私達は倉庫にたどり着くと、荷物の中をダストシュートの中に捨てて梱包資材の中に入った。ここから先は樫とは別行動になる。私は梱包材の中で運ばれるのを待った。
『う…ううう、先輩…私ちょっと緊張してきました』
樫から震える声の交信が入った。
先輩て…。
『ちょっ、しっかりしてよ…。経験はあるんでしょ?同じ事よ』
『特訓もしてましたし、暴動の鎮圧もしましたよ。でも、私が所属してた時期は情勢も穏やかで大した規模の物はなく、胸張って言えるほど実戦経験は積んでないんです…』
それを聞いて内心少し不安になったが、まあ特訓は受けているのだから後は気の持ちようだろう。
作戦の主力は私だ。彼女の足りない所は私が補えばいい。
今は恥を忍んで率直な気持ちを吐露してくれた彼女の不安を和らげるべきだ。
『…安心して。捕まったら、作戦に失敗したら…そう思うと私も怖い。不安に思う。永遠亭で私達を心配してる皆も、現場に居なくても同じ思いを抱いてる』
『先輩も怖いと思う事があるんですね。輝夜さんに単身での潜入任務を申し出た時、私は素直に畏敬の念を抱きました』
『直後に姫や師匠に叱られてた様に、向こう見ずなだけかもね。無謀なのは勇敢な事と違う。匹夫の勇、1人に敵するものなり』
『私は先輩みたいになりたいんです。…檜の前ではしっかりした玉兎をやろうとして、背伸びをして…それで失敗して…。たまにとてもつもなく恥ずかしくなって、理想の自分と現実の自分に苦しむんです』
『あなたに向上心があって、自身を客観視できているからその事で悩む事になる。腐らず、自分の理想像を持ち努力を続ければいつかはなれる』
『…精進します』
…少しは落ち着いてくれただろうか。
憧れの人と言えばやはり師匠だ。冷静で思慮深く、いつも遠い先の事を見通している。
私は生涯を賭しても、広大な掌の外へ出る事はないのだろうと思う。
分不相応だとは思う。それでも…。
「諸君、満願成就の夜が来た!今こそ祝杯を上げ、喜びを分かち合う時だ」
楠木の声だ。隣の多目的ホールで演説が始まった。そろそろ私達も運ばれる頃だろう。
気を引き締めて待つ。
「地上の民は宙に浮かぶ月に恋焦がれたが、我らは青く輝く地上を見上げ思いを馳せた。月での暮らし文明の利器に守られ何不自由ないが自由を愛する我らには狭苦しく、窮屈で、とても退屈だ。地上での暮らしは大変不便で、カルチャーショックに悩まされ、呆れかえる事も多いだろうが…あの世界には自由と、夢と、浪漫が約束されている」
ドアが開く音が聞こえた。どうやら私達を運ぶ玉兎が来たらしい。いくつか荷物が運ばれた後、私の入った荷物も移動を始めた。
『楠木さん、あれだけロイヤルウィーを使った演説しておきながら「自分は地上に住みたいなんて一言も言ってない」なんて言うんですよ。私が驚いたのも無理なくないですか』
『うん…、心中お察しするよ』
誤解というよりはもう詐欺レベルだと思うが、当人は嘘は言ってないつもりらしい。
キャスターが床の間仕切りを踏んでガコンガコンとなるたびに体が痛くなる。
早く出たい…。
「我々が辛酸を嘗め苦楽を共にしてきたのは全てこの日のため。もはや我々と地上を隔てるものはない!然らば月、ただいま地球、おいでませ地上浪漫!我々が夢にまで見た生活が、この時を以てして現実の物となるのだ!!」
…地球への憧れがなくてよくそんな演説が思い浮かぶものだ。
私は白々しい演説に内心でため息をついた。
美味しそうな匂いがする。自分が乗ってる缶詰を見るとますます小腹がすいて来た。
『鈴仙さん、こちらはコントロールルームに到着しました』
『了解。皆が離れるまではそこで待機してて』
こっちも厨房で止まった。タイミングを見計らって外に出る。後は時間になるまで安全な場所で待機して、樫の合図後に楠木の部屋まで向かうだけだ。私は深呼吸してあたりで待機するにうってつけの場所を探す。
