変幻自在のウマ娘   作:ジョイン君

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彼女は彼に掛かっていました。彼が彼女に掛かっていたからです。


変幻自在のマヤノトップガン

 栗東寮近くの駐車スペースまで車を停め入口へ向かう。

 

 腕時計を確認し、約束時間3分前であることに安堵をしながら入口に到着したがマヤノの姿はまだない。

 

 こういった待ち合わせはむしろ早く来ていることの多いマヤノにしては珍しいな、と思いながら入口に目を向ければ、

 

「ほらマヤノのトレーナーもう来たよ! いつまでウジウジしてるのさ!」

 

「ぴぃ!?でもでもぉ……」

 

 なぜかジャージ姿のトウカイテイオーを壁にしてこちらから隠れるようにテイオーの背中にへばりついているマヤノを見つけた。

 横には旅行用の鞄があり、マヤノの姿はいつもの私服を少し落ち着いた感じにしたような装いで普段の明るい色の服装とはまた違った大人っぽさを感じる。

 

「そうだ! テイオーちゃんも一緒に行こう!!」

「はいはいバカ言ってないで覚悟を決めなよー」

 

 ずーりずーり。

 

 マヤノに縋り付かれたテイオーはマヤノの旅行鞄を持ちそのままマヤノを引きずってこちらに近づいてくる。

 

「ヘイお客さん! ヘタレトップガン一丁!!」

 

 テイオーはこちらに鞄を渡す素振りを見せながらそんな事を宣う。

 ヘタレトップガンて。

 

「お、おぅ。 何かあったのか?」

「いやいや何もー。 この子が行動力のありすぎるヘタレだったってだけー」

 

 行動力のあるヘタレて。

 なぜかは知らないがテイオーは随分と辛辣な評価をマヤノへガンガンぶつけている。

 この二人は同室で仲が良かったように思うのだが。

 流石のマヤノもそんなことを言われたらテイオーに文句のひとつも……

 

「うぅ……助けてテイオーちゃん……マヤ……」

 

 随分と切羽詰まった感じでテイオーに縋り続けるマヤノ。

 そんなマヤノに「はぁ」、とため息をついたテイオーは縋り付いていたマヤノの腕を外して立たせ、耳元に顔を寄せ耳打ちをする。

 

 耳打ちの最中、なぜかこちらをちらちらと見ながら「あぅ」とか「でもぉ……」だのと声を漏らしながらだんだんと顔が真っ赤になっていくマヤノ。

 一体何を吹き込まれたのかは気になるが年頃の女子同士の内緒話には自ら突っ込まないことが肝要だ。 俺は詳しいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨夜に現実を突きつけられすぎたマヤノトップガンはだいぶヘタレていた。

 昨夜の説教後頭から布団をかぶって悶えていたマヤノトップガンに少し言い過ぎたかと慰めの言葉をかけていたトウカイテイオーは翌日温泉へと向かうために準備を整えたマヤノトップガンを部屋で見送ろうとした所、なぜか着いてきてほしいと言われ、栗東寮の玄関まで着いてきたのだが、

 

「やっぱり無理!! テイオーちゃんも一緒に行こう!!」

 

 などと血迷った事を叫びだしたのだ。

 普段の自信満々な彼女がここまで折れるとは思わずはてどうしたものかと外に目を向ければマヤノトップガンのトレーナーが目に入る。

 

「いやいや流石に……ほら、マヤノのトレーナーももう待ってるよ」

 

 と、マヤノトップガンに水を向ければ、

 

「ぴぃ!? 無理ぃー!!」

 

 などと叫びながら旅行鞄を放り投げて自分の背中に顔を押し付けて縋り付いてきた。

 トウカイテイオーは軽くため息をつくと、放り投げられた彼女の旅行鞄を持ち上げ、マヤノトップガンのトレーナーの元へと向かった。

 マヤノトップガンはそのままずるずると引きずられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という感じでね? 正直もうゴール目前残り200ってトコロだから。 ここでヘタレちゃったら全部無駄になっちゃうよ?」

 

 あまりにもヘタレてトレーナーの目の前まで来てもまだ駄々をこねるマヤノトップガンに流石に昨夜は言い過ぎたか、と思いできるだけポジティブに考えられるように彼女を勇気づける。

 

 それにしても普段の「わかった」と言えばなんでもこなしてしまうようなマヤノトップガンでも恋愛ではここまで空回りをして右往左往するものなのか、と真っ赤になりながらトレーナーをちらちらと伺う同室の少女を見て思う。

