アズールレーン ━深海の瞳━   作:空白部屋

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性懲りもなく投稿。更新速度は察して(泣)
アズレンのストーリーは読んだことないのでほぼオリジナル展開です。ゲームと漫画くらいなら……って感じなのでおかしな部分があるかもしれません。



プロローグ
第一話 純白の軌跡


 

 

 何気ない日常、当たり前の風景、変わらず時間だけが過ぎてゆく日々。それらの言葉が全て当てはまるくらい世界は平和だった。それはボクの故郷である港町も同様で、港から漁に出る漁師や新鮮な魚介類を販売する人達で賑わっていた。とても活気があり、そこに住む人々は皆、性格が似たり寄ったりで優しくて気のいい人達だった。

 ボクも皆が、この港町が好きで、社会人になったらこの町のどこかで働くのだろうと漠然とした未来を想像していたりした。

 しかし、それはある日を境に永遠に叶わぬものとなった。

 

 

 ━━━燃え盛る港町、海から迫り来る黒い影、耳を覆いたくなるような悲鳴と絶叫。怒りや悲しみなどの負の感情が町に渦巻き、吹き付ける風は肌を軽く焦がす。

 いつものようにさんさんと輝く太陽の下、いつも通りとはかけ離れた阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図が広がっていた。

 突如海に出現したセイレーンと呼ばれる者達は、瞬く間にボクの故郷の港町を灰塵へと化した。

 見慣れていた街も、悲鳴も、人も、家族も、全て轟音と共に消えた。ボク一人だけを置いてけぼりにして。

 生き残れたのは本当に偶然だった。ボール遊びをしていた近所の子供達が井戸にボールを落としてしまい、それを取ってきてと頼まれたのが切っ掛け。

 梯子(はしご)を使って井戸の中に入ってボールを手に取る。そして子供達に声をかけようとしたその瞬間に、轟音が響きボク以外の全てが消えた。

 呆然とした。なんの脈略もなく、そして余りにもあっけなく失ってしまったのだから。どれくらい井戸の中で立ち尽くしていたのかわからない。気付いた時には全てが終わっていた。

 井戸から出たボクは覚束ない足取りで帰るべき場所へと向かう。あの家には家族がいたはずだ。元気な母も、調子の良い父も、少し我が儘だけど甘えてくる可愛い妹も、変わらず盆栽をいじっている寡黙な祖父も、皆が平和に暮らしている我が家へとすがるような気持ちで歩き続ける。

 しかし現実とは無情で残酷だ。目の前にある我が家は、無惨にも瓦礫(がれき)の山となり果てていた。

 そしてそこから臭ってくるのは肉が焼ける臭いと鉄のような血の臭い。その臭いの元をたどり、ボクは恐る恐る視線を向けた。

 

 

「あ、あ……あぁ…」

 

 

