「わふううううううにゃぴいいいいいいいいい!!ふぅわっふぅわっ!」
私は掛け布団を抱きしめながらベッドの上をのたうち回っていた。
別に頭が変になった訳じゃない。風邪が酷くなったのでもない。
たまにこうした行動をする事で内心のストレスを発散しているのだ。
「にゃにゃにゃにゃ!ふぎーっ!わっふぅーー!!」
私の部屋から最寄りの部屋や廊下まで一定の距離がある。
だからそこまで聞こえない様に叫ぶのがコツだ。
しばらくそうして、掛け布団を手放し天井を仰ぎ見た。
「あー死にたい」
何か辛い事があったとか、そんなじゃなくて唐突にそんな風に思う事ってあるよね。
私の場合は死んでも蘇るんだけれども。
私は体を起こした。
近くにマスクをして正座をしてる烏天狗がいた。
えーっと…。
これは夢だ。そうに違いない。私はもう一度ベッドに戻る。
「すみません、邪魔するのも何だと思ったのでしばらく静観してました」
「ぐうぐう…」
「おや…また寝てしまいましたか。それでは仕方がない。また日を改めてお邪魔しましょう。それにしてもいい記事のネタが見つかったなー」
ウキウキらんらんと出て行く射命丸。私は体を起こすとベッドを持ち上げ彼女にぶん投げた。小物が飛んで来ると思っって首を僅かに傾けて回避したつもりだった彼女だったが、腰と頭にベッドがクリーンヒットしてしまった。
運が悪かったな。
それから彼女を再設置したベッドの上に寝かせた。
「あなたは何も見なかった。いいね?」
「はひ」
それから彼女がここへ来た用事を聞いた。この間のゲームの進行状況の確認らしい。新しく始めたターン制コマンドRPGのざっくりとした感想と、ダストシュートってゲームの感想を伝えた。まだ齧った程度なので正確な批評にはならない事も言い含め。
「それにしても、そんな事を聞きに来たの?メールとか電話にすれは手っ取り早く聞けたのに」
「最近は時間の都合もあってそれらを利用する事も多々ありますが、本当はメールも電話も好きじゃないんです。実際に会って話した方が文面や音声以上の情報が得られる事だって多いんですよ」
まあ分からなくもない。
彼女は天井を眺めながら少し複雑そうな目をする。
「効率を最重視した向こうの世界では、皆々、端末に映る遠くの情報にばかりかまけて目先の事が見えなくなるらしいんです。目の前の友達より遠くの知人…それって寂しくないですか?」
それは確かに寂しいかもしれない。いつどこにいても遠くの誰かと話したりできる。それはとてもとても素晴らしい事だ。それが、目の前をおざなりにしてしまうなんて問題を生むと言うのは考えた事なかった。
情報は鮮度が命だ。職柄、スマホや携帯は使わざるを得ないのだろうが…彼女の中では受け入れられない何かがあるのかもしれない。
「あなたって実は寂しがり屋なのね」
「別にそんなじゃないですよ」
ピピュン!ピピュン!ドガッ!
デンデンデーデレーデレー♪
またゲームオーバーだ。
ダストシュート、昨日はあんなにハマってたのに、もう飽きて来た。
ステージやギミック、BGMはいいのだが今一つ刺激に欠ける。
ステージ中を跋扈する通行人の早さもえげつない。
「バイオレンスさが足りない。通行人を吹っ飛ばすとか、一定時間無敵になるとか欲しい」
「今、向こうでは表現規制が進んでてできないらしいですよ。ダッシュしながらゴミを投げる技のダッシューでさえ無くすべきじゃないか議論されてるらしいです」
暇か!
謝罪スキルで通行人の叱責の硬直時間は短く出来たがダッシューがなくてはとてもハイスコアは狙えない。やり込めばやり込むほどストレスが溜まり、アップデートで更にプレイヤーに不利になるかもしれない。
こんなのクソゲーじゃないか。
「このゲームの影響から清掃員になったウサギが実際にゴミを投げたりしてることに関して苦情が出たんだとか」
「それは個人の責任でしょうよ…社会問題になるほど多発してるの?」
「それは分かりませんが…」
どうせノイジーマイノリティの仕業だ。そうに決まってる。月の治安は良かったはず、私がいなくなってる間に急激に悪くなってるとは思えない。今は月の状況を知る手段が多くないから確認はできないが…。
所謂サイレントマジョリティ、事なかれ集団が声を上げないからだ。だから声の高い過激な思想を持った集団が味を占める様になる。
このゲームを好きなプレイヤーだって改悪の案に苛立ってないはずがない。
「クリエイターは表現者。ここまで規制されて不満がないはずないんです。しかし、世論に逆らったゲームは作れない。そこで目を向けたのが地上の民って訳です」
…………?
