存…?
「…やっぱり忘れてください。あの、私そういうんじゃないので…えっと…」
妖夢が恥じらいながらそっぽを向いた。
その表情で私の理性の糸が焼き切れた。
「黒獄の刻が……君に訪れる!」
「わっ、ま、待ってください心の準備が…」
滅茶苦茶プロレスした。
パワーボム、アックスボンバー、フランケンシュタイナーと技をかけて妖夢を追い詰めて行ったがウェスタンラリアット、半霊とのツープラトンブレーンバスター、ムーンサルトプレスの技をかけられ負けてしまった。
私は昇る朝日を眺めていた。妖夢はまだベッドからこちらを見てる。
「…鈴仙さんがしたかった事ってプロレスだったんですね」
「いや…ベッドの中でツイスターゲー……」
…ガッ!
窓の外で音が聞こえた。何だろう。
窓を開けて音のした方を見ると風車が壁に刺さってた。
風車の竹ひごの部分には紙が結び付けてあった。
「手紙…幽々子さまからだ」
私は風車から手紙を抜き取って妖夢に渡した。
君の所の主、変わった手紙の渡し方するね。
それを読むと彼女は身支度を始める。
「すみません、幽々子様がお呼びの様なので白玉楼に帰ります」
「分かった。姫様には私から伝えておくよ」
足早に部屋の外に向かう妖夢。私は見送ろうとするが、ここでいいと言われた。
まだ起きるには早い時間だし、もう少し寝ていようか…。
部屋の外に出た妖夢はピタリと止まった。
「忘れ物?」
「機会があればまたプロレスしに来ても…」
「リングの上で待ってる」
妖夢は短く礼を言って去って行った。
…本当にプロレスしに来そうだなあ、あの子。
今回は短い話になってしまいました。本編更新までもう少しかかりそうです。