無表情だったり男の娘だったり、無口だったり嘘がわかったりする奴らの小説 作:しっけた乾パン
「…………さて、ここまで来たら大丈夫だろ」
「……ありがとう。わざわざ、ここまで」
「この都市は、目に見えるところだけなら安全だ……けど、アンタがさっきまでいた辺りになると、一気に治安が悪くなる。次も救ってもらえるとは思うなよ。助かったのは、アンタの運が良かっただけだ」
「…………気をつける」
「そうしろ。じゃーな」
再びフードを深くかぶった奏音は、警告をしてからすぐに路地へと戻ろうとする。
しかし、その手を志歩が捕まえる。
「お礼、してない」
「いらない」
「それだと、私の気が収まらない」
「じゃあ、礼をしないのが俺へのお礼ってことにしてくれ」
「…………嫌って言ったら?」
「この手を振り解いて逃げる」
異次元の身体能力を持つ奏音にとって、志歩の手を払い除けることなど朝飯前だ。
事情があり、義務教育すらからドロップアウトしている奏音は、記録を残したことがないだけで、ほぼ全ての運動能力において全人類を超越している。
簡単に五十メートルを3秒以内で駆け抜け、片手で街路樹を引っこ抜き、跳躍で軽々と家の屋根へと着地する生命体——それが、まさかの成長期前の十四歳。
簡単にいえば、黒柳奏音は人間をやめているのだ。
何度でも言う。
奏音にとって、目の前の少女の手を振り解くことなど雑作もないことである。
(どっかで同じような目を見たことあんだよなあ……誰だっけかな?)
しかし、何故だろうか。
強硬策を取る気にならないのはどうしてなのだろうか……?
「…………ご飯奢る。ラーメンでいい?」
「……はぁ、濃いのは好きじゃない」
「あっさり、ね。いい店知ってるよ」
結局、抵抗は口だけで手を引かれるがままに、奏音は少女の後ろをついていく。
「…………そういや、俺にビビらなかったのもアイツら以外で初めてか?」
「……なんか言った?」
「いや、大したことじゃねえよ」
✳︎
「フード、とらないの?」
「目立ちたくないからな……少し食いにくいが、注目されるよりはマシだ」
「そう…………本当に男なの?」
「そう言ってるだろ……この格好は、別に俺の趣味じゃねえけどな」
カウンター席を嫌がった奏音と向かい合う形で座った志歩は、スルスルと塩ラーメンを啜る目の前の少年に疑惑の目を向けた。
「理由、聞いていい?」
「黙秘する。俺の存在自体が犯罪みたいなもんだからな」
「……聞かなかったことにする」
「助かる」
思っていたよりもダーティーな答えが返ってきたことで、志歩の頬が引き攣った。
そんな彼女の様子を気にも留めずに、奏音は速攻でラーメンを完食して席を立った。
「ご馳走様……気をつけて帰れよ」
「待って」
流れるような動きで『さよなら』をしようとする奏音の手を、再び志歩が捕まえる。
「何だよ、しつけえ……」
「名前、教えてくれる?」
「……人の名を尋ねるときは?」
「……自分が、名乗ってから」
「正解」
むすっとした様子の志歩は、そのまま自分の名を口にする。
「私は、日野森志歩……今年で高一」
「日野森…………偶然、だな。うん、そうしとこう」
「何ブツブツ言ってんの?」
「いや、何でも……自己紹介だったか」
あり得ないナイナイ。絶対ない、と頭を振りつつ、思考を切り替えた。
「俺は、黒柳奏音。見ての通り男だ。歳は十四、小学校すら卒業してない落ちこぼれだ……もう、『よろしく』をしなくていいようにしろよ」
「心配してくれるんだ?」
「一応な」
「……そっか。じゃあ、ちょっと付き合ってよ」
その『じゃあ』使い方間違えてない?
