「三月ウサギ店のオットー、出ろ。お前の容疑が晴れた」
「……本当ですか?」
一月、一月である。こんな生活はもう二度と御免ですよ。飯は不味いし便所は臭い。向かいやお隣さんは常に気が立っていて何をされるか分かったもんじゃない。いやぁ病気にならなかっただけ幸運なのかもしれないけど。
尋問につぐ尋問と、宝珠に関する真偽がどうのこうの。どうやら法にギリ接触してなかったようで、あらゆる視点から罪にかけようとしてきた。まぁ、残念ながらお役所顔の人間が、事細かに矛盾点を指摘しまくったので徒労に終わったようだが。
やはりコネは持っておくべきだな。女王陛下に感謝しなくては。
「……ここだ。入れ」
「はぁ……。何故また尋問室に?」
「つべこべ言うな」
「……」
仕方なく重たい鉄の扉を潜る。そこに居たのは、あのデグレチャフ少尉だった。……何故ここに居るのだろう。風の噂で、既に異動になったと聞いていたんだが。
ボロボロのテーブルと、何かが染み付いて黒くなった椅子。そこに台を乗せて視線を合わせているが、それを指摘できる様な雰囲気では無かった。静寂が酷く痛々しい。
「……どうしたオットー、座りたまえ」
「は、はぁ」
「君、もう出ていいぞ。警護は不要だ」
「了解」
手についた手錠をガチャガチャ鳴らしながら椅子を引き、今度こそ少尉と目を合わせる。……見れば見るほど残念な美少女だなと感じた。とてもでは無いが10歳前後の子供では無い。30か40辺りのオッサンにしか見えなかった。
ならばあまり気負わずとも良いのでは無いだろうか。殆ど同年代だろうという勘が囁く。人形じみた見てくれを意図的に除き、目の前の存在を頭の硬そうなオッサンの物としてみる。……なんだか無駄にしっくりきてしまった。
「さて、自己紹介は不要かね?」
「えぇまぁ、この一月でお互いの事は知り尽くしたでしょうし」
「……法に触れずして盗みを犯した事は……納得はいかないが、不問にする事となった。優秀な人材に感謝するんだな」
「女王陛下には感謝してもしきれませんよ……」
「よもや皇室と繋がっていたとは、この私でも予想は出来なかった。……それ故に、非常に惜しい」
「惜しい、とは?」
「お前が民間の、それも一介の玩具屋として生涯を過ごす事が、だよ。……オットー、恥を忍んで頼んでも良いだろうか?」
「……内容によりますが……」
「この宝珠を見てくれないか?」
「はぁ? ……あぁ、これは……」
エレニウム九五式。そう呼ばれている宝珠であった。4同発で起動し、他の宝珠とは一線を画す出力を出したとか。まるで奇跡だと謳われているとも聞く。
…………いや、しかし何だコレは。軍事にはあまり関わり合いが無いのでよく分からんけど、幾らなんでもコレは酷い。幼い子供を何だと思っているのだろうか。
「……軍とは、罪深いものですね。こんな物を作りあげるとは……」
「……なに?」
「思考誘導に確率干渉、『門』を渡る呼びかけに因果点の収束……。どれもこれも、大昔に禁呪として焚書された非道なものばかり……。コレを作ったのは悪魔に違いない。面倒な呪いを押し付けられましたねぇ」
「ま、まて! お前にはコレが何なのか分かるのか!?」
「分かるも何も……おっと、これ以上は控えさせていただきます。また牢屋に入るのは勘弁ですからね……」
「いや、続けてくれ。今この会話は誰にも伝わらぬよう秘匿してある。お前が何を言おうと罪には問わん。頼む、続けてくれないか……」
……そんな弱りきった目をされると……少し同情してしまう。コレを種に脅されると割とどうしようも無いのだけど……。流石に無視は出来ない、か……。仕方ない。無駄なリスクは避けたかったんだけどね。
「そこまで言うのでしたら、続けましょうか。長くなりますし、質問はその都度受けましょう」
「……分かった」
……いえまぁ、言ってしまえばコレは聖遺物だとか悪魔の書だとかと同じ類の物なんですよ。そこに大して違いはありません。人ならざる者達が、人に干渉するために生み出された物体……。そこに優劣も何も有った物ではありません。等しく呪物なのです。
……だから言いたく無かったのですよ。私の知る知識に当て嵌めると、神や悪魔というのは同列で語られる一種の生命体に過ぎず、事あるごとに人の世に干渉してくる傍迷惑な存在でしか無いのですから。
『お前は神が存在していると確信しているのか』ですか。
えぇ、その通りです。神と呼ばれる上位の生命体の存在は認知し、なんなら観測し、干渉も可能です。面倒なので滅多に向き合いませんがね。人が一生を終える内に干渉される事なんて、ほぼありませんよ。
貴女はどうやら違うようですが。……それもかなり面倒な奴等に目をつけられたようですなぁ……。
『神とはどういう存在で、何を目的としているか』ですか……。難しい事を聞きますねぇ……。
まぁ酷く単純に言ってしまえば、奴等は魔法の餌が欲しいのですよ。自らの存在を補強する魔法。それこそが奴らの存在意義です。
『魔法の餌とは何か』ですか?
