私はにとりと向かい合って座っていた。にとりは気まずそうに手を揉んでいる。
場所は鳥々発嘴。時間は午前10時頃。ミスティアことみすちーがコーヒーを運んできてくれた。
私は角砂糖2つとミルクを入れて飲む。
「つまり…口頭での契約をしたと…」
「う…うん。だってその…その方がポピュラーだし…、そっちの方がまだ主流じゃないか…」
妖怪達は適当に生きてる様で契約や約束には厳しい。周りにそれを守らないと認識されるといざ自身が困った時に融通を利かせてもらえなくなったり交渉したりできなくなる。
強い妖怪であっても、周囲の信頼を無くす事は避ける。
しかし、未だに口頭で済ませる事が多い。書面に、文字に書き残したりしない。
なので契約内容や約束に関するお互いの認識の齟齬からのトラブルもそこそこある。
書面での契約じゃない。具体的な事を明記した物がない。
にとりは射命丸に取り次いでもらい鴉天狗との契約を行ったらしい。
月の民との契約関係に関しては彼女に聞くしかない様だ。
仕方がない。私は射命丸に連絡してにとりと協力して本件に関する契約内容を記した書類の作成する様に言った。
「しかし、何でそんな物がいるんだ?」
契約を有耶無耶にされないため…と言いたいが、契約相手が鴉天狗だからと信じてるにとりにそう言っても分からないかもしれない。お互いに敵視し合っているがお互いのその技術力の高さは認めていて、信頼もしている。
月の民も同志との契約は律義に行うだろう。だが、地上の民とではどうだろうか。
「既に計画の遅れが支障を来す頃合いになって来ている。だから、圧力をかけて開発を急がせる」
未だにどれを作るか方針もあやふやな状態だ。そろそろ方針を決めて本腰を入れてもらわなければ困る。
「で、でも…。それで契約を反故されたりして、ゲームが完成しないのは困る…。下手したら別の所から出資を募って別の所からゲームを販売されたりしたら…」
残念ながら幻想郷には法律はない。人間も妖怪の類もそうだ。だから、約束を反故にする事で損害賠償などを請求する事も出来ない。豊聡耳神子は四季映姫と相談して人間の里に法律を作る話を進めているらしいのだが、裁判所が伏魔殿にならないように権力は分散させるべきだとか、じゃあ立国して政府でも作るのかとかとにかく話が迷走している。
開発は自分らの作るゲームが完成しないと困るのはにとりだという事が分かってるので好き放題やっている。しかし、射命丸から事情を聞いてる私なら強引な交渉をさせる事もできるはずだ。
「開発部は儲けを出すための販売ルートを他に持ってない。顧客のターゲット層を天狗に向けてるなら初めから君に販売を委託したりしない。人間をターゲット層に販売するのなら、人間向けに販売戦略を展開してない天狗達に頼んだんじゃ儲けは出せない。優位に立ってるのはにとりの方だ」
「なるほど、それもそうか…」
にとりは顎の下に手を置いて考える。
私は今後の打ち合わせについて交渉を進める様に勧めた。論点をどこにしてどう話を進めるべきか、攻め時と引き際について。図に乗って計画を水の泡にされても困るので先にいくつかの注意点も含めて釘を刺しておいた。
「…蓬莱さんは交渉が得意なんだなぁ。私はどうもこういうのが苦手だ。経営に関してコンサルタントとか言うのを呼んでいろはを学んでみようと思ったこともあったけどどこにもいなかった」
「私も別に得意って訳じゃないけどね…」
私にもっと手腕があったなら、この人間の里での改革ももっと潤滑に進んでいたはずなんだ。でも、地元民の反対の声に押し切られてしまった。説得させれれなかった。
色々と思う所はあったが、伝えたい旨は伝えたのでこの場を後にした。
あの後、交渉は上手く進んだようだ。
個人的にはあのターン制コマンドRPGも捨てがたかったが、今回の方針は横スクロールゲームでまとまったようだ。
思い切って話し合った所かなり意気投合した所もあるらしく、ゲームの売り上げの状況次第によっては次作も打診するとの事。
最悪、関係が険悪になっても本件だけでも丸く収まればと思ったが意外だった。
「おはよう、姫。ここ最近は出かけてばかりね」
廊下で会った永琳が感心しながら言った。
