変幻自在のウマ娘   作:ジョイン君

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彼女は「わかって」いましたが、それがどういう事なのかはわかっていませんでした。


『彼女』は変幻自在

「マヤノトップガン、今ゴールイン!」

 

 URAファイナルズ決勝。

 大逃げからはじまったマヤノの逃走劇はそのまま芝2400を駆け抜けて一気にゴールへと駆け抜けた。

 

「マヤノトップガン! URAファイナルズ決勝を制しました! 今ここに優駿たちの頂点が誕生です!」

 

 マヤノが客席に大きく両手を振りながらこちらへと走ってくる。

 芝2400を見事に逃げ切った彼女は満面の笑顔を浮かべ、振っていた両手を背の方へ伸ばして広げる。 彼女が勝利した時のランディングスタイルだ。

 

「ランディ~ングキッス❤ マヤちんだいしょ~りぃ!!」

 

 こちらへ投げキッスをして、微笑みかけてくるマヤノ。

 

「あぁ……あぁ!! よくやった、やったなマヤノ!!」

 

 感極まって涙が溢れそうになるのを必死にこらえ、俺はマヤノを迎え入れる。

 マヤノはそんな俺を見て苦笑する。

 

「もぉ~、マヤよりトレーナーちゃんの方が泣きそうになってる~☆」

 

 マヤノが背伸びをして俺の頭を撫でてくる。

 慌てて伸ばされた手を掴んで止めれば悪戯っ子のような顔をこちらに向けている。

 コイツはまったく……

 

「この後ウイニングライブもあるんだ。 控室に行ってクールダウンを挟むぞ。」

 

 手渡すのを忘れていたタオルを広げてマヤノに被せる。

 

「わぷっ! もぉ、トレーナーちゃん!」

 

 俺はプンプンと擬音が聞こえてきそうなマヤノから逃げるように控室へと小走りに向かうのだった。

 

 

 

 

 

「ふぃ~楽しかったぁ!!」

 

 先ほど俺が手渡したタオルを首からかけたマヤノは控室の椅子に腰かけながら楽しそうにこちらへと微笑みかける。

 

「ほれ。 一気に飲まずゆっくりとな」

 

 俺は水筒に用意してあったスポーツドリンクをコップへ入れマヤノへ渡す。

 あの壮大な大逃げを敢行し、それを走り切ったのだ。 体は水分を求めているだろう。

 

「ありがと、トレーナーちゃん❤」

 

 俺から受け取ったコップを口に添え、上向くように中身を喉へと流しいれていく。

 首筋に貼られた、何かを覆い隠すような絆創膏が目に入り、無意識に目線を逸らす。

 少し下に逸らした目線はちょうど飲み物を嚥下するマヤノに合わせて動く腹部のあたり、まだぬぐい切れていない汗がつぅ、と一粒彼女の臍に吸い込まれていくのを捉え、その蠱惑的に感じてしまった光景に少し見入ってしまい――

 

 コトッ、と

 机に置かれたコップの音が嫌に大きく響いたように感じた俺は弾かれるように目線を上げる。

 マヤノは微笑んでこちらを見ていた。

 ただし先ほどの飲み物を渡した時のような、朗らかな笑みではなく――

 

「どうしたのぉトレーナーちゃん❤ マヤのおへそにむちゅ~になっちゃった?」

 

 ひどく扇情的な笑みであった。

 

 

 

「す、すまん」

 

 慌てて横を向く。

 

「しかしレース直後で体を冷やすのもまずい。上着の前を閉めないか?」

 

 なんとか取り繕いながらそう提案する。

 彼女の勝負服は活動的な彼女に合った素晴らしいものである。

 ただ、如何せん露出している部分は少し目に毒だ。

 彼女が魅力的であることは疑いようもなく、気を抜けばこうして俺の黒い獣欲を向けてしまいそうになる。

 しかし、二人きりになった時のマヤノは、

 

「あれれ~? いいの? 今は他に誰もいないからぁ……じ~っと見ても、バレないよ❤」

 

 自らの指で先ほどまで俺が目を奪われた臍を撫で上げ俺を煽ってくる。

 

 

 あの日、マヤノに決定的瞬間を撮影された日。

 マヤノは俺にあの写真を周りに見せられたくないのなら一つ言うことを聞けという条件を出してきた。

 しかしその内容はいまだに知らされていない。

 

