罪の女神   作:jamcha

18 / 38
18 - 小人

小窓から光が差し込む部屋に、不釣り合いなほど巨大なキャンバスと、腰掛けた灰の巨人。傍らには白いローブを着た小柄の女。隅には白い少女がすうすうと寝息をたて、長い白髪が隠すその半身はウロコに覆われていた。

 

「子供に挨拶してきたか」巨人が告げると女は真っ白な歯を見せてVサインをした。

「財産はちゃんと分けてきたからだいじょーぶ!」

「そうか。あー、墓王は悲しむだろうなあー」

 

巨人は両手を組んでわざとらしく嘆いてみせた。「お前のことが好きだったからなあー」

「いまさらそんなこと言う?」

「お前がいなくなったらなあー、お前を殺した世界と(わし)をさぞ憎むだろうなあー。憎しみをばらまく魔王になってしまうかもしれんなあー」

「ねえ、せっかく覚悟して来たのにそういう迷わせること言うのやめてよ」

 

「ん…」少女が寝返りをうった。巨人と女が縮こまる。

 

「…それじゃあね」小声で女が言う。

「本当にいいのか」

 

巨人の問いに女がうなずく。

 

「この子みたいに、仲間はずれにされて困ってる人たちのために、誰かが居場所を作ってあげなきゃ。そのためなら、…いいよ」

 

巨人は鼻をすすって、笑みを浮かべた。「相変わらず優しいんだな。…きっと、それが人であることの意義なのだ」

 

そうしてキャンバスに向き直ると、思い出したように言う。

 

「そうだ。お前を使って描くのだから、お前が絵の名前を決めろ」

「ええ?名前なんてなんでもいいよ。私なんて誰も知らないのに」

「そういうわけにはいかん」

「うーん…じゃあ『絵画』」

「絵画…」

 

なんと雑な、と一瞬思った。だが、

 

「Paintedか。 “Pain (痛み) + ed (過去)” といえるな。絵画の中は外の痛みも過去のもの。もしくは、苦しんだ者たち。うむ。いい名前だ」

「出た。こじつけの気持ち悪いやつ。painedはムカつくって形容詞だよ」

「こいつ」

 

巨人が女をつかんだ。小さな身体は片手にすっぽりと収まってしまう。

 

「きゃー」頭だけをのぞかせながら、女がくすくすと笑う。その表情もすぐ穏やかなものに変わった。

 

くぼんだ目と澄んだ瞳が交差する。

 

「ほーんと、いい人生だったよ」

 

ブツン。

 

「!」

 

少女が目を覚ますと、テーブルの足が目に入った。…絵画世界。

 

「お母さん」

「んー…」

 

隣で眠っていたベルカがよだれを垂らしながら返事をする。少女は起こさないよう立ち上がると、建物の外へ出た。

 

真っ白な世界に風もなく光の破片が舞う。自分が夢の世界にいるのではと思わせるほど美しい。ウーラシールの光の魔術で焦げた柱や崩れた壁は修復され、きらきらと輝く粉をわずかに放っている。

 

皆が寝静まるなか、一か所だけ明かりがともっている。少女が引き寄せられるように部屋へ入ると、ロウソクが照らす黄布のキャンバスに、男が絵を描いていた。ジェレマイアだ。頭に巻いたターバンをほどき、キャンバスの生地として使っている。

 

「よい子は寝る時間だ」

「お母さんのペンダント知らない?」

「ベルカは知らないのか」

 

少女が首を振る。「前のお母さんの。おじさんの服と同じ匂いのペンダント」

 

ジェレマイアが筆を置いて振り返る。「知らないな。いつ失くしたんだ?」

 

「ずっと昔。目が覚めたらお母さんがいなくて、ペンダントだけ落ちてた」

「そうか。俺にはわからんが、早く見つかるといいな」

 

少女はまだ半分夢の中なのだろう。そう思ってジェレマイアは再び筆を取る。

 

「なに描いてるの?」

「この世界の下書き、だな。この前のドンパチでずいぶん壊れたから、新しく建物をいくつか作り直さなきゃならん」

「ドンパチ?」

「前に外で大騒ぎしてたろ?」

「うん。鬼のお祭り。どうして私は入れなかったの?」

「ふっふっふ。大人だけの特権だな」

「ずるい」

「よく寝て、大人になれば入れるさ。ま、この絵はその祭りの後片付けみたいなもんだ。わかったら早く寝…」

「私も描きたい」

「…あー。じゃあ模写の練習からだ。うまくなったら塔の一つでも手伝わせてやろう」

 

「ううん。新しい世界」

「え?」

 

いつになくハキハキとしゃべる少女に、ジェレマイアは驚く。

 

「お母さんが願ってた、誰かの居場所になるような世界、描きたい」

「…」

 

ジェレマイアは少女から目をそらして考えた。ジェレマイアもずっと描きたかった。絵を描くための血の顔料も工面した。けれども、彼は『はじまりの火』を見たことがなかった。イザリスの魔女たちが使う『まがい物』とは違う、火。それを知らなければ世界を描けない。

 

「…まずは絵を練習しなきゃな。描いた世界がでこぼこだらけだったら、住む人も困るだろう」

「うん」

「そして一流の絵師に必要なのは体力だ。しっかり寝て、健康な身体を保つよう努める。できるか?」

「はい師匠」

 

少女がビシッと敬礼する。

 

「いい返事だ。さ、早く戻らないとベルカが心配するぞ」

「うん。師匠、おやすみなさい」

「ああ」

 

少女が帰ってゆく。ジェレマイアはわずかに背中を曲げ、右手を小さく振った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。