「見えてきましたよ。あの先です」
木々の剪定にいそしむのは、同じく木でできた人形たち。それらと挨拶しながら宵闇が先導すると、やがて円形の建物が姿をあらわした。
「闘技場です。そこを抜ければ市街ですよ」
「待って」
シフが険しい顔で出口を睨んでいる。「宵闇、シフ、片付けてくるからここで待ってて」
「案内はよろしいのですか?」
「大きな音が鳴ってから来て。いい?」
「お気をつけて」
ベルカは杖を両手に持ったまま闘技場を抜けた。間もなく何度か爆音が響く。やがて静寂がおとずれると、宵闇とシフも続いた。
頭部が膨らみ、毛穴が赤い目玉になった異形の者。ベルカの周りで息絶えるそれらは、かつて人だった頃の面影を白い手足に残すのみ。
それを見た宵闇は「あらら」と無機質な声をあげた。「前は私たちと同じ姿だったんですが。何を食べたらこんな身体になれるんでしょう…」
ベルカは返り血のこびりついた袖に鼻をしかめながら言う。「私が道草食ってたせいで、アルトリウスは随分先まで行っちゃったみたい。どこまで行ったんだあのバカ…」
「もう市街にはいないかもしれませんね」
「アルトリウスのバーカッ!…あいたっ」
シフが頭突きをかます。主の侮辱は許さない。
「先回りかどうかはわかりませんが、この先のエレベーターを降りると、市街を抜けて地下牢まで行けますよ」
「ほんと?っていうかエレベーターなんて、ウーラシールすごいね」
「こちらです」
戦いの跡から少し進むと、ぽっかりと正方形に空いた穴が見えた。手前の床に紋章が刻印され、そこに宵闇が立つ。
「うーん。やっぱ止まっちゃってますねえ。お二人とも、ちょっと来ていただけますか」
宵闇の手招きに応じ、ベルカとシフがその隣に立つと、宵闇は穴の下を指差した。
「あの青白く光る場所、わかりますか?あそこが出口です」
すべらかな絹に包まれた細い指、そのはるか先に三人が立つのと同じ紋章が見える。
「あれが目印です。ローリングの終わり際に着地すればこの高さから落ちても死なないので、それでいきましょう」
「え、待って。何言ってるのかわからない」
「じゃあ先に行きますね」
言うが早いか、宵闇はくるくると壁をこするように回りながら穴を落ちていった。
「シフ…先にどうぞ」
「クゥーン…」
ベルカとシフが尻込みしていると、下から二人を呼ぶ声が聞こえてくる。
「お二人ともー。どうしたんですかー。アルトリウス様がいなくなっちゃいますよー」
「ごめんねー!宵闇ー!私たちそれできないんだー!」
わずかな間。
「ええーっ!?そうだったんですかー!?」
仰天した宵闇の声がかわいらしく、ベルカは思わず笑ってしまったが、事態は恐ろしく深刻である。大の字に手足を突っ張って降りようかとも考えたが、穴が大きすぎる。
「宵闇ー!すぐ追いかけるからー!そこで待っててー!」
「はーい!わかりましたー!」
あまりにまずい状況にベルカは両手で顔を覆う。出会ったときのあの宵闇の仁王立ちがやつのノーマルポジションだったか…豪胆な女よ。
「シフ。私が援護するから突っ走って。私は絶対後ろにいるから」
「ワン!」
「絶対いるからね!行くよ!」
「ワン!」
二人は駆け出した。どこかへ行ったアルトリウスと市街を超絶技巧で抜けてしまった宵闇を追いかけ、狂った街の中へ飛び込んでいった。
* * *
「今日はずいぶんとお客さんが見える日ねぇ」
白いキノコ、宵闇の乳母エリザベスの前に、白磁の仮面をつけた女が立っている。
「ご婦人、こちらに言葉遣いの失礼な男と髪がモジャモジャの女、そして灰色の毛の犬は来なかったか」
「ええ。英雄アルトリウスと相棒シフ。足手まといの下女ベルカさん、だったかしら?」
「そう。その三人だ。彼らは私の親友。いずこへ向かわれたかおわかりか?」
「ええ。この先へ行けばわかるでしょう。でもお気をつけなさい。あなたとは違い、アルトリウスは闇を持たぬ身。いずれ深淵に蝕まれてしまうでしょう…」
「ご婦人。忠告に感謝する。では失礼」
仮面の女は小さな杖を持つと、尖ったヒールは音も無く地面をとらえ、走り去った。
しばらくして、鼻がもげるほどの猛烈な悪臭を放ちながらエリザベスに近づく影があった。鎧に身を包んだ戦士、しかしそのポーチは誰ともわからぬ糞を詰めこんでいる。戦士は墓石を平然と足で踏みしだきながら周囲を歩きまわっていたが、呼吸でわずかに動くエリザベスを認めると、その前に無言で立った。
「まあ、あなた。ずいぶん先の人ね。それにとても人臭い…でも、悪くはないよう…」
「…」
戦士はおもむろにポーチの糞を投げつけた。黄土色の塊が白い身体に広がり、ひどいニオイだ。だが、はるか未来ではこれが挨拶なのだろう、エリザベスはぐっとこらえ、言葉を続けた。
「あなた、宵闇様の救い人ね。見えぬもの、宵闇様の仰る通りだもの…」