無表情だったり男の娘だったり、無口だったり嘘がわかったりする奴らの小説   作:しっけた乾パン

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蒴波つばき(2)

 

 

 

 

 

「……ん、朝か。よく、寝た」

 

 

 ぐっ、と布団の上で一伸びして、起き上がった美少女こと蒴波つばきさんである。

 時刻は五時を指していた。

 空気は澄み渡り、肌着だけで眠るには少し肌寒い。

 思い切りが大事だと、ささっと制服を着て、湯を沸かす。

 インスタントコーヒーの用意が完了であった。

 

「眠気覚ましには、コーヒーが一番……」

 

 ふぅ、と一息ついてから机へと向かう。

 めちゃくちゃに広げられたノートやら、教科書やらを整頓してからシャーペンを持つ。

 

「さて、早速勉強するか」

 

 暫くの間、カリカリというシャー芯と紙面の擦れる音だけがその部屋の中に響き続けた。

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

 

 

 宮益坂女学園、宮女とも略されるその高校の一年B組が蒴波つばきの所属しているクラスである。

 ガラリとドアを開け、チョコチョコと教室へと入ってきたつばきは何人かの生徒に挨拶を返してから席へと着いた。

 荷物を置き、肩を回して暫く休む。

 登校という重労働を珍しく無傷で終えたつばきは、視界の内に少々悩ましげな顔をしている友人の姿を捉えた。

 

 よっこいせ、と立ち上がりテクテクとその友人の元へと向かう。

 

 

 

「おはよう、穂波。勉強中か?」

「……ん? あっ、おはよう、つばきちゃん。えっと、授業で課題が出されてたのを忘れててね」

「穂波にしては珍しい……あ、そこ違う」

「え、どこの問題?」

「問3の(2)番。ケアレスミス」

 

 

 挨拶から五秒と経たずに、そんなことを指摘する椿。

 穂波は素直にその問題を解き直してみると、簡単な符号のミスを発見した。

 

「また、勿体ないことしてる……」

「テストじゃなくて、よかったな」

「本当にね。ありがとう、つばきちゃん……さすが学年主席って感じかな?」

「まあ、私は天才だからな」

 

 表情を変えずにそう返答するつばきの左手が、その癖っ毛の先端をクルクルと弄り始める。

 あ、コレ嘘をついてる時の顔だ、と穂波は確信した。

 

「……それで、課題? 何のこと?」

「え?」

「……?」

「今日の一限が数学に変わるって話を昨日、先生が帰りのSHRで……あ」

「成程、道理で」

「保健室で休んでたもんね……」

 

 二人でにっこり微笑み合う。

 あー、スッキリした! とでも言いたげな笑顔の後に、切り替える。

 

「やばい」

「ごめん」

 

 すぐさま自分の机へとダッシュ。

 ……しようとして、つばきは見事に足を絡まらせた。その小さな身体が前へと倒れていく。

 何もない場所で転ぶことが可能であるのが、彼女の悲しきスペックであった。

 

 

「あ、まずった」

「つばきちゃ——」

 

 流石の穂波ママも椅子に腰掛けた状態からではフォローのしようがない。

 それでもと、反射的に伸ばした手が空をきり、穂波の表情が歪む。

 

 

 そのとき、教室に神風が走った。

 目にも止まらぬ速さで、教室を横断し……

 

 

「……キャァッッチ!」

「えむちゃん!?」

「おお、生きてた」

 

 

 つばきの体を受け止めて見せたのは、天真爛漫の具現化ともいえることで有名な、ハイテンションガール、鳳えむだった。

 凄まじい程の身体能力。

 数パーセントぐらいの運動神経を私に分けてくれれば良いのにと、つばきは切に願う。

 恐らく、数パーセントでもつばきのスペックを軽く超えてくるだろう。

 

