「あんたのバカっぷりは坊やが言っていた以上だね。おチビのために自分の命を捨てるなんて、それでも神のはしくれかい?」
白猫が来てから黒い影は動かない。ベルカはヒリヒリする腕をかばいながら、おそるおそる言い返す。「だって盾はアルトリウスがシフを守るためにあげたんだから、私も守ってあげなきゃじゃん」
「最初はそうだったろうさ。坊やはもう使いたくても使えなかったんだからね。でも最後は違う。それはあんたを守るためにおチビに持たせたんだよ」
「へ?」
アルヴィナはゴロロ、と説明するのも面倒そうに言う。「なんだい、手紙を読まなかったのかい?」
「あなたアルトリウスの知り合いみたいだけど、こんな真っ暗なところで手紙読めなんてアルトリウス並にバカだね。せめて点字にしろ点字に」
「口の減らない小娘だねえ。この子らをけしかけて虫食いにしちまうよ!」
「すみませんでした!」
「素直でよろしい」
アルヴィナはそう言って思わず笑ってしまった。「坊やがあんたを買う理由がわかったような気がするよ」
「ねえ、アルトリウスの知り合いさん、どうして私を助けてくれたの」
「そうさね、神の気まぐれかね」
ベルカは納得できず、限界まで口を膨らませ無言の抗議をした。ぷうぷうと何度も。
「しつこい女だね。あたしの気が変わらないうちに、とっとと後ろの穴から外に出な」
「後ろ?」
ベルカが右手を後ろに伸ばす。地面の感触がなかった。「ひぃー…」あと数歩後ろに下がっていたら、とベルカの血の気が引く。
「生きてここを出たいんならそこを落ちるしかないよ。もしくは坊やが手も足も出なかったここの親玉を倒すかだね」
「そんなに強いの?」
「今のあんたじゃむざむざ死ぬだけだろうさ。もうまともに動けないんだろう?」
「…」ベルカが無言で唇を噛む。
「わかったらこの親切な女神さまの言う通りにするんだ。いいね?」
「ねえ親切さん、あなた深淵の偉い人なんでしょ?みんなあなたが来てからじっとしてるからわかる。ねえ、どうやってアルトリウスの友達になったの?」
「誰が教えてやるかい」
ベルカは納得できず、限界まで口を膨らませ無言の抗議をした。ぷうぷうと何度も。
「なんだい?それを言ったところであたしに何か得でもあるのかい?」
「この世界の真実をお教えしましょう。というか、あなたが深淵の人なら、どうしても確認したいことがあるんだ」
「それはあたしの知らないことかい?」
「たぶん」
「何でそう言いきれるんだい」
「あなたは深淵の人だから、光のこととか、光を使えるのがウーラシールの人ばかりな理由、たぶん知らない、と思う」
「なるほどね。そりゃあ面白そうだ。いいだろう。あたしが坊やを気に入ったのはダークレイスを狩る戦士だったからさ」
「ダークレイス?ダークレイスって、邪教の信者のことだよね?だったら仲間じゃないの?」
「詳しいじゃないか」
「昔一緒に住んでたから」
「ああそうかい。あんたがあいつらをどう思ってるかは興味ないが、あたしはあんな下品なやつらを仲間扱いされちゃたまらないね。あたしたちはもっと優雅で、上品で、穏やかなのさ」
「あー、ほら」
ベルカが納得したように指差す。
「やっぱそうだよ。ねえ、光って、本当は闇なんでしょ?」
* * *
ウーラシールの闘技場に、キアランの姿があった。遅かった。壁や地面にいくつも残る、自称・聖剣の跡、欠けた刃、緑化草の切れ端、悪臭を放つ汚物、おびただしい血は未だ乾かず、そして、濡れた黒髪。
触れなくてもわかる。アノール・ロンドで毎日とかしてあげていたのだから。櫛の通りづらい、ゴワゴワの髪を。
「…ベルカ様…アルトリウス…」
半時前、ここで激戦があった。戦士が突き立てた刃に狼騎士は最後の雄叫びをあげ、そして今、王の刃もまた膝をつき、静かに、静かに泣いた。