狂心者 作:no w here
午後の授業も終わり、帰宅途中のスクランブル交差点、赤になった信号機。
幸運にも午後になった際に雨雲が晴れ渡り、少しばかり肌に張り付くような気持ち悪い湿気を伴う空気の中、珍しく宵崎が外に出ていた。彼女も二度遭遇するとは思ってなかったのだろう、小さく目を見開いている。軽く右手を上げると同じように返し、此方に小走りでやって来た。
―――朝以来だな。作曲の調子は?
「…少し行き詰まってる。お父さんのお見舞いに、病院へ行ったけど…今日も、話せなかった…」
―――そう、か。次に行く時に、何か話せると良いな。
彼女が小さく頷く。
正直に言うのであれば、家族と何を話すのかが分からないが…彼女の望む父親との会話があるのならきっとそれは素敵な事だ、悪いよりも良いに越したことはない。
人生で家族と一緒に居られる時間は、思っている以上に短いのだから。
「…縁」
…呼ばれたような気がしたので、宵崎の方へ眼を向ける。
―――なんだ?
「…ぁ、聞こえてた?」
頷く。気恥ずかしかったのか、顔を小さく伏せて伸びた青みがかった白髪が彼女の顔を隠した。そのしぐさは3年前とさほど変わらない。
―――名前で呼んでいたな。
「…本当に、聞こえてたんだ…よく聞こえたね、人混みも凄いのに」
周囲の帰宅ラッシュで行き交う人たちを見回しながらもそう呟く。尚周囲は3m程間が空いており、宵崎以外は遠巻きに見ているようだが近寄る様子はない。
―――透き通った綺麗な声を近くでは聞き逃さないと思うぞ。それで、何かあるのか?
「…、…いい気分転換の方法って、ある?」
―――気分転換、か。外出は余りしたくないだろうから…アロマキャンドルや、服装辺りを変えてみる。後は美味しい食事あたりか?
「…アロマキャンドルは、良いかも。服は…あまり外に出ないから、ジャージで良いし…美味しい食事は、食べる時間が勿体ない」
―――香炉の補充がてら、アロマキャンドルも見ていくか?帰宅途中にあるからさほど時間もかからない。
此方の提案に彼女は小さく頷いた。信号機も、会話の最中に青になったので宵崎の歩幅にあわせて行く。
歩いて10分ほどすると目的の小物・雑貨店にたどり着き、中へと入る。その中でもアロマや香炉を纏めてある一角へ向かっていく際、慣れた様子に戸惑いながらも宵崎は声をかけてきた。
「慣れてるね…」
―――2年前から通っている。月に一度程度だが、習慣化されてるんだろうな。
「…そう…」
会話が途切れる。
然してこれが照己と宵崎の距離感であり、朝と変わらず不思議と心地好い。
普段と同じ香炉と彼女が選んだ複数のアロマキャンドルを籠に入れて持って行き、会計を済ませる際、強引ながらも此方で全額支払った事で少しばかり口論になったのは蛇足だろう。
彼女を送った後に帰宅し、パソコンを開く。
オンラインセッションの会場へのショートカットと、ナイトコード。そして―――
二度見しても変わらない。どうやら後輩はとても大物だったらしい。ニーゴ*1の動画担当だったとは。
取り敢えずフレンド申請にて[照己だ]とだけ送り、[欠損したファイル]をダブルクリックする。そうすると13の[untitled]が[弥][影樹][盈虧][冬瓜][将雅][礼嗣][彩夢][鑪][恭一][渉][影禍][久良人][篝]へと変化した。
いつ見てもよく分からないシステムである、内心で溜息を吐きながらも次のセッションに参加する誰か―――[篝]を選択しようとし。
…忘れるところだった。
パソコンの傍の本棚に入った左端のノート―――日記に今日あったことを記していく。
朝・夕方に宵崎と会って買い物に行った事。
昼に照己の友人である類・司・瑞希に会った事。
その際に宮女の女子に怖がられたこと。
等々々…覚えている限りの
通知の内容は先程の了承。念のためにメモを取った後、[篝]を選択し―――画面から、徐々に光が放たれた。
身を起こす。いつも通りに、ショートカットをクリックしてオンラインセッションの会場へ向かう。
―――生き残る。―――の為にも、
「気を付けて、いってらっしゃい」