「…錬成炉が届いて、いえ、届き次第、儀式が行われる予定です」
グウィンドリンは迷い気味に言う。今日フィリアノールに会ったのはこの相談、いや、報告、はっきりいえば命令のためだった。
「錬成炉?」
「深淵から輪の都を保つための道具です」
「私の
「…はい」
くすくすとフィリアノールが笑う。「なーにいきなり緊張して。さっきまでのほぐれた顔はどうした?にー」
頬を引っ張って変な顔を見せるフィリアノール。その気遣いにグウィンドリンも微笑んだ。
「まあね。お父さんがここの王たちに私を嫁がせたときからわかってたよ。お父さん、そういう人だから。あ、人って言っちゃいけないね。でも悪い神様じゃないんだよ。性格が雷みたいに激しいだけでさ」
「私にもお父様はずっとお優しかったです。…お姉様。お姉様に聞いていただきたいことがあるんです」
「ん?」
「私の…夢の、話」
「夢?」白い歯をのぞかせてアハッとフィリアノールが笑う。「いいよ。聞きたい聞きたい」
「家族…」
「家族?」
「お父様、グウィネヴィアお姉様、フィリアノールお姉様、お母様、おばあさま、お兄様、それから、私。7人で暮らす…夢」
「うん」
「今日は日曜の昼で、遅く起きてきたお父様とみんなで、全員でお昼を食べるんです。今日はお兄様が当番の日。ハムステーキとソーセージのグリル、ザワークラウトと卵が鉄板にのってやってきます」
「うん」
「そしておばあさまが朝に菜園から採ってきた野菜のサラダ。きゅうりは太っちょで、トマトは少し渋い。パプリカはこっそり買ったものを。私が手伝ったコンソメスープはベーコンと切った玉ねぎが沈んでて、バジルの香りをトッピング」
「うん」
「いざ食事が始まったら、お父様とお兄様が、ソーセージにはスパイスライスとパンどっちが合うかで大喧嘩。『イヤなら食うな』って言い争って、おろおろする私を尻目に、フィリアノールお姉様はお母様やおばあさまとビールを飲んで上機嫌」
「あはは。えー?私そんな?」
「グウィネヴィアお姉様はさっさと召し上がると彼氏とデートだって席を立ちます。『今度はどこの男だ』ってお父様が怒鳴って、『関係ないだろジジイ』って、また喧嘩で、せっかくの休日が台無し。お兄様と食器を洗いながら、『ドリン、付き合う女は選べよ』って、男の会話をするんです」
「ふふ。もう最悪じゃん」
「…そんなふつうの家族、そんな暮らし、してみたかった」
たまらず口元を隠し、涙をこぼす弟。穏やかな表情で見守る姉。
「いま、一人なんです。アノール・ロンドで。私を家族だと思ってくれる人も、頼れる人もいないんです。さびしい。さびしかったんです、ずっと。それで、ようやく、ようやくお姉様に会えたのに、またお別れなんて、こんなの耐えられない…」
「ドリンちゃん、優しいね。すてきな王子様だね」
「お姉様…」
「ねえドリンちゃん、深淵の争いで追い出されて、行き場をなくす人がたくさん出てくると思う。今のドリンちゃんみたいに一人ぼっちで悲しんでる人もたくさん」
「…」
「その人たちのために、新しい街、作ってあげたら?静かで、優しくて、穏やかな場所…」
フィリアノールの言葉に、グウィンドリンの涙がぴたりと止まった。土地、道、建物や教会。街のイメージがみるみる組み上がってゆく。
「…お姉様。はい。…はい!わかりました。私、作ります。彼らのために。私、暗月の神グウィンドリンは、太陽の都アノール・ロンド (Sunlight Land) に対をなす、月の都イルシール (月夜, Mondnacht) を作ることを、我が最愛の姉フィリアノールに、誓います」
グウィンドリンの決意を聞いたフィリアノールは目を閉じ、穏やかな表情で聖言をつぶやく。
「よいでしょう、我が弟グウィンドリン。その誓いあるかぎり、我らが父、大王グウィンと、その娘フィリアノールの加護があなたに与えられるでしょう」
画面越しにフィリアノールが手を添える。グウィンドリンは古来の礼にならい顔を伏せると、錫杖を取り出し、身体の前で持った。