 瓦礫の隙間から見える誰かの腕。それが家族のものだというのは間違いない。

 信じたくなかった。今朝まで普通に会話していた家族がたった数時間後に物言わぬ(むくろ)と化していたなんて。そんな事実は到底受け入れられるはずがない。

 嘘であってくれと、夢であってくれと願いながら自らの頬をつねる。……痛い。

 頬の軽い痛みと共に胸も痛くて苦しくなる。気持ち悪さが喉の奥から込み上げ、視界も涙で歪む。今にも意識を手放してしまいそうになるほど重症だ。

 これ以上ここにいてはいけない。理性ではなく本能がそう告げている。これ以上ここにいれば、きっと自分にとってよくない影響を受けることになるから。

 ここに来た時よりも更に足下が覚束ないが、とにかく少しでもどこか別の場所に移動したい。

 吐き気をこらえ、手で口を押さえながら未だに燃え盛る港町を出る。所々火傷してしまったが問題ない。そんな些事より一刻も早くここから出ていきたかった。

 ……あれから、どれだけ歩いただろうか。朦朧(もうろう)とした意識の中で考えてみるも、答えなんて出てくるはずがない。

 行き着いた木の根元に腰を掛けて背中を預ける。

 未だに現実感がない。あまりにも突然過ぎて実は夢なんじゃないだろうかと疑っている自分がいる。あんな鮮烈な光景、夢でないことは頭で理解しているというのに。

 とにかく何もやる気が出ない。どうしようもない虚無感が心の中に残っている。これからどうやって生きていくのか考えるだけでも億劫だ。

 家なし、金なし、家族なし。何にもなしの状態でどうしろというのだろうか。何故、あの時ボクは家族と共に死ねなかったのか。何故、港町が攻撃されなければいけなかったのか。

 何故、何故とわからないことばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡っている。

 失意に呑まれどうすることもできない無力な自分ではこのまま死に絶えるのがお似合いだろう。出来ることなら皆と一緒にいきたかったけど……今更考えるだけ無駄かな。過ぎてしまったことは仕方ないし。

 自虐的な笑みを浮かべたボクは、最後に星空を見上げながら意識を手放した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 あれから港町に派遣された調査隊に発見されたボクは、この事件の重要参考人として軍に捕らえられ、監禁された。

 突如海から現れたセイレーンと呼ばれる怪物によって全世界で同時刻に港を攻撃された事件。全世界の港町が轟音と爆発により更地にされた中、ただ一人だけ生き残っていたのがボクらしい。

 中にはボクがセイレーンを手引きした人類の裏切り者ではないかと疑う声もあったが、さすがに12歳の子供に罪を被せ、襲撃で失った遺族達の恨み辛みを集中させるわけにはいかずその声は揉み消された。もしボクが大人だったら大罪人としてでっち上げられていたのかもしれない。少しだけ、自分が子供であることにボクは感謝した。

 人類が制海権を失ってから半年。まったくと言っていいほど進歩がない。戦艦やミサイルを使ってセイレーンに対抗する日々が続くものの、毎日セイレーンの轟沈数より人類の犠牲者が増えるばかり。

 もはやセイレーンの巣窟と化した海には誰も近寄らず、全世界の人の食卓から魚介類が消えた。船を使った貿易も出来ず、輸送機などでしか物資を運搬できない。それにより、物価もどんどん上がっていき、人民は困窮していった。

 そんなある日、現状を打破するために軍はとある計画を立ち上げた。

 

 

 ━━━『人類強化計画(Human race・Rein forcement・Project)』。

 

 

 極一部の上層部が密かに企てた禁忌の人体実験計画。

 事の始まりは海岸に打ち上げられた一体のセイレーンの死体だった。

 セイレーンは頑丈過ぎてミサイルくらいでしか殺せない。戦艦はまだしも駆逐艦や巡洋艦の火力では足りず、沢山の犠牲者と共に沈められた。

 そんな状況でセイレーンの死体を回収するなどほぼ不可能だ。だからこそ、海岸に打ち上げられた死体はすぐさま解剖されて徹底的に調べ上げられた。結果は未知。解析がほとんど進まないまま時間だけが浪費されていく。

 このままでは本当に人類は滅亡する恐れがあると焦る軍に、一人の研究員がこう言った。

 

 

『セイレーンの一部を人間に取り込んでみてはどうだろうか』と。騒然とする軍や同僚の研究者に『未知の力を扱うセイレーンに対抗するにはこちらもその技術と力を使って対抗するしかない』と言い張り、そうするしかないと判断した軍はすぐにこの計画を実行させるまでに至った。

 狂気の沙汰だ。平和な時代であったなら、こんなことは絶対に起こらなかっただろう。セイレーンという未知の存在が、人を狂気にさせた。それほどまでに人類は追い詰められていた。

 こうなってしまってはもう後戻りはできないし、歯止めも効かなくなった。

 マウス実験から始まり、対抗するための力とそれを制御する力を人体に取り込めるよう様々な実験が行われた。そして更に半年後、セイレーンの力を凝縮された薬品が完成した。未知のものをたった半年で薬品化させるなど、どれだけ軍が必死だったのかが(うかが)える。