では逆に聞きますが、少尉は魔法をどのようにお考えで? 我等の住まう世界を取り巻き、しかし人間だけが使えるとされる奇跡の体現……。その魔法とは一体何なのかを。
『自然界における化学反応の一種で、魔法とはその反応式を書き換えて自らの意思で行使する物』……成る程、少尉らしいお答えです。
では少尉、なぜこの世界にドラゴンは居ないのでしょう? ……おや、珍しい顔をされるのですね。
そう、空想の物とされている生物達の事ですよ。おかしいと思わないのですか? ドラゴンはまだしも、小人やエルフといった者達が存在しないと、どうして言い切れるのです?
そんな物いる訳がない……聞かずとも分かりますよ。その顔を見れば、ね。……ですが忘れたのですか少尉? この世界には神が居ると言ったことを。
語りかけたのか、それとも姿を見たのか……詳しい事は分かりませんが、確かに存在を確認したのではありませんか? この呪物が存在している以上、貴女は神か悪魔と名乗る者に出会った筈です。
同じですよ少尉。同じなんです。ただその存在が向こうに近いか、こちらに近いか。ドラゴンと神の間にあるのは、その程度の差なんですよ。
ステュクスの川岸で、我等の魂はあちらを見る。川岸に住まうのは神になる過程で零れ落ちた超常の者達。認知しようとしなければ、我等は良き隣人の理解を得ず。
……人は、生まれながらにあちらと繋がっています。その繋がりが深い者ほど、魔法に対する適性が高い。死の淵に陥った者が、魔法の適性を発現したなんて、そう珍しい話じゃありませんよ。
おや、どうしました少尉? 何か思い当たる節でもありましたか? 顔色が……というより、目付きが険しくなっておりますが……。
まぁ、心配ないと言うのであればそうしますが……本当に大丈夫ですか? ……はぁ、では話を続けさせていただきます。
魔法とは何か?
その答えは非常にシンプルです。それは物理法則に囚われないエネルギーである事。それに尽きます。
魔法とは、『魔法』なんですよ。化学式だとか、そんなつまらない物じゃありません。制御するとか、そういう物でもありません。自在に操り、思った事を最短で形にする純粋な力なのです。
魔法の最も単純な形を教えましょうか?
貴女の目の前に転がっているソレですよ。何者かによって呪われたその宝珠こそが、最も純粋に魔法という力を行使した結果です。人はそれを奇跡と言ったりしますね。
動物が魔法を行使しないのにも理由があります。……いえ、正確には居るんですよ、魔法を行使する動物。ただ、先ほども言った通り、知能が低いにも関わらず魔法を行使出来るほど魔法に適性が高いと、半分神になってしまいます。
そうなると適性の低い人間の目には映りません。我らが普段目にする動物というのは、実の所1割程度『消えて』居るんですよ。目には見えないだけで、向こう側には想像を絶する世界が広がっていると予想されます。
ただ、そう言った生物には一つの共通点があります。
それはエネルギーの摂取に魔法を要する事です。……えぇそうです。それこそが『魔法の餌』なのです。
魔法とは干渉式の事ではありません。物理法則に囚われないエネルギーです。その根幹は強い感情……或いは抑制された精神状態から生み出されます。昔の魔導士が薬を使って瞑想したり、踊りや歌で魔法を行使していたのにはキチンと理由があるのですよ。
感情の発露か抑制か。手段は違いますが、そうすれば魔法を使えるほどのエネルギーが放出出来ると、分かっていたからなのです。
正確にはあちら側に肉体を持ったまま近づくと、魂と魄のバランスが崩れて、あちら側のエネルギーが流入するからなのですが……。まぁ、そこはどうでも良いですね。
『神が欲するエネルギーとは何か』ですか。良いところに気がつきますね。
