アノール・ロンドの一室。グウィンドリンがモニタの前に座っていると、ガタガタと音がして相手の顔が映る。にこやかに笑う男。白かったはずの平服は泥だらけで、開けた胸元や顔まで土が飛んでいる。
「やー!すみません王子殿!予定外の作業が入っちゃってこんな汚いカッコで申し訳ない!」
「改修が順調なら構いません。それから私は王女です」
「改修?…あー!はいはい!そうですね!建て替えのほうは順調だと思います!多分!で、やっぱいろんな花でいっぱいにしたいじゃないですか!こう、エントランスはイベリスで覆って、ときにラベンダーでアクセントを添え、あ!やっぱシャクヤクは外せませんよね!目立つところにドーン!」
「何の話ですか」
「それで問題がありまして」
「問題とは」
「お嬢様が放ったらかしにしたアルストロメリアがもう街のいたるところを覆い尽くしてて大変なんですよ!」
「はい?」
「あいつ地下茎で害虫みたいに増えやがるじゃないですか!そりゃあ咲き誇ったときはきれいですよ?」
「あの」
「でも花がなきゃあんなの雑草ですよ雑草!手入れしないんだったらはじめから植えるなっつーのって。そう思いません?」
「…」
「あ!王子殿もお好きでした?アルストロメリア。すみません!雑草は言い過ぎました!でもまあ、それ一種類しかないってやっぱ味気ないじゃないですか!」
「私は王女です」
「だからこうして掘り起こしてですね!やっているところですよ!こう!ザック!ザック!」
「ハーフライトさん!」
グウィンドリンが声を荒げた。慣れない大声を出したせいで直後にコホコホと軽く咳き込む。
「はいはい!何でしょう?」
「お姉様につないでいただけますか」
「え?お姉様?フィリアノールお嬢様ですか?」
「はい。フィリアノールお姉様です」
「お嬢様はしばらく起きないと思いますよ」
「そうですか。では起きたらそちらから連絡していただけますか。LINEグループでも何でも構いませんので」
「わかりました!あーでも」
「でも、何でしょう」
「私それまで生きてないと思いますよ。そのときは誰につなげばいいですかね」
「え?ハーフライトさん、そんなに具合悪かったんでしょうか、それなら…」
「あー!いえいえ!お嬢様、ここに来てから一度も起きてないそうなんで」
「…はい?」
「あれ?王子様ご存知なかったんですか?お嬢様は寝るのが好きだって」
「いえ、よく寝る方だとは聞いていましたが、それほどとは…」
「千年くらいは平気で寝れるんじゃないですかね」
「えぇ…うーん、それはちょっと困りましたね」
「何でです?」
「いえ、お姉様と直接お話ししたいことがあったので…」
「あー、それは難しいと思います…起こします?」
「いえ、無理に起こすのは良くないかと」
「ですよね」
「わかりました。少し、計画を練り直します」
「はーい。今日のご用はこれで?」
「あ、最後にひとつだけ」
グウィンドリンは一輪の白い花をハーフライトに見せた。
「ハーフライトさんは花にお詳しいようなので、これが何の花かわかりますか」
ハーフライトは顔にハテナを浮かべ、もっとカメラに近づけるようチョイチョイと指で示す。
「…ああ!はいはい!…え?王子様、これどこでもらったんです?ロードランに生えてないですよね?」
「お父様がアノール・ロンドをお立ちになったとき、お兄様と名乗る方がいらして、その方から受け取りました」
「ど」「それに私は王女です」
「すみません。で、直接受け取った感じですか?」
「はい。お父」「いやー!それオレンジ色だったら一発ですよ!」
「一発って何がです」
「ちょっと行ってきますね!」
「ちょっとって、私はこのあと会議が」
何も聞かずハーフライトがモニタの向こうから消えた。グウィンドリンはため息をつき、窓から外を見る。夕日が部屋に差し込んでいる。
光の魔術の国ウーラシールの人々はどうしてこうもいいかげんなのだ。
閉じられたドアの向こうには決裁の手続き待ちの職員たちが列をなし、無言で待つグウィンドリンに窓格子から憎しみの視線を向けている。それを見ないようにしてグウィンドリンが待っていると、
ドタドタドタドタ!
「お兄ちゃんが弟好きになっちゃったってホント!?」
目を輝かせ、ぜえぜえと息をつく女性がモニタに映し出された。銀のティアラにゆったりとした純白の衣装、ウェーブのかかった長い黒髪で、グウィンドリンが見惚れるほどの美しさだった。
「ねえホント!?お兄ちゃんが弟好きになっちゃったってホント!?」
「すみません。どちら様でしょうか」
「あー!ごめんごめん!私、お父さんの娘のフィリアノール!あ、お父さんじゃわかんなかったか。私、太陽の光の王グウィンの娘、フィリアノールです!」
「ああ、お姉様でしたか。初めまして、わたs」
「えーーーー!?」
自己紹介をしようとしたグウィンドリンを打ち消すようにフィリアノールは大声で驚き、すぐにニヤニヤした顔に変わる。
「あー、いい。わかる。わかるなー」
「あの…」
「これじゃあお兄ちゃんが惚れちゃうのもしょうがないよね。薄い本が厚くなるよ」
一人でうんうんとうなずくフィリアノール。
「それに私もこんな男前な弟を持って鼻が高いよ」
「あの、何か誤解があると思います。私は女です」
「は!?」
それまで朗らかだったフィリアノールが急に険しい顔に変わる。そして耳をつんざく大声で暴れ始めた。
「おい誰だよ嘘ついたやつ!おい!出てこいよ!紫のスカーフベルト巻いたクッソ汚えツラのやつだよ!てめえだよてめえ!尊さナメてんじゃねーぞオラぁ!!」
再びモニタから人の姿が消え、画面がガタガタと揺れた。グウィンドリンは怒ったときのプリシラを思い出した。母も、姉も、美しい女性はこんなに怖いのかと、女性恐怖に拍車がかかった。