 そしてあの日以来マヤノの俺への付き合い方はまた変わった。

 とにかく甘やかしてきていたあの日までと違い、時には辛辣にメスガキのように。時にはただただ甘やかす母のように。時には俺を篭絡し蕩けさせる悪女のように。

 変幻自在な彼女に俺は振り回され翻弄されている。

 

「ふふっ❤ 必死に目をそらしちゃって、かーわいいんだぁ❤」

 

 くすくすと笑いながらマヤノは椅子から立ち上がりこちらへと近づいてくる。

 首筋の絆創膏を剥がしているのは『そういうこと』なのだろう。

 

「はい、トレーナーちゃん❤」

 

 絆創膏を剥がした首筋を指でトントン、つつく。

 暴かれたマヤノの首筋の赤い赤い痕。

 

 あの日からマヤノは一日一回必ず『お互いのマーキング』を更新することを求めるようになった。

 

「吸って」

 

 彼女はこの行為を求めるとき、ひどく簡潔に感情の抜け落ちた顔でこちらの目をじっと見つめ簡潔に「命令」する。

 

 天真爛漫な普段のマヤノ、悪戯な笑みを浮かべたマヤノ、母性で慈しむマヤノ、妖艶に煽るマヤノ。

 俺の知るマヤノトップガンという少女とはまるで違うように感じられるその様子は俺の心を心から冷えさせる。

 この瞬間だけはマヤノトップガンという少女が本当に俺の知っているマヤノトップガンなのか?という錯覚に襲われる。

 

 それとも、俺が知らなかっただけでこれが本当の彼女なのだろうか。

 

 俺が知っていたマヤノトップガンという少女は幻だったのだろうか?

 そうだとするなら、今まで俺が見ていたマヤノトップガンという少女は――

 

「ねぇ、トレーナーちゃん。 ──吸って」

 

 声に温度を感じられない。

 彼女から向けられる光を感じられない瞳からまっすぐに刺すような視線。

 

 彼女のソレがあまりにも恐ろしくて俺は、逃げるように彼女の首筋を啄むように吸い付く。

 

「……っ❤」

 

 彼女の口から漏れ出る吐息に熱を感じ強く強く彼女の首筋を吸い上げる。

 彼女は俺の頭を抱き込み慈しむように撫でてくれる。

 恐ろしい彼女が俺に赦しを与えてくれたような、そんなマヤノの優しい手に俺は溶かされ、もっともっととねだるように更に強くマヤノの肌に痕をつける。

 

 誰もいない控室に俺とマヤノの息遣いだけが響く。

 

「ふふ……よくできました❤」

 

 マヤノは貪るように彼女の首筋に吸い付いていた俺の両頬を両手で包み込むように自分の顔へと向けさせる。

 俺はその笑顔にいつも見惚れ、動けなくなってしまう。

 動けないその間に俺の首筋のガーゼを剥がすマヤノ。

 彼女の首筋に証は立てた。

 次は俺に楔を打つ番だ。

 

「……あ~~むっ❤」

 

 俺の首筋を彼女は歯を立てぬよう俺の首筋に噛みついた。

 びくりと反射で体が跳ねる俺をマヤノは唇を添えたまま上目遣いでじっと俺を見つめてくる。

 彼女はこちらに視線を向けたまま、なぶる様に俺の首筋を味わうように吸い上げる。

 俺はそんなマヤノに目を合わさぬよう、固く目を瞑りされるがままだ。

 

 

 

 

 

 あの日、はじめて彼女から俺に痕をつけた日。

 

 最初は俺も抵抗しようとした。 彼女はそれを許さなかった。

 

 完全に動きのとれない状況になっていた俺は身をよじり抵抗しようとした。

 

「うごくな」

 

 何かが抜け落ちたような暗く澱んだ彼女の声に、思わず彼女の顔を凝視した。

 真顔でこちらを見つめる彼女の瞳は何の光も浮かんでおらず、

 俺の首にかかった彼女の手に少し力が籠められる。

 

 ヒュッと息を飲み、俺は動けなくなる。

 今この場で俺の生殺与奪を握っているのは、普段のマヤノからは想像もつかないほど感情が抜け落ちた瞳と表情をこちらに向け、俺に乗って動きを封じ、俺の首に手をかけ命令してきた『彼女』なのだ。

 

 

 

 

 

 

 あの日と同じように、彼女は一度吸い付けていた唇を離し、怪しい笑顔を浮かべ舌なめずりをする。

 

 そして再び俺の首筋に噛みついた。

 今度はしっかりと歯を立てて――

 