「え、ああ…うん。家にいると誰かさんが働けってうるさいからね」
「ふふ…」
永琳は笑った。
通り過ぎる私を立ち止まって眺める。
「手に負えなくなったらいつでも相談に乗るからね」
「ありがとう」
私がただ遊びに外に出かけているとは思っていないようだ。
まあ、今日の予定は妹紅と遊びに出かけるだけなので仕事でも何でもないが。
今はあまりそういう気分にはならないのだが、気持ちを確かめて判断すると言ってしまった体で無碍にはできない。彼女が私に何をしてくれるつもりでいるのかは分からないが…。
外は気持ち良く晴れていた。デートって奴にはいい日和なのかもしれない。
待ち合わせ時間までにはまだかなりの余裕があるが、やる事がないのは永遠亭でも人間の里でも同じなので適当に時間でも潰そうと思う。
そう思ってしばらく歩いていると木陰で誰かが元気なく背もたれていた。
あのシルエットは……。
「レミリア?」
「ん…?誰だ?」
レミリアがこちらを向いた。私に気が付いたようだ。
「ぐーやんか。そういえばこっちの方角はそうだったな…」
この日差し…。どうやらレミリアはここから動くことができず困っているようだ。
時間もあるので和傘を買って彼女に渡してあげた。
いらぬ世話とは思いつつ、一応彼女を近くまで送ってあげる事にした。
「この間、魔理沙がまた紅魔館に来たんだ。捕まえてみたら、本を返しに来ただけだと言う。信じられるか?驚く事に本当に前に借りた本を持参していたんだ」
後ろめたい事がないなら正面から入ればいいのに、と思うがあれだけの悪事を繰り返していれば門前払いも当然か。
「損得勘定と興味関心で動く奴だ。善心に目覚めるとも思えん。裏があると思った私は調べてみる事にした。外も曇っていたし、自宅を探ればボロの1つや2つぐらい出るだろうと踏んで」
射命丸の記事作りのため…と言いたいが口止めされているから言えない。まあ言いたい事はよく分かる。
それにしても、魔法の森から紅魔館に向かうにはかなり方角が異なるはずだがこれは一体どう言う事だろう。
「パチェは魔理沙の行いを素直に誉めていたが、まあ案の定、他の本が盗まれていた。これを持って魔女は改心などしないと教えてやるつもりだったが…まあ急に日が照ってしまい動けなくなってしまった。さすがにこの距離から家まで飛ぶのは無理だ」
「日中の行動が大きく制限されるというのも大変だね」
そうこう話していると私達の頭上に影が現れた。
その場に少女が降り立つ。魔理沙だ。
服が多少汚れているあたり、もしかすると先ほどまで弾幕ごっこをやっていたのかもしれない。
「おい、レミリア。本返せよ」
「返すも何もあれはパチェの物だ」
「借りたんだ。だから今は私の物だ」
滅茶苦茶だ。
魔理沙はミニ八卦炉を取り出して笑う。
「尤も、それを返してもらうのにお前の許可はいらないけどな」
さすがのレミリアもたじろいだ。この日差しの中での戦いは彼女に圧倒的に不利だ。
ここは助け船を出すとしよう。
私は前に出て魔理沙の前に立つ。
「それなら面を貸してもらおうかな、魔理沙」
お互いにスペルカードを宣言して弾幕を撃ち合う。
派手さに目を奪われる弾幕だが冷静に配置を考えれば避けられない密度ではない。合間を縫って移動し、誘導弾を誘導して回避場所の確保をする。
魔力を消耗してるのか、ばら撒き弾が少ない。
ふむ、ここに来るまでにレミリアと弾幕ごっこをしていたのかもしれない。
それなら彼女が迷いの森から紅魔館へ帰るのに方角が大きくずれていたのも説明がつく。
「くっ、避け辛いな…」
魔理沙を追い詰めるのはあとちょっとだな。使い魔を飛ばして発射口を増やし、魔理沙狙いのレーザーを放つ。そっちの相手にかまけている間に跳弾で背後を襲う。
箒の穂先に弾が当たった。
彼女は驚いて一瞬そちらを向いた。
私はその隙に距離を詰めて彼女の帽子を取った。
「はい、勝負あり」
彼女は悔しそうにしていたが、負けを認めて引いてくれた。
やる事は感心しないが、あの時点で負けを認める潔さは素直に褒めるところがある。
レミリアが後ろで拍手していた。
今年ももうすぐ6月ですよ…。つい最近年が明けたと思ったのに。