「おはようっ! 大丈夫だった、つばきちゃん?」

「おかげさまで。ありがと、えむ。おはよう」

「えへへ……よかったよぉ〜。びっくりしちゃった!」

「それは、こっち」

 

 すりすりと、椿を抱きしめたまま頬擦りをするえむを微笑ましく思ってから、つばきは自分には、あまり時間がないことを思い出した。

 

「わざわざ貧乳に頬擦りをするな……あっちの方が実りは良い」

「え゛」

 

 指を向けたつばきに表情を硬直させたのは、当然穂波ママである。

 先日知ったが、あのおっぱい本当に寝心地がいい。今度、昼寝のときに借りよう。

 

「穂波ちゃんも、おはようっ!」

「きゃっ!? えむちゃん、落ち着いて!」

「ナイススケープゴート」

「つばきちゃん!」

 

 穂波にえむが戯れついている間につばきは、自分の机へと辿り着く。

 慎重に歩けば、転ぶことなどないのである。穂波ママの怒声なんて知らない。

 

 ……さて、課題をやるか。

 

 

 

✳︎

 

 

「むぐ、もぐ……ふぅ、ご馳走様」

「お粗末様でしたっと……美味しかった?」

 

 ふふっと笑って、首を傾げる穂波。

 何を当然のことを聞いているのだろうか、この子は。

 

「穂波、嫁に来ない? 結婚しよ?」

「えっと……喜んで? なんちゃっ——」

「え、マジで。やった」

「あれ?」

「人生勝ったわ」

「えぇ!?」

 

 毎週、木曜日は穂波ママが弁当を作ってきてくれる約束をしてくれた日であるため、そのご馳走にありついていたわけなのだが、プロポーズが成立した。

 感涙し、腕を高々と天へ突き上げるつばき。因みに表示は相変わらず無表情に見えるが、穂波にはここ最近で最も喜んでいるのがよくわかった。冗談だよね? と冷汗を流す穂波だったが、正直嫌ではないと感じている自分もいて、心境は複雑の一言に尽きる。

 

「まあ、それは追々外堀を埋めるとして……穂波、転校生の話は知ってる?」

「聞き逃すには大きすぎる情報が紛れてた気がするけど……えっと、転校生?」

「正確には、復学? か。一年C組に金髪美少女が降臨なんだと」

 

 金髪、復学……と唸り始めた穂波ママ。

 何か思い当たることでもあるのかな? とぼうっと穂波の再起動を待っていると、廊下が騒がしくなってきたことにつばきは気がついた。

 

「……噂をすれば、だな」

「……あれ? 何か言った、つばきちゃん?」

「別に。それより、来た」

「来たって、何が?」

 

 転校生、とつばきが告げる前に、彼女は教室へと乗り込んで来ていた。

 

「ほ な ちゃ ん ! 久しぶりっ!」

 

 金色の塊が穂波へと抱きつこうと、こちらへ向かってくる。

 夫として、すべきことは何かと考えて一歩前へ出た。

 

「…………ぐぇ」

「あ、アレ? 誰か轢いた!?」

「何してるの、つばきちゃん!?」

 

 転校生を軽く受け止めて、私の嫁に何か用か? と口にしようと頑張ってみたのだが、現実は甘くなかったな……そんなことを考えながら、意識が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……生ハムメロンは、違うだろ?」

「か、変わった挨拶だね?」

「……どんな夢を見てたの、つばきちゃん?」

「……ん、穂波と……誰?」

 

 つばきが保健室のベッドから起きて、声が聞こえた左側へと顔を向けると、そこには穂波ママとパツ金ツインテールの姿があった。

 一応言っておくと、夢の内容なんてものは全く覚えていない。

 

「あ、そうだった! 私は天馬咲希、ほなちゃんの幼馴染で、今までは病気で学校に来れなかったんだけど、今日から復学できることになったの! さっきは轢いちゃってごめんね? 身体、大丈夫?」

