ひーん、暗いよ狭いよ怖いよー、ペンダントなんてガラクタ何の役にも立たないよー。
とベルカが思っていたか定かではないが、地下牢を抜けた先に広がる暗黒の空間、深淵の穴のなかで、アノール・ロンドの祝福は何の助けにもならなかった。
無能!ドリンちゃんの無能!レールガンとか弾道ミサイルとか用意しろ!
酒臭い、ションベン臭い、生ぬるい、なんかほのかに黒く光るエクトプラズムみたいな異形がうろうろしている、そんな不気味に満ちた場所でベルカは案の定迷ってしまった。
「ひー」
慣れない右手で炎を放ち、シッシッとエクトプラズムみたいなやつを追い払う。とんでもない火力で。
気化したガソリンの中で着火したような爆発力だった。どす黒く重い炎はエクトプラズムみたいなやつを一瞬で消し飛ばした。
「天才?もしかして私って天才だった?」
肌にぬるさを感じたら発火。調子こいてたら多勢に無勢。足の裏で地面を確認しながらベルカはひたすら逃げ回っていた。
「その頃英雄アルトリウスはあと一歩のところまで追い詰めていたのである!」
自分の命を。
「あ、後ろにシフ」
「む!」
ドン。
「ガハハハハ騙されてやんのー」
「おのれ悪党!不意打ちとは卑怯な!」
「先に真上から突き刺そうと飛び降りてきたのはそっちだろうが」
「登場は華麗に美しく!それが最強にして最も美しい騎士アルトリウスのモットーなのだ!」
「…そうか」
初めて
「深淵の旦那!よそ見をしていて勝てるほどこのアルトリウスは甘くないぞ!」
「うむ。実はな、こんなことをしている暇はないのだ」
「神聖な決闘を愚弄するか!」
「ワシの宝を奪った盗賊が見つかったのだ」
「む…宝だと?」
「そうだ。おっかさんの大切な形見を盗んだ極悪人だ」
「おっかさん…貴公の母君か」
深淵の主の話に、アルトリウスは構えていた剣を地面に立てる。
「そうだ。おっかさんはグウィンやお前たち四騎士のような光の舞台で敬われ暮らすような女じゃない。誰も知らない、影にある女だ。けれどもな、誰よりも優しく、美しい女だった。ワシらにはたくさんの兄弟がいたが、おっかさんは居場所のない人々をいつも想った。寄る辺なく、自分などいてもいなくても変わらないのだと悲しむ者のために涙を流した。そして彼らのために逝ってしまったのだ。ワシらならおっかさんがいなくても互いに助け合い、生きて行けると信じてな」
「…」
「ワシらに残されたのは形見のペンダントだけだった。ワシはこの世の終わりまでおっかさんを思い、忘れないと誓った。それが奪われたのだ!この無念がお前にわかるか!」
「…深淵の主人殿!」
たまらずアルトリウスが片膝をつき、頭を下げる。「このアルトリウス、とんだ勘違いをしていた!貴公がこのウーラシールを滅ぼした首魁と思い込んでいたが、真なる邪悪はペンダントを奪った悪魔!そうだな!?」
「おお、狼騎士。我が無念をわかってくれたか」
「このアルトリウス、これほど心が打ち震えたことはない!その盗賊への怒りもまた!」
キッと立ち上がると、アルトリウスは剣をかついで言った。「せめてもの償いに、その盗賊をこの聖剣のサビにしてくれよう!」
「狼騎士、それはワシの仕事、いや、ワシがやらねば気がおさまらん」
「ならぬ!ならぬのだ深淵の亭主!どうかここはこのアルトリウスに譲ってほしい!頼む!」
ガシャリ、と土下座し、額をこすりつけるアルトリウス。深淵の主はアゴをなでると、うなずいた。
「よし、狼騎士。この場はお前に譲ろう」
「礼を言う深淵の老いぼれ!して、その盗賊はいずこか?」
「はるか先の時代に隠れていた。我が腕でこの時代まで引きずり込んだのはよいが、途中で落としてしまってな。まだ市街へは入っていないだろうから、広い闘技場で待ち構えていれば見逃すことはあるまい」
「あいわかった!」
「待つのだ狼騎士。言うべきことが2つある」
深淵の主に止められ、飛び上がろうとしたアルトリウスが奇妙なポーズのまま固まる。
「地下牢を抜けたら真っ直ぐ進め。エレベーターに乗ったら闘技場は目の前だ。それからワシは確かに “Old Man” だが、人には親父と呼ばれている。旦那や亭主はまだよいが、さすがに老いぼれは失礼ではないか?」
「わかった!では深淵のジジイ、しばらく!ウォォーン!」
アルトリウスは大きく吠えると、傷つき深淵に染まった身体を大きく曲げ、黒紫のもやを放ちながら高く飛び上がった。
* * *
市街へ足を踏み入れたキアランは、視界に広がる激しい戦いの跡、酸鼻をきわめる光景に不安を覚える。
『シフ、ベルカ様、…アルトリウス。英霊たちよ、どうか彼らをお守りください…』
休憩も取らず再び走り出すキアラン。
わずかなすれ違いだった。
音もなく駆けてゆくキアランの背後で、するすると上がってくるエレベーター。狼騎士は降りてからも振り返ることはなく、その目は真っ直ぐ闘技場へ向けられていた。