というのは嘘で、死の淵を彷徨っていた病人の毒は癒え、娘は何度か嘔吐しながらも自身は病に侵されなかった。
ユルヴァは娘にひざまずいてお礼を述べ、尊い癒やし手のためにささいな祝宴を開くことにした。
「行きたくない」娘が言った。
「え?」
「宴は嫌い。人に気をつかわなきゃいけないからやだ」
「それでは私の気が済みません。無礼をお詫びしなければ。それに、感謝の気持ちも」
「誠意は言葉よりも金額」
「ロードランで使えるお金はありませんよ」
「知ってるよそんなこと。バカなの?」
「くっ…」
ふだんは人を小馬鹿にした態度を取りながらも、傷ついても誰かを助けようとする慈しみの心も持っている。そんな娘のアンバランスさにユルヴァは惹かれた。
ツンデレか?ツンデレなのか?
しばらく押し問答が続いたのち、二人だけで食事をするならよい、ということで、ユルヴァは自室へ案内した。娘は手を引かなければ歩けないほど弱っていた。
ここで暮らす人々は、沼の毒を避けるため、壁を高くつたうように板を張って住まいとしている。スカスカの床は足を踏み外せば一巻の終わりだが、腐っても大樹の破片、建材は見た目以上に頑丈である。
二人は何度も布でこした汚水で乾杯をし、煙でいぶした肉を口にした。水はともかく、肉は意外と悪くない。
「これ何の肉?犬?」
「先日盗みをはたらいた罪人のものです」
「…」
「ここでは罪を犯した人は壺に入ってもらいます。食料になる前に刑期を終えれば釈放。簡単なルールです」
「共食いはSAN値が下がるからやめたほうがいい」
「SAN値ってなんですか?」
「正気じゃなくなっちゃうってこと」
「正気の人なんてロードランにいるんですかね」
「そういう哲学的な話はいい」
「そうですか」
「で、何が望みなの?」
ぐい、とユルヴァは胸ぐらをつかまれた気がした。
「お願いします。あなたの秘儀、病を癒やす奇跡のすべを、どうか私に教えて下さい」
そう言ってユルヴァは両手をつき、頭を地面にこすりつけた。「苔玉はこのあたりでは取れず、運良く流れ着いたものを拾うか、遠くウーラシールまで行かなければ手に入らないものなのです。もしあなたの秘儀を教えていただければ、多くの人々を救えます。どうか、どうか私にお教えください。お願いします」
「やだよ。移住すればいいでしょ」娘が冷たく言い放った。
「…醜い忌み人を受け入れてくれる場所はございません」
「戦って奪い取れ」
「戦えるものはおりません」
「さっき私に攻撃魔法撃ったじゃん」
「…戦えるのは私だけです」
「一人百殺の覚悟で挑むのだ」
「これ…どうぞ」
盛り上がる二人の後ろから、しおれた手が伸びてきた。会話が途切れず割り込みづらかったのだろうそれは、紫のやわらかそうな土を握っている。
「これは…どうして」ユルヴァが驚いて、手の主、病み村の住人を見る。男は明かりの中にただれた肌をさらけ出し、うずくまって嗚咽を漏らし始めた。
「ユルヴァ様…申し訳ありません。わたしは自分の命が惜しくて、これを隠していました。病の仲間のそばで困り果てるあなたの顔を見るのが苦しかった。でもわたしは、自分さえ良ければと、見て見ぬ振りをしていました」
「あなた…」おいおいと泣く男に、ユルヴァは優しい眼差しを向ける。
「苔玉がなければ声をかけることしかできないあなたを見るのがつらかった。命を落とした仲間の隣で『私は無力ですね』と涙を流すあなたに本当に無力ですねとツッコミを入れたかった」
オイオイ。言い過ぎだろ。
「けれども聖女様が仲間を救ってくれた。毒を身代わりに引き受けて救ってくださった。なんと心の美しいお方か。わたしは情けない。上のやつらみたいに心まで腐らせたくない。ユルヴァ様、どうか、どうかこの薬で聖女様の毒を癒してください」
「待った」娘がたまらずに言った。「私はそういうのに弱い。やめて。落ちちゃう」
「笑ってますよ」娘のゆるんだ口元をユルヴァは見逃さずにからかう。「ではこの苔玉はありがたくこの聖女様に使わせていただきましょう」
男の手から苔玉、心のバトンを受け取ったユルヴァは、娘の手を取ってそれを乗せた。
火傷でただれた娘の手のひらを、やわらかな土が覆った。
娘は落ちた。