「待つのだ罪の女神!聖騎士は女を差し置いて施しを受けるわけにはいかん!」
アノール・ロンドを旅立ってから、ベルカは無言で進んだ。無言でシフを恫喝し、道案内させながら。
まったく、困ったワン。
「狼はワンと言わない」
「罪の女神!」
ようやく立ち止まったベルカは振り向いて叫んだ。
「罪の女神、罪の女神ってうるさいな!私、そんなに悪いことした!?なんで前みたいに名前で呼んでくれないの!?そんなに私が憎い?じゃあ今ここで殺せばいいじゃん!ほら!今なら誰も見てないよ!」
「我が相棒が見ている。そしてずっと心配している」
「…」
「いま貴公を手にかければシフはこのアルトリウスを見限るであろう。正義にもとる堕落者であると」
「…じゃあ前みたいに名前で呼んで。そうしなきゃ返事しない」
「ならば貴公の本当の名前を教えてほしい」
どきりとした。
「全知全能たるこのアルトリウスの記憶によれば、イザリスの娘は『ク』で始まったはずだ。C, Q, K。ベルカはいずれも当てはまらぬ。偽名であろう?どうだ?」
「ブー。残念でした。お姉ちゃんの一人は『グ』ラナです」
「それは開発の終盤で打ち間違えに気づかなかった可能性がある」
「そういうメタな話はやめよう…」
アルトリウスは一歩前に出ると、ベルカの顔の高さまで腰を落とした。
「ち、近い…」
「このアルトリウスにはひとつの予感がある。想像を超えた激しい戦いが待つと。ゆえに、その前に知っておきたいのだ。親愛を超えた者の名を」
「め、メアリー・スー…」
アルトリウスから真っ赤な顔をそらし、ベルカがごまかす。
「この作品のメアリー・スー度は38点だ」
「ちょっと、やめてよ勝手に計算するの!」
「イタいねー。こんなのを書いて恥ずかしくないのかい?」
「だからそういうメタなこと言うのやめてって!」
「さあ、やめてほしいなら早く答えるのだ!」
「やだ!絶対いや!ハラスメント!ハラスメントだよ!」
「はーっはっは。ならば訴えるがいい!誰も聞いていないぞ!はーっはっは!」
フードで顔を隠し走るベルカ。立ち並ぶ石像をぴょんぴょん飛び跳ねながら追いかけるアルトリウス。二人が元気を取り戻したと勘違いして跳ね回るシフ。
「まったくやかましい獣たちだねえ」
すこぶる低く静かな声に二人の動きが止まる。
「獣は一頭しかいない。この女だ」
「人間離れした跳躍かましまくっおいて私だけ獣扱いですか!?」
「ああほんと、下品な人たち」
「この獣が失礼をした。代わりに謝罪する」
「誰のせいだ誰の!」
「…」
木漏れ日の差し込む森。そのやや開けた場所に屹立する巨大なキノコ。低い声の主はその白いエリンギであった。
「あなたも好きな女の子にちょっかい出すのはやめとくことね。時代遅れよ」
「問題ない。ここにいるベルカも、貴公も、この世界に生きとし生けるすべての存在がこのアルトリウスを愛している」
「その返しちょっと面白い」ベルカが笑う。
「貴公、世界で最も強く美しい全知全能の騎士アルトリウスが、アノール・ロンド王家全幅の信頼を得てここウーラシールに参った。深淵の源はいずこか?」
「そちらの方は?」
「我が相棒のシフと足手まといの下女ベルカだ」
「だ」「私は宵闇様の乳母、エリザベス。あなたの求めるものはこの先にあります。ですが、お気をつけなさい。闇を持たぬ身は深淵に蝕まれてしまうでしょう」
「ならば心配は無用だ。このアルトリウスが連れてきた獣は闇の化身。闇と光が備われば最強」
「…」
「しかしこの女の闇はすごい。並の者ならば関わったが最後頭がおかしくなって死ぬ」
「どこまで言うんだこのバカ」
「現に我が
ベルカが沈黙した。エリザベスは無言のままアルトリウスの次の言葉を待つ。
「火の時代が始まる前から共に戦ってきた仲間だ。それらすべてを失ってしまったこのアルトリウスにこの世への未練はもはやない。ゆえに、最強の騎士にふさわしい最高の戦いを最後に求めているのだ。エリザベス殿、この先に控える敵は伝説の戦いとなるにふさわしい強さを持っているのか?いかがであろう」
エリザベスはアルトリウスの言葉を受けしばらく黙っていたが、さとすように言う。
「あなたの友人もこの先に囚われています」
「友人…鷹の目」
「彼は黒竜を狩るよう、人々に請われてここにやってきました。しかし彼らの臆病さに呆れ、竜狩りを拒み、囚われたのです」
「そのとおりだ。鷹の目ゴーはこのアルトリウスに次いで高潔な男。ともに戦おうとしない卑怯者を許さぬ」
「あなたが
「…エリザベス殿!」
「お行きなさい。抗うことで時代は紡がれてきたのですから」
「このアルトリウス!暗雲が晴れ渡る思いだ!たかだか菌類の分際でこのアルトリウスに説教とは、とんだ恐れ知らずの英雄よ!ではさらば!ウォォーン!」
アルトリウスは耳をつんざくほどの雄叫びを上げると、一足で藪の向こうへ姿を消した。遅れて駆け出そうとするシフ。
「シフ、待って!」
ベルカが布を裂き、くるくると紐にしてシフの首に結びつけた。
「よし行こう!」
「ワン!」