 しかし、そこからが問題だった。それは薬品に適合する人間が極わずかしかいないということ。

 薬品は完成したが、投与した人が適合せずたちまち異常を起こしてしまうのだ。ある者は発狂し、またある者は脳死状態となったまま動かなくなった。

 そして実験台となった軍人や貧民は次々と死に絶え、ついにボクまで実験台にされる事となった。

 結果を言えば、ボクは薬品に適合した。

 注射器に入っている深海のような青黒い液体を投与された時は、ついに死ぬのかと自らの死を受け入れようとしていたのに。

 一つ目が成功したのなら、と研究者達に様々な薬品を体に投与され、その全てにギリギリ適合した。研究者達はボクのことを最高傑作だと褒め称えるがそれは違う。同じ薬品ならともかく、これ以上違う薬品を投与されると多分死ぬ。

 そして薬品のせいか、以前は黒髪黒目だった容姿が今では染み一つない白髪に深海のような青い瞳の色になっている。更に、薬品を投与された日から一年が経過しているというのに体が一切成長していなかった。色は違えど一年前と全く同じだ。もしかしたらこれも薬品のせいかもしれない。

 あとは結果だけだ。セイレーンに対抗できる存在になるには戦果を上げなければ意味がない。

 ボクはセイレーンから回収した艤装を改良したものを装備し、艤装を展開させて出航した。

 大海原を滑るように進み、セイレーンの中枢艦隊の撃破に向かう。しかし、人間の浅知恵は化け物に通用しなかった。こちらは大規模の艦隊だったのにも関わらず、敗走する結果に終わった。

 だが全く通用しなかった訳じゃない。オブザーバーやピュリファイアーなどの下層端末ならなんとか撃破することができたのだ。常に負け続けていた人類に、これはかつてないほどの進歩と言えよう。

 こうして人類の狂気的な努力によって絶望の中に一筋の希望が差し込んだ時、彼女達は現れた。

 

 

 ━━━KAN-SEN。セイレーンと同じくどこからともなく現れた人類の救世主。彼女達はセイレーンを撃破できる力と技術を持ち、様々な派閥を集結させたアズールレーンという巨大軍事組織を結成し、人類の制海権を取り戻すべく日々セイレーンと戦っている。

 そしてその成果は如実に表れており、今や彼女達なしでは人類の存続はあり得ないとまで言われている。

 これが今のこの世界の情勢。日に日に減りつつあるセイレーンとかつての海を徐々に取り戻していく人類。そのおかげか、世界は再び平和へと向かっている。

 KAN-SENのサポートをしたりする饅頭という不思議な生き物が作る兵装は人類がこれまで積み重ねてきた技術力を上回っていた。それにより、少しずつではあるがその技術に依存してきている傾向にある。

 その結果が何を産み出すのかなんて簡単だ。

 人類が狂気の果てに立ち上げた【人類強化計画】は彼女達が現れると同時にすぐさま廃止された。あまりにもタイミングよく、そしてあっけなく、まるで最初から存在しなかったかのように。

 もともと、人権を踏みにじるようなおぞましい実験の数々を行ってきただけあって、KAN-SENという希望の光が差し込むと研究者や軍はすぐにあちらへと手を伸ばした。

 別にボクはそのことをどうとも思わないし、偽善者だと軍を罵ったりもしない。ただ、彼女達のような救世主が来るまで必要だった……それだけの事だろう。

 それに、ボクは【人類強化計画】の廃止について少し嬉しく思う。いくら実験体が自ら志願した者しかいなかったとはいえ、物言わぬ廃人になっていく様を見るのは嫌だったからだ。これからはこんな犠牲者を見ずに済むと思うと安心する。