奏音がそう問いただす前に、志歩は自分のラーメンを食べ終え、再び奏音の手を引いて店の出入り口へと歩き始めた。
「今は、誰かと居ないと……少しだけキツイから」
「…………はぁ、今回だけだぞ」
唇を噛み締めて、言いようのない感情を押さえつけた志歩の表情を見て、その頼みを断れるほど奏音は冷酷ではなかった。
「……ゲーセンでも行くか?」
「……いいね」
そして、完全なる初対面にして赤の他人である奇妙な二人組のお出かけが始まった。
・
・
・
「…………久々に、ここまで遊び尽くしたなぁ」
「うん、私も……」
黄金色へと染まっていく空を見上げて、伸びをする。
奏音と志歩はゲーセンに加えて映画、カラオケなどと、思いつくままに至る所へと足を運んでは楽しんだ。
時折、抱え込んでいるであろう"何か"を忘れたように、素の笑顔を見せる志歩だったが、少し冷静になるとすぐにその表情は曇ってしまう。
(少し前までは、全く気にならなかったんだけどな……我ながら、どうしてこんなに絆されやすくなったんだか)
「…………そんじゃ、ここらで現実逃避の時間は終わりだ。気分を切り替えな」
「……え?」
「志歩が何を抱え込んで、何に困ってんのかなんて、知らねえし知ろうとも思わない。イジメやら、何やらなら、物理的に叩き潰しても構わないが、パッと見そんな感じはしないしな」
「…………何のこと」
つらつらと言葉を並べる奏音に、疑念半分不愉快半分といった構成成分の表情を浮かべる志歩。
つまりは、眉を顰めて睨んできている。
精神的に大人びていると思っているものの、美人さんに睨まれた経験は少ない奏音としては普通に怖かった。
「今のアンタじゃ、俺が純粋に楽しむには物足りない……迷いを晴らして、スッキリしてからまた遊びに誘え。そんときを楽しみにしてる」
「……っ!? ちょっと!」
今度こそ、本当に志歩の制止を振り切って奏音は跳躍する。
高く、本当に高く、空へと飛翔する小さな身体を志歩は目で追いかける。
けれども、逆光に目が眩んだ一瞬の間に、その小さな姿を見失ってしまった。
「…………今の、現実だよね?」
ボソリと溢した独り言に返事はなく、一人ぼっちとなった志歩の頬を涼風が撫でた。
「…………明日、咲希に挨拶でもしようかな」
口にした。
そのとき、志歩は小さく笑みを浮かべていた。
✳︎
「……よう、聞こえてるか?」
『クロちゃん! どうしたの? 電話だなんて珍しいわね?』
「まあ、そうだな。少し耳に入れといて欲しいことがあって、電話したわ」
建設途中のマンション、まだ骨組みしか組まれていないパンピー立ち入り禁止区内へと足を踏み入れ、その鉄骨に腰掛けながら電話をかける。
高さとしては、普通のマンションの二十階ぐらいだろうか?
夜風に髪が靡く。
ネオンサインが朧げに揺れる夜の街を眺めて息を吐く。
居心地がいい。
ほぅっと息を吐き、ゆっくり伸びをする。
『それで、どうしたのかしら?』
キョトンと首を傾げる彼女の姿を頭に浮かべて、少し笑ってしまう。
早めに本題へ移るとしよう。
「なんつーか、大したことでもないんだが……今って家に妹さんいるか?」
電話の相手は日野森雫という女性。
恐らく今日知り合った日野森志歩の姉だと思われる彼女は、結構な有名人である。
簡潔に言えば、アイドルだ。
超絶美人の完璧な女性……日野森雫を知る多くの人間にそのような印象を抱かせる彼女だが、素の彼女は割と抜けている。
天然で方向音痴で機械音痴、運動神経が良いわけでもなく、不器用で……けれど、努力のできる人。
知り合って間もないが、奏音は日野森雫という女性を尊敬していた。
『しぃちゃんのことかしら? クロちゃん、しぃちゃんとお知り合いだったのね!』
「だった、というよりは、なったの方が適切だけどな」
ビンゴ。
世間って狭いなぁ……としみじみと感じつつ会話を進める。
「まあ、いい。志歩のこと、少し気にかけてやれ。なんか、随分と悩んでたみたいだからな」
『……あら、そうなの? しぃちゃん、今日家に帰ってきたときに鼻歌を歌ってたから、てっきり機嫌がいいのかと思ってたわ』
「気やすめ程度の息抜きには、付き合ったからな。あ、それと俺が気にかけてることは本人に言わないでくれ。ちょい、恥ずい」
『わかったわ……クロちゃん、ありがとう』
「別に、大したことはしてないけどな」
用件は伝え終えた。
一つ二つと雑談を交えてから、そろそろ通話を切ろうと思ったところで、背後に気配を感じ取った。