神になる前の状態……私達は精霊だとかしじまの者達だとか言ったりしますが、そういう者達が欲するのは、比較的生成され易い物に限られます。というより、それ以上のエネルギーを取り込めないからなのですが……。
彼等の『魔法の餌』は恐怖に他なりません。暗闇という物があるだけで、人も動物も等しく恐怖を感じるでしょう? なので彼等の姿は恐ろしげな物が大多数を占めます。世に伝わる怪物とは、まさに彼等の事なのです。
そして更に上位のエネルギー。それは『信仰』です。
そうです。神が神たる所以。願いの分だけ願いを叶える存在。存在自体が、奇跡も魔法も知らぬ人々に知れ渡っている存在。信仰とは、つまりエネルギーの供給なのですよ。大多数の感情の同一性。それは計り知れないエネルギーを持ちますから。
昔はさほど力を持った存在では無かったんですけどね。自然に息づく小さな命を尊ぶ者が殆どで、その信仰は自然に対する畏敬でしかありませんでした。
その時代に生まれたのが、妖精だとかエルフだとか、比較的良心的な知性を持った者達です。ドラゴンの中にも居るらしいですが、極東でもないと見つからないでしょうね。
神にとっての餌は、恐怖ではなく自身に対する認知と信仰……そして涅槃と呼ばれる特殊な精神状態を維持させる事にあります。まぁ常に信仰してくれている訳ですから、これほど都合の良い人間も居ないでしょう。
『悪魔も同じなのか』ですか。そうですよ。
恐怖も突き詰めれば信仰に繋がります。近寄り難い恐ろしい物に、代償を捧げて願いを叶える……。こう聞くと悪魔の方が恐ろしく聞こえますが、善性で言えば悪魔の方がマシです。むしろ神の方がよほどタチが悪い。
はぁ……『悪魔の方が恐ろしいように思える』ですか?
いえいえ、考えてもみて下さい。悪魔にとっての餌は『恐怖による信仰』です。肉体とか要らないんですよ。少女を3人生贄に捧げたところで、その肉体は別に必要じゃありません。
犠牲を強要するのは、他の人間に悪魔が恐ろしい物だと認知させる為です。なんなら儀式を行った本人に『いずれお前の魂も捧げて貰う』とでも言えば恐怖指数は跳ね上がります。
なので善人によく取り憑くんです。悪人は放って置いても信仰が溜まる訳ですし。……あぁでも、今となってはそんな必要も無いんですけどね。
……何故と言われましても……。貴女自身が証明したじゃありませんか。『悪魔は恐ろしい』この認知だけで悪魔はエネルギーを得られるんです。わざわざ人間に介入する必要性が無いんですよ。
ついでに言えば人間の本性は『悪』に傾いています。勝手に争って、勝手に恨みあって、勝手にエネルギーを放つ面倒な手間のかからない家畜。それが悪魔の持つ人間への認識です。介入してくる訳がありませんし、こちらから出合いに行こうとしなければ何もしてこない、おとなしい連中でもあります。
何なら話が合えば、気まぐれに力を貸したりしてくれますよ。良き隣人となりえる存在ですね。私はあまり関わりたくありませんが。
実の所、私たちが悪魔と呼ぶのは、エルフや小人と同じで自然への畏敬から生まれた存在です。人間に介入してくるのは比較的新しい悪魔が、その認知を広める為に過ぎません。
象の墓で牙を鳴らし、狼の遠吠えに子守唄を、秋の麦畑に病の風を吹かせ、鼠の家族を嵐でいたぶる。悪魔の正体とは、人間なんてちっぽけな存在が産まれるよりも、何億年と前から存在していた自然そのものです。人間如きが居なくなった程度でその存在が揺らぐ事はありません。
対して神は厄介です。
何せ人間が生み出した物ですから、人間の思考そのままに祝福を与える……いえ、与えてしまえる存在となってしまいました。
人間がいる限り絶対の存在として君臨出来ますが、逆に言えば人間が居なくなってしまえば何も出来ない矮小な存在です。同じ生命体の悪魔と比べると、本当に矮小なんですよ。私達からすればどちらも変わらず脅威ですが。
『人間が信仰を失うと神はどうなる』ですか?