 出会ってすぐの頃の周りの努力への無理解が見え隠れしていた彼女からは想像できないくらい、とても普通な、物語で見たような恋する乙女のように可愛らしいマヤノトップガンを見てトウカイテイオーはなんだかとても彼女を応援してあげたい気持ちになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうわけだから! マヤノのトレーナー!! お荷物引き渡し完了です!!」

「お荷物て」

 

 思わず俺はツッコむ。

 しかしテイオーはそれを完全にスルーしてマヤノの両肩を後ろからぐい、とこちらに押し出しすぐ横に旅行鞄を置くとテイオーはこちらに背を向けてランニングポーズで足踏みをはじめる。

 

「ボクはマックイーンとの併走があるからもう行くね! 二人とも楽しんできてねー!!」

 

 首だけこちらに向けてそう言ったテイオーはそのまま前を向き駆け出してしまう。

 その場には俺とマヤノだけが残された。

 

「あー、その……おはよう、マヤノ」

 

 ……なんだかよくわからない一幕はあったがそういえばまだ朝の挨拶も済ませていなかったな、と思い声をかける。

 

「ふゅっ!? あ、お……オハヨウ、ゴザイマス……」

 

 びくっと妙な声を出したマヤノは俯きながら聞き取れるかギリギリの声であいさつを返してくる。

 

 はて? 普段彼女と外で遊びに行ったりする時は楽しみでしょうがない!という感じで元気いっぱいなのだが。

 なんだか今日の彼女は妙にしおらしく見える。

 なんだか普段とは違う彼女だが彼女の知らなかった魅力に振り回されるのは今にはじまったことではないな、と思い直す。

 

「車はもう近くに停めてある。 あまり遅くなると道が混む可能性もあるしもう行こうか」

 

 俺はそう言いながら彼女の横にある旅行鞄に手を伸ばす。

 

「う、うん……」

 

 そう言いながらマヤノも旅行鞄を持ち上げようとしたのだろう、その手が俺の手と触れる。

 

「ひぁわぁ!?」

 

 そんな甲高い声をあげてマヤノはパッと俺から一歩離れる。

 

「す、すまん。車までは俺が運ぼうかと思ったんだが……」

「だ、大丈夫だから! マヤが持ってくから!!」

 

 ぎゅうと自分の旅行鞄を抱え込み答えるマヤノ。

 

「そ、そうだな。 勝手に荷物を触ったりしてすまなかった……」

 

 俺はマヤノへ謝罪する。

 年頃の彼女の衣服などが入った旅行鞄を勝手に持っていこうとするのは確かに余計なお世話だったかもしれない。

 

「あっ……違うの。 トレーナーちゃんが嫌だったとかじゃなくて……その……恥ずかしくて……」

 

 ……!?

 頬を染めたマヤノはなんだかもじもじとしながらそんなことを言う。

 今までの俺に接してきたマヤノとは違う、そんな彼女をついじっと見つめてしまう。

 

「も、もぉ!! そんなじっと見ないでよぉー……行こ?」

 

 俺の首筋に歯を立てた時のような力強さとは違う。

 俺を慈しむように抱きしめてきた時とも違う。

 本当に、恐る恐る、と言った感じの触れているだけのような、弱い力で俺の腕を抱き寄せたマヤノは面食らった俺を急かすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いた……ね」

「あぁ、着いたな」

 

 車を停めて旅館を見上げながら俺たちはそんなことをお互い呟く。

 車の中での会話は普段のレースのための遠征などの時とは違い、あまり弾まなかった。

 普段はマヤノからどんどん話しかけてくるのに俺が答え、話し疲れるとぐっすりと眠るというパターンなのだが今日は彼女は俺にはほとんど話しかけてこなかった。

 俺から軽く話題を振ればきちんと答えは返してくれるのだが、あまり話題は発展せず、お互い無言の時間が度々訪れる。

 助手席に座っていたマヤノは途中で眠ることもなく、かといって上の空というわけでもなく、こちらをちらちらと伺っていた。

 何度か目が合ったがぱっと目を逸らし正面を向いて顔を俯かせてしまうのだ。

 身長差もあるため彼女が俯くとどんな顔をしているかはわからなかったが、心なしか頬は赤く染まっているような気がした。

 

 

 福引で当たった旅館はそれはもう立派で、トレーナーとウマ娘の二人で来るには少々場違いではないか、と気後れしてしまいそうになる。

 

 

 くいくいっと服を引っ張られる感覚に視線を向ける。

 マヤノは俯き気味だが潤んだ瞳でこちらを上目遣いで見上げている。

 不安そうにこちらの服の裾を遠慮がちにきゅっとつまんでいるのが見えた。

 

 ――なんだこの可愛い生き物?

