スパイス。
素敵なものをいっぱい。
全部まぜればむっちゃ強い『はじまりの火』ができるはずだった。
だけど一人の娘が間違って余計なものまで入れちゃった!
それが…
―― ダークソウル ――
ちゅどーん。
ドロドロの炎が、娘の家も、母も、姉も、街も人も飲み込んでみるみる膨れ上がっていく。とんでもないことになったぞ。娘はあわてて逃げ出した。
ねばつく火の粉と人々の叫びを背中に受けながら娘は走った。肉を焦がす熱はそこまで迫っている。魔女の都イザリスを混沌の炎が覆い尽くすまでそう時間はかからないだろう。立ち止まれば足から火に持っていかれる。それでも故郷がどうなったのか、自分が何を成し遂げたのか、どうしても見たかった。
ついに好奇心がわずかに勝り、娘はその場で振り返ってしまった。
「…ひひっ」変な声が出た。
見たことのない真っ赤な火の玉だった。大きく、熱く、そして明るい。
太陽だ。
私は太陽を作ったのだ。
娘が最後に見た故郷、炎に巻かれるイザリスの光景は、とても美しかった。
―― 故郷の向こうは暗い毒沼でした ――
王が住まう地、ロードラン。その底に溜まった水は逃げ場もなくよどみ、腐った汚泥と化している。鼻のもげそうな悪臭のなか、足をとられ、杖をつきながら娘は進んだ。
はるか上で葉を茂らせる大樹は岩よりも硬く、その根はここまで張っている。ただ、陽の光はさえぎられ、わずかに届くのみ。
「すみません、そこの方」
どこの方。おそらく私。すぐそばで呼びかける声に娘は立ち止まった。
「あの、紫の苔玉を持っていたら、一ついただけないでしょうか。病で苦しんでいる方がいるんです」
「苔玉ってなんて読むの」娘は返事した。
「え?苔玉のことですか?」
「うん」
「ええと…苔玉…です」
「わたしはひらがなじゃないとよめない」
「こけだまです。これでよろしいですか?」
「ああ、そう。苔玉って読むんだ」
「はい。あの、持ってませんか?苔玉」
「なんかさあ、ここに住んでる人って妙に難しい言葉使うよね。そう思わない?」
ああ、やはりこの者も物狂いか。とカリムの魔術師ユルヴァは思った。エンジ色の僧衣を汚泥で染めながら、ユルヴァはこの毒沼で暮らさざるを得ない人々のために治療を続けている。しかし重病の患者を前にして、薬となる紫の苔玉を切らしてしまったのだ。
「なんかさあ、ここに住んでる人って妙に難しい言葉使うよね。そう思わない?」
無視されたのが気に障ったのか、娘はそっくり同じセリフを繰り返した。話すことのなくなったロードランの人々は、会話に飽きると娘に同じことしか言わなくなる。それがイライラするので娘もマネをしたのだ。
「はぁ。まあ、そうかもしれません」
「郷愁とか読めないっつの」
「あの、苔玉のことなんですけど…」
「うるさいなあ苔玉苔玉って。なに?そのクスリがないと禁断症状が出たりするわけ?」
「毒の病で苦しんでいる方がいるんです。ですから」
「どこに」
「あなたの足元です」
「Oh」
娘が飛びのくと、シューッとガスの漏れる音がした。微動だにしない,膨れた何かが横たわっている。
「…生きてんのこれ?」
「かろうじて。ですが、毒の病を癒やさなければ、おそらく明日を迎えられないでしょう」
「じゃあ治せばいいじゃん」
「バカかお前」
「は?いまなんつった?」
「バカかっつったんだよ■■■」
とうとうユルヴァは我慢できなくなった。「毒は紫の苔玉がないと治せないからお前が持ってないか聞いてんだよ。あたしはもう何人も診てて使い切っちゃったの。そんなときに重症の人に出くわして困ってんのに、なんだよお前さっきから適当なことばっか言いやがって」
「ほざけクソババア。助けてほしいならそう言えっつの」娘はそう言うと足元の泥を掴みユルヴァの方に投げつけた。
「てっ…」悪臭にまみれたユルヴァ。頭の中でゴングが鳴り、杖を手にして攻撃魔法を詠唱する。
が、奇妙な光景にあわてて射線を外した。
間一髪、放たれた青い矢は娘から外れ、虚空へと消えた。娘が膝をついたまま病人の身体をペタペタとなでているのだ。何をしている?
「…」
娘は手を止め、息を大きく吸うと、少し間をおいてから両手を組んだ。
「慈悲の神よ、私の覚悟を見届け給え…」
祈りの言葉。そんなもので救われる者などこの沼にはいない。そんなユルヴァの気持ちも知らず一通り聖句を告げると、娘は膨れた身体に顔を近づけた。
「うっ…」想像を超えた光景にユルヴァは思わず口を覆った。
ズルズルズル…。
飲んでいる。膿を。肉を蝕む毒の塊を。あれが口に入ったらと想像するだけでユルヴァは戻しそうになる。それをひとつひとつ、皮を歯でかじっては、穴から漏れる汚物を体内に納めてゆく。
美しい。なんと尊い行いなのか。自らが苦しむのもいとわず、誰も顧みない貧者を助けようとしている。ユルヴァは治癒師を気取っていた自分を恥じた。目の前で行われる奇跡に濡れた。
そして「本当にこんなので治るの?」と疑念が消えなかった。
もちろんこんなオカルト療法で病人の毒が癒えるはずもなく、彼は死に、娘も毒にやられて息絶えた。