 噛み千切るられるほどではないがそれでも歯形が残るほど刻まれる「今日の分の痛み」を上書きされながら俺は必死に歯を食い縛る。

 

 

 あの日彼女に与えた痛みを決して忘れるな――

 これは罰なのだ。

 俺は彼女にしたことを――彼女を忘れてはならない。

 

 きっとそういったものを忘れぬようにさせるための儀式なのだろう。

 

 

 俺の首筋から口を離した彼女は可愛らしいコスメバッグから消毒液を取り出し、俺の首筋を消毒し、ガーゼを当ててテープで固定する。

 そして自分の首筋の痕を指でとんとん、と軽くたたきながら俺をじっと見つめるのだ。

 

 俺は常備するようになった絆創膏をポケットから取り出し彼女の痕を覆い隠すように貼る。

 初めて彼女を貪った時とは違い、俺自身の手で罪を覆うのだ。

 

「んんっ……❤ おつかれさま、トレーナーちゃん❤」

 

 一連の日課が終わり、俺自身の手で俺の罪を隠せば、『彼女』は『マヤノトップガン』になる。

 ……俺にはそうとしか形容のしようがないのだ。

 マヤノが俺に笑いかけてくれる。 挑発的に責めてくれる。 慈しみを与えてくれる。

 マヤノが俺を隣にいてくれる。 それが俺はたまらなく

 

「よ~し! あとはウイニングライブだけだね! トレーナーちゃんはマヤのファン1号なんだからちゃ~んとマヤから見える所でしっかりマヤにむちゅ~になるんだよ❤ ゆーこぴー?」

 

「あぁ……アイコピー!!」

 

 嬉しいのだ。

 

 その時控室の扉をノックする音が響いた。

 

「マヤノトップガン選手! そろそろステージの方へ移動をお願いします!!」

 

「はーい☆ すぐ行きまーす★」

 

 スタッフの人へ元気に返事を返したマヤノはこちらを振り返る。

 

「それじゃ、行ってくるね! トレーナーちゃん!」

 

「あぁ、楽しんでこい! 今日の主役はお前なんだからな!」

 

 マヤノは俺の返事に満足そうに頷きながら、

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーちゃんだけにチュウをするんだから……きちんと見える場所にいてくれないとイヤだよ?」

 

 彼女は照れたようにはにかみながら呟き、「いってきま~す☆」と俺を控室に残して行ってしまった。

 

 そう、今日のウイニングライブはうまぴょい伝説。

 

 通常のウイニングライブとは趣の違う曲だ。

 

 その振り付け中に、センターで踊るウマ娘が歌詞に合わせて投げキッスをする振り付けがある。

 

 それをマヤノは俺にだけ捧げる、と予告したのだ。

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 ――俺の愛バがッッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃー、気持ちよかったー…… ありゃ?どしたのマヤノ?」

 

 入浴をすませ自室に戻ったトウカイテイオーは自分のベッドに私服をいくつも並べむんむんと唸っているマヤノトップガンにそう問い掛ける。

 

「あ、テイオーちゃん!! マヤちん明日からトレーナーちゃんと温泉旅行なの☆ だから明日着ていく服と帰ってくるときに着る服どうしよっかなー?って。 普段より大人っぽい感じがいいかなぁ? でもでも、トレーナーちゃんは普段のマヤの服でもきれいだよ、かわいいよーって言ってくれるし、普段通りの方がいいかなぁ? ってなかなか決まらなくてなんかぐるぐるーってなっちゃって……」

 

「あぁ、この間行ってた旅行……あのトレーナーと二人きりでってヤツ……」

 

 先日避けた地雷がまた目の前で埋められている現場に遭遇してしまったような気持ちになるトウカイテイオー。

 ここ最近、彼女の首筋の絆創膏が毎日新しくなっているのは気づいていた。

 

 いや気づくよ。

 トレセン学園の制服は首筋結構出るからそんなところに絆創膏貼ってれば目に入るし、ルームメイトのそれが毎日変わってたらそりゃ気づくよ。

 「また首のところケガしたの?」と最初に聞いた時に満面の笑顔で「うん!」と答えた彼女に色々と察したトウカイテイオーだったが、それ以上ツッコまなかった。

 

 しかし、しかしである。

 彼女も思春期の女子であり、耳年増のムッツリテイオーだ。

 風呂上りでいつもよりリラックスしていた事もあり、トウカイテイオーは敢えて今日はぶっ込んだのである。

 