別に失っても力が弱るだけで消滅はしませんよ。それに人間がいる限り、神というのは絶対に現れます。信仰など無くても、認知はするでしょう? 存在するだけなら、認知だけでも十分なのです。
ですので人間が滅びないように、欲を抑える生活を指示し、出来るだけ長生きできるよう啓示してるんですよ。人間にだけ介入するのは、単に人間に死なれると困るから、ですね。
「ではこの呪物は魔法による物で、人智を超えた技でしか解けず、神にそれをするメリットも無い訳か。……クソ、こうも好き勝手振り回されるとは、私も運が無い……」
「別に出来ますが」
「…………………………は?」
「出来ますよ、解呪。お望みなら一週間ほどでやりましょうか? 勿論、スペックはそのままである事を保証しますよ」
「……い、いやしかしだな、コレは仮にも天才のシューゲル技師の作った宝珠で、解呪はともかく同スペックというのは信用ならんのだが……」
「はぁ……? この程度でしたら作るのに3日も掛かりませんが。今の出力にご不満なら、1.5倍マシにしますか?」
「…………」
少尉が黙ってしまった。カチンコチンの鉄面皮が、面白いくらいに百面相している。……沈黙が痛い。
「……ハッター殿」
殿!? な、何だいきなり。酷く恐怖を煽る形相なんだが。
「どうかエレニウム工廠で働いて貰えないだろうか。貴殿の技術力を、この状況下で野放しにしておくのはあまりにも惜しい……」
「……は、はぁ。しかし私など居なくても、さして変わらないのでは? あのシューゲルとかいう奴を首にすれば、幾らかマシな研究ができると思いますが……」
「……ふむ、シューゲル技師を?」
「どう見ても、この技術の遅れはアレが原因でしょう? 少尉ですら魔導の本質を理解していない事から見るに、研究者の理解そのものが足りず、それどころか自由な発想も奪われているのではないかと思うのです。魔導とは化学に在らず。そんな基本的な事すら疎かにしている時点で、魔導に携わるべきでは無いのですよ」
「そうか、分かった。ではシューゲル技師をクビにして、お前をトップにすれば良いのだな」
「いやいやいや、そこまで言ってはいませんよ。まぁ、私のしがない技術でも、認めてくれるのは嬉しいものですがね」
「うむ、ではそのようにしよう。ハッター、これからよろしく頼むぞ」
「えぇ、こちらこそ」
ふぅ……。何とか話が終わった……。さぁとっとと帰りましょうか。少尉の宝珠は預からせてもらい、早速家に帰って準備を進めなければ。
しかし少尉は大袈裟だなぁ。俺なんて取らなくても、あのシューゲルをどうにかすれば、すぐにでも技術が進歩しそうな物だけど。
さぁって、久しぶりのお仕事である。やはり宝珠を弄っている時が一番楽しいものだ。一週間と言わず4日くらいで仕上げてやろうっと。
──────
「それで……どうだった、デグレチャフ少尉」
「は。条件付きではありますが、従事に異存はないようです」
「そうか……そうか……」
「取り敢えずは一安心、か」
帝国、某会議室にて、非常に珍しいメンツが揃っていた。
部屋には3人。1人は我等がデグレチャフ。そしてゼートゥーア准将とルーデルドルフ准将。側から見れば孫との和やかな会話にしか見えないが、生憎とここに居るのは誰もが軍人だ。
その話題の渦中の人物。それこそが今、軍部で問題視されているとある技師。謎の男ハッターその人である。
「あの男……皇室との繋がりがあるなど、どうして思えようか。帝都の表通りに店を開いていると言えど、その規模は酷く小さかったと聞いていたのだが……」
「ルーデルドルフ、ハッター氏が持っていた宝珠製作の許可証には、ハッキリと皇室の調印がなされていたそうだ。技師を集める時に気がつかなかったマヌケが居たとは、思いたくないな」
「おまけに妙な物を作っていた割に、あまりの技術力に技師共がひっくり返ったそうじゃないか。……よもや、皇室の隠し球……なんて事はあるまいな?」
「さてな。だが、皇室側に問い合わせても、その詳細についてははぐらかされてしまった。使う分には何の問題もないようだが、詮索するなと釘を刺されたよ」
大人2人がむぅと唸る中、直立不動で構えていた少尉が動いた。白い手を控えめに挙げ、よく通る声で『具申してもよろしいでしょうか』と前置きをする。
「申し訳ありませんが、まだ従事したと決まった訳ではありません。ハッター氏の出した条件も問題なのです」
「して、その条件とは?」
「シューゲル技師の解雇。それが条件のようです」
「……なんと……。いや、しかしどうしたものか……」
「何か理由は言っていたかね?」
「はい。『この帝国の技術の遅れは研究者の理解不足と凝り固まった固定観念によるもの』だと」