 とにかくこうして人類はKAN-SENに必要不可欠な存在である指揮官を選出し、彼女達を指揮しながら共に平和へと向かって歩み続けていく。セイレーンの殲滅という一つの目標の下に、確固たる信頼関係を築きながら。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 これが今の歴史。禁忌の人体実験は廃止され、廃人となった実験体は地下にある軍の医療機関で保護されている。まぁ、保護というよりはほぼ監禁みたいなものだけど。よほど表にこの事が漏れて欲しくないらしい。

 心を持ったKAN-SEN達はこれを見て知った時、どう思うのだろうか。協力関係にある人類の非人道的な行いは、彼女達に何を思わせるのか推測は出来るものの本当のところは不明瞭だ。

 そして廃人となった実験体は地下に監禁されたが、自我のある実験体はどうなったのか。

 それはもちろん、口封じだ。ボク達実験体は艤装を展開していなければ人間とほぼ変わらない。暗殺するのは容易だっただろう。

 まぁ、ボク以外の実験体は自我があると言っても性格破綻者だったり、底知れない闇を心に抱えてたりととても社会復帰が期待できるような元人間の集まりではなかったから暗殺して正解だったんじゃないだろうか。

 快楽殺人が趣味の実験体もいたから、むしろボクが率先して暗殺しても良かったと思う。だってボクが殺人対象になってたし。

 ……それはまぁさておき。あの実験体達が暗殺されようがボクは特に気にはしないけどその矛先をボクにまで向けるのは勘弁して欲しい。

 軍のやり方に別に文句がある訳じゃないし恨んでもいない。むしろ軍の判断は合理的だと納得できる。しかし、だからといって「はい、わかりました」と了承して死ぬつもりはない。

 一時期は死んでも構わないと思っていたけれど、世界が平和に向かいつつある今、それを最後まで見届けたいと思ったからだ。そう簡単には死なないよ。

 ━━━と、思っていた時期もボクにはありました。いや、軍が普通に強い。今まで味方として戦ってたから知ってはいたけど、いざ敵になるとなかなか振り切れない。微速前進どころか全速力で大海原を突っ切るけど逃げ切る事が難しい。

 しかもあっちは魚雷とか大砲を撃ち込んでくるから回避するために無駄な動きが増える。

 

 

「このままだと軍に捕縛されるかなっ……!」

 

 

 状況の悪さに思わず愚痴をこぼす。

 嫌な予感がし、すぐに飛び込むように右へと方向転換した。

 次の瞬間、爆音と共に先程までいた場所から大きな水柱が立つ。

 

 

「…っ!? うわっ、少し艤装がかすった…っ!」

 

 

 少し歪んだ艤装の先端を見ながら歯噛みする。

 また周囲に水柱が立つ。最初は軍艦の攻撃かと思ったがどうやら違うようだ。

 

 

「まさか、潜水艦…?」

 

 

 他の予想に比べてこれが一番可能性が高い。

 そして残念ながらボクの艤装にはソナーが取り付けられていないので探知できない。

 軍もこの事を知っているはずだから確実に仕留めるために出撃させたのか。

 

 

「本当に不味い状況じゃないか…ッ!」

 

 

 【人類強化計画】が廃止されたのは非人道的だからという理由だけではない。むしろこれはついでという方が大きい。

 本当の理由はボク達実験体がKAN-SENよりも劣っているからだ。この事実こそが計画が廃止された理由。

 KAN-SENよりも全体的な性能が低く、兵器を装備できる数が少ない。さらに定期的に薬品も必要で存在自体が極わずか。ボク達、実験体はまさにKAN-SENの劣化版と言える。そして軍の中には《人工KAN-SEN》と呼ぶ者もいた。

 KAN-SENとの関係性、コスト、費用など探せば山のように見つかる理由で軍に消されるボク達は大方、使い捨ての道具だろう。

 自分の身に起こる理不尽さにもう笑うしかない。

 彼女達が現れるまで軍の関係者に【人類の守護者達(ガーディアンズ)】と呼ばれていたのが嘘みたいだ。

 

 

