「おおー!わが愛しのヴェルルルルカ!」
「おおー!騎士アルトォーリアス!あ、待って待って。ハグはまずいハグは。あと『愛しの』もまずい」
「なぜだいヴェルルルルカ?世界で最も美しく最も強い騎士、すなわちこのアルトリウスにとって、生きとし生けるもの全てが我が愛を放つ対象になるのだよ?」
「うん。わかってる。でもシャレが通じない人がいるから」
「おおー!それはグウィンのことかい?彼なら我が自慢の120cmマグナムをぶちこんで黙らせれば」
「ストォーップ!!R18タグをつけられたくなければ黙れ。いいな」
「オーマイ。まったく、この城は男を知らぬ乙女のように狭苦しいところだねえ」
「黙れっつってんだろ!!」
アノール・ロンドの一室はレストランに改装され、ベルカの数少ない憩いの場になっている。この日も小人の都から帰還した青の狼騎士アルトリウスとベルカが漫才のようなやりとりを繰り広げ、キアランは部屋の隅に立ってクスクスと笑っていた。
キアランはベルカと出会った日、グウィンに激しく顔を殴打された。以来、その傷を隠すため、騎士叙勲のときに戴いた白磁の仮面を身につけている。「火は弱まれば消える」と言ったのがグウィンの逆鱗に触れたからだった。
「狼騎士。ウーラシールにも行ったのであろう?様子はどうであったか」キアランがたずねた。
「ああ」それまでのおどけた様子が消える。「状況は良くない。空気がピリピリしている。黒竜の襲来で皆怯えているようだ」
「黒竜?貴公の力を持ってすれば竜など」
「もちろん世界で最も美しく最も強いこのアルトリウスにかなうものなどない。一撃だ。問題はわずかに浅かったことだ」
「貴公…」
「やつはこのアルトリウスにかなわないと知るや二度と降りてこなくなった。卑怯なやつだ。眉間にわが聖剣の傷が深々と残っているから行けばすぐにわかるだろう」
「胸を張って言うことではないな。何かあったら責任を取ってもらう」
アルトリウスはきつい調子のキアランに肩をすくめた。
「ねえアルトリウス。小人の都行ったんでしょ?おみやげは?」
「おおー!ヴェルルルルカ!全知全能の天才アルトリウスともあろうものが忘れるところだったよ!」
ベルカに言われ、アルトリウスは腰の小袋から『おみやげ』を取り出すと、おみやげを急かしたベルカでなく、キアランに向き直った。
「ほれ」
差し出されたのは一輪の白い花だった。
「…何だこれは」
「…何だっけ」アルトリウスがゴソゴソと腰をまさぐり、オレンジ色の指輪がついた一枚のメモを取り出す。
「えーっとなになに…世界一の鳥あたまアルトリウスへ、鳥は立派なとさかのことです、ほめてます、キアランが私のお守りで遊びに行けないので、小人の都で咲く白い花を摘んでキアランにプレゼントしてください、花言葉は『信頼の輝き』、です」
「私に…?」
「アルトリウスが全知全能すぎて何も覚えられないから私が書かせたの」
「んーっ!なんかけなされているような気がするが、確かにこのアルトリウスは全知全能、ゆえに何も覚える必要がないから忘れてしまうこともある。この指輪もヴェルルルルカのものだったはず、そうだね?」
アルトリウスが指輪だけをちぎった。ものすごい力で。ベルカに返されたそれは見事に歪んでいる。
「ははは…」苦笑するベルカをよそに、キアランは花を手にしたまま固まっている。
「ワン!」
賑やかな様子は止まず、獣の鳴き声が三人に割って入ってきた。
「おおー!わが相棒、大狼シフ!散歩の時間だったね!」アルトリウスが腰を曲げてわしわしとシフをなでる。「すっっっっかり忘れてなどいないよ!うっっっかりしてもいない!このアルトリウスにとっては全てが予定調和だよ!いいね!」
「ワン!」
「前から思ってたけど狼って『ワン』って鳴かないよね」
「はーっはっは!陳腐な常識にとらわれていてはこのアルトリウスの速さについてくることはできないぞ!行くぞシフ!アォォォォン!!」
「ワン!」
言うやいなや、アルトリウスは壁を蹴ってシフとともに部屋を飛び出していった。汚れた足跡がくっきりと残されている。掃除に苦労するだろう。
「…」
残された二人。指で持った花をくるくると回すキアラン。
「よかったね」
「は、はい!?」
不意に話しかけられ、キアランが飛び上がる。あはは、とベルカが笑った。
「よかったね、アルトリウスにプレゼントもらえて」
「…はい」
「アルトリウスのどこがいいの?」
「優しいところ…あ!」
ずかずかとベルカに近づき、ぐいっと顔を近づけた。
「私は今何も言いませんでした。いいですね?」
「はい。王の刃キアランは狼騎士アルトリウスの優しいところにラブラブなんですとは言ってません」
ぴたり、とベルカの首に冷たいものが触れた。
「私は今何も言いませんでした。いいですね?」
「はい。キアラン様が王の妃を脅迫しただけでございます」
「まったく、口の減らない方…」
キアランがため息をつき、くるりと残光を引いて刃をしまう。
「こんなこと言っていいのかわかんないけど」
「今度はなんですか」
「すごく楽しいです、今が」
「ベルカ様…」キアランの胸が詰まる。
「ずっとこんな日が続けばいいのにって思うことがある。同じくらい嫌なことがあるのを除けば」
くしゃっと顔を歪めるベルカ。キアランは優しく抱きしめ、ウェーブのかかったベルカの黒髪をなでた。
夕日がアノール・ロンドを隅々まで照らす。そこは逃げ場のない牢獄だった。