「…………技術の遅れときたか」
「帝国こそが航空魔導士運用の第一人者だと言うのにな。いやはや、噂よりよほど優秀らしい」
事実、帝国は世界に誇れる軍隊を保持している。それはどの兵科の練度も極めて高い事もそうだが、新しい技術をモノにする速度も驚くほどに早い。
いかにして新型の兵器を効率よく運用するか……。それが参謀本部である程度固められ、迅速に下の兵へと回される。まさに『使う事』に特化した運用であると言える。
そんな帝国が運用する航空魔導士とは、世界でもトップの実力を持つ。誰もが平均より高い練度と魔力を持ち、高性能な宝珠により中々落ちない。
その誇れる技術を指して『遅れている』と言うのだから、その真偽は押して図るべし。眉唾物の物言いに准将は揃って渋面だった。
「それと、こちらを」
「……これは、噂に聞くエレニウム95式か? しかし2つもあったとは驚きだな」
「……いえ、こちらは複製品になります。ハッター氏の作品です」
「「なんだと?」」
「ハッター氏はこれを4日で製作。もののついでと言わんばかりに、出力を約1.5倍にした上で、です。シューゲル技師の製作した物の時点で計器が振り切れてしまう為、正確な値は出ませんでしたが……」
「よ、4日……? 4ヶ月の間違いではないか……?」
「奇跡の再来だと言われた物が、こうもアッサリと複製されるとは……。頭がおかしくなりそうだ……」
宝珠とは機密の塊であると同時に、技術の結晶だ。例え拿捕されたとしても複製する事など不可能に近い。せいぜい、記録を盗み見る位が関の山である。
だがそれを成し得てしまったのだ。つまり拿捕した宝珠は片っ端から丸裸に出来てしまうと同じ意味を持つ。それだけでも取り込む価値は十二分にあるのだ。2人はシューゲル技師の有用性が失われていくような錯覚に囚われつつあった。
「心苦しいのですが、こちらもご覧下さい」
「……まだ何かあるのかね?」
「これは……新型の宝珠、か? 随分と奇妙な形をしている……。球体のものなど見た事がない」
「こちらも同じくハッター氏の作品です。十分な安全性を考慮して使用したのですが……。エレニウム工廠全ての計器が壊滅する程の魔導反応を指し示しました。当然ですが、詳しい数値は不明です」
「エレニウム工廠の全ての計器が壊滅……?」
「また、防殻の形成におきましては、周囲100m以内の物を全て吹き飛ばし、コンクリート製の床にクレーターを残しています。光学術式におきましては山が半分に削れ、爆裂術式ですと湖の水を8割蒸発させ、飛行では高度3万3000を記録。言うまでもなく、史上最強の宝珠です」
「爆撃機よりも高く飛べると言うのか……?」
「私の持っていた計器に、間違いが無ければ」
それは敵国からしてみれば絶望のソレである。少尉に言わせてみれば、ジェット機並の速度かつヘリよりも高起動で動き回り、爆撃機並の攻撃力と戦車並の防御力を有した空飛ぶ人型要塞。
当たらないし、当たっても微々たるダメージ。そしてお返しに飛んでくるのは山を融解させる絶望的な一撃。核のように非人道的と批難する事もできない以上、それは史上最強にして最悪の兵器だった。
尚、この宝珠は攻撃用の干渉式が掘り込まれていなかった為、ハッターが3日かけて急遽掘り込んだ物である。なので突き詰めれば更に火力が上がる。少尉もそれは知っていたが、流石にこの状況で言うのは憚られた。
「……准将、私の勝手な意見でありますが、これは本当に世に出して良いのでしょうか?」
「ふむ? 何故そう思うのかね? 見る限り素晴らしい戦力としか思えないのだがな」
「いえ……ただ、嫌な予感がするのです。私もハッキリとした根拠を示せないのですが、コレが恐ろしい何かを引き寄せてしまうような、そんな予感が」
「少尉にしては珍しい感想だな。だがまぁ、分からんでもない。なぁ? ゼートゥーア」
「そうだな。我等も戦車を前にした時、こんな物が人を殺す戦場を全く思い描けなかった。……フフ、聡いとはいえ、少尉もまだ幼い子供だと言うことか」
それを聞いても、少尉の難しい顔がほぐれる事は無かった。当然ながら、この時代の人間に、強大過ぎる戦力が何をもたらすのかなど、想像もつかないのだ。
日本人であれば誰もが思いつく。死の灰を降らせ、大地の全てを穢す忌まわしい兵器の事を。
核でないだけマシだと、どうして言えようか。例え素晴らしい兵器であったとしても、帝国の資源には限りがある。それは油、鉄、人材など、欠けてしまえばどうしようもないものばかり。
この戦いが、世界を相手にするかもしれない。少尉の脳裏には、どうしようもない不安と恐怖だけが植え付けられていた。