「はぁ……せめて、博士の所に逃げられればいいんだけど……」

 

 

 弱音を吐きながら飛んでくる砲弾を回避する。

 博士……名を星宮(ほしみや) 真帆(まほ)。彼女は軍の研究者の一人であり、薬品製造を主に担当していた人だ。ただ、彼女は少し変わり者で今は軍との関係を断ってどこかにひっそりと隠居している。

 場所は……いくつか心当たりはあるが望み薄なので結局は無い物ねだりになってしまうか。

 

 

「…っ!」

 

 

 再び爆音。だがこれは今までのと音が少し違った。そして飛んでくる方向も。

 

 

「…っ!? 今度はなに!?」

 

 

 これ以上敵が増えないで欲しいと願いながら砲弾が飛んできた方向へ視線を向ける。

 

 

「セイレーン…ッ!?」

 

 

 考えうる限り最悪の展開じゃないか。思わずそう叫びそうになった。

 前方にはセイレーン、後方には軍。絶体絶命のピンチだ。

 

 

「くっ…! エネルギー使いすぎるから本当は使いたくなかったけど……」

 

 

 ここから脱出するためにはアレを使うしかない。

 覚悟を決めたボクは艤装の一部をガチャガチャと音をたてながら変形させ、自分の体の大きさに合わない長大な砲身を作り上げた。

 黒塗りの装甲に模様のような赤い光がネオン状に点減しておりどこか無骨で未来的な印象を与える。

 超々遠距離型射撃兵装【神槍(グングニル)】。まだKAN-SENがいなかった黎明期にコスト度外視で作られた超火力のじゃじゃ馬兵器。一発に莫大なエネルギーを使うがその威力は折り紙つき。当たれば中層端末にも結構ダメージを与えられると思う。残念ながら試したことはないが。

 狙いは前方にいるセイレーン。あの艦隊のど真ん中に大穴を空けてそこから離脱する。

 

 

穿(うが)て、【神槍(グングニル)】ッ!!」

 

 

 砲口からバチバチと赤い(いなずま)が弾け、その超火力の砲撃が発射された。

 極太の閃光が海面を一直線に突き進み、前方にいるセイレーンの艦隊の一部を一瞬にして消滅させた。

 すぐに【神槍(グングニル)】を解除し、速力を上げるために不必要な艤装を分離(パージ)する。もちろん、【神槍(グングニル)】もコアなどの最重要部分以外は全部海に捨てた。これも逃げるためだ。背に腹は代えられない。

 

 

「あとはこのまま突っ切るっ!」

 

 

 もうセイレーンが隊列を組み直し始めているのであまり時間が残されていない。

 唯一の兵装となったセイレーンの艤装の一部から作られた剣を片手に奴らの間を切り抜ける。

 邪魔する量産型は甲板に飛び乗ってそのままさらに跳躍して通り過ぎる。迫ってくる数が多ければその間を縫うように滑り、量産型同士で衝突させる。

 後方を確認するがもう軍の艦隊は遠くにある。さすがにセイレーンの艦隊に突っ込むのは避けたいようだ。

 

 

「よしっ、これならなんとかな━━━」

 

 

 こうして僅かな希望が見えた時、ボクの右胸部から槍が生えた。

 

 

「かふっ━━━」

 

 

 唐突な攻撃に耐えきれず口から血を吐いた。

 そしてそのまま勢いを止められず海面を転がる。

 

 

「あッははァ! やっと見つけたッ! アンタがつけてくれたこの傷……その仮を返しに来てやったわよッ!!」

「ピュリ、ファイアー……」

 

 

 苦々しくその名を呟く。

 今、目の前にいるのは自分に槍を刺したポニーテールのセイレーン━━━ピュリファイアー。

 ボクを瀕死に追い込めた事が余程嬉しいのか狂気的な笑みを浮かべる。しかし、その顔には痛々しい火傷痕のようなものが見えた。

 無論、それは過去にボクがつけたものだ。この個体は唯一、エリア外からの【神槍(グングニル)】の射撃を察知して回避することに成功したのだ。だが、完全に回避できず当時はほとんど大破の状態にあったけど、どうやらあれから生き延びていたらしい。あの時はボクもかなり限界だったからトドメを刺せなかったのが実に惜しい。