 

 まるで小動物のようなマヤノの愛らしさに心臓が鷲掴みにされたような衝撃を感じ思わず胸を押さえてしまう。

 彼女の変幻自在っぷりには少しは慣れたと思っていたがとんだ勘違いだ。

 今の彼女はびくびくと怯えて震えるような仕草で俺の庇護欲を刺激してくる。

 こんなマヤノは見たことがない。

 マヤノを取り巻く環境は彼女が出した結果によってかなり改善されてきた。

 それでも彼女を悪意のフィルターで通して見る者は決してゼロにはならない。

 

 

 

 俺が彼女を守護(まも)らねば――

 

 

 

 

「……トレーナーちゃん?」

 

「っと、すまない。 行こうか」

 

 俺は裾をつまんでいたマヤノの手を取る。

 マヤノは一瞬驚いた顔をしたが、わずかに握り返し、微笑んでてくれた。

 

 

 

 

 

 

 畳の臭いが心地よい、風情のある部屋に通された俺とマヤノは二人で部屋を見渡し感嘆の息を漏らす。

 結局入口からここまでつなぎっぱなしだった手を、名残惜しさを感じながら離し、お互いに旅行鞄を降ろして一息つく。

 

 マヤノは部屋に備え付けの座卓を挟んで俺とは逆側に座り込み先ほどまで俺とつないでいた自分の手の平を見つめながらぼーっとしている。

 かと思えば首を振ったりため息をついたり、様々な表情を浮かべている。

 俺はそんな彼女がなんだかとても微笑ましくてついつい見つめてしまう。

 

 しばらくマヤノの百面相を見て楽しんでいたが、ふと彼女はこちらに視線を向けた。

 俺はマヤノを観察していたため、当然目が合う。

 

 たっぷり十秒ほど見つめ合っただろうか。

 マヤノはみるみる顔を赤くしてついには目を逸らす。

 

 彼女のこういった姿は何度か見たことがある。

 例えばはじめて夏合宿に行った時、海岸へ夜の散歩に行った時に目撃してしまったカップルのキスを目撃してしまった時などだ。

 当時の彼女はそういった大人同士の濃厚接触などには免疫がなく、知識としては知っているもののひどく照れてしまうウブな一面があった。

 ここ最近の彼女を見るにそういったモノには免疫が出来たようで、ここ最近は俺が変幻自在な彼女に翻弄されることばかりだったため見ることはなかったのだが、

 

 ここまで考えて気づく。

 もしやマヤノは照れている? 俺とのこの空間に?

 彼女は今まで散々俺を手玉に取って翻弄していたというのにか?

 

 俺から視線を逸らした彼女は真っ赤な顔で俯きながら俺と先ほどまでつないでいた手を、胸に抱き込むように見つめているように見える。

 そして彼女の唇が愛おしそうに微笑むのを見てしまい――

 

 

 

 慌てて顔を真横に向け、強制的に視線からマヤノの姿を消す。

 今まで散々翻弄され、いろいろなマヤノの姿を見てきた。

 メスガキムーブに掛からされ、

 溢れる母性にバブってオギャらされ、

 独占欲に縛り付けられ、

 空虚な『彼女』に従わされ――悦んだ。

 

 だが今の彼女はどうだ。

 俺と目が合った時に彼女が頬を染めて目を逸らしたことなどあっただろうか?

 天真爛漫な彼女はトレーニングが終わったらデートと称して俺を連れまわすことは多々あった。

 その際腕を組んだり食べ物や飲み物をシェアしたり、そういった事も彼女はとても楽しそうに、照れもせずにしていたではないか。

 

 それが今日はまるで違う。

 腕を組むにしても引っ張っていくようないつもの彼女とは違い、寄り添うような組み方だった。

 いつもは元気に声をかけてきたり、抱き着いてくるような彼女が今日は服の裾をちょっとひっぱって、恐る恐る声をかけてきた。

 

 なんだこれは。

 

 なんなのだこれは。

 

 これではまるで、

 

 本当に『俺に恋する乙女』のようではないか――

 

 

 

「浴衣があるぞ!! そろそろ温泉に行かないかマヤノ!!」

「ふぇっ!? そ、そうだね!! マヤもそう思ってたところだよトレーナーちゃん!!」

 

 横に向けた視線に映る浴衣を見て思わず逃げを選び、そんな事を言ってしまった。

 対するマヤノもそれに追従する。

 

「ここは筋肉疲労なんかによく効く温泉が複数あるらしい!! 俺たちにはピッタリだな!!!」

「そうなんだ!! URAファイナルズがんばったマヤとトレーナーちゃんにはピッタリだね!! 楽しみ!!!」

 

