話は少しさかのぼる。
ベルカとシフが穴から見えなくなった後、バックレずにはいられない女・宵闇がそのままじっとしているわけもなく、そのへんをうろうろしていると、地下牢の向こうから毛むくじゃらの男がやってきた。
「あら、オヤジ様じゃないですか」
「お、おお!その声は宵闇ちゃんか?ということはワシはようやくカタリナに帰ってこれたんだな!」
男は大きな腕をゴリラのようにつきながらやってくる。悪臭に鼻をつまむ宵闇。
「オヤジ様。ここはカタリナじゃありませんわ。ウーラシール、ウーラシールですよ!またこんなに飲んで…」
「ガッハッハ。そうかそうか。元気そうで何よりだ」
「それにひどいおもらし。ここは化粧室じゃないんですから」
「いやあ、最近尿のキレが悪くてな。ガッハッハ」
「笑いごとじゃありません。まったく…」
男が歩いてきた後にはどす黒いシミが続いていた。それは乾くこともなく、さらに意思を持つアメーバのようにようにじりじりと広がっていく。しかし男も宵闇もそのことに気づいていない。
「宵闇ちゃんも大きくなったなぁ。カタリナにいた頃はこんなに小さかったのに」
「クスッ。オヤジ様ったら、いつの話をしてらっしゃるんですか。私が嫁いできたのはこんな小さな頃ですよ」
「こんなにべっぴんさんになって、まったく、ワシのおっかさんそっくりだ」
「お世辞はよしてくださいな」
「嘘ではないぞ。あの頃のおっかさんをそのまま持ってきたような…。お、おお!そうだ、宵闇ちゃん。ワシが持っていたペンダントを知らんか?」
「ペンダント…ですか?」
「ワシが寝てるうちに誰かが盗んでいったのだ!!」
男が突然叫ぶと、真っ黒な風が吹いた。宵闇が「キャッ」と叫ぶ。
「おっかさんの形見を…盗賊どもめ…皆殺しにしてやる…」
「オヤジ様!オヤジ様落ち着いて!もしかしたらその方が犯人かもしれません!」
「…犯人だと?」
素っ頓狂な宵闇の言葉に、男の怒りがわずかにおさまる。
宵闇は身体をこわばらせたまま続けた。「誰かがウーラシールをこんなふうにしてしまったんです。それで犯人をやっつけようと、私の友達ががんばってくれていて…」
「ほお。友達」男がアゴをなでる。「宵闇ちゃんは誰とでも仲良くできるものな。今度はどんな友だ?猫か、カエルか、もしくは花かキノコか」
「もう、オヤジ様。私にだってちゃあんと人の友達がいるんですのよ」
胸を張って自慢する宵闇。ガッハッハと笑う男。
「なんと人とは。それは」
…カシャカシャ…
「オヤジ様」宵闇が男に抱きついた。何かの足音が近づいてくる。「どうしましょう。犯人だったら私、怖い」
「大丈夫だ宵闇ちゃん。ワシの中に隠れろ。なあに、どんなやつでもひといきにやっつけてやる」
男が手の平を広げると、宵闇はするりと飲み込まれていった。直後、弓を持った青い騎士が現れる。
「ハッハッハ!見つけたぞ深淵の悪党!うまく隠れたつもりだろうが、このアルトリウス、万里先で針が落ちようと聞き漏らさん!」
ぴょんぴょんとジャンプし、腕をせわしなく動かしながら狼騎士アルトリウスが吠えた。
「アルトリウス?そうか、お前は狼騎士のアルトリウスか!まさか四騎士が盗人に魂を売るとはな!王家も見下げ果てたものだ!ガッハッハ!」
「深淵の悪党!一撃で決めてやるぞ!だが、少し準備がいる!」
なおもアルトリウスは跳ね回る。少し焦っている。
「ハッ」そのねらいに気づいた男はアルトリウスよりも大きな声で笑った。
「ガーッハッハ!何も知らぬ愚か者め!ここはリマスタードの世界!ウェポンスワップは使えないのだ!ガーッハッハ!」
「な、何と!」アルトリウスが驚愕し固まる。「そうであったか!どおりで視界がヌルヌル動くわけだ。
「ガッハッハ!何がおかしい!」
「愚かな悪党め、それを言わずにおればこのアルトリウスに刀傷の一つもつけられたものを。だがもう遅い!その傲慢さが仇となり、このアルトリウスに完全なる勝利をもたらしてしまうのだからな!」
ピタリと構えたアルトリウス。身の丈ほどもある剣と盾。かたや向かい合う男は節くれだった古い巨木を地面に突き立て、全身から重い妖気を放った。
「身の程知らずが。深淵の主たる我が力を思い知るがいい!」