 

 

「やっぱり……生きて、いたのか……っ!」

「当然でしょう? お前ら人間が作り上げた欠陥品のデータを記録したかったけれどもうどうでもいいわ。特にアンタは殺す。絶対に殺す…ッ! その為にアタシはずっと隙を窺っていたんだよ!」

 

 

 明確な殺意をボクに向けながら嬉々として様子で彼女は語る。

 槍が刺さったままの胸からじわじわと血が溢れてくる。

 これ以上は戦闘に支障が出るので痛覚は遮断し、海面から起き上がって静かに剣を構えた。

 

 

「なに? やるつもり? あはっ! そんな体で何ができるっていうの? 抵抗するだけ無駄よ無駄。さっさと諦めてアタシに殺されなさい…ッ!」

「…………」

 

 

 意識を集中させ、視野を広げて頭を冴え渡らせる。

 今が夜というのもあるが、意識を深くまで潜らせることでシン、と音を消した。

 

 

「━━━チッ…! ああ、そう。じゃあ死ねよ」

 

 

 全砲口をこちらに向けたピュリファイアーが一斉に砲撃した。

 轟音と巨大な水柱が立ち上ぼり、その周辺に海水の雨を降らせる。そして水柱が収まった後にあるものは、艤装の残骸とボロボロになった上着。

 それを見たピュリファイアーは己の勝利を確信し、海の上で高笑いした。

 

 

「あッははははははははは━━━ッ!! なんだ、終わりは案外呆気ないものねっ! アタシに傷を負わせたんだから強いと思ってたのに! これなら正面からやり合っても勝て━━━」

 

 

 勝利に一人酔いしれるピュリファイアーの足下の海面から、いきなり剣が飛び出してきた。

 

 

「ぐ━━ッ!?」

 

 

 咄嗟の奇襲を持ち前の反射神経で回避。彼女は続いて海面から飛び出してきたボクの姿を見て目を見開いて驚愕し━━━ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

「馬鹿がッ!! そんな事は想定済みなんだよッ!」

 

 

 ボクはピュリファイアーに向かって体に刺さっていた槍を抜いて投擲(とうてき)するが、上半身を逸らして回避された。

 だが、これはどうだろうか。ボクは一番最初に()()()()()()()()を両手で握り締めて振りかぶる。

 

 

「な━━━ッ!?」

 

 

 彼女は再び目を見開く。その様子にわざとらしさを感じさせる演技はない。何故、どうして、という疑問が顔に表れている。そして次に浮かんでくるのは殺される事を確信したことで生まれた恐怖だ。段々とピュリファイアーの表情が引きつっていくのがわかった。

 彼女の瞳に、ボクはどう映っているのだろうか。ボクらのような実験体は艤装を展開させると瞳の色が深紅に染まる。もしかしたら、鬼みたいな化け物に見えるのかもしれない。

 

 

「ま、待っt━━━」

 

 

 ボクは剣を振り抜いて命乞いをしようとしたピュリファイアーの首を斬り飛ばした。

 思わず顔をしかめる。量産型のような船の形をしたものはともかく、やはり人の姿をしたセイレーンを殺すのは慣れない。斬った時に人間みたいな骨や肉の感触がするからだ。要人の暗殺をしていた以前の自分に戻ったような感じがして心が若干沈む。いや、今でも平然としているように振る舞ってはいるが、油断すると表情に出てしまうだろう。

 ……人間をやめた奴が何を言っているんだ、と言われてしまいそうではあるけど。

 

 

「取り敢えず、討伐完了……」

 

 