 俺たち二人は浴衣を手に持ち、お互いに視線は合わせぬまま妙なテンションで温泉へと繰り出した。

 なぜだか俺とマヤノ、二人ともお互いの顔を見ることができなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 普段よりもかなりの長風呂を終え、湯のれんのかかっている入り口前の休憩スペースで購入したコーヒー牛乳を片手にマヤノを待つ。

 

 長風呂になった理由は当然、マヤノの事を考えていたからだ。

 

 元来、マヤノトップガンという少女は「キラキラした大人になる」と明言し、彼女がキラキラしていると評する先輩ウマ娘たちに憧れて、その憧れに自分も辿り着きたいからレースに出て勝ちたい――彼女風に言うならキラキラしたい――と思っていたが、生来の理解力の高さが周りとの溝を作る形になってしまった。

 

 彼女はとても聡い。

 きちんと自分が出来る最善を考え、それを選ぶことのできる芯の強さもある。

 判断も早い。 これは彼女のレース構築のセンスからもわかる。

 彼女の持つ情報とレース展開から瞬時に正解に近い行動を導き出し、それに身を任せ実行できる勝負強さ。 そしてその判断に応えることのできるフィジカルの柔軟さ。

 彼女を構成する諸々の要素こそ"変幻自在"と称される所以と言えるだろう。

 

 身も蓋もなく言ってしまえば彼女は間違いなく『天才』なのだ。

 それが溝を生んでしまった。

 

 集団トレーニングというものは確かに他のウマ娘よりも何バ身も先を行く彼女にとっては退屈で意味もないと思ってしまうだろう。

 今までに結果を出してきているだけに、トレーニングの積み重ねによる成長の実感なども感じたこともなかったであろうことは、専属トレーナーとなった最初の頃を見ればわかる。

 

 だから彼女は俺が専属トレーナーになりたいと言った時に交換条件としてトレーニング以外の時間に大人のデートを体験させることを提案してきた。

 まぁ最初は突然彼女に一日中連れまわされなんとかついていくのが精いっぱいだったが。

 

 

 

 そんなマヤノも俺と二人三脚を続けている内に過程の重要さ、積み上げていく事の楽しさを知ってくれた。

 俺はそんなマヤノトップガンという太陽を再び雲で覆われてしまわないように手を尽くした。

 

 

 

 

 だが俺は過ちを犯してしまった。

 

 

 

 ……彼女のあの写真を周りに見せないことへの交換条件は、まだ提示されていない。

 

 俺はマヤノがどんな要求をしたとしてもすべて受け入れようと思っている。

 彼女は聡く、俺は愚かだ。

 彼女が望むことはすべて応えてやりたいと思ってしまう。

 俺は彼女に依存している。

 

 

 

「トレーナーちゃん」

 

 ふと思考の海から意識を戻せば、旅館から貸し出された浴衣を纏ったマヤノが腰かけた俺を見下ろすように立っていた。

 白と青で彩られた剣菱柄の浴衣が彼女の栗毛の髪を引き立たせる。

 ふと彼女の首筋を見れば、いつもの絆創膏はなかった。

 

 白く透き通った肌に俺は凄まじい焦燥感と抗いがたい飢餓感を覚え、

 彼女の首筋に自らの唇を寄せ――

 

「す、すとーっぷ!!! トレーナーちゃんステイ!!すてーい!!」

 

 マヤノに顔を押しのけられて俺は正気に戻った。

 

 俺は今何をしようとした?

 いつもの日課だ。 しかし場所が悪かった。

 

 あれは二人きりの時だけの儀式のはずだ。

 

「……すまない。 部屋に戻ろうか。 そろそろ食事の配膳もされる頃だ」

 

 そう言って立ち上がる俺に少し、本当に少しだが……びくっと反応するマヤノ。

 

「だ、大丈夫だよ! 急だったからちょっとびっくりしただけだから……」

 

 マヤノは俺に微笑みかけながら手を取ってくれる。

 俺もマヤノがとってくれた手を握り返し二人で微笑み合う。

 

 俺たちはそのまま手をつないで部屋へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

「えへへ、いただきまーす!!」

 

 部屋に配膳された豪華な料理に俺たちは舌鼓を打つ。

 マヤノは食べる前にスマートフォンで撮影をしていた。 ウマッターに上げるらしい。

 あの後部屋に戻った俺たちは車で移動中の時のようなぎこちなさはなくなっていた。

 出された料理のこれが美味い、これは好きだ、そんな落ち着いた会話を挟みながら俺たちはこの瞬間を堪能した。

 

 腹を満たした俺たちは思い思いに落ち着いた時間を過ごす。

 窓辺にある椅子に腰かけた俺は持ってきた本を開き一息つく。

 