「マヤノは担当トレーナーと本当に仲いいねぇ……で? で? もうちゅーとかしたの? 大人のキスってやつ?」

 

 この日、トウカイテイオーは自らの好奇心に身を任せた。

 思春期のウマ娘の恋愛は下手に触ると重バ場になりかねないため触れるなら細心の注意が必要とされている。

 しかしマヤノトップガンというルームメイトはここ最近になってずいぶんと仲を深めているようだ。

 トウカイテイオーとて年頃の恋に恋するウマ娘。なんなら人一倍そういったことに興味があると言っていいい。

 やばかったら謝って話は終わりにしよーっと。 などと軽い気持ちで突っ込んで聞いてみたのである。

 

 

 

 

 しかしマヤノトップガンはピタリと動きを止めてしまう。

 え?この時点で地雷? と少し判断を早まったか?と心配になるトウカイテイオーだがどうもマヤノトップガンの様子がおかしい。 何やら肩がプルプルと震えている。

 

「マヤノー? どしたの?」

 

 マヤノトップガンへと近づき顔を覗き込むトウカイテイオー。

 マヤノトップガンは何やら目を見開いて顔を真っ赤にしてぷるぷるしていた。

 

 

 

 

「どしたの? ダンスすっぽ抜けた時の新聞見せた時のスペちゃんみたいな顔して」

 

「てっ……」

 

 チュウと言えば先日のURAファイナルズのウイニングライブ、マヤノトップガンは明らかに観客席の誰かへと向けてチュウをした、と一部ウマ娘界隈では噂になっていた。

 そういったセンシティブな事になると途端に顔を真っ赤にして恥ずかしがる彼女も恋を経て成長したものだなぁと思ったものだ。

 

「て?」

 

「テイオーちゃんのえっち! すけべ! ムッツリテイオー!!」

 

「ムッツリじゃないし!?」

 

 トウカイテイオーは激怒した。

 必ずかの桃色お花畑のマヤノトップガンに訂正させねばならぬと決意した。

 

「むっつりじゃん! いきなりそんなえっちなこと言うなんて普段からそういうこと考えてるからだもん! ムッツリテイオーちゃん!! それにマヤとトレーナーちゃんはまだ付き合ってないもん!!」

 

「3回も言ったな!? や〇やだって2回なのに!! ……って、え?」

 

 さらなるムッツリ呼ばわりに思わず掛かってしまうトウカイテイオーであったが、マヤノトップガンから信じられないような言葉が聞こえたような気がして、一度冷静になる。

 

 え?いやいや、だってマヤノの首筋の絆創膏と彼女の担当トレーナーの首筋のガーゼはだって、そういうことだろう?

 

「え、いやだってマヤノとトレーナーの首のケガって……そういうコトだよね?」

 

「これはマーキングだもん!! まだトレーナーちゃんに告白されてないから唇にはしてないもん!!」

 

 ??????????

 

 かつてない情報量の暴力がトウカイテイオーを襲う!

 

「いや、あの……唇以外にもちゅっちゅしてたら、それは一般的に恋人だと思うんですけど」

 

「違うもん! トレーナーちゃんに告白されて、それをマヤが受け入れて二人は幸せなキスをして恋人同士になるんだからまだ恋人じゃないもん!! ……違う、よね……?」

 

「ウッソでしょ乙女かこの子」

 

 あまりに夢見がちな意見を叫びながら途中で少し我に返ったらしいマヤノトップガンを見てトウカイテイオーは思わず呟く。

 

 

 その夜トウカイテイオーはマヤノトップガンから根掘り葉掘り聞きだし、彼女の行動が如何にヤベーのかということを一つ一つ言って聞かせた。

 マヤノトップガンはと言えば自分がやった行動に内包された意味が一般的にどういったものなのかを一つ一つ説明されるたびに顔を真っ赤にして悶えていた。

 

 

 なんなら「ぴぁぁぁああああああああ!!」とかよくわからない鳴き声を出していた。

 

 

 トウカイテイオーはルームメイトに情緒の教育を施しながら、理解度が高すぎて過程をすっ飛ばしすぎるのも考え物だなぁ……と思ったのだった。




「おぉーっと! 作者が掛かってしまい思いのほか話が進んでいません!」
「予定ではすでに温泉旅館に行っていたはずなのにマヤノトップガンが想定とはまるで別の方向に走ってしまいましたね。 まさしく変幻自在、作者ですら翻弄されてしまったようです。」




誤字報告、ありがとうございます。
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