 沈みゆくピュリファイアーの死体を見ながら疲労混じりの声で呟く。

 先程は、上手くいって良かったと思う。ピュリファイアーがもう少し冷静さを持っていたら、きっと剣の(つか)に巻き付けられていた細い糸に気付かれていただろうから。

 投擲したはずの剣をボクが持っていたのは剣を投擲した後に勢いよく糸を引っ張って引き寄せただけという簡単な理由だ。

 もし糸を切られていたら、ボクは砲撃の餌食(えじき)になっていた。

 

 

「げほっ、げほッ…!」

 

 

 口元を押さえた手が真っ赤に染まる。

 無茶をし過ぎたのか、体が言うことを聞かず片膝をつく。その際、手からするりと剣が抜けて海の底に沈んでいった。

 改めて槍が刺さっていた傷口に目を向けると血がじわじわと服に滲んでいる。この状態なら持って数分かな。

 せっかくセイレーンのいない平和な時代を見てみたいから逃げ出したのにこの様だ。これじゃあ意味がないじゃないか。

 まだまだ悔やみたい事は沢山あるのに視界がぼやけ始める。

 

 

「ここまで、なのかな……」

 

 

 意識を保つことすら難しくなり、強制的に艤装が解除された。それにより浮力が消失し、体が海に沈んでいく。夜の海はどこまでも暗く、沈んでいく様はまるで巨大な闇に呑み込まれていく沈没船のようだ。

 

 

(ちく、しょう……)

 

 

 ボクは息を止めることすら許されず、苦しみの中で意識が暗転した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『生命活動レベル、危険領域(レッドゾーン)に突入を確認。緊急生命維持装置【コールドスリープ】を起動します……』

 

 

 暗い海の中で機械的な声が響く。

 

 

『特殊艤装展開。冷却装置、保全カプセル、酸素残量、疑似栄養液……オールグリーン。システムデータ再確認……オールグリーン』

 

 

 意識のない白髪少年の周囲に通常とは異なる艤装が展開され、その少年を包む。ネオン状に赤く点滅していた艤装は現在は海のような少し暗めの青へと変化している。

 

 

『心肺停止を確認。電気ショックで蘇生を開始……3、2、1……蘇生完了。呼吸安定。投薬で欠損部位を修復。データから参照。完全修復まで175万2000時間……200年後のセイレーン侵食率……58% 意識覚醒まで約262万8000時間。意識覚醒時のセイレーン侵食率は72% 意識覚醒から10年間の侵食率予測は約20%上昇』

 

 

 少年を包んだカプセル型の艤装は緩やかに海の底へと向かって沈んでいく。

 

 

『セイレーン化を抑制するため清血を投与。意識覚醒予測である300年後の侵食率、約41%まで減少。生命維持のため【アスクレピオスの杖】を投薬』

 

 

 海の底に達したのか、ズシンと静かに音を立ててカプセル型の艤装が停止する。

 

 

『約300年後に艤装を浮上させ解除。付近の地上へとたどり着くよう調整。意識覚醒まで262万7999時間57分41秒━━━良い夢を、【コードネーム:アスカ】……』

 

 

 機械的な声が少年の名を呟くと、艤装はそのまま海底でゆっくりと沈黙した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 とある基地の砂浜にて。

 装甲空母、イラストリアスは散歩中に砂浜に打ち上げられた白髪の少年を発見して目を丸くしていた。

 

 

「これは……どういうことなのでしょうか…?」

 

 

 彼女は近くまで寄ってしゃがみ、白髪の少年をよく観察してみる。セイレーンという可能性もあったが、どうやら人間で間違いないようだ。

 しかし、人間だと確信したイラストリアスは新たな疑問を浮かべる。

 ……何故、この基地の砂浜に人間……しかも少年が打ち上げられているのだろうか、と。

 ここは軍の関係者以外立ち入り禁止であり、また、この基地にいる男性は指揮官と呼ばれる人物だけだ。この少年が何者かはわからないが、あまり状態がよろしくなさそうなのでイラストリアスは安否を確認する。

 

 