 ゆったりとした時間、俺が本のページをめくる音だけが響く。

 マヤノは先ほどまでは部屋の内装や窓から見える景色などをスマートフォンで撮影していたが今は座布団に座りスマートフォンを弄っている。

 触る頻度から考えるに誰かとメッセージアプリで会話をしているのかもしれない。

 そんなマヤノを見てほっこりとした気分に浸っていればふと視線を上げたマヤノと目が合う。

 お互い見つめ合う。 

 二人の視線が絡んだまま、部屋に静寂が訪れる。

 

 

 時間にすれば数秒の出来事だっただろうか。

 

 目を閉じたマヤノが自分の胸に手を当てる。

 

 ――少しの間。

 

 マヤノは大きく息を吸って、吐く。 それを何度か繰り返す。

 

 やがて、閉じた目を開いた彼女は真っ直ぐとこちらを見て、

 

「トレーナーちゃん。 お散歩、しない?」

 

 俺にそんな誘いをかけるマヤノの目は、決意に満ちた強い瞳で……

 まるでレースの前にライバルたちと向かい合っている時のような闘志を感じさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 旅館を出て裏手にある駐車場の方までやってきた。

 もう夜も深くなる時間帯、来客が来る時間帯は過ぎたのであろう、車の出入りもなく、虫の鳴き声と、旅館の方から少しの生活音のようなものが聞こえるかどうかといった静かな場所。

 

 マヤノに手を引かれたどり着いたのはそんな場所の一角。

 自販機と畳ベンチを置かれた休憩スペースである。

 

 当然今は俺とマヤノ以外は誰もいない。

 

 

「あのね、トレーナーちゃん……マヤね、トレーナーちゃんに言わなきゃいけない事があるの」

 

 ――ついに来た、と思った。

 

 思えば今日の彼女はいつもとは違った。

 俺がはじめて彼女に痕をつけた日からマヤノと俺の距離はひどく近くなった。

 思わず同僚に相談をしてしまうくらいには。

 そしてその日、家に帰ってからはさらに近くなった。

 

 彼女が俺の耳元で囁き、俺を揶揄う。

 彼女が俺を抱きしめ、甘え蕩けさせる。

 彼女が俺をかき抱き、強く縛り付ける。

 『彼女』が俺に命じ、傷痕を残す。

 

 それは明らかにトレーナーとウマ娘という関係では表せなかった。

 

 もっと暗く湿った、"男"と"女"の歪な関係であった。

 

 きっとマヤノはこの歪な関係を清算しようと思っているのだろう。

 今日の彼女の不思議な様子もそう考えれば納得がいく。 出来てしまう。

 

 

 

 マヤノは部屋でしていた時のように大きく深呼吸をする。

 俺はそんな彼女の「言わなきゃいけない事」を静かにじっと待つ。

 

 それは恐れていた事だった。

 それは望んでいた事だった。

 たとえそれがどんな罵倒であろうが、怒りであろうが、別れの言葉であろうが。

 俺はマヤノが進む道の障害はすべて除くと、彼女のトレーナーになった日に決めたのだから。

 

 だからマヤノトップガン。

 俺に『君の障害を取り除かせてくれ(引導を渡してくれ)』

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーちゃん!! 好きです!! これからもマヤと一緒にいてください!!」

 

「よろこんで」

 

 

 

 

 

 

 …

 

 ……

 

 ………なんで?

 

 

 

 

 

 

 俺の脊髄から出した声を聞いたマヤノは決意を秘めた表情から一転、花の蕾が開いたかのような喜びの表情を浮かべる。

 

「ま、待て! 思わず返事を返してしまったが落ち着けマヤノ! そもそも俺はお前に教育者としてあるまじき行為を何度も行ってきた!! そんな俺がマヤノに好かれているなんて何かの間違いじゃ……」

 

 正気に戻った俺が慌ててマヤノにそう指摘をすれば、彼女はみるみる悲しい表情になっていく。

 しょぼーんという擬音が聞こえてきそうなくらいのしょんぼり具合。

 ションボリトップガンだ。

 

「……そうだよね。 マヤ、トレーナーちゃんをマヤに夢中にさせるためだからって生意気な事とかいっぱい言ったし、その……恋人同士じゃないとしちゃいけないようなえ、えっちな事とかもさせちゃったもんね……いくらトレーナーちゃんがマヤの事好きだからって嫌いになっちゃっても仕方ないよね……」

 

 

 

 

 なんで好きだってバレてるんですか。(驚愕)

 

「あの、どうして俺がマヤノを好きだと……?」

「え? なんとなーく? トレーナーちゃんってマヤの事好きなんだなーって"わかっちゃった"」

 

 直感力ゥ……ですかね……

 