急に話が飛躍したな。販売戦略の展開先の地上に向ける?
少しずつ考えがまとまって来た。
「もしかして私にテストプレイを頼んだゲームの開発部って…」
「そう言う事です」
なるほど、下手に喋れない訳だ。
個人で手引きできる範囲じゃない。何がどう関わってるのか…。
思いのほか厄介な事になって来たかもしれない。
それから射命丸は帰って行った。くれぐれもこの事は内密と頼まれた。
特ににとりや河童には絶対に話さない様に念を押して。
「ねぇ、輝夜。温泉行かない?」
永琳がひょっこり顔を出して誘って来た。
珍しい誘いだ。どんな風の吹き回しだろう。
薬の効果もあってか風邪も治って来た。
断る理由もないので一緒に出掛けた。
永遠亭に鈴仙が残るので、しばらくは大丈夫だろうとの事。
こうして二人で一緒にどこかにでけるのはどのぐらいぶりだろう。
「あれ、温泉はこっちだよ」
「ああ、違うの。地霊温泉に行こうと思って」
「亀甲温泉の方が近くない?」
運営は雇った店長に任せてるが、まぁ早い話にとり雑貨店の子会社の温泉だ。
人工温泉で、主に親子連れをメインターゲットとしている。
私も行ったことがないので分からないが遊び心に溢れた施設になってると聞いた。
ちょっと想像できないが…。
「風情を楽しむならやっぱり地霊温泉の方よ。もちろん亀甲温泉も様々な趣向に凝らしてて面白いとは思うけれど…雅やかさがないのよね」
永琳が温泉に求めるものはよくわからないが、まぁここは彼女に合わせておこう。
私も何だかんだ好きだ。
毎日顔を合わせてれば盛り上がれる話も多くないが、ちょっとした出来事を面白おかしく語り合う。
昔の事を思い出してみたり、これからの事を話し合ったりもしてみた。
「…考え事をする時、時々永琳だったらどうするだろうって考えたりする」
「私?」
私はうなずいた。
「私とは観点も考え方も異なるから…事実を複眼的に捉えられるんだ」
永琳は笑った。冗談を言ったつもりはないが、何か可笑しな事を言っただろうか。
彼女はうっすらと見える月を眺める。
「私もたまにあなたの考え方を参考にしたりする事があるの。偶然ね」
「私の考え方があなたの考え事の参考になる事ってあるの?」
永琳はうなずく。
「突飛で掴み所がなくて…地に足をつかない存在。それがあなた。あなたの言動は常に私の思考の枠にとらわれない」
「褒められてる様な貶されてる様な…」
「行き詰った時はあなたの様な考え方が大切になるの。いるだけで助かってるのよ」
面を向って言われると少し恥ずかしいな。
地霊温泉へ向かう足取りが少しだけ早くなった。
私の人生の多い時間を彼女と共にした。
彼女のいない人生はきっと退屈でつまらない。
例えその他の何を失う事があっても、永琳がいればまた1から始められる気がする。
家族、と言うよりは家の様な存在なのかもしれない。
たまに尋ねたくなる事がある。永琳は私を置いてどこか遠くに行ったりしないか。
自分でも愚問だと思ってる。彼女がそんな事をするはずがないからだ。
分かってて聞きたくなる。本人の口からそれを聞き出したくなる。
だけど聞かない。
それを聞かない事が、彼女を疑ってない事への何よりの信頼になると思ってるからだ。
もし彼女からそれを聞かれたならば、彼女が欲しい答えを伝えようと思ってる。
「あっっ!!ご、ごめん輝夜、先に地霊温泉に向かっててくれる!?すぐに戻るから!ヤバイ!!」
永琳は珍しく慌てふためながら飛び去って行った。
1人、ぽつんと道中に取り残されてしまった。
「永琳ェ…」
仕方がないので、私は先に地霊温泉に向かったのだった。
キーボードのエンターキーがイカレて押しづらい。