「あの~、大丈夫ですか…?」

 

 

 かなり控えめな声をかけながら少年の肩をゆさゆさと優しく揺らす。ずぶ濡れになった服に手が触れ、ひんやりと冷たい感触がした。

 しかし、何度か呼び掛けてみるも少年は全くの無反応で呼吸しているのかすら怪しい。イラストリアスは脈拍が正常なのを確認しようと首にそっと手を当てた。

 

 

「…ッ!? なんて冷たいのでしょう……これは、急いだ方が良さそうですね」

 

 

 まるで氷を触ったのかと錯覚してしまいそうなほど冷たかった。普通なら凍死しているはずだが、微かに呼吸があるのでギリギリ生きているようだ。

 

 

「少し失礼しますね…」

 

 

 意識のない少年にそう一言かけるとイラストリアスは彼をお姫様抱っこした。

 

 

(凄く軽い……ちゃんと食べていないのでしょうか…?)

 

 

 一般人の平均体重よりも明らかに軽いことに心配するイラストリアスだが、今はこの少年を一刻も早く医務室に運ぶべきだと判断した。

 

 

(指揮官様にも報告しないと……)

 

 

 今後、彼をどうするのか相談する必要があるだろう。一般市民にKAN-SENの存在は知られていても、詳細はあまり知られていないのだから。もしかしたら彼は情報秘匿のために軍に所属させられるかもしれない。

 

 

(事態が複雑化しなければいいのですが……)

 

 

 ほんの少し、今後の展開に不安を抱くイラストリアスは少年をお姫様抱っこで医務室へと運んだ。

 

 




《艦船通信》


【KAN-SEN@ユニコーン】
 イ、イラストリアスお姉ちゃんが…っ! お、男の子をお姫様抱っこしてる…!


【KAN-SEN@クイーン・エリザベス】
 な、なんですって!? 写真はないのっ!?


【KAN-SEN@ベルファスト】
 何やらお急ぎのようですが……すぐに確認してきます。


【KAN-SEN@アークロイヤル】
 これでいいか?


        《写真》


【KAN-SEN@プリンツ・オイゲン】
 えらく早いわね……


【KAN-SEN@アークロイヤル】
 幼い子供をイラストリアスがお姫様抱っこしていると聞いてな……すっ飛んできた訳だ。


【KAN-SEN@プリンツ・オイゲン】
 さすがね


【KAN-SEN@エディンバラ】
 お巡りさんこいつです。


【KAN-SEN@インディアナポリス】
 ちょっと……私を連れてきても困るんだけど……(汗


【KAN-SEN@アークロイヤル】
 ま、待ってくれ! これは誤解なんだ! ちょっと何かしらの事件かもしれないと思って様子を見に━━(以下略


【KAN-SEN@愛宕】
 あら、可愛いじゃない。ちょっと私も見てこようかしら?


【KAN-SEN@エンタープライズ】
 まずはこの事を指揮官に報告すべきだろう。


【名無しの指揮官】
 彼の着ているロングコートの刺繍……どこかで見覚えがあるような……?


【KAN-SEN@シリアス】
 誇らしきご主人様、いつの間に……気づけなかった私にどうか罰をお与えください…!


【KAN-SEN@クイーン・エリザベス】
 シリアス、あなたはいいから自分の仕事をしなさい!


【KAN-SEN@シリアス】
 そ、そんな……っ!?


【KAN-SEN@プリンツ・オイゲン】
 そんな事よりその子の顔がイラストリアスの胸に埋もれているわ。かなり苦しそうだけど大丈夫なのかしら…?


【名無しの指揮官】
 ガタッ…!?


【KAN-SEN@赤城】
 あら、指揮官様…? どうやらお仕置きが必要のようね……ふふふ


【KAN-SEN@大鳳】
 指揮官様~、大鳳は悲しいですわぁ。大切な指揮官様を大鳳自らが傷付けることになるなんて……!


【名無しの指揮官】
 ヒエッ…

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