「それでね? マヤそれがすっごく嬉しくて、なんでだろうなー?って考えてマヤもトレーナーちゃんが好きだなって。 だからいつ告白してくれるかなー♪って楽しみにしてたの! でも全然そんな素振りを見せてくれないからマヤにも~っと夢中になってもらおう!!って思ってトレーナーちゃんが好きそうな事いっぱいしたの!」

 

 『いっぱい!』と大きく両手を広げたり、身振り手振りを交えた説明を続けるマヤノ。

 

「それでそれで! 最初は雑誌に載ってたちょっと生意気な感じで接すると気にされるって記事を参考にしてね? そしたら効果覿面! 壁ドンされてマヤもきゅんってしちゃった❤」

 

 あれは壁ドンじゃなくて押し倒しですね……

 

「ちゃんと柔らかいソファでしてくれるなんてトレーナーちゃんって優しいなって❤ でもその後ヘタレてなかったことにしようとしたからつい生意気な事言いすぎちゃった……でもあの時は首筋にちゅーされてマヤ、すっごい嬉しかったんだぁ……❤」

 

 獣欲を抑えきれずに吸い付いただけなんだよなぁ……

 

「それでね? 疲れてる男の人は淡白になるって雑誌で見てね、マヤのためにトレーナーちゃんはすっごいがんばってるってわかってるからね? きっとマヤのために色々してくれて疲れちゃったのかなって思ったの。 だからマヤと一緒にいる時くらいはマヤに甘えてほしいなって思ったからいっぱい褒めることにしたの❤」

 

 マヤノの目に映らないように裏で努力してたのにそれを察して癒すために甘やかすとかやっぱり母性じゃん……ママノトップガンじゃん……

 

「甘やかしてあげるようになってからトレーナーちゃんもだんだん元気になったよね? それでもう少しで告白してくれるかな~?ってワクワクしてたのに、トレーナーちゃんマヤ以外の女の人とご飯食べてるんだもん。 トレーナーちゃんがマヤの事好きなのはわかってたからそういう関係じゃないのはわかったけどなんだかむかむかしちゃったからオシオキって感じであの日はトレーナーちゃんの部屋に行ったの。 それで告白してもらえるように二人っきりで温泉に連れてきてってお願いしたの」

 

 なるほど、あれは嫉妬と状況を整えるために行った事だったらしい。

 どうやって鍵がかかってた俺の部屋に入ったのかとかは聞かない。

 絶対聞かない方がいい。 俺は詳しいんだ。

 

「あ、あの桐生院さんとトレーナーちゃんが何もないのはちゃんとわかってるよ? あの後ミークちゃんが「誤解……させるような事をして……すいません……トレーナーの事は……きちんと躾ておきますので」って言ってたしね❤」

 

 桐生院トレーナー描写外でわからされてるゥ!?

 ウッソだろお前!?

 

「あの時は本当にむむむーってなっちゃってたからまたトレーナーちゃんにちゅーしてもらいたいな?ってオネダリしたんだけど、マヤがトレーナーちゃんにされるとこんなに嬉しいんだからトレーナーちゃんにもしてあげたらなんだかオトナっぽい感じでいいかも!?って思ってマヤもしてあげたの❤ 唇同士は恋人になってからって思ったし、マヤちんとトレーナーちゃんはもう売約済みです❤ってマーキングにすれば毎日できる!って思って」

 

 マーキング、売約済み。

 穏やかじゃないですね……(焦り)

 

「でもでも! トレーナーちゃんはそういうのマジメだから普通にオネダリしてもしてくれないかも?って思ったからママがパパを叱る時の怒り方を真似したの! そしたらトレーナーちゃんも毎日シてくれたからマヤ嬉しくて……悪い事してないのに毎日叱っちゃってごめんね?」

 

 えぇ……(困惑)

 『彼女』モードはお怒りのマヤノ母を真似しただけだったらしい。

 滅茶苦茶怖かったんですけど……!!

 いやでも血のつながった母の怒り方がそれって素質あるって事だよなぁ……

 マヤノのお父さん……俺はあなたを尊敬します……!!