「さあ諸君、後4時間で月とおさらばだ。後2時間の間存分に飲み、食い、歌い、踊るといい。では我々の計画の完遂のために!プロ―ジット!」
楠木の声が聞こえると、歓声があがった。しばらくして楠木が執務室に向かっているのが見えた。
ゲートがあるし、樫がコントロール―ムで解除してくれなきゃ動けない。
ターゲットが目の前にいるのに何もできないのはもどかしい気持ちだ。
掃除用具の入ったロッカーの隣に座ってパーティーの様子を眺める。
…皆、本当に地上での暮らしを楽しみにしてるんだな……。
いや、ダメだ。下手に情を移したら判断が鈍る。
それに、これは誰のためにとって阻止しなきゃならない事なんだ。
あれこれ考えていると、柊木がやって来て料理を手伝っているのが見えた。
『鈴仙、どこにいるの?』
『掃除用具入れのロッカーのすぐ隣』
『お腹空くよね。敢えて料理を残していくからそれをつまんでなよ』
『いい。任務中は物を口に運ばない』
『敵性分子の出した食べ物だから?』
柊木は笑いながら意地の悪い冗談を言う。私は見えない様に皿の上の料理を少し摘まんだ。
彼女は満足したように笑うとサービスワゴンで料理を運んで行った。
それにしても美味しい。もう少し食べたいが…今は我慢だ。
『鈴仙さん、私と檜木のゲートの顔認識登録が削除されてません』
樫からだった。例の時間まではまだまだ早いが…。
『どういう事?何でコンソールを操作してるの?時間には早いでしょ』
『いえ…その、祝賀ムードのためか皆揃ってボードゲームに熱中してて…半分はホールに行ってて死角ができてるんです』
ああん……。こういう時に気が緩むのは一番やっちゃいけない奴。月人の上司から「玉兎は仕事が雑で不徹底だ」と八つ当たりされていた日々を思い出して胃が痛くなる。ああいう上司に限って真面目に仕事してる玉兎にそういう説教をしたがるんだよな…。
『でもゲートを行き来すると写真が撮られるんだよね』
『履歴に残るのはメンバーのIDのみ、写真等は認証が終わり次第削除されます』
まあ、考えたら200近くのメンバーがそこら中にあるゲートを行き来する訳だし異常さえ発生しなければ後は自動で削除してるわけね。用心深いんだか大雑把なんだか…。
私は辺りを見渡してからまた料理を摘まんだ。ちょっとだけ…。
『…鈴仙さん、服装さえ変えれば衛星局を自由に歩けそうですよ』
『んぇ?』
『データを改竄して檜の顔認証を鈴仙さんの顔で再認証させました。白樺メンバーも全員の顔を覚えてないのでよほどまじまじと見られさえしなければ問題なく自由行動できそうです』
頭巾を通して更衣室の場所の画像が送信される。なるほど、ここから近い。これなら頭巾を外して通っても中で着替える事ができそうだ。私は玉兎にぶつからない様に気を付けながら更衣室を目指す。
ゲートの所で頭巾を脱いで通った。緊張したが、アラートは鳴らない。
どうやら樫は本当にやってくれたらしい。
『良かった。これで予定を前倒しで事を進められそう。…君にそんなスキルがあるとは思わなかった』
『身体能力を買われて日夜訓練してましたが、元々はこういうのが得意でしたしね。お役に立てて何よりです』
一応、メンバーがこの事態に気付いた時のためにコントロールルームに待機するように伝えた。そして予定通りの時刻か、連絡次第転送装置前に行く事も。
『今なら動けます。同行して楠木の確保に助力しましょうか』
『楠木は私1羽で充分。あなたは持ち場を離れないで、異常事態が発生したら私に報告して』
『了解』
服を着替え、後ろ髪を後ろ襟に通した。服を隠して外に出た。
頭巾はしまってある。いつでも使える。
私は堂々と楠木の部屋に向かった。
彼女の部屋から出てきた玉兎と顔を合わせたが、何も聞かれずホッとした。
いよいよだ。楠木に気付かれない様にゲートを潜り、中で頭巾をかぶる。
それから局内に設置された起爆装置を確保しなければ。
私は深呼吸すると中に入った。
永琳と通信するとB級映画の話をしてくれそう←