「気にするな。気絶には慣れている」

「慣れちゃダメだよ、つばきちゃん……」

 

 溜息を吐く穂波には悪いが、こればかりは仕方がないとつばきは開き直っていた。

 つばきに秘められた才能が有り、尚且つそれが最大開放でもされない限り、圧倒的で絶望的なまでの身体能力の低さとドジっ子補正が、地面へと彼女の顔面を突き飛ばすのである。

 つばきとしては、才能すら秘められていないのでは、と睨んでいるところである。

 きっと神様からの慈悲などはない。

 

「今、私の気絶事情はいい。とりあえずお前は、穂波の知り合いってことでいいのか?」

「うん! ほなちゃんといっちゃんとしほちゃんと私の四人は、いつも一緒で仲良しだったの!」

「そうだね……懐かしいなぁ」

「回想入るなよ? 私の居場所がなくなる」

 

 二人して、遠くを見つめ始めたので、先に警告をしておく。

 あはは、と誤魔化すように笑い、こちらから視線を外した咲希を見て、顔に出やすいタイプなんだろうな、と心にメモをつけておいた。

 

「それより、自己紹介か」

「そうだった!? 名前も教えてもらってないもんね……ほなちゃんはつばきちゃんって呼んでたけど」

 

 コホンと一度咳払いをして

 

「私は、蒴波つばき。一年B組で、よく穂波には、お世話になっている。運動以外なら頼ってくれていい。よろしくな」

 

 軽く微笑んで見れば、二人の頬がほんのり赤に染まり、動きが固まった。

 なんだ、コイツら。

 何か気に障ることでも言ったか?

 

「……どうした?」

「…………はっ!? いや、なんでもないです!」

「なぜ、敬語?」

「時々、破壊力凄いよね……つばきちゃん、あんまりその顔、女の子の前でやっちゃダメだよ?」

「そんなに酷かったのか……」

 

 つばきが割と深刻なダメージを受けると同時に、予鈴が響いた。

 どうやら気を失っていたのは、ほんの少しだけだったようで、次の授業に遅れることは無さそうだった。

 

「私の顔については後々改善していくとして、教室に戻るか。天馬さん……いや、アレと被るな。咲希でいい? 付き合わせて悪かった」

「は、はいっ! いえ、こちらの方がごめんなさい!」

「気にしない、気にしない。穂波も、毎度悪いな」

「いつものことだからね。謝られるより?」

「ありがとう」

「ふふっ、どういたしまして♪」

 

 機嫌の良さそうな穂波をぼうっと見つつ、一人ごちた。

 

「敵わないな……ほんと」

 

 

 

✳︎

 

 

「……疲れたな」

「珍しく、殆どの授業で起きてたもんね。お疲れ様」

「穂波もね。下校、どうする?」

 

 つばきの名誉のために言っておくと、決して彼女は不真面目な訳ではないのである。

 純粋に身体的に体力が保たないのだ。なまじ、集中力が人並み外れてある分タチが悪い。

 つばきは、身体の不調に気づかずに思考を続けた結果、体調を大きく崩したことも少なくなかった。

 

「えっと、どうするって?」

「幼馴染と話さなくていいの?」

 

 穂波にいつもより真剣な表情でそう問いかける。

 出会ったばかりの彼女からは、どこか窮屈な印象を受けることが多く、ストレスの溜まることもしばしばであった。

 しかし、つばきと穂波が急接近するきっかけともなった一つの出来事の後から、穂波は少しずつ本来の自分を出してくれるようになっているとつばきは考えていた。

 

「……今は、いいかな」

「……そうか、なら帰ろう。荷物を少し持ってくれると嬉しい」

「はいはい、ちょっと待ってね」

 

 今は、と言えるのなら少しは進歩しているのだろう。

 できることならば、彼女らがなるべく早く復縁できますように。

 

 短く目を瞑り、そんなことを願った。

 

 

 

 

 

 

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