 俺は会った事もないマヤノの父が歯を見せるにこやかな笑顔でこちらにサムズアップしてくる様を幻視した。

 

「……それでね?マヤ的にはあとちょっとだー!って思ってたんだけど……いつもみたいになんとなくトレーナーちゃんがマヤに夢中になるのかはわかったからそうしてたんだけど……昨日寝る前にね? テイオーちゃんにそういうのは恋人同士になってからすることだよって教えてもらってね……?」

 

 少し怯えるように体を縮こまらせて、こちらを遠慮がちに見上げるマヤノ。

 

「だから……トレーナーちゃんに嫌われちゃったかも……って。 でもでも、トレーナーちゃんに嫌われちゃってもマヤはトレーナーちゃんが好きだから。 これからもずっと一緒にマヤとキラキラしてほしいから……!!」

 

 そう言ってマヤノは完全に俯いてしまう。

 先ほどまで忙しなく動いていた両手は完全に動きを止め、今は体の前でぎゅっと握られている。

 

 

 

 要約すると彼女はその類まれなる才気をフル活用してすでに掛かっていた俺を差しにきたらしい。

 そして彼女の変幻自在なあの手この手で俺は見事に差されてしまったようだ。

 そこまでして「俺から告白される」事を望んでここまでしてくれた彼女が一層可愛らしくいじらしい。

 そして俺を逃すまいと自分から告白をしてまで縋るその姿がたまらなく愛おしい。

 

「マヤノ」

 

 俺の呼びかけにびくっと肩を震わせる。

 

 

 

 

 

 

 

「月が綺麗ですね」

 

 空を見上げながら言う俺を一瞬きょとん、とした瞳で見つめるマヤノだったが、同じように空に浮かぶまんまるの月を見上げ、

 

「月……? うん、綺麗、だね?」

 

 ……参った。

 いくら聡い彼女でもかの文豪の逸話になぞらえた言葉では伝わらないようだ。

 

 月を見上げる彼女の右頬に手を添える。

 マヤノは目を見開いて俺の瞳を見つめる。

 俺も真っ直ぐ彼女の瞳を見つめる。

 

 

 

 

 

「マヤノ、好きだ。 これからも君のキラキラした大人への道を、共に歩いていきたい」

 

 

 

 

 

 少しの間。

 彼女の瞳から涙が溢れる。

 彼女の表情は大輪の花が咲いたような笑顔に染まる。

 

 

「……マヤでいいの?」

「マヤノがいい」

 

 

 頬に添えられた俺の右手にマヤノが左手を重ねる。

 

 

「マヤに夢中になってくれる?」

「とっくにマヤノしか見えてないさ」

 

 

 マヤノは愛おしそうに俺の手に頬擦りする。

 

 

「マヤと一緒にいてくれる?」

「ずっと一緒だ。 もう離さない」

 

 

 マヤノは少し背伸びをして俺の右頬に右手を添える。

 俺はその手に左手を重ねる。

 

 

「マヤって呼んで……パパ以外の男の人ではトレーナーちゃんだけの特別な呼び方」

 

 

 何かを期待するように、

 何かを求めるように俺たちの瞳はお互いの唇から視線を離さない。

 

 

「マヤ……今から君の唇を奪う。 君と共に歩む誓いのキスだ」

 

 

 マヤに乞われた特別な呼び方で、

 彼女に焦がれた俺はそう宣言する。

 

 

「……あいこぴー❤」

 

 

 彼女は俺に笑顔で『了解』の意を示し、瞳を閉じる。

 

 

 

 

 まんまるお月様に照らされた二つの人影は

 そっと近づき、重なったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オッケースマイル☆ ラッキーピース! 勝利のマヤが大凱旋だよー!!!!!」

 

 温泉から帰宅し、寮の自室を開け放ち高々と勝利宣言を下すのはマヤノトップガン。

 ドアを閉め悠々と自分のベッドへと旅行鞄を持って向かう様は完全に勝者の貫禄である。

 ありていに言うとこれ以上ないほどのドヤ顔を浮かべている。

 トウカイテイオーはそんな昨日の彼女とは見違えたようなルームメイトに安堵しつつも、それはそれとしてあまりのドヤ顔になんかちょっとムカついた。

 

「その調子だと上手くいったみたいだね? 言ったでしょ? もう一押しだーって」

 

 皮肉も込めてそんな風に返せば、

 

「うん! テイオーちゃんが背中を押してくれたおかげ!! ほんっっっとーーーーに! ありがとー!!」

 

 旅行鞄をベッドに投げ出し、全力で抱き着いてくるマヤノトップガン。

 そのまま頬擦りまでしてくるのだからトウカイテイオーにはたまらない。

 

「うわぁ!? ちょ、嬉しいのはわかったから!! なんかテンションおかしくなってるって!?」

 

 このマヤノトップガンの行動にトウカイテイオーは面食らった。

 マヤノトップガンというウマ娘は基本人懐っこいがこういった身体的なスキンシップはしてこなかった。

 どうやら随分と懐かれてしまったようだ。

 

「うぅん!! テイオーちゃんには感謝してもしきれないよ!! 本当に感謝してるの!!」

「わかった! わーかったから!! 感謝は受け取ったからぁー!!」

 

 なんとかマヤノトップガンを引きはがすトウカイテイオー。

 引きはがされて名残惜しそうに自分のベッドに戻り、投げ出された旅行鞄から包みを取り出してトウカイテイオーへと差し出した。

 