「…………おい、そこに誰か居るのか! ここは、立ち入り禁止だぞ!」
頭の奥に響く大声に、顔を顰めて振り向くと一人の警備員の姿があった。
こちらの顔を視認される前に、フードを深く被り直す。
『クロちゃん……今、どこに居るの?』
「あー、えっと……内緒かな?」
『愛莉ちゃんに伝えておくわ』
「げ、マジで……?」
『マジ』
緊張感なくそんなことを話していると、後ろからの足音が近づいてきた。
そろそろ退散するには潮時か。
「んじゃ、また明日」
『ええ、また明日……気をつけてね』
「おう」
奏音が腰掛けていたのは鉄骨。
工場の足場を確認しながらゆっくりと近づいてくる男性の方へと顔を向け、立ち上がる。
プツリと電源を落としたスマホをポケットへとしまい、口を開く。
「お兄さん、お兄さん」
「き、君! 危ないから、そんなところで立つのは——」
「足元、気をつけてね」
そして、後ろへとあっさり倒れていく。
要するに
落ちた。
それもマンションの二十階ほどの高さから、頭を下にして。
「…………は?」
思考を硬直させた巡回警備員を、誰が責められようか。
✳︎
そうしてあれからお月様が沈み、お天道様が昇って、更に10時間ほどが経過した。
「奏音、正座」
「はい」
どうも、こんにちは。
現在、宮益坂女子学院の屋上で、足が痺れてきたなー、なんて他人事のように考えている奏音さんですよ。
目の前に仁王立ちしていらっしゃるのは、桃井愛莉という名の別嬪さん。
お小言の多いお人好しな彼女もまた、アイドルという肩書きをもつ稀有な存在である。
「誰の、お小言が多いって?」
「うわぁ、エスパー……超怖え」
ふんっ、と鼻息荒くこちらへジト目を向けてくる原因は、当然ながら昨日のアレである。
「ったく、本当に告げ口したのな」
「クロちゃんが反省しないからよ?」
愛莉から視線をずらして隣の美女——ツーンとすました顔の雫に文句を言ってみれば、そんな反論が返ってきた。
うむ。ジト目の雫とは、中々レアだな。堪能しておこう。
「なるべく、人様に迷惑をかけないようにはしてんだけどな? 昨日のはちょっとイレギュラーだ」
「アンタのは普通に犯罪なのよ!」
「それ言ったら、今ここに俺が居るのもアウトなんですが」
「バレなきゃいいのよ」
「すげぇ暴論。さっきの話どこ行った?」
あっさりと流したが、現在地は女子校であり、黒柳奏音という人物は男である。
現在、奏音は暑っくるしいフードコートを脱いだ紙装甲モード——割と肌色面積の多い淡い水色のワンピース姿に変身済みであり、白髪を一つに結んだ姿に男の要素は一つも見られない。
しかし、一応奏音は男なのである。
大事なことなので、二回言った。
「愛莉は、犯罪云々ってことより、貴方を心配していただけでしょ。幾らクロの身体が丈夫だとしても、気をつけるに越したことはないんだから」
「はぁ……たかが50メートル程度の落下で死ぬほど柔じゃねえ…………なんて、考え方を改めろってことか?」
「そういうこと……え、それ、本当に大丈夫だったの?」
「まあな」
えっへんと薄い胸を張ってみせると、頰を引き攣らせて困惑するコイツもアイドル。薄くていいんだよ。それが正常だ、ボケ。
名前は、桐谷遥。
クールビューティー的な雰囲気を出してるくせに、笑顔の破壊力がエゲツない女子高生。
そして、最後は——
「まあまあ、奏音ちゃんも怪我がなかったんだし、お説教もこれぐらいにしてあげようよ? 気分を切り替えて、今日の練習を頑張ろう!」
「そうだ、そうだ! みのりんの言う通り! さっさと練習しろ、
「喧しい!」
「顔が怖いぜ、愛莉ちゃん」
「アンタのせいよ!?」
雫、愛莉、遥……アイドルを一度引退したこの三人を惹きつけ、その心に再び火を灯した張本人。
「……いつもながら、元気だな?」
呆れたように声をかければ、ただひたすらに、諦めが悪く頑張り屋な茶髪の少女が言う。
「もっと、もっと練習して、もっともっと上手になって、早く皆に追いつきたいから!」
「「「…………!」」」
「もっと、もっと頑張らないとね!」
花里みのりは、向日葵のような明るさの笑顔を携えそう言った。
伝え忘れていた。
この物語は、地球最強生命体である男の娘が送る波乱と奮起に満ちたマネージャー的ゆるゆるラブ?コメディーである。
足、痺れそうなんで、そろそろ正座解いていいですかね?
EP2 世界最強の男の娘