「お土産だよー★ はちみつニンジンクッキー!! 二人で食べようね☆ こういう時はなんだっけ? つまらないものですがー? でも試食は美味しかったよ♪」

 

 変わらずハイテンションなマヤノトップガンにトウカイテイオーは上手くいってよかったな、と口には出さずとも想いながら、

 

「はいはい。 それじゃあクッキーつまみながらじ~~っくりとお話を聞かせてもらおっかなー?」

 

 それはそれとしてそういった事には興味津々なお年頃なのでマヤノトップガンの青春を根掘り葉掘り聞いてやろう、と画策したのだ。

 

 

 

 

 結論から言うとトウカイテイオーはこの時の選択を後悔することになる。

 始まったばかりの恋を恋する乙女に語らせるなど、砂糖にまみれて窒息するのと同義なのだということを未だ恋を知らぬトウカイテイオーには知る由もなかったのだ。

 

 また、意識的か無意識かは不明だが、話の端々に見え隠れする彼氏できましたマウントが恋に恋する恋を知らぬウマ娘には結構イラッと来たりもした。

 くたばれリア充、とトウカイテイオーは思った。 幾度も。

 

 ただ、この気の置けないルームメイトが成就させた恋をとても嬉しそうに話している姿はなんだかんだでよかったな、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局糖度抜群の話を現在進行形で恋する乙女フィルターを通して一通り聞かされるという惨劇を終えたトウカイテイオーは「もう十分堪能したよ……」という思いと「なぜボクはあんな無謀な真似を……」という自らが選んでしまった選択肢への後悔を噛みしめつつ、やっと収まってパジャマに着替え髪を梳いているマヤノトップガンの背に、

 

「おめでとう、マヤノ」

 

 と、祝福した。

 

 言ってからなんだか気恥ずかしくなり、慌てて布団をかぶり背を向けるトウカイテイオーであった。

 

「ん……ありがと、テイオーちゃん♪」

 

 

 ほどなく、部屋の明かりが消され隣のベッドからスヤスヤと寝息が聞こえてくる。

 

「もう寝てるよ、まったく……」

 

 旅行帰りで疲れていたのだろう。

 だというのに糖度全開の全身全霊の差し脚を見事に見せつけられたトウカイテイオーはため息をつく。

 体を起こし隣のベッドを見れば、とても幸せそうな寝顔のマヤノトップガンが目に入る。

 

 改めて枕に頭を預け、先ほどまでマヤノトップガンがくねくねしながら語っていた惚気話を少し思い出し、

 

「あーあ、ボクもほしいなぁー……素敵なカレシ……」

 

 無意識に零れ落ちた呟き。

 自分が思わず発してしまったそんな呟きになんだか妙に気恥ずかしくなり布団をかぶるトウカイテイオー。

 

「うぅー……マヤノめぇ……」

 

 そんな逆恨みの呪詛を吐きながら跳ねる心臓と火照る頬を必死に沈めるために身悶える。

 恋に恋する耳年増で初心なウマ娘。

 そういうとこだぞ、ムッツリテイオー。

 

 

 そんなトウカイテイオーの隣のベッドでは。

 恋の勝利を収め、

 愛のゲートを出馬したマヤノトップガン。

 変幻自在に愛する者を翻弄し、見事に差したウマ娘は、

 よだれを垂らした幸せそうな寝顔ですよすよと寝息を立てるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

変幻自在のウマ娘  ―了―




あとがき

 まずはここまで読んでくださり、ありがとうございました。
 筆者の思い描くマヤノトップガンの話はこれで終わりです。
 この後彼と彼女がどうなっていくのかは筆者にもわかりません。

 いやだってマヤノ、筆者がお話構築してる時もずっと変幻自在に走り回ってたし……

 ハーメルンにはとてもたくさんの方がウマ娘のSSを投稿しております。
 筆者は意外に思われるかもしれませんがマヤノトップガンというウマ娘が好きで好きで好きすぎて毎日マヤノトップガンタグを検索するも彼女をメインにする作品がなかなか増えない事に慟哭し、今回筆をとりました。

 この作品がきっかけになってマヤノを好きな人が増えて、その中から筆者と同じようにぼくの、わたしの、ワシの、拙者の、某のマヤノトップガンをお出しする人が一人でも増えてくれねーかなーと思っています。

 筆者もやったんだからさ(同調圧力)

 読む専だった筆者ですが、今回本当に久しぶりに筆をとり、完結まで続けられたのはひとえに読者の皆様のUA、感想、しおり、お気に入り、評価、誤字報告、ここすきのおかげです。